技術や道具の発明によって、その度に人類は新しい自由を手に入れてきた。建築史も同様に、さまざまな自由を求めてきた歴史であったといえる。それは大空間や自由な造形などに見いだせるが、合理性や経済性とは異なる、人間の欲求を満たす一面も大いにあった。それはある種の生きるということに対する歓びや祈りの要素を建築に投影し、それを探求するプロセスであったともいえるだろう。
現場で考えること、図面で考えること、模型で考えること、CADで考えること、コーディングで考えること。われわれはツールによってその思考に制約を受けたり大きく影響を与えられる。それならば、どうすればより創造的なプロセスを現代において展開することができるのだろうか、というのが本コラムを通して考えたい問いと主旨である。
今回は、補助線について考えていきたい。設計者にとって補助線とはどのような意味をもつのだろうか。通り芯や基準線という補助線は、建築の設計において重要なものであり、建築物に規律を与えるものである。それは『匠明』にみられる日本の伝統的な木割書で示されたように、部材の規格や美学から寸法や比例が決定され、型として伝えられた。一方でル・コルビュジエのモデュロールは人間の身体寸法と黄金比などの美学的な寸法体系から開発されたが、経済合理性などをこえた身体性と美学からそれが決定されたことは銘肝すべきだろう。
近代はマスプロダクションの時代、現代はマスカスタマイゼーションの時代であると大雑把に語られることがあるが、標準化ではなくカスタマイズして制作することの目的は一体何なのか、という問いが最も重要であると思う。筆者の設計事務所AHAで設計した「Torinosu」という作品で、そのことについて考えてみたい。fig.1
ある家具の制作のための木を見に、飛騨の森に行った。そこで、斜面地に生える根曲がり木に出合った。それはとても伸びやかなカーブを描いていた。根曲がり木はかつて建築の梁などによく使われていたが、現在では使いにくい材とされてチップにされていることが多いという。製材された木は、蒸気で曲げることもできれば、3次元的に切削することによって曲面をつくることもできる。しかし、森で根曲がり木を見たときに、生命力あふれるこの美しいカーブを厳密に設計の中に組み込んで扱うことができないかと思った。そして、森のなかに眠る価値を現代の技術によって発見することによって、林業に新たな価値を与えることができないかと考えた。
「Torinosu」は根曲がり木を3Dスキャンし、複雑な形状を3次元的に扱い厳密に利用している。そしてHololensを用いたAR技術で墨出しを容易にし、高度な職人の技術とAR技術を組み合わせることによってこの構築物は成立している。Reciprocal frameの原理の構造形式によって、1本150kgを超える重い木々が相互に支え合いながら自立している。ここで用いる補助線は、平面は六角形の軸線であるが、その軸に通る根曲がり木はそれぞれが異なる形と重心をもつ。三次元的な配置角をARによって規定し、1本の木に対して異なる2つの平面で切断するという、最小限の操作で構造体を成立させた。
AR技術を用いた設計と施工例は、FologramというチームによってARアプリの開発も含めて世界的に先導されている。彼らが設計・制作した「Steampunk Pavilion」という作品は、木の板を蒸気で曲げ、それを3次元的に配置をすることで複雑な形状をつくっている。原始的な曲げ木の技術と、複雑な形状を複雑なままに厳密に扱おうとするための技術が融合した事例である。fig.2
人類はこれまで自然がもつ形や力を、人間が扱いやすいように合理化して制御しようとしてきた。しかし筆者は自然と人間が豊かに、かつ高度に共生していく未来を描いていきたいと考えている。そんな世界を象徴するような構築物として、人々が生態系について思索するきっかけにならないだろうかと考えながら「Torinosu」を設計した。これは単なる技術の実験のための構築物ではなく、われわれが複雑かつ有機的な現代をどう生きるかについて思索するための、小さなオブジェクトなのである。fig.3