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2022.08.30
Essay

バトンを繋ぐ──小豆島建築ミーティングを受けて

建築学生11年目が小豆島の現場で暮らしてみた #7

大須賀嵩幸(砂木/京都大学平田研究室博士後期課程)

こんにちは、小豆島ハウスの大須賀です。

瀬戸国際芸術祭2022の夏会期が始まりました。毎日50〜100人の方にご来館いただき、すでに1,000人以上の方が「小豆島ハウス」に来てくれていることを、とても嬉しく思っています。
今回は、8月14日にドットアーキテクツと砂木の共催により「小豆島ハウス」で行われたトークイベント「小豆島建築ミーティングvol.5」について書いてみようと思います。

遠路はるばる小豆島にやって来たのは、家成俊勝さん、中山英之さん、島田陽さん、藤村龍至さん。彼らの共通点は、2013年から「馬木キャンプ」(ドットアーキテクツ、『新建築』1309)fig.1で行われている建築ミーティングの常連メンバーであること。家成さんは小豆島で次々と建築を手がけ、島田さんと中山さんがそれぞれ設計したパブリックトイレ「おおきな曲面のある小屋」(『新建築』1306)fig.2と「石の島の石」(『新建築』1612)fig.3は小豆島建築巡りの鉄板コースです。藤村さんは小豆島で建築を建てたわけではないけれど、もはや建築ミーティングには欠かせない存在になっています。今年の建築ミーティングはそんな小豆島と関わりが深い4人と、砂木の砂山太一さん、木内俊克さんが参加しました。

前日入りした建築家たちは、竣工から10年目を迎えた「馬木キャンプ」で地域の方がたと再会した後fig.4、大須賀行きつけのサンオリーブ温泉で汗を流し、夜はまめまめびーるのきまぐれびーる屋台で乾杯してきまぐれびーる屋台については、連載の第4回「地ビール的建築?」(https://shinkenchiku.online/column/5191/)をご覧ください。、翌朝にはビーチでSUPに興じるなど、普段目にする建築家としての姿よりも少し砕けた、小豆島に魅せられたひとりの人間としての側面を見た気がしました。

そしていよいよ始まった建築ミーティング。「小豆島ハウス」の解説が行われたうえで、建築としてのデザインや、小豆島でこれまで展開されてきた活動や場所との違い、これからの「小豆島ハウス」の展望が議論されました。
登壇者の6人が和室で車座になり、その様子をオンラインで配信。実空間で参加した観客は、隣接する吹抜けに座り、部屋を隔てて議論を聞きました。このストロングスタイルな会場構成は砂山さんの発案ですfig.5fig.6。その光景に表れるように、「小豆島ハウス」は、これまで家成さんが「馬木キャンプ」で取り組んできたことと対照的であると藤村さんが投げかけました。道路から地続きに面していて、ガラス越しに外から活動が見え、地域の人が集まったり、イベントを開いたりしてきた「馬木キャンプ」に対して、「小豆島ハウス」はそもそも狭い道を上った先の階段の上に位置し、吹抜けの共用空間はポリカーボネートで光を取り入れながらも外部からの視線が遮られていますfig.7。ハードでもソフトでも外部との関係を重視する「馬木キャンプ」の姿勢に対し、「小豆島ハウス」は何を狙っているのかが問われました。

中山さんは、既存壁紙を転写したUVプリント合板fig.8や、シロアリ被害を受けた部分を3Dスキャン技術で補修した梁などfig.9、ふんだんに施された砂木のデザインについて、デジタル空間とフィジカル空間の差異に着目されました。デジタル空間では、白いツルツルの空間は間がもたないので、至るところに情報が埋め込まれていきます。「小豆島ハウス」は、古い部分にも新しい部分にも、すべての場所にその情報が埋め込まれているような感覚で、どうフレーミングしても情報タグがヒットする。「配信映え」するこの建築は、デジタルの思考を用いて建築を考え続けてきた砂木らしい空間なのではないか、と語りました。また一方で、少し内向的な印象を抱かせる「小豆島ハウス」には落書きをする余地がなく、誰も線を書き加えられないのではないかとも述べました。

約半年間、現場で暮らしてきた僕からすると、たしかに「作品」として捉えた時は閉じている節があるけど、「場所」として体感した時はとても自由な気持ちにさせてくれます。実際に「小豆島ハウス」を訪れた人が、「ここに泊まってみたいな」「海を見ながらワインを飲みたくなるね」と話したりfig.10、受付スタッフのおじいちゃんが自主的に作品解説をしてくれたり、家の中を子どもが走り回ったり…。この場所を訪れる人たちと自由な使い方を一緒に考えていくことで、いつか思いもしなかった方向から落書きの線が到来するかもしれません。

「小豆島ハウス」がこれからどのような場所になるかについて議論が展開する中、節々で触れられたのが、かつて坂手港にあった「エリエス荘」という施設のことfig.11。サイクリングターミナルとして使われた後、瀬戸内国際芸術祭に参加するアーティストが宿泊したり、作品制作をしたり、食事をしたり、地域の人と出会ったりする滞在生活の拠点になっていたようです。「あの時の熱気はすごかった。僕は忙しすぎてあまりゆっくりできなかったけど(笑)。」と島田さんが懐かしそうに、少し悔しそうにこぼしていたのが印象的です。老朽化で2020年に解体されてしまったエリエス荘ですが、食を介して楽しい時間を過ごす体験はまめまめびーるのきまぐれびーる屋台に受け継がれているようにも思いますし、滞在する場所として「小豆島ハウス」もその流れに繋がっていくのかもしれません。

それともうひとつ、建築家の皆さんや地域の人が僕を見て、当時「馬木キャンプ」の設計・施工を担当したドットアーキテクツの元所員・向井達也さんのことを思い出したようです。単身小豆島に乗り込み、セルフビルドで「馬木キャンプ」を建て、その後は小豆島に移住して地域おこし協力隊として活動された、伝説的な先輩です。人びとの記憶に強く残っているエリエス荘や向井さんと、僕や「小豆島ハウス」が重なる部分があることに不思議な縁を感じました。
「小豆島ハウス」は、「馬木キャンプ」ともエリエス荘とも、まったく異なる建築です。僕も多分、向井さんとは全然違うキャラクターです。やり方は変化しながらも、小豆島での活動を紡いでいくという部分で繋がっていて、この奇妙なバトンをしっかりと受け取った気がした、そんな建築ミーティングでした。

大須賀嵩幸

1994年生まれ/2012年〜京都大学/2016年〜京都大学平田晃久研究室で「新建築社 北大路ハウス」の設計に参加/2018年〜京都大学平田研究室博士後期課程/「新建築社 北大路ハウス」に2018年〜入居、2020年〜管理人/2021年〜砂木

    大須賀嵩幸
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    「馬木キャンプ」(『新建築』1309)。/提供:大須賀嵩幸

    「おおきな曲面のある小屋」(『新建築』1306)。/提供:大須賀嵩幸

    「石の島の石」(『新建築』1612)。/提供:大須賀嵩幸

    「小豆島建築ミーティングvol.5」の前日に「馬木キャンプ」で開かれた馬木ローカルミーティングの様子。地域の人たちと建築家が再会し、馬木の今後をテーマにトークを行なった。/提供:大須賀嵩幸

    和室で車座になる登壇者たち。/提供:大須賀嵩幸

    吹抜け空間に集まり、和室の登壇者たち(奥)の議論を聞く観客。/撮影:新建築社

    小豆島ハウスは階段を上った先にある。/提供:大須賀嵩幸

    既存壁紙を転写したUVプリント合板。/提供:大須賀嵩幸

    シロアリの被害部を3Dスキャン技術を用いて補修した梁。/提供:大須賀嵩幸

    2階から海を見る。/提供:大須賀嵩幸

    右奥の建物がエリエス荘。2020年に解体されてしまった。/提供:中村桃子

    fig. 11

    fig. 1 (拡大)

    fig. 2