新規登録

この記事は下書きです。アクセスするログインしてください。

2021.06.01
Essay

第8回:形態操作のアップデート「自然な形態とシミュレーション」

コンピュテーションが生む創造的思考

浜田晶則/AHA 浜田晶則建築設計事務所、teamLab Architectsパートナー

生命は流動的であり、動的な性質をもっている。成長と腐敗を繰り返し、運動と変容のうちにある一定の範囲内における固有の形態をとどめている。しかし有機物ではない無機物にも、このように生命的な性質は宿るのだろうか。そのような「生命の本質とは何か」という問いに対して人類は科学的に取り組んできた。

かつてレオナルド・ダ・ヴィンチは、芸術・科学・デザインの3つの分野において、その中心に生命を据えようとした。自然や生物が内包する原理を科学的に把握しようと試み、水や岩、植物、人間、機械などの特質を手稿に書き留めた。そして手稿に記した素描や文章を「示説(デモンストレーション)」と呼んだが、これはさまざまな現象を抽象化・モデル化する方法だったのである。(『レオナルド・ダ・ヴィンチの手稿を解読する』、フリッチョフ・カプラ 著・千葉啓恵 訳、2016年、一灯舎 より)

レオナルドが示説と呼んだものは、現在はシミュレーションと言い換えることができるだろう。彼がその目で水の流れによる乱流を観察し、そこに安定性や法則性があることを見出していたが、現在は「コヒーレント構造」という渦構造がもつ秩序として、複雑なコンピューターシミュレーションによってモデル化とある程度の再現ができるようになった。彼は複雑な現象を素描という一種のモデル化によって単純化し、目に見える形にすることによって世界の秩序を見つけようとしていたのである。

幼少期に砂場で遊んでいたときのことを思い出してみよう。砂を使って山をつくるとき、高さを高くするには、平面形状も大きな山をつくるか、砂に水を含ませて傾斜を急にするか、いくつかの方法があるだろう。一般的に砂の山は上から砂を自由落下させれば円錐状に形成され、同じ種類の砂であれば同じ角度の円錐がつくられる。この角度は安息角と言われ、砂の粒度や粘度によって固有の角度として決定される。その粘性を高くすることによって、角度が急勾配の高い山をつくることが可能になるのである。そのようにして道具としての水をもち出すと、ある場所から水を流し出す友人が現れ、さらに山にはトンネルをつくろうとする。水は高いところから低いところへ流れ、窪みには水が溜まり、砂の下へと浸透していく。手と水の流れによってつくられたトンネルは自然とアーチを形成し、山の荷重を支えながら水の道をつくる。形態の決定には、砂や水の物性にその多くが委ねられる。

このような自然に生成される形態は、その形態に「法則性 = コード」をもっている。法則性があるということは、何らかのかたちでその原理を記述することができるのである。レオナルドが素描で「示説」を実施し、世界がどのように成立しているのかをつかみ取ろうとしたように、コードによっても世界の原理を把握することはできるだろう。

自然に決定される形態の探索を「Form-finding」と呼び、さまざまな実験を繰り返しながら建築を設計した建築家・エンジニアがいた。ケーブルの懸垂のネットワークによって形づくられる大屋根をミュンヘン・オリンピックスタジアム(1972年)で実現したフライ・オットーである。その形状を決定する際に、建築家がある曲線を描くのではなく、始点と終点の座標を決め、ケーブルの長さを定義するだけで重力にまかせた曲線(カテナリー曲線)で構成し、それらを石鹸膜を使ったモデルを用いて、その張力がつくり出す最小曲面(minimal surface)を模型でモデル化し、それを吊り構造に用いた。fig.1

東京大学のT-ADS(University of Tokyo, Advanced Design Studies)が2012年に取り組んだMinimal Surface Pavilionは、数学的に定義できる最小曲面を「シュリンクフィルム」という大型の梱包に用いられる熱収縮フィルムを用いることで実現したパビリオンである。かつては複雑で手では計算ができなかった最小曲面がコンピューターの演算能力の向上によって可能となり、コンピューターによるシミュレーションと、シュリンクフィルムの素材の挙動をフィードバックすることによって、曲げたロッドの圧縮材とフィルムの引張材によって構造的に成立する形態を導いた。fig.2fig.3

すべての形態には意味があり、その形態に至るまでの生成のプロセスにはさまざまな理由がある。素材や重力によってそれぞれ固有の安定する形態があり、ある形を創造するということは、それを発見することではないかと思う。そのためにわれわれは自然を観察し、素材の実験を繰り返し、コンピュテーションによって現象をシミュレートすることによって、そこにしかない固有の形態を立ち上げるのである。

浜田晶則

1984年富山県生まれ/2012年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了/2014年AHA 浜田晶則建築設計事務所設立/同年〜teamLab Architectsパートナー/日本女子大学非常勤講師、明治大学兼任講師

浜田晶則
コンピュテーションが生む創造的思考
続きを読む

「Minimal Surface Pavilion」by University of Tokyo, Advanced Design Studies

「Minimal Surface Pavilion」撮影:Prinya Narongthanarath

fig. 3

fig. 1

fig. 2