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2021.10.20
Essay

夢の中で暮らすことから始まる都市の公共性のこれから──ロックダウンとコロナ禍の閉じた体験が開いた可能性

新建築論考コンペティション2021|1等

石田康平(東京大学大学院博士課程)

Ⅰ. 他者の痛みへの想像から考える閉じた空間と公共性

0. 近接しすぎた現実と格闘した個人的な時代としてのコロナ禍

コロナ禍は目に見えづらい災害でもあり、目を閉じられる災害でもあったように思う。狭い家に閉じこもり、行動は制限され、可能性は閉ざされていた。本当のところ何がどこで起きているのか知りようがなく、その曖昧模糊とした恐怖は人びとの心を蝕んだ。リモートであっても、何かから離れることは相対的に別の何かに近づくことでしかなかった。僕らの目の前には混乱とともに仕事や生活といったリアリティが詰め寄るように立ちはだかり、視界を覆い尽くしていた。世界は不確かで朧げになり、近接したリアリティは過剰なまでに圧迫的だった。だからこそ僕らは、自分のための別の居場所を求めていたのではないか、という気がする。
もしも僕らが自由に夢を見られたなら、ロックダウンの中でももう少し穏やかに暮らせただろうか。もしも近づきすぎたリアリティから好きな時に距離をとれたなら、人は鬱に苦しむことはなかっただろうか。これほどまでに、人が心を病んで死ぬことはなかっただろうか。

1. 自分の鬱から想像する統計の中の死と必要だった居場所

コロナ禍が誰にも全貌の掴めない災害であったからこそ、僕は自分の閉じた経験に目を向けることから始めたい。2020年4月から5月にかけての覚束ない日々を思い出す。その時期、僕はほとんど鬱に近い状態となった。
忙しすぎたせいもあるのかもしれない。ちょうど建築の博士課程に入り、環境が変わったところだった。生活費と研究費を稼ぐため仕事をしながら研究論文を複数書いていた。研究室ではプロジェクトも担当し、後輩の論文指導と運営雑務も行う。そうした中で博士論文を書いていた。それらは同時に進んでいたから、確かに忙しかった。
混乱の当初は自宅に十分な通信環境がなく、巨大なデスクトップPCを箱に詰めて担ぎ、タクシーに乗って通信環境のある場所まで移動して作業し、また箱を担いで家に帰った。通信環境を整えスムーズに仕事ができるようにしなければ周囲の人間に迷惑をかける。そんな居心地の悪さがあった。
通信環境が整えられて以降は、朝から晩まで変わらずひとりで家にいる。そのことが苦痛というよりも、食事に行くことや買い物に罪悪感を覚えながら暮らすこと、近所でふと見かけるマスクを外して大声で話す人びとにゲンナリすること、そして何よりも、多くの人が社会のために働いているのにも関わらず、自分は自分のことだけで手一杯になっているという情けなさと罪悪感、そうした日々の少しのストレスと苦悩が狭い部屋の中に溜まり、溺れていくような気がした。
蛍光灯を消して蝋燭を灯し、音楽をかけ、落ち着こうとしても一向に涙が止まらず咽び泣く。2020年6月ごろのメモには「どこかによい折師はいないものか」とある。折師とは、骨をうまく折ってくれる人を指す造語であるらしい。骨を折ってもらい手術が必要になり入院すれば、目の前の現実から否応なしに逃れられるのではないか、と考えたらしかった。
程度の差こそあれ、僕と似たような人びとはたくさんいたようだった。多くの人が自ら命を断ち、DVや鬱は社会的な問題として少しずつ顕在化してきていた。家族と暮らしている人ほど苦痛は大きいようだった。コロナ禍での何よりの問題は、オンラインとオフラインを組み合わせた居場所の創出であり、近接しすぎた家族やリアリティの中での公共性とのバランスなのだという気がした。ひとりの部屋があれば気楽であると言えるほど、シンプルな問題でもなかった。
建築家は沈黙していた、と思えてならない。建築に関わる人の多くが論じたのは茫洋とした遥か先の都市の変化か、現場での確認の難しさや対面の必要性などの自身の仕事のことのように見えた。10年先のまちづくりについて聞きたいのでも、やはりデジタルは脆弱だとそんな低レベルのことを聞きたいのでもなかった。建築家の職能が設計のみならず運営や管理の提案にまで拡張されてきたように、オンラインとオフラインの組み合わせからなる一体的な体験と居場所についての知見と提案を人びとは切実に必要としていた。その不足は家族の分断を生んだし、たくさんの死も招くことになった。安心できる居場所もないまま苦しみ不和や鬱によって死んだ人について、多くの人は統計から想像するしかない(*1)。

2. 家に閉じられた中での人びとの新たな空間利用と空白の効用

2020年5月の緊急事態宣言の最中に、僕はある調査を行うこととした。研究者として、少しでも社会に貢献したいと思った。ロックダウンの中で起きていた人びとのオンライン空間とオフライン空間の組み合わせの実態についてなんとかして調査し、今後それらのバランスを考えていく際の手掛かりとなる記録を作成しようと考えたのである。
調査では、今和次郎らをはじめ手書きで図面を描きながら生活の実態を調べた計画系の研究者の手法をオンライン化することを試みた。オンラインで被験者と実験者の僕で一緒に彼らの住んでいる家の図面を描きながら、その図面の中にデジタルにポストイットを貼り、どの空間をどのように変化させたか、どこでどんな行為が生まれてきたかをインタビューし記録していった(*2,3)fig.2
ひとつひとつの特徴的な空間利用の変化や工夫の経緯を詳しく聞くにつれ、それぞれは少しのストレスが元となっていることが分かった。彼らはそこまで深刻に思い悩んでいるようには見えなくとも、日々小さな苦痛を集積させながら暮らしているのだと知った。
多くの人が、自分の部屋に都市を持ち込もうとしているように見えた。仕事空間とプライベート空間を香りなどによって区別する事例も見られたが、新たに部屋に照明を追加し、元あった蛍光灯と新たな照明を切り替えられるようにしたことで非日常的な雰囲気を演出しようとした人もいた。それはふたりのシェアハウスでの工夫であったが、彼らが以前よく行っていたシーシャ屋の雰囲気をつくり出し、リラックスできるようにしようとした。こうした住宅の分節と都市化とも言えるような変化は多く見られた。複数の居場所を仮想的につくり出そうとしているようにも見えた。そうした中で僕が特に興味を持ったのは、ふたつの事例である。ひとつの事例は、ある学生のものだ。彼は寮に暮らしており、その寮のベランダにぼんやりと外を眺めるための椅子を持ち込んだ。周囲の部屋や廊下からは見えない位置におき、そこでぼんやり過ごしたという。同時に、彼は2時間以上の散歩を毎日行うという新たな生活習慣を生み出してもいた。それはほとんど儀式的ですらある。彼は自由な空白を求めているように思えた。
もうひとつ、経営者の男性の部屋の工夫に注目したい。彼は部屋の間取りを変更して、L字の机を設置したfig.3。オンラインをベースとした仕事用の机とPCやスマホの電源を切り読書に没頭するための机が置かれ、その先のベランダにはやはり椅子が置かれていた。そこではスマホも本も読まずにぼんやりと過ごし、ときおり考え事をするという。僕が面白いと感じたのは、その空間がグラデーショナルになっていることだった。オンラインのための場所は主に仕事のための場所であり、次第に自分だけの深い場所へと繋がっていく。その連続性が、深い「ぼんやり」へと彼を導いているように思われた。彼は家族と同居しており、そこが自分のための居場所となっていた。
ふたりの事例に共通するのは、何かを見ないことによって別の何かを見出そうとする試みだった。彼らは自分の世界でありつつも閉じた世界の中に何もない空間をつくり出し、そこに新たな何かを見出そうとしていたのではないか。ジョルジュ・バタイユが、無意味とは意味の喪失ではなく意味の未発見であると示唆したことが思い出された(a)。彼らは狭い世界の中にいるからこそ目を閉じてしまった。そうして自分自身から引き出される新たな世界イメージを環境化し、そこで応答することで思考を進めようとした。空白はそのためのスクリーンだったのではないか、と思うのである。彼らにとってオンラインとは切実で不安に満ちた現実であり、むしろ家のオフライン空間の方がまだ目を逸らすことのできる非現実としての側面を持っていた。だから彼らはそこに新たな居場所を見出そうとしたのではないか。

3. 開き始めた都市に持ち込まれた閉じた居場所とその干渉

2020年の夏から冬にかけて世界は恐る恐る開き始め、こうした自分の居場所を求める気持ちは、次第に都市の中に持ち出されるようにもなっていく。街中やカフェでワイヤレスのイヤホンをしている人は格段に増えた。都市ではPokémonGOなどのARコンテンツをしている人も増えた。そうした人たちは突然に話し出したり、何か笑い始めたり、驚いたりする。まるで新宿かどこかの酔っ払いか、狂人に見える。彼らは幻覚を見ているのかもしれなかった。僕たちはその行動の根拠を共有できない。勝手に自分ひとりで幻覚を見ているならまだしも、そうした人たちの予測不能な行動によって他者は影響を受ける。その突発的な声や振る舞いに戸惑うことは以前と比べて増えた。デジタルが当たり前に存在する世界では、そうした幻覚のような現象も前提として公共性を考えざるを得ないように思える。
カフェには家を逃れ思い思いの寛ぎ方をしたい人と、家を逃れてミーティングに参加したい人などが混在していた。コロナ禍で人びとが家の中で閉じていた習慣と、自分だけの閉じた場所がほしいという欲求が漏れ出したようだった。以前にも増して、人びとは自分の世界に閉じていた。イヤホンによる世界は閉じている。しかし存在としてはカフェという開かれた場所にいて、空間はたいていそこまで物理的に広くなく、世界は干渉し合う。
僕が印象的だったのは、子連れの女性がカフェのスタンドに座り、両隣でZoomによるオンライン会議が行われていた光景だ。子連れの女性は眠る子どもを抱いたまま席に座り、ほっと息をつこうとしていた。ロックダウンの中では子どものいる家庭の人ほど精神的に限界を迎えているようだった。カフェでの時間は、束の間の彼女の休息であったのかもしれない。両隣の人びとはディスプレイの向こうの誰かと議論をしていた。女性は子どもが起きないか心配し、やがてすぐに出て行ってしまった。しかしZoomで会議をしていた彼らも、子どもと妻のために家を追われたのかもしれなかった。
閉じると開くということは、ひとつの数直線上にある概念ではないのだろう、と思う。それらは異なる別のパラメータである。だから閉じていることと開いていることのズレが生まれてくる。閉じているのに開いているから、状況は他者に共有されないまま急に笑い出して周囲に困惑させるような奇妙な存在が生まれる。しかし僕はこのズレに可能性を感じた。

4. 豊島美術館での体験が示唆する閉じた世界の相互的な反響

こうしたズレについて、「豊島美術館」(西沢立衛建築設計事務所、『新建築』1101)での体験をモデルとして考えてみたい。豊島美術館は水滴のような平面を持つ、シェル構造の大きな一室の空間であり、内藤礼の「母型」という作品だけが展示されている。豊島にフェリーで着いて、自転車で山を登る。それは参道を登る体験に似ていた。豊島美術館に辿り着き、小さく窄んだ入口を抜けると壮大なコンクリートシェルの大空間が広がっており、シェルにはふたつの大きな穴が開いている。モルタルの床に穿たれた小さな穴からは水の玉が滲むように少しずつ湧き出ていて、それが床の勾配に沿って巨大な光の円の中へ流れ込み、溜まる。僕らはその水を避けて歩かなければならない。空間の主役は水に思え、水が光の中に集合し祈りを空に捧げているようだった。そしてそれは島についた瞬間から始まる一連の体験を通して構成される神聖な場所でありつつ、同時にノイジーな空間でもあった。
コンクリートシェルの内部は過剰に音が反響し、ジャンパーを脱ぐ音ですら反響する。誰かの話し声は端と端にいてもしっかりと聞こえてしまう。神聖さは自分だけの不思議な夢に迷い込んだようであり、音によるノイズは夢から覚まされるようだった。そのアンバランスは奇妙だ。自分だけの神聖な世界があるが故にノイズが疎ましく、しかしノイズがあるが故にむしろしっかりと自分の世界に集中して浸ろうとする自分に気がつく。僕はそのズレを面白いと思った。閉じると開くということがズレるからこそ、むしろ閉じた世界は反響し相互作用しあう。ひとつの宗教空間のような美術館はそうしたズレによる反響がもたらす公共性のあり方を、今の時代の中で改めて端的に示唆しているように思われた。

Ⅱ. 夢という位相を設定して考える人の居場所

5. 別のリアリティとしての夢のあり方と世界認識

夢は近代以前、非現実というよりもむしろ現実の一部として存在した。覚醒している間の世界が身体を持って理解できるリアリティであるとすれば、夢は魂を介して入れる神仏の世界だった(b)。それは誰も立ち入ることのできない個人的なリアリティでありながら社会の一部であった。だからこそ、夢のお告げは社会に作用した。夢で出会えた誰かとの関係性を信じた。それが現実だと思っていたからだ(c)。
近代を通して社会は複雑になったとしばしば指摘される。しかしおそらく複雑になったのではなく複雑さの様相を変えてきただけなのだろうと思う。中世までの社会では、人は家や土地や制度に縛られ閉じていた。そこには複雑に絡み合った人間関係が存在し、婚姻も自由にはならなかった。十分すぎるほどに社会は複雑だった。
僕はそうしたかつての社会的な状況と中世までの夢の概念を結びつけて考えざるを得ない。日常の社会が閉じている中で、人びとは別の居場所を求めていたのではないかと思う。そのひとつが夢だったのではないか。だからこそ、夢は単なる現象を超えて世界そのものを指す概念ともなる。「この世は夢」という言葉に代表されるように、覚醒している間の現世こそ不確かで朧げなものであり、むしろ神仏の世界の方が確かであるとする考え方も生まれたのだった(d)。
時代の発展の中で、どうしようもなく混濁したリアリティを調停するための道具としての夢や信仰は、必要ではなくなっていったのかもしれない。僕にはそれは移動可能性のせいであると思われる。移動が可能であるという事実によって僕らは世界中に自分の居場所を見出せた。ロンドンもニューヨークも十分な存在感を持ったリアリティであった。近代はリアリティを乱立させすぎたのかもしれない。しかしそれらは予感としてのリアリティでしかなく、ある意味ではバブルだった。
飛行機や船、衛星などの宇宙技術の発達と同じ時代の中で、それらの発展によって役目を終えたかのように夢はかつての聖性を失い、夢を無意識の自己の表出と捉え精神分析の道具としたフロイトやユングらの考えが台頭していく。別のリアリティとしての夢は必要なくなってしまったのである。一方でそうした流れとは逆にデジタル技術による閉じている世界もまた世の中にたくさん存在するようになった。それらは区別がつかなくなりつつあり、新しいうつとうつつの様相が浮かび上がりつつある。その混融可能性自体はこれまで重ねて指摘されてきたが、コロナ禍はその領域へ人を推し進め、新たな公共性の問題を顕在化させた。

6. ロックダウンでのリアリティの喪失がもたらした鬱

ロックダウンで閉じられた時、僕はいかに予感としてのリアリティに囲まれて生きてきたかを実感した。可能性を奪われているという事実は世界を確実に狭めた。
人は他者を想像する時、その人自身を想像するというよりも、その人のいる状況や環境を想像し、そこに自分が仮想的に入りこむことによって他者の内面を理解する。だから単一なリアリティに生きる時、人は別のリアリティで生きる他者を想像できない。複数のリアリティを人は揺れるように行き来しながら生きている。だからこそリアリティの複数性の喪失は他者への想像力の欠如を生み、人びとの分断を招いた。
同時に、想像力の欠如は自分自身や同じリアリティに暮らす他者にも向くことになる。他の人の状況と自身の現状を比較できない時、自分たちがはたして大変な状況にいるのかどうか、それすら判断がつかなくなる。そして判断がつかないという事実そのものが、人を混乱させ追い詰める。おそらくそれは僕の鬱そのものであり、多くの人の苦悩でもあった。人が自由に夢を見られたなら、ロックダウンはもう少し安心して過ごせたのではないか、という気がする。僕らは現実から逃避するために夢を見るというよりもむしろ、現実を眺め理解するために夢を見ることができたからだ。

7. 新たな密接を構想するための存在の位相としての夢

人びとはもっと閉じていくのではないか、という気がする。カフェでヘッドマウントディスプレイ(HMD)をかぶる人も増えるだろう。好きなものだけを見て、好きな音だけを聞き、自分だけの世界にひたる。人は都市を夢遊病患者のように歩き回るのかもしれない。VR技術による体験は時折夢のようにも見える。そうしたあり方は以前から少しずつ表出してきていたが、コロナ禍は以前とは比べようがないほどそうした閉じたあり方を許すようになったように思える。世界を閉じられたことへの反動かもしれなかった。
幻覚や幻聴なども含む人の多様な認知は、狂気として都市からは排除されてきた。一方でデジタル技術が都市に溢れる時、やがてそれはデジタルかフィジカルか、あるいは幻覚か区別がつかなくなる。夢とは、像を結んだ別のリアリティであると捉えてみたい。それは人の認知特性によって生じることもあれば、VRなどの技術によっても実現され得る。それは別世界として機能し、新たな公共空間ともなり得る。
僕は、終末期に顕れるシニカルな態度としてではなく、デジタルが止めようもなく世界に溢れ出し、人びとが自分の世界を求め続ける中で、人びとが都市で共存し暮らしていくことを考える上での本質的な概念として夢というありようを捉えてみたい。人が閉じた世界で感じた苦痛、他者の世界をみられないことによって生まれた分断、そうしたロックダウンの中で起きた公共性の問題と、技術による別の居場所の創出と干渉、そしてそうしたありようの都市への流出に鑑みる時、少なくとも都市の公共性を考えていく上では、もはや夢という位相を設定しながら考えていかざるを得ないように思う。

8. 夢の閉じるという特性がわれわれに知覚させる様相

夢の記述を試みるにあたり、VRやMR技術を用いてさまざまに擬似的に夢をプロトタイピングし、広場などの公共空間で用いてみた。そうした体験もまた十分に示唆的であったが、しかしここでは、夢の本質を示唆する、ある別の実験で得られた気づきについて記述したい。
僕が行ったのは、目を閉じて東京の街を数時間歩いてみるという簡単な実験である。それは、なかなかの恐怖を伴う体験であると同時に、東京の都市がまったく異なる表情を持って立ち現れてくるような新鮮な体験であった。同時にその体験は夢という閉じた世界の経験の持つ本質的な特性を浮き彫りにしているように思われた。
僕がその実験の中で最も不思議に感じたのは、距離の概念が変わってしまうことだった。目が見えれば目標地点までのおおよその距離を見て、それを自分の歩幅で割り、距離を歩数で捉えることもできるだろう。しかし目が見えない時、目標地点までの距離を概算することもできない。そこでは、距離は時間になっていた。このくらいの時間歩けばこのくらい進んだだろうと考えるしかないのだ。しかしその感覚は周囲の環境によって歪められる。車や人の多い場所を歩く時、危険への恐怖心から時間は長く感じられ、その結果しばらく歩いたつもりが全然進んでいないということが起こる。逆に安全そうな場所では、歩きすぎたりもする。距離はきわめて不確かな概念となった。この距離の概念は、さらに変わり得る。ある夢の中では汗の量が距離を示すかもしれない。人びとの存在する世界とその認知が多様になる時、距離のあり方が多様になるというよりもむしろ、距離の体系そのものが変わってしまうのである。きわめてシンプルな実験でありながら、実験を通して僕は自身の認知の仕方には無知やバイアスが潜在しており、そこには新たな世界の捉え方がある一方で、夢を見なければ認知できない分断されていた他者のリアリティも存在し得ることを知った。

9. 夢によって介在される世界の干渉と反響がもたらす公共性

夢という位相が設定される時、認知の体系すら変容されながら、閉じることと開くことのズレはさらに複雑な反響を生み出していく。
こうした公共性としての反響の萌芽は、都市の拡張現実によるリアリティがもたらした現象の中に見出すことができる。PokémonGOは都市の位置座標とデジタルコンテンツが紐付けられ、人びとは街を歩きつつスマホを通してARでそこにあるデジタルモデルを探していく、というサービスである。人びとは都市そのものというよりもスマホを通して見えるデジタル世界の現象に没入しており、そうしたありようは夢の萌芽にも見える。
そこではデジタルコンテンツは位置座標と結びつけられており、デジタル空間で何の変哲もない場所にレアなコンテンツが紐付けられることで、普段特に注目されることのない場所に人びとが集合するという現象が見られることがあった。こうした光景を眺める時、ユーザーでない人は疎外感を覚えたかもしれない一方で、そうした様子を起点としてデジタル空間の存在と様相を想像することができた。開かれた場所の中に人びとがデジタルに没入する奇妙な様子が立ち現れた時、その状況によってそこに潜在していた別世界が他者に知覚されることとなり、その結果認識すらされないことで閉じていた世界は他者に対して開かれることにもなったのである。
人が自由に夢をみる時、夢の立ち現れ方によっては、人の閉じた没入を都市の中に生むことにもなるかもしれない。夢を眺める他者に囲まれる時、夢を見られない人はそれまでになかった孤独を感じるかもしれない。一方で、人の夢への没入が開かれた都市の中に見られる時、夢の中の人の行動は他者に意図とは異なる形式でメッセージを発し、そこに認知されていなかった夢の存在自体を他者に対して開く。そうしたズレと夢の世界の干渉と反響に目を向け活用することで、新しい公共性のあり方を志向することもできる。
夢は人を孤独に閉じ込める概念でも、世界をただ分断する概念でもない。むしろ閉じることによって自身の世界を開き、同時に間接的な行動の作用によって他者の世界も開き得る。そうした世界の反響と干渉の中で、人の居場所の創出と公共性を考えていく必要があるのではないか、と思うのである。

最後に:閉じると開くのズレが内包する格差と夢における空間論

人は誰しも自分のための居場所を求めている。時代や環境が変わってもそのことは変わらない。だからと言ってその場所は周囲と完全に独立に存在するわけでもない。そうした陳腐な問いは、新たな位相を必要としながら凄まじい緊迫感を伴って眼前に迫ってきた。
コロナ禍において、閉じることは義務でありつつ権利でもあった。デジタル技術を十分に持たない人や特定の職業の人びとは閉じることすらできなかった。同時にそれは差別可能性を孕んだ規範でもあった。コロナ禍ではしかしその法を破る人が羨ましく、その二律背反が心をさらに蝕んだ。夢を見る権利と自由と共に、夢の中に閉じ込められるということもまた公共性のこれからの重大な問題となるのかもしれなかった。僕らは閉じて夢を見る権利と共に、夢の中に閉じ込められる危険性もまた都市に持ち込んだのである。
夢をかぶせられ、視界を覆われ、苦しむ人も増えるだろう。その時、デジタルは自分の世界とはならない、苦痛に満ちた現実である。家族と密着して暮らす人びとにとって夢は鍵のかかる自室であり(*4)、ひとりで暮らす人間にとってひとりの部屋はただの息苦しい現実のすべてであり、誰しも夢を求める。
僕らは現実から逃れるためではなく、現実のありようを受け入れるために夢を求めている。単一の現実にいる時、人は本当のところ、現実を見ることはできない。物事を絶対評価しながら理解することは容易ではなく、僕らは物事を比較しながら、相対性の中で位置付けていくことでしか世界を理解することはできないのだ。
コロナ禍が僕らに教えたことは、単一な現実の中で閉じこもり生きることが僕らに想像力の欠如をもたらし、分断と孤独へと導くことだった。だからこそ僕らは、僕らを知るために夢を見る必要がある。それこそが居場所をつくるということの本質なのではないかと思うのである。




*1:警察庁の統計によれば日本では当初リモートワークなどで職場から離れたことで自殺 率は下がるが次第に上昇し、11年ぶりに自殺者が増加することとなった(e)。特に10代の著しい自殺増加が問題視されている。鬱の状況は世界各国で悪化しており、OECDのレポートによれば特に若者の間で精神的負担は高まっており、国によって不安と鬱を訴える人は2倍となった(f)。もちろん自殺や鬱の背景には失業も要因として考えられるし、何が要因とは特定できず、有名人の自殺が他の自殺を誘発するウェルテル効果などの効果の影響も認められる。しかし社会的にも物理的にも閉じた中で、精神的な負荷が高まり、その歪みがさまざまなかたちで噴出していることは間違いないだろう。


*2:オンラインで図面を描く作業はMiroというサービスを用いて行い、インタビューはZoomを用いている。Miroはオンラインホワイトボードを利用できるサービスであり、遠隔でリアルタイムに共同編集ができる機能を有している。このボードには背景にグリッドを入れることが可能で、本研究ではこのグリッドを1mとしてスケールをとりつつ図面を制作した。実験中は空間をなるべく記述していくためにふたつの工夫を行った。第一に、写真などをリアルタイムでMiroのボードに貼り付けてもらい、適宜スケールを確認した。第二に、ベッドや机、椅子といった基本的な家具のテンプレートをあらかじめ図面を描くボード内に配置し、そのサイズも参照しつつ、なるべく寸法も実際の図面に近いものを制作した。


*3:本調査の対象者の居住区は、東京、神奈川、千葉および大阪であった。東京、神奈川、千葉および大阪について1回目の緊急事態宣言が2020年4月7日に発出され、大阪は2020年5月21日に緊急事態宣言が解除され、東京、神奈川および千葉の宣言は2020年5月25日に解除された。その期間中にそれぞれ2時間から2時間半に及ぶ18人に対するインタビューが実施された。調査は緊急事態宣言下の中でも、1カ月ほど経ちさまざまな変化が生まれてきたと考えられる時期に実施されたfig.4


*4:ヴァージニア・ウルフは鍵の掛かる自室こそが自分について改めて考える力であるとした (g)。しかし鍵のかかる自室を必要とする人ほど鍵のかかる自室をそもそも持っておらず、鍵のかかる自室を持っていないからこそ鍵のかかる自室を必要とするほどに苦悩することになる、というパラドックスにも目を向ける必要がある(h)。デジタルによる体験や夢という言葉を起点に考える時、単なる権利としてではなくこうしたパラドックスにも目を向けながら公共性を考えていく必要があり、東京の緊急事態宣言下の満員電車はこうしたパラドックスのありようを浮き彫りにしていたとも理解できるだろう。


参考文献
a. ジョルジュ・バタイユ『内的体験』(平凡社、1998年)
b. 荒木浩『夢と表象』(勉誠出版、2017年)
c. 高田公理、北浜邦夫 & 睡眠文化研究所『夢 うつつ まぼろし─眠りで読み解く心象風景』(インターメディカル、2005年)
d. 竹内整一『ありてなければ「無常」の日本精神史』(角川学芸出版、2015年)
e. 清水康之『コロナ禍における自殺の動向』(厚生労働省資料、2020年)
f. OECD『A New Benchmark for Mental Health Systems ─Tackling the Social and Economic Costs of Mental Ill-Health』(OECD資料、2021年)
g. ヴァージニア・ウルフ『自分ひとりの部屋』(平凡社、2020年)
h. 奥野克巳、近藤祉秋、辻陽介ほか『コロナ禍をどう読むか──16の知性による8つの対話』(亜紀書房、2021年)



石田康平(いしだ・こうへい)
1994年大阪府生まれ/2018年東京大学工学部建築学科卒業/2020年東京大学大学院修士課程卒業(建築学専攻長賞受賞)/現在、東京大学大学院博士課程在学。研究とデザインの両面からVR/MRと建築・都市の関係性を探求している/2021年〜日本学術振興会特別研究員(DC2)

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オンラインでの図面の共同製作とインタビューの様子/提供:石田康平

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オンライン空間とオフライン空間の組み合わせの実態調査表/提供:石田康平

fig. 4

fig. 1 (拡大)

fig. 2