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2021.06.01
Essay

最終回:「超自然の建築」をめざして

コンピュテーションが生む創造的思考

浜田晶則/AHA 浜田晶則建築設計事務所、teamLab Architectsパートナー

本コラムではコンピュテーションによって可能となる「補助線」、「形態操作」、そして「空間制御」のアップデートについて考えてきた。設計の方法論と目的論を対象に、コンピュテーションを通してこれまでの蓄積された建築の歴史において、何が次の一歩になり得るのかという点が、これまでの10のコラムに通底する問いであった。fig.1

第2回:ARによる自由な補助線
第3回:ビデオゲーム的な建築
第4回:インターネット的な参加
第5回:自己組織化する素材と、植物と建築の融合
第6回:物性を計算可能にすることで生まれる「デジタルマテリアリティ」
第7回:サンプリングによる記憶と同一性
第8回:自然の形態がもつ法則のコード化
第9回:粒子・波の制御と仮想現実
第10回:境界の制御とインタラクション

コンピュテーションは、ものを創造するときに発生する課題を解決するための機能的な道具であることを超えて、創造するときの思考の手がかりを与えてくれるものでもあることを、以上のテーマから考えてきた。コンピュテーションというテクノロジーがどのようにこれまでの建築を変えるのか。さまざまな技術が日々加速度的に開発されている現代において、建築にとってテクノロジーがもつ意味について、われわれはより積極的に考えていく必要があるだろう。

複雑系経済学の旗手であるW・ブライアン・アーサーは、「テクノロジー」の本質を以下のように定義した。

「テクノロジーとは自然の現象を編成し利用する、自然のプログラミングなのである。ゆえにその根底にあるのは自然である。深遠なる自然である。だがテクノロジーが自然だとは感じられないのだ。」
(W・ブライアン・アーサー著『テクノロジーとイノベーション 進化/生成の理論』より)

fig.2

そしてアーサーは、「テクノロジーは要素の組み合わせ」であり、「その要素自体がテクノロジー」であり、「自然現象の利用」であると3つの主題を提示し、経済や文化はテクノロジーの表れであって、「テクノロジーは歴史を創造する行為なのだ」という結論に達する。さらに20世紀の建築運動を引き合いに出して批判しながら、ロバート・ヴェンチューリの『建築の多様性と対立性』の一節を挙げてその思想に賛辞を呈する。

私は、「純粋なもの」より混成品が、「とぎすまされたもの」よりおり合いをつけたものが、「単刀直入」よりねじれまがったものが、「明確な接合」より多義的で曖昧なものが、非個性的であるとともにひねくれており、「興味深く」同時に退屈で、「デザイン」されたものより紋切り型が、排除せずにつじつまを合わせてしまったものが、単純より過多が、革新的でありながら痕跡的であり、直接的で明快なものより矛盾にみち両義的であるものが、好きだ。私は明白な統一感より、薄汚れている生命感に味方する。
ロバート・ヴェンチューリ著『建築の多様性と対立性』より)

このような思考のシフトは、「進化生物学の影響や、単純な機械論的見方の衰退が関係し、連結性、適応性、進化、有機的属性といった、現代のテクノロジーの諸属性によって強化されている」とアーサーは述べる。洗練された純然たる秩序をめざすのではなく、人間の感覚をもつ温度のあるテクノロジーが内在する「薄汚れている生命感 (the messy vitality)」に未来の建築のヒントがあると思われる。fig.3

はるか昔、大自然のなかで⽣きる⼈類が初めて獲得した「不自然」、それが住居である。「自然の脅威がない」という意味における不⾃然である。しかし、⽣まれた時から都市という不⾃然のなかで暮らしている現代⼈は、いま、改めて「⾃然」を求め始めているように思う。これからの建築は、⾝体性のある、いきいきとした感覚を体験できるものであったり、⾃律した⽣命のように、周辺環境に合わせて⾃らを変化させていくものであったり、「不⾃然」と「⾃然」を緩やかにつなぐものになっていくだろう。 そこでいま、われわれの文化に役立てることができる装置と工学の集合体としてのテクノロジーについて、深く考える必要があるのである。

未来の建築は、建築と自然が互いに拡張し合う「超自然の建築」へ向かうと考えている。それは、自然でも不自然でもない、新しい自然になるだろう。これからの時代に適応しようと進化する、新しい建築のあり方である。それは数十億年もの時の流れに磨かれてきた自然界の形態や法則性を、建築に再度インストールしアップデートする試みである。

自然と建築、そして社会との新しい関係性をつくるための「超自然の建築」は、Adaptability、Elementality、Individualityの3つの原則としてまとめることができる。

Adaptability ──環境にあわせた変化
⽣命が外的要因に適応し形態や⽣態系がつくられたように、 周辺環境や⼈に合わせて、竣⼯後も空間や境界を変えていけるシステムをつくる。

Elementality ──身体を刺激する空間
テクノロジーによって、光や⾵といった形のないものまで含めた⾃然の物性を設計対象とすることで、身体に訴える空間をつくる。

Individuality ──そこにしかない体験
ひとつひとつの⽣命がそれぞれ違った特異性をもつように、その空間でしか体験できない固有の価値を、人・⼟地・素材の物語としてつむぐ。fig.4

この理念を具現化しようと試みている、進行中の小さな宿泊施設のプロジェクト群「Onebient」がある。このプロジェクトの概要をここで紹介して、このコラムを終えようと思う。

それは、自律する生命のような建築である。建物自らが換気や空調を自律制御することで、建物が傷まず長く存続できる状態を保つ。自然エネルギーを建築の内部に取り込み、絶えず室内環境を循環させる。人がいる時も、いない時も、呼吸し代謝する建築である。

それは、自然と人が、溶け合う空間である。水や、音や、光。そこにある現象をテクノロジーで拡張する。自然とひとつになることで、人も自然の一部だと実感できる。五感が研ぎ澄まされ、身体感覚が拡張される空間である。

それは、他人とは一切接触しない隠れ家。受付を介さず、ロックは固有のパスコードを使う。これまでは人の手で行われていたサービスを、カームテクノロジー(人が無意識的に利用できるテクノロジーであり、それが可能となる環境)が担う。自然と静かに対峙して、深く瞑想するための隠れ家。

それは、周囲の環境と自分が一体となり、そこにしかない環境に没入することのできる一時的な住処である。そして無垢な自然に囲まれた地域を守り、同時に人の手入れが行き届かずに荒れた自然を再生しながら、人と共生する豊かな場所へと周辺環境を耕していく。
 
建築はその物理的なハードウェアだけでなく、そこに「知能・知覚・駆動」のためのソフトウェアをインストールすることによって進化を遂げるだろう。それはコンピュテーションを機能的にではなく創造的に用いることによってのみ達成される。建築を自然と不自然の二項対立を超えて二重性をもつ存在へとアップデートし、「超自然の建築」の実現をめざしていきたい。

浜田晶則

1984年富山県生まれ/2012年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了/2014年AHA 浜田晶則建築設計事務所設立/同年〜teamLab Architectsパートナー/日本女子大学非常勤講師、明治大学兼任講師

浜田晶則
コンピュテーションが生む創造的思考
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「Onebient」by Aki Hamada Architects

「Onebient」by Aki Hamada Architects

fig. 4

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fig. 2