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2021.06.01
Essay

第6回:形態操作のアップデート「物性から生まれる形態」

コンピュテーションが生む創造的思考

浜田晶則/AHA 浜田晶則建築設計事務所、teamLab Architectsパートナー

建築設計においても科学的手法を信じること。そのことによっていかに創造性が限定されず、むしろ最大限発揮させられるのかについて、これまでのコラムを通して考えてきた。第2部では形態操作がコンピュテーションによってどのようにアップデートされうるかについて考えたい。その鍵が、筆者が考える「デジタルマテリアリティ」という概念である。

1990年代、コロンビア大学建築学部でBernard Tschumiが「Paperless Studios」をスタートさせた。そこではGreg LynnやStan Allenなどの教授がその指導にあたっていた。「Paperless Studios」はデジタル技術を用いて、製図板からコンピュータへ転換する画期的なスタジオだった。fig.1

コンピューターを用いることによってはじめて生まれたような奇妙な形態が実験的に多く生み出されたが、コンピューターを用いて形態をつくるには、三角形などで構成されたメッシュによってつくる「ポリゴンモデリング」と、スプライン曲線のネットワークによってつくる「サーフェスモデリング」や「ソリッドモデリング」の大きく分けて3つの方法がある。コンピューターを用いたモデリングは、手と実際の素材の模型でつくるよりも制約が少ない。重力というものを無視することができるし、素材がもつ「物性」も無視することができる。それはメリットとなることもあれば、実際に制作するうえでの障壁となることもある。今回は、コンピューターを用いた形態操作においてしばしば忘れられがちな物性をテーマにして形態操作のアップデートについて考えたい。

2010年8月、東京大学建築学科(UTDA)とコロンビア大学建築学部(GSAPP)の合同ワークショップに参加した。「Digital Teahouse」というテーマで、コンピュテーショナルデザインとデジタルファブリケーションによって茶室を再解釈するという試みだった。設計にはRhinocerosとGrasshopperという3DCADを用いることと、材料は合板のみでCNCルーターを用いて加工するという条件が課された。
指導教員はGSAPPからPhilip Anzaloneや長谷川徹氏、UTDAから小渕祐介氏や舘知宏氏らが参加し、さらに豊田啓介氏をはじめノイズアーキテクツに所属していたメンバーがツールの指導から制作まで指導にあたった。fig.2

筆者が参加した”チーム洗濯板”は、「naminoma」という名の茶室を制作した。茶碗がもつ波打つ皺模様を参照し、波の連続によって茶室がもつ建築的エレメントを構成することができないかと考えた作品だった。
合板はベニアという薄い木を直交して積層させることによってつくられた建材である。どの方向性にも均等に強く、製品としての品質も均質に保たれているため反りにくいようにつくられている。合板は硬く、薄いものでなければ曲げることができない。使うことができた合板は9mmや12mmや15mmという、曲げるには難しい厚みのものだった。曲げるための方法はいくつかあったが、すべて異なる曲率をある程度の強度をもって成立させるために、CNCルーターのビットで溝を掘ることでやわらかく曲がる合板をつくった。モックアップでは合板が割れずに最も曲げられる曲率をテストし、それを設計時のカーブの曲率の最大値として設定した。曲率に合わせて溝を入れるピッチが細かくなるようプログラムで調整して最終的な溝のパターンを決定し、CNCルーターの加工データを作成した。

ある厚みをもったものが自由に曲がることによって、ある種の軽やかさや違和感が生じていたように思う。合板の物性に手を入れることによって形態を操作したが、本来の物性を拡張したともいえるかもしれない。このようにデジタル技術によって拡張された素材性を「デジタルマテリアリティ」と定義できるのではないだろうか。fig.3

木はその繊維の性質上、湿度によって反ってしまう。それをどう抑えることができるかということは、しばしば設計・制作上の課題になる。反ることが悪しきとされてきたため、それが起きにくいように突板が使われたり、無垢材ではない合板が利用されてきた。その反りを積極的に形態操作に利用しようと考えたのが、Achim Mengesらが設計・制作した「URBACH TOWER」の事例である。fig.4

木材の繊維方向や乾燥状態と湿度を管理することで、素材自ら形を生成していくプロセスを設計している。すなわち、木材を計算可能な材料としてプログラムしているともいえるだろう。5m×1.2mのスプルース材を層構造にした90mm厚のCLTの部材であり、高い含水率を含むこの木材を乾燥させると、想定した曲面が正確に得られる。

素材を加工することで物性そのものを変えること。そして、素材の周辺環境を変えて物性に変化を与えること。今回は、素材がもつ情報や特性を把握し、制御することによって形態を操作する事例をみてきた。再現性が高い科学的な手法を用い、実際の物性とコンピュータを用いたシミュレーションをフィードバックさせることで、素材そのものを計算可能にすることができる。それによって生まれる「デジタルマテリアリティ」によって、新しい建築の可能性が生み出されていくのだろう。

浜田晶則

1984年富山県生まれ/2012年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了/2014年AHA 浜田晶則建築設計事務所設立/同年〜teamLab Architectsパートナー/日本女子大学非常勤講師、明治大学兼任講師

浜田晶則
コンピュテーションが生む創造的思考

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新建築 2010年10月号
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「Toolkit for Today 2013: Bernard Tschumi」:CCA channelより転載

最終講評日には東京大学工学部1号館の前庭に3つの茶室が設営された。/撮影:新建築社写真部

「naminoma」。合板の密度により内外の視線をコントロールしている。右下はにじりロ。/撮影:新建築社写真部

fig. 4

fig. 1

fig. 2