第1部の「補助線のアップデート」では、ビデオゲームにおけるゲーミフィケーションを軸にして、設計において重要な要素である補助線をいかにして現代的にアップデート可能かを考察した。生物がもつ自由形状をいかに複雑なまま扱うことが可能か、ユーザーによるカスタマイズや参加を促すためのシステムとはどのようなものなのか、ということについて考えてきた。そして今回は、環境や物そのものに備わっている性質を知能として扱い、秩序が生成されていくような未来の建築について考えたい。ある個体の自律的な動きによってある秩序をもった複雑な生態系がつくられる「自己組織化」を促すための補助線をテーマとして、第1部を終えたいと思う。
筆者は「ジャックと豆の木」の童話が好きだった。豆が1日で巨木に成長し、雲の上の巨人の城にまで到達した。ジャックはその木を登り、金貨を生む袋や、金の卵を産むメンドリなどを盗みに城に入っては逃げた。追ってきた巨人は豆の木を斧で切られて死んでしまう。その後、奪ったものから金が出てこなくなり、ジャックは真面目な働き者に戻るという話である。挿絵の豆の木は、ツタのようにいくつかの線がからまり合いながら一つの大木をつくっているように描かれることが多い。ファンタジーではあるが、一つひとつが細いツタの集合によってできていることにより早く成長して大きな木になることができ、また、比較的容易に切ることができたのではないかと、幼いながらも考えていた。
建築には設計図があり、その計画の下に施工されるものがほとんどである。しかし自然界にみられる植物などの形の成長プロセスや、集団による造巣のプロセスにおいては、トップダウンによる計画ではなく個や環境との相互作用によって、自己組織化されたプロセスからつくり上げられることが多い。たとえば蜂の巣の六角形の美しいパターンはどのようにつくられるのだろうか、という疑問を抱いた人は少なくないだろう。いくつか説があるが、現在の研究ではミツバチ自身が発する熱によって円形のミツロウが柔らかくなり、巣穴の縁が物理的に最適な形である六角形になるという表面張力説と、ミツバチが自己組織化を利用して六角形を生成しているとする説などがある。六角形となる理由は別としても、高度な知能をもたないミツバチが集団行動によってある法則性をもった巣をつくりあげるのは、自己組織化による建築の一例であるだろう。fig.1
ETH ZurichのGramazio Kohler ResearchとMITのThe Self-Assembly Labが設計施工した「Rock Printing」は、小石と繊維状のフィラメントを層状に積み重ねることで、構造となる小石を「自己組織化」した事例である。それぞれの小石はすべて異なる形状をしているが、石の形状や摩擦などの物性と、フィラメントによる網状の構造が絡み合うことによって構造体として成立させている。小石の配列は厳密に決められておらず、フィラメントの配置が全体の形状を決め、小石の位置は動きながら自動的に決まっていく。小石という物に情報があるとして、それが重力や物性によって自律的に振る舞うように、コンピュテーションとロボティクスを用いることによって成立させている。fig.2
「Living Root Bridge」という生きている橋がインドのメガラヤ州にある。以前、筆者が「生命的な建築」をテーマに東京理科大学で西田司氏と設計スタジオをもったとき、講評会のゲストに来ていただいた渡邉竜一氏にその橋の存在について教えていただいた。かつて、木の橋をかけても川によく流されるため、根を張った木を使うことを考えたことがきっかけであるといわれている。竹で添え木としての仮の橋をつくり、両端に菩提樹を植え、根と枝がからまり、固まるのを数十年間待つ。その後、石や土を載せてさらに固めていき、現在のような生きている橋がつくられている。fig.3
この話を聞いて、とても感動したことを覚えている。本連載の第2回で紹介した「Torinosu」も、そのように生物と人工物のあいだの存在をつくることができないかと考えた作品だった。建築や物は必ず朽ちていくが、植物や木が代謝しながら成長していくように、生物と人工物が高度に融合することで生き続けることができる建築が、筆者の考える未来の建築なのである。アメリカ・ユタ州に生息する「パンド」というポプラの群生が8万年生きているとされているように、自律する個体それぞれが調和した生態系をつくり、相利共生の思想をもって長く持続する建築や都市の未来を描いていきたい。fig.4