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2021.10.20
Essay

感覚的思考の鍛錬へ

新建築論考コンペティション2021|佳作

岡野愛結美(フリーランス)

コロナ前に起きたこと

建築を学び始めてから程なくして東⽇本⼤震災が発⽣し、設計事務所に⼊所した年には熊本地震が発⽣した。そのため建築を学ぶ上で、震災は常に⾝近な課題であった。特に東⽇本⼤震災は、福島原発事故を引き起こしたことで、地震や津波といった⾃然災害と⽔素爆発や放射能汚染といった⼈的災害が重なった未曾有の⼤災害であった。しかしこの災害が起きるまで、都市に⽣きる私たちは⽇々消費しているエネルギーが福島で⽣産されていることなどまったく意識していなかった。また原⼦⼒発電が広島・⻑崎の地を焼き尽くした核兵器の技術を応⽤したものであり、⼀度間違いが起きれば恐ろしい規模の災害と⾃然破壊、環境汚染を引き起こすことすらも想像することなく⽣活していた。⼈間が⾃然を⽀配したと勘違いし、根拠なき安全神話を信じきっていた。
社会学者のブルーノ・ラトゥールは、近代の枠組みは⾃然と⼈間社会を完全に分離し、その中間領域にある両者のハイブリッドや連関を除外し、ブラックボックス化してしまったと述べる(a)。それは私たちがあまりにも当たり前にエネルギーを消費し、エネルギーと⾃然の間にある連関をまったく意識していなかったことを指摘している。そしてこの⾏為こそが、社会を効率化し、⽣産スピードを上げ、モノに飢えることのない豊かさに繋がるとされたため、⼈びとはその中間領域にあるものを「意味がないもの」として切り捨ててきた。このような近代の枠組みの中で⽣きてきた⼈間に対し、東⽇本⼤震災は⾃然災害と⼈的災害を同時にもたらし、そしてこの中間領域にある、私たちが⽬を向けてこなかった連関にこそ、理解すべきものがあることを教えてくれた。それは⾃然・エネルギー・化学・政治・経済など多分野が複雑に絡みあった連関であり、建築分野もこの連関の⼀旦を担っていた。
私は、⾃分がこの⼤きな連関の⼀端を担う者であることを⾃覚し⾏動することで、東⽇本⼤震災の当事者となり、近代とは異なる新しい道筋を描く⽅法を模索したいと考えている。

コロナ禍で起きたこと

東⽇本⼤震災での学びはすぐにすべてが実践できるものではなく、⼩さな動きとして社会に浸透していった。エネルギーや⾃然を⾒直し、災害に備えることはできても、⾼度消費社会に組み込まれ、オリンピックを控える私たちは、⽣産の⼿を省みることができなくなっていた。⼀⽅、私たちの⽣活を⽀えるコンピュータは、超⼈的なスピードと24時間休み知らずの体⼒を持った労働⼒として働き続け、インターネットの普及はたとえ真夜中でも地球の反対側の労働と繋がることを可能にしていた。これらは世界の列⾞・⾶⾏機・船の物流を正確にコントロールし、次から次へとモノを⽣産・供給することで、私たちの⾼度消費社会を⽀えていた。
2020年の年明けに、新型コロナウイルスが私たちの⽇常にやってきた。横浜港に寄港した⼤型客船ダイアモンド・プリンセス号は、乗客3,711⼈中712⼈が新型コロナウイルスに感染し、乗船していた⼈びとは14⽇間船内隔離され、その様⼦が毎⽇テレビで報道されるようになった。この頃から⽇本でも新型コロナウイルスが急拡⼤し、3⽉にはリモートワークが普及、外出⾃粛の呼びかけが始まった。世界中で同時に⾏われた感染対策は、⼈流・物流を制限し、集団⼼理や倫理観が問われ、これまでの⽣産スピードは必然的に緩やかになっていった。社会で働く私たちひとりひとりも、リモートワークで通勤の時間が短くなり、⽣産⾏為以外に費やす時間が少しずつ増えていった。
こうして得た余暇の時間に⾏われる仕事以外の⾏為を⼀般的に趣味と呼ぶ。趣味は元々、ものごとの趣、またはそれを感じ取る能⼒を意味する⾔葉だ。私たちが今起きているものごとを感じ取ることで、コロナ以前の⼩さな動きが後押しされ、社会に広がりつつある。⾃然と近い暮らし、⾃分で⾷物を育て収穫する暮らし、ゴミを出さない暮らし、原⼦⼒に頼らない暮らしといった声が⼤きく聞かれるようになることで、⾃然と⼈間社会を分離してきた⾼度消費社会が私たちの「習慣」の側から刻々と変わるのを感じている。
コロナ以前、多くの都市⽣活者は平⽇の夜と週末しか、住まいに向き合う時間が与えられなかったため、それは⾷べると寝るためのものだった。さらに⾔えば、週末も住まいの外に娯楽のための施設が⽤意されていた。それらの施設は亡霊の魂のような集団⼼理に従い、合⽬的なつくりや仕組みで、ひとつの⽤途でしか使うことができない。たとえば、私の家の近くにある運動公園は区境に位置するが、⽚⽅の区⺠にしか使⽤が許されていない。唯⼀⾃由に使える広場は管理⼈さん⽈く、「この広場でできることは座るか昼寝か読書するくらいですよ」とのことだった。このような仕組みは集団⼼理にもとづくから、⼈⼝の多い都市に現れやすい。しかし私たちの習慣は変わっていくから、都市に不⾃由を感じる⼈は地⽅へ移住していく。都市が変わらなければ、趣味のある⼈はいずれ都市からいなくなってしまうだろう。いずれにせよ、私たちは新しい習慣にもとづいた空間が必要になる。それは余暇の時間で増えた⼈間と住まいのやり取り、⼈間と⾃然のやり取りから発⾒されるはずだ。

遠くのご近所付き合い

地⽅創⽣や観光業のフィールドで最近よく聞かれるのが、関係⼈⼝という⾔葉だ。この⾔葉の定義の重要な点は当事者意識であり、故郷であることや定住していることは重要ではない。意識的に町に関わる気持ちがあれば、海のない町の⼈が海のある町に関わってもいいし、棚⽥がない町の⼈が棚⽥のある町に関わってもいい。住むを超えてよいものを共有しようという価値観で、バブル崩壊後、お⾦ありきの経済成⻑ではなく⼩さなコミュニティへの志向性が⾼まっていることが背景にあるとされている。さらに地縁の希薄化に代わって、ソーシャル・メディア上のコミュニティが発達したことで、メディア上で価値観を共有していれば、週1回、⽉1回とその町に出⼊りするだけでも⼗分な当事者意識を醸成できるようになった。
私たち設計者は、関係⼈⼝に近い属性を持っている。建築という⼟地に固定されたものをつくるということは、住まずとも⼀定の期間はその場所と繋がり、往来し、四季を味わう。その⼟地の当事者として、歴史や⾵⼟を学び、地元の⼈びととふれあい、そして時には地域では当たり前とされている習慣に⽬を向け、それを書き換えていく。そして選び取った材料などのモノや技術を持った⼈が縒り合わさって、建築はつくられていく。この地域に⽣まれる新しい連関の⼀旦を担う。関係⼈⼝とはつまり、地域の連関に意識的かつ持続的に関わる⼈を指している。
関係をもっとささやかな範囲まで広げてみる。設計事務所で働いていた時、路地に⾯して格⼦⼾の⽞関扉がある住宅のメンテナンスを担当した。家主から聞いた話だが、ある⽇同じ路地沿いに住む隣⼈から「家のガレージシャッターを新しくするから、同じように格⼦にしたい」と⾔われたそうだ。稀に聞く話ではあるが、⾃分がこの体験に実際に遭遇したとき、その隣⼈が地域の⾵景の連関に意識的に繋がっている喜びを感じた。

藤村記念堂

私にとって空間以上に、このような⼈・モノ・技術の連関を意識したきっかけは、修⼠論⽂で取り組んだ藤村記念堂との出会いがある。
藤村記念堂は1947年、中⼭道沿いの岐⾩県中津川市⾺籠宿に建てられた。建設は敗戦後、戦争から引き上げてきた⻘年団を中⼼にすべて村⼈の⼿仕事によって作られ、建築材料も物資不⾜の中、⼩学⽣までもが川から⽯を運び、壁⼟にはすぐそばの畠の⼟、⽡が不⾜すれば既存建物の屋根を板葺きにして資材を寄進し進められた。
この記念堂の造形は、藤村の詩の精神とその精神のもとに集まった村⼈の⼿仕事とその⼟地の材料でできており、時代や環境と重なって、建築の意義・構成・素材・建設・運営の中に⼀環した連関を⽣み出している点で稀少な建築である。
私はこの稀少な事例を⼿がかりに建築をとりまく⼈・モノ・技術の連関の質から、建築の価値を定義する修⼠論⽂に取り組んだ(b)。具体的には、建築サイクルを⼤きく計画・建設・運営の3段階に分割し、段階毎にひとつのモノを起点に⽣まれる「モノ─⼈─モノ─技術─モノ─⼈─モノ」(建築部位・部材─施⼯者─材料─加⼯─原材料─供給者─⽣産地)などの⼀連の⼈・モノ・技術の繋がりを1連関単位として抽出し、この連関単位の種類を研究した。研究にあたっては特徴的な連関を持つ22の事例を選び、⽂献・聞き取りを中⼼に調査を⾏った。以下に事例を年代順に列記する。
今村天主堂、藤村記念堂、福島県教育会館、禄⼭美術館、札幌聖ミカエル教会、波照間の碑、⽣闘学舎、三州⾜助屋敷、⼈間性回復研修センター、伊⾖の⻑⼋美術館、盈進学園東野⾼校、東京多摩学園、神⻑官守⽮史料館、森美術館、紙の教会、ツバキ城、ひかり保育所、神流町中⾥合同庁舎、北沢建築⼯場、穂積製材所プロジェクト、⾺⽊キャンプ、南相⾺コアハウス
連関単位は直列型、分岐型、合流型等に分けられ、複数の連関単位に同じ⼈やモノが現れるなどいくつかの事例に共通して⾒られる特徴もあれば、連関単位に作業場や宿泊所、職⼈の⽣活の世話や技術指導などの特異的なモノや技術が現れることもあった。この連関単位の違い、⼈・モノ・技術の要素のかたよりや重複が連関の質や幅を⽣み、建築作品の性格付けに寄与していることが明確化され、論⽂を通して改めて、⼈・モノ・技術ひいては⾃然・社会の連関の形成が建築の価値として認められることを明らかにできた。
ところで、⼀連の連関に関する調査は建築の専⾨誌だけでなく、当時建設にかかわった⼈への聞きとりが記録された『藤村記念堂五⼗年誌』(c)も資料とした。この資料には「お互いの記憶違いと思われる部分も多々あろうかと思いますが、あえてその整合性を問わず、そのままの談話の掲載といたしました」と前置きされている。論⽂であれば裏付けされた真実のみを取り扱い、ひとりよがりな⽂章を書いてはならない。しかし私が修⼠論⽂であえて聞きとりを資料としたのは、連関は不確定なものでその時代・⼈・場所の中で変化していくことを当然と思うからである。
⾺籠宿での現地調査の途中、畑と⺠家が混在する町外れで、急に通り⾬に降られた。私は中⼭道を歩くのも疲れたので、丁度⽬に⼊った東屋で通り⾬が⽌むのを待っていた。そこへ畑仕事を終えたおばあさんがやってきて、なんとなく世間話が始まり、私が藤村記念堂を⾒に⾺籠に来ましたと⾔うと、おばあさんは「私はその頃⼩学⽣で、⽯を何度も運びました」と思い出話を始めてくださった。現代⺠話の第⼀⼈者である松下みよ⼦⽒の『現代の⺠話』(d)という本の中で、⼝承と書承は⾏ったり来たりしているもの。⼝承の材料が、⽂献に定着し、またその⽂献から出た材料が、囲炉裏端で語られるとある。囲炉裏端で語られる建築は、語り⼿が主体的に語ることで、何度も咀嚼され、余計なものが削ぎ落とされた鋭敏な連関を伝えているように思う。

空き家は何を失ったか?

⾕⼝吉郎⽒は、『藤村記念堂五⼗年誌』の寄稿で、この記念堂はすべて農⺠⾃⾝の「⼿仕事」でつくられたが、⽇頃から⽔⾞、農具、⾺具を⾃分の⼿でつくる村⼈の仕事は、専⾨の職⼈も及ばぬほど器⽤だったと述べた上で、設計も、その⾵⼟の技術と材料に応ぜねばならなかったと述べている。つまり、この建築は⼈びとの習慣の集積によってつくられている。ひとつは島崎藤村の詩の精神性の共有と、もうひとつは⽇々の暮らし(鍛錬)である。
建築が結節点となり、戦後の引揚者や農⺠・その⼟地の材料が集められ、連関が多⾯的に補強されることで、簡単に壊されたり崩れてしまわない⼒強い建築ができる。
現代の建築が30年程のサイクルで代替わりする要因のひとつは、建築をとりまく連関がとても⼩さく、30年建つとその連関に関わった⼈やモノがいなくなり、精神的にも空間的にも空き家となってしまうことにあるのではないだろうか。奇跡的に、次の世代の⼈に⾒出されることがなければ、解体を待つのみだ。
そうならないためには、⼤きな連関をもつこと、さらに建った後にも広がっていく連関を許容する建築であることが必要だ。
極度に専⾨化・商品化した建築ではなく、⼈が⼿⼊れしやすいこと、また⼈は建築に関わる最低限のスキルを複数持つこと、そのスキルを知っていることが⼤切で、建築側も⼈間側も配慮が必要だ。私たちはスマホひとつでほとんどすべてのものを簡単に⼿に⼊れることができるようなったが、その分私たち⾃⾝が本来持っている思考や実践のスキルを忘れてしまっている。思考が⽌まり、スキルが失われた結果、人びとは建築というブラックボックスを専⾨家任せにしている。
昔から、建築もその他の分野も、専⾨家だけでなく誰にでも開かれている。フランス⼈庭師ジョセフ・モニエは、⾦網にセメントを流し込むことで、強度の⾼い植⽊鉢を発明し、1867年のパリ万国博覧会で発表した。これを博覧会で⾒た建築家や技術者たちが建築分野への応⽤を試み、鉄筋コンクリートという現代になくてはならない技術が⽣まれた。私たちは、⼀⾒異分野と思われるものに⽬を向け、お互いを補い合うことで、新しい創造が⽣まれることを知っている。
建築は建築関係者の中でつくられるという内⾯化された常識をひとまず置いて、⼤きな連関をつくることに苦⼼して趣味を求めてもそれは⼈⽣100年時代を⽣きる私たちにとっては早々無駄な時間にはならないはずだ。
⼈間の習慣やスキル、⾃然との連関を考えるうちに、今和次郎の考現学をふと思い出した(e)。柳⽥國男に師事し、⺠家研究を⾏った彼のスケッチからは⽣業のための付属屋、その⽣業に付随する家事労働や年間⾏事についての細かいリサーチが同時に読み取れる。彼の眼差しには、⺠家だけではなく、⽣業を⽀える道具や材料、スキルが映っていた。彼は⺠家のもつ空間性をそれらの付属物に⾒出していた。

ブリコラージュのスキル

フランスの社会⼈類学者・⺠族学者のクロード・レヴィ=ストロースは著書『野⽣の思考』(f)の中で、近代科学では「未開⼈」とされてきた⼈びとの思考が、⾃然環境に対して⾮未開⼈とは全く異なる知的秩序を持っていることを指摘した。そしてこの未開⼈の思考を、近代科学に対して具体の科学と呼び、この思考が現代のわれわれにもブリコラージュ(器⽤仕事)とよばれる仕事の中に残っていると指摘する。ブリコラージュとは、⾮本来的なありあわせの道具や材料を使って⾃分の⼿でものをつくることを⾔う。このありあわせの道具や材料は、前もっていろいろな機会にストックされた⼈間の製作品の残り物=⽂化の部分集合であり、これと対話することで、⼈間は今与えられている問題に対しての回答を導く。
私は今、このブリコラージュを⼈間の多様なスキルの交配として捉え、建築すること・⽣活することについて隣接する⼈やモノとのやり取りから考えていきたい。
もちろん近代科学と具体の科学、どちらか⼀⽅の思考があればよいわけではない。しかし都市の⼈間は、あまりにも物質にふれないあまり、数字的な情報でしか判断することができなくなってしまった。その結果、数字を前提とした近代科学的思考へ偏重しすぎているのではないか。⽇々SNSで流れてくる新型コロナウイルスの新規感染者数と死者数を眺め、近代科学を超えた惨事を前に思考を停⽌しているのが今の私たちではないか。この均衡を取り戻し、秩序ある連関を取り戻すことが、私たちが思考を取り戻す道筋になるはずだ。

数字的思考と感覚的思考

コロナの影響で最も変化があったのは⾷習慣ではないだろうか。東京に住んでいることもあり、繰り返しの緊急事態宣⾔でほとんど外⾷ができなくなってしまった。そのためいかに美味しい材料を⼿に⼊れて、美味しく調理するかのスキルが問われるようになった。その探究は美味しい野菜・⾁・⿂はどこで⼿に⼊るのかを探すこと、どうやって育てられているのか知ること、⾃分で野菜を育てること、コンポストで堆肥をつくることなどに⾃然と繋がっていき、それは⾃分の⽣活をひとつの循環の中で捉えるという感覚を習得することに繋がっている。
⼈びとはなぜコロナ禍を通して、家庭菜園やコンポストといった⾷習慣の探究に熱⼼に取り組むのか、それは⼈間が本来持っている科学的思考と感覚的思考(*1)のうち、感覚的思考を養うためと⾔うことはできないだろうか。アメリカやオーストラリアに代表される⼤規模農業で⽣産された作物を定量的に⼝にするのではなく、都市近郊の⼩さな⽣産緑地や家庭菜園で⽣産された作物を定性的に⼝にすることは、ある⼀定量の作物サイクルに対してどれほどの⼟(地⾯)と⼿間と堆肥と⼈の関わりが必要かを都市の⼈びとに数字的ではなく、感覚的に教えてくれる。さらに⾔えば、われわれの味覚や嗅覚をはじめとした五感にはまだその感覚が残っている。建築で例えるならば、ウッドショックで翻弄される輸⼊材の供給を⾒直し、国産⽊材の源流を訪ねる。建築資材が、どのように再資源化・単純焼却・埋⽴処分されているかを⾒る。資材をカタログ以外の⽅法で選ぶ。解体ではない空き家の使いみち、第⼆の⽤途がもたらす空間の豊かさを知る。⽇々建物内で消費するエネルギーの⽣産過程と副産物を知る。このように⽇々の暮らしを実践や当事者意識の元に感覚的思考で捉え、新しい習慣を⾝に付け、空間に還元していくことがこれからの建築を考えることに繋がる。
この感覚は時に、科学よりも先回りした未来を予測するのに役⽴つとレヴィ=ストロースは述べている。彼がそう確信するのは、未開⼈の知性や秩序の中にある習慣が科学的に裏付けされていく現実を⽬の当たりにしているからだ。科学的根拠や数字的根拠が席巻する現代で、どうしても乗り越えることができない震災やコロナ禍という壁にあたったとき、⼈間は本能的に感覚的思考の鍛錬に向かう、⾷への関⼼の⾼まりはそのような現象に私は思う。

東⽇本⼤震災のエネルギー問題、コロナ禍でのすまいや⾃然とのやり取りの⾒直し、新しい習慣、遠くのご近所付き合い、藤村記念堂のアクターネットワーク、スキル、ブリコラージュ、感覚的思考まで、連関を⼿がかりに論考を繋げてきた。
たとえば環境によい素材を使うことはもちろん⼤切だと思うのだが、それをただ消費することで、免罪符を獲得したと誤解してはいけない。それは結局、今起きていることを⾃分の外側で解決していることにほかならない。素材の循環を可能な限りの近視眼を外して⾒直す。既に⾝の回りにあふれている化学製品との付き合い⽅を考える。その上で、私は震災やコロナ禍を通してどうしても⼈間側の反省を促されているように思う。その意味で、私は⾃分のスキルを選択し、感覚的思考を鍛錬し、⼤きな連関への関わり⽅とつくり⽅を、建築を通して考えていきたいと思う。




*1:レヴィ=ストロースは科学的思考に対して神話的思考という⾔葉を⽤いている。これは呪術や神話が因果性の真実を無意識に把握していることを指摘し、感覚的なレベルでの体系化を試みる思考である。ここでは情報社会、特にSNSで流布する数字情報に頼った思考を数字的思考と呼び、神話的思考を感覚的思考と呼ぶことで、数字的思考の対義を強調した。


参考文献
a. ブルーノ・ラトゥール『虚構の近代』(新評論、2008年)
b. 岡野愛結美『モノ・技術・⼈の連関からみた建築作品(1)(2)』(⽇本建築学会⼤会学術講演梗概集、歴史意匠、pp.313-316、2016年)
c.『藤村記念堂五⼗年誌』(財団法⼈藤村記念郷、1997年)
d. 松谷みよ子『現代の⺠話』(河出書房新社、2014年)
⺠間に⼝承されてきた説話のことを総称して⺠話と⾔う。本書は「サケとタケ」という⽇本の世情を笑い話にする⺠話から始まる。⺠話には社会的・政治的歴史の記録とは別の、時代ごとの⺠衆の未来への願いが込められている。その点において、⼝承による建築談話の貴重性を感じている。
e. 今和次郎『今和次郎 採集講義』(⻘幻舎、2011年)
f. クロード・レヴィ=ストロース『野⽣の思考』(みすず書房、1976年)


岡野愛結美(おかの・あゆみ)
1990年東京都生まれ/首都大学東京(現・東京都立大学)建築都市コース卒業/東京工業大学大学院修士過程修了/2016〜21年アトリエ・ワン/2021年〜フリーランス

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