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2023.10.26
Interview

人を繋ぎ、まちをつくる空間づくり

価値の転換 #8

牛島吉勝(牛島内装) 聞き手:黒瀬武史(九州大学大学院人間環境学研究院教授)+野口雄太(福岡大学工学部助教)+岩淵丈和(九州大学大学院人間環境学府博士後期課程)

技術の発展や社会構造の変化と共に、転換する価値を見つめる連載。第8回は空間をつくる過程に着目。福岡市を拠点に活動する牛島内装の牛島吉勝さんは、強いこだわりを持ったクライアントと共に仕事をし、都市の多様な人びとを巻き込みながら設計施工を行うなど、従来のクライアントワークとは異なる空間づくりをしています。なぜそのスタイルに至ったのか、その仕事が街にどのような影響を与えているのかを伺いました。(編)

お施主さんと一緒につくる大工

黒瀬 牛島さんは福岡市を拠点に、従来のクライアントワークとしての工務店とは一線を画す仕事をされています。誰しもの依頼を受けるのではなく、強いこだわりや世界観をもった方の仕事を受けている印象があります。また、設計・施工のいろいろな段階で多様な人びとを巻き込み、出来上がった空間はどこか愛らしさを感じさせますfig1。僕はそうした空間づくりのあり方、コミュニティの広がりに都市の新たな可能性を見出しています。今回は野口雄太さん、岩淵丈和さんと共に、牛島さんの仕事へのこだわりを伺いたいと思います。

岩淵 牛島さんは福岡市に拠点を構え、主に飲食店や雑貨店の内装工事をされています。市内の人気店の内装を数多く手掛けており、それらの店舗は全国的な雑誌にも数多く取り上げられていますfig.2。私が牛島さんを知ったきっかけは、研究調査で市内の個性的な店舗が集まるエリアを調査していた際、多くの店舗オーナーから牛島さんのお名前が挙がったことです。牛島さんが手掛けたお店の周りには、個性的なお店の集積が生まれていることも多くあり、まちづくりの観点からも多くの学びがあるのではないかと思います。今日、牛島さんについて詳しくお話を聞ききできるのが楽しみです。

野口 僕はあるフリーマーケットで牛島さんから古道具を売ってもらったことを機に知り合い、以来牛島さんのいろいろな現場を手伝わせてもらっています。こうして改まって話を聞くのは初めてなので、まずは大工を志し、牛島内装を立ち上げるまでのお話から聞かせてください。

牛島 僕は建築系ではなく、英文学科を卒業しましたが、父親が建築系の仕事をしていて、幼少期から現場を見て興味をもっていたこともあり、卒業後は地元の工務店に就職しました。そこでは営業と現場監督をしていたのですが、指示を出す僕が現場のことを知っていたほうがもっと効率的に仕事が出来ると思い、30歳手前で親方の元に弟子入りしました。周りを見れば大工歴10年以上になる世代で、大工としては遅いキャリアのスタートでした。修行をはじめて2年ほど経った頃、福岡が台風に襲われ、本当に些細な修理が必要な物件が大量にあり、知り合いの不動産屋さんも困っていました。それを手伝ううちにまとまったお金が出来たので、親方の元を離れて独立しました。

野口 最初はいわゆる手間請け、下請けで独立されたんですね。そこから今の仕事のスタイルが出来るまでには、どのような経緯があったのでしょうか。

牛島 そうやって独立したはいいけれど、下請けではお施主さんの思い描いたものをかたちに出来ないとか、元請けさんのことを見て仕事をしないといけないとか、葛藤もあったんですよね。やっぱり直接お施主さんと話しながら仕事がしたいと思っていたけれど、実績がないから仕事がないという状況でもやもやしていた頃、ある依頼を受けました。僕と同世代の人が大名地区で古着屋を開くから内装をやってくれというものでした。彼のお店の雰囲気へのこだわりはとても強く、重たいインターロッキングブロックを壁に直接取り付けてほしいなんていうわけです。そんなの責任取りきれないと、引き受けてくれる工務店がなかったところで、僕に話が回ってきました。僕は素直に、出来るかもしれないけど責任は取れませんと伝え、お施主さんにも半分責任を持ってもらうつもりで一緒に施工しました。スイッチの位置はもう5cm上がいいとか、商品と一緒に海外で買い付けたアンティークの木製扉を取り付ける蝶板にはマイナスのネジを使うべきとか、ああでもないこうでもないといわれながらお施主さんと一緒に空間をつくり上げていく経験をしましたfig.3。正直にいえば、最初はネジなんか留まればいいでしょ、綺麗に納めたほうがいいでしょと、大工としては真っ当な感想を抱いていました。でも、お店が出来上がる頃には、こういうのいいなって素直に思えるようになっていた。それが今の働き方の最初ですかね。

こだわりが生む繋がり

野口 現場を共にする中でお施主さんに教わったという感じですね。その頃は今日の個店が集積する大名地区らしさのようなものが出来上がっていた頃かと思いますが、牛島さんが内装を手がけた店も増えていったんですよね。

牛島 そのお店が出来て、こういう空間がつくれる大工なんだという実績をもらい、彼の同業の仲間たちや彼を紹介してくれた不動産屋さんからも仕事が舞い込むようになりました。彼らは感度が高いので、一緒にいると僕にも大きな学びがあります。ある時、彼がふと雑誌に載っている海外の店舗の写真を見て「この壁や床の仕上げは一年後に東京に入ってくる。その後大阪、福岡と順に流行るだろうね」と予言しました。試しに僕の仕事でも使ってみたりしましたが、数年後には実際に流行し始めました。報酬以外の面でも、感度の高いお客さんから助言がもらえることで、いろいろと助けられています。そうして知った材料とか仕上げを、次の現場ではまるで自分が思いついたかのように提案させてもらったこともあります(笑)。

野口 協働で空間をつくり、そこで得たものがまた次の仕事にも生かされるということですね。協働といえば、牛島さんの現場にはお施主さん以外にも、素人も含めていろいろな人が手伝いに来ていますよね。

牛島 お店をつくるとなると、お施主さんの友達が手伝うぞーってやって来るんですよね。お施主さんは自分のお店はこだわりたいから本気で取り組みますし、みんなも一生懸命に作業してくれますfig.4。普通、内装の仕事といえば、図面通りに素早く綺麗に仕上げていくものですが、一方で、現場で細かい部分に悩んだりすることもありません。僕の場合は塗装や家具選びもお施主さんと一緒に進めていくので、皆が納得いくまでこだわることができる。確かに時間も余分な家賃もかかるけれど、この先ずっと使う店舗なので、こだわりを存分にかけた方がいい。什器の傾きやペンキのムラも空間の味と捉えられるし、その方が無機質にならない。設計して職人さんに頼めばぴしっと綺麗に早く出来上がるけれど、一見綺麗に見えてもなぜか居心地が悪かったりすることもありますよね。なにより、お施主さんやその友達と一緒につくればクレームが出ないというメリットもあります(笑)。

野口 そうやって一緒に仕事をした人が別の現場にも来てくれたりと、牛島さんを介して面白い繋がりが生まれているような気がします。そこについては後ほどまた触れたいと思いますが、牛島さんがこの仕事は受けようとか断ろうとか判断する決め手はあるのでしょうか。

牛島 お施主さんがこだわりをもっていないと僕も何をしたらいいのか分からないし、「とりあえずイケてる感じに」などといわれても互いの理解が深まらずに終わってしまうので。お金があるから何でもやってという人より、お金はないけれど一緒に考えていきましょうという人の方が、いい空間ができるような気がします。僕が一緒に仕事をするお施主さんは、こだわりの薄い空間をつくればそれ相応の人たちしか集まらないということを分かっています。それよりも、自身の考えを込めた空間で、同じようにこだわりをもった少数の人たちを集めたいと考えているひとが多いかもしれません。

野口 空間を介した商業的な成功とは何か、という問いにも繋がる気がします。そうやってお店独自の雰囲気が出来上がっていくという話の一方で、あるお店で商品を展示するためにオリジナルでつくった台を、他の現場にも活用したりしますよね。

牛島 そうですね。僕がいい空間をつくっていると勘違いされることも多いですが、実際はお客さんに恵まれたと思っています。僕がシンプルな箱をつくればセンスのあるお施主さんがいい感じの空間にしてくれます。お施主さんが装飾とレイアウトをしてくれるので、同じものを使ってもそのお店なりのこだわりが反映された空間になるのだと思います。

野口 牛島さんの現場では、図面がほとんど無いことにも驚かされます。普通はある程度の詳細まで図面を描いて空間を構想しますが、牛島さんの現場にはそれがほとんどない。どうやって空間のイメージをすり合わせるのか、現場が始まってからイメージの齟齬から衝突したりしないのか不思議に思ったりもします。

牛島 一応大工になってから建築士の資格も取ったので図面も描こうと思えば描けます。でもお施主さんのイメージを細部まで図面化するのは無理だと思いますし、かえって非効率的だったりします。それよりは写真を並べて、こんな雰囲気が近いとか、この材料を使いたいとか、そういう話をしながらイメージを共有しますfig.5。つくってみてから修正することもしばしばで、時には衝突もあります。そこで仕事が流れてしまうこともあります。そうならないためにも、言葉や図面だけでなく、他の現場やイメージが合いそうな空間を一緒に見に行ったり、材料を一緒に探し歩いたりします。

黒瀬 上質なすり合わせを何度も重ね、クライアントの頭の中のイメージを引き出し、施工しながらそれをかたちに翻訳するというのは、牛島さんならではのスタイルだと感じます。

つくる過程が空間を通じて伝わる

岩淵 牛島さんが熊本で手がけたお店に感動した人が、牛島さんを探し求めて福岡にやってきたという話を聞いたことがあります。

牛島 そのお店は飲食店で最後の仕上げを手伝ったのですが、オーナーさんが福岡にきた時、紹介したいと連れてきた方がいました。精神的に苦しかった時にふらっと入ったその店の空間が気持ちよくて、また頑張ろうという気持ちになったのだそうです。(自分としては)熊本で仕事をする予定はなかったけれど、知り合いの娘さんが自分で飲食店をやりたいといっているから、どうしても手伝ってほしいというので受けた仕事でした。オーナーさんたちと一緒に壁塗りをしたり、メインの扉は福岡のアンティークショップを探し歩いたり、そういう経緯でつくった空間だったので、その暖かさが伝わったのかなと思います。

黒瀬 やはりつくる過程は空間を介して人に伝わるのだと思います。牛島さんが手がけた店舗が多く並ぶ六本松地区が好きだという学生は、路地の植木鉢や手書きの看板に、その場所を大切にする人の存在を感じると話していました。若い人たちのそうした感性は年々強くなっているように感じます。大量生産・大量消費の時代に、都市の中に同じような空間が無機質につくられていく中で、そうではないものがより敏感に感じ取られるようになっているのではないでしょうか。

牛島 僕は大量生産の時代になる前の古い部材をよく使っています。これはある人から聞いた話で定かではありませんが、そういう時代のものは今みたいに利益追求の側面が強くなかったから、いい素材が贅沢に使われているそうです。今同じようなものをつくろうと思うと、何倍もの費用がかかる。だから時を経てもアンティークとしての価値をもっているのでしょうし、壊れても人の手で直して使い続けようという気持ちになる。今大量生産されているものだと、そうはいかないでしょうね。

野口 民家建築にも同じことがいえそうです。

牛島 僕たちが死んだ後も使ってもらえるものをつくりたいですね。

野口 でも、そういう古くて良いものは、なかなか見つかるものでもありませんよね。

牛島 なので、古い部材を積極的に集めています。解体で出る部材を保管したり、買い付けに行ったり。今日話しているこの建物も、そういうものを貯めておく場所ですfig.6。どこで使おうとか考えずに集めているので、今はここに置いてあるだけですけど、ふとした現場でぴったりとハマるときがあるんです。

野口 ある場所で役目を終えて無用になったものが、違う場所で、違うかたちで使われることで新しい価値を生み出しているのは、素直に感動します。

牛島 ものと場所のマッチングみたいなことも少しだけ意識しています。僕の現場を知ってくれている人から、どこどこの誰々さんの建物が解体されるなんていう話が入ってきたり、僕が気に入るだろうからってものを取っておいてくれる人もいます。そうやって古いもののストックがあるからこそ、僕にしか出来ない仕事が生まれるのではないかと思っています。牛島内装の売りはそこかもしれません。正直にいえば、僕より仕事が綺麗で上手な職人さんは沢山いますから。

人の繋がりがまちをつくる

野口 牛島さんには多くのファンがいますが、ある学生は牛島さんについて「普通の大工さんはつくるべきものをいかに早く綺麗につくるかで評価されるけれど、牛島さんはそうではなく、人を巻き込みながらプロジェクトのように現場を進めているのがすごい」と話していました。確かに牛島さんの現場は不思議で、大工の牛島さん、お施主さんのほかに、お友達のお友達みたいな人とか、僕みたいな赤の他人とかが集まるんですけど、気付いたらひとつのプロジェクトチームのようになっています。

牛島 そこは、この人とこの人を会わせたら上手くいくだろうな、面白いんじゃないかなと考えて呼んでいます。そもそも僕はひとりでやっているので、たくさんの人に協力してもらわないと難しいというのもありますが、呼ぶ人ひとりひとりの興味や得意なことを知った上で、この現場で楽しくやってくれそうな人を呼ぶようにしています。

野口 確かに僕もよく現場を手伝わせてもらっていますが、頻繁に呼び出される現場もあれば、逆にまったく呼ばれない現場もあります(笑)。

牛島 そうやってみんなにいろいろと手伝ってもらう代わりに、どうしてもの時は僕もいつでも手伝いに行きます。繋がりはお金だけではないですから。それに、そうやってチームでやっていると、自分ひとりでは思いつかないような、お施主さんも驚くようなアイデアが生まれることがあって、そういうことを期待している面もありますfig.7fig.8。あと、現場で仲良くなった人たちが、僕のいないところで何か新しく面白いことを始めたなんて聞くと、嬉しくなります。

黒瀬 牛島さんが建物や内装をつくる過程に時間とこだわりをかけるのと同じように、街をつくるのにもその過程が大事だと思います。牛島さんが手がけた店が建ち並ぶ界隈は、しみじみいいなと思います。

牛島 界隈を意識している訳ではありませんが、人の繋がりの中で仕事をしているので、結果としてそういう面で街にも貢献できているのかもしれません。みんなそうした関係の中でうまく商売をしているので、人気エリアになったからといって、便乗して単にかっこいいだけの店をつくってもそう上手くはいかないと思います。

岩淵 難しい問題ですが、大名地区や六本松地区のような場所に、大企業がスピード感をもって入り込んでくると、個人でこだわりをもってやっているお店は居心地が悪くなってしまいますよね。人気エリアになっていくとお客さんは増えるけれど、もともと来ていたこだわりを大切にするようなお客さんは減ってしまうという葛藤があります。その中で、牛島さんが手がけたお店の手触り感や居心地の良さが、多くの人にとって大切な居場所になっているのかなと思いました。

黒瀬 牛島さんは、時間をかけたクライアントとの密なコミュニケーションを経て、店舗の内装をつくられています。使い手がつくり手にもなり、周りの方も巻き込まれていく。まちにおいても、そうやって時間をかけて、使い手とつくり手のやり取りを経てかたちづくられた場所こそが、長く愛される場になるのではないでしょうか。使い手が共につくり手となった経験を持つことで、時にうまくいかなくても、使い手が自分ごととして捉え、場所の良い状態が保たれていくことになるのだと思います。
fig.9

(2023年9月19日、牛島内装にて収録。/文責:新建築.ONLINE編集部)

牛島吉勝

1976年生まれ/現在牛島内装

野口雄太

1991年生まれ/2014年九州大学工学部建築学科卒業/2020年同大学大学院人間環境学府都市共生デザイン専攻単位取得退学/同大学大学院工学研究院環境社会部門学術研究員を経て2022年より福岡大学工学部建築学科助教/NPO法人RAS研究会理事

    岩淵丈和

    1996年生まれ/2019年福岡教育大学卒業(教育開発学・社会福祉専攻)/2022年九州大学大学院地球社会統合科学府博士前期課程卒業(経済地理学専攻)/福岡地域戦略推進協議会(2020〜2023年)やフリーランスとして、スマートシティや国際連携、スタートアップ支援に従事した後、2023年10月URBANIX株式会社を設立、代表取締役/現在、九州大学大学院人間環境学府博士後期課程在籍(都市デザイン)

      黒瀬武史

      1981年生まれ/2004年東京大学工学部都市工学科卒業/2006年同大学大学院工学研究科都市工学専攻修了/日建設計・都市デザイン室を経て2010年東京大学大学院助教/2016年九州大学人間環境学研究院准教授/2021年同教授/主な著書に『米国のブラウンフィールド再生 工場跡地から都市を再生する』(九州大学出版会、2018年)など

      牛島吉勝
      野口雄太
      岩淵丈和
      黒瀬武史
      価値の転換
      都市
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      牛島さんが手掛けた店舗が並ぶ路地の一角。/提供:野口雄太

      牛島さんが手掛けた物件は数々の雑誌で紹介され、表紙を飾ったものもある。/提供:野口雄太

      店主とともに施工したブロックの壁。/提供:野口雄太

      現場にはいつもいろいろな人が楽しそうに集まっている。/提供:野口雄太

      打ち合わせ時には画像や絵本なども並べる。時には手書きの図面も。/提供:牛島吉勝

      どこかの現場で使われるのを待つ古部材たち。/撮影:野口雄太

      窓を商品のかたち(鉱物を模したお菓子)にしようといい出し、テープでエスキス。/提供:牛島吉勝

      完成した店舗の外観。/提供:牛島吉勝

      収録時の様子。左から牛島氏、野口氏、岩淵氏。/提供:黒瀬武史

      fig. 9

      fig. 1 (拡大)

      fig. 2