2023.07.14
Interview

都市で揺らぐ民間と公共の境界

価値の転換 #6

高橋彦太郎(高橋代表取締役) 聞き手:黒瀬武史(九州大学大学院人間環境学研究院教授)

技術の発展や社会構造の変化と共に、転換する価値を見つめる連載。第6回は民間企業による公共的な空間の整備事例に着目。福岡市東区の商業施設・ガーデンズ千早に、来訪者がくつろぎ、イベントなども催せる「ちはや公園」を併設し、まちづくりにも取り組む高橋株式会社(以下、高橋)の高橋彦太郎代表取締役に、整備計画の狙いや背景を伺いました。(編)

地域の原体験となるための「公園」

──今回は、現代の都市において転換しつつある価値のひとつとして、民間企業による公共的な空間の整備事例に着目しました。高橋は2022年4月、福岡市東区の商業施設・ガーデンズ千早の隣接地に「ちはや公園」(設計:OpenA)を開設し、地域住民の憩いの場として運営されています。利益追求を本分とする民間企業が、なぜ一見利益に繋がらなさそうなことに取り組むのか。その背景や狙いを具体的に伺いたいと思います。まずはガーデンズ千早と「ちはや公園」を整備した経緯を教えていただけますか。

高橋 高橋は1937年に繊維業として創業し、時代と共にその生業も変化してきました。約65年前に工場用地として現在のガーデンズ千早の周辺一帯約1.5万坪の土地を取得し、高度経済成長期の1965年から、ゴルフ練習場やボウリング場、フィットネスクラブなどを順次オープン。スポーツガーデン香椎という総合レジャーランドとして運営を行い、地元住民の方がたを中心に長く愛されてきましたfig.1。時代が進むにつれ、施設の老朽化による建物の再編の必要が生じ、サービスの向上を含めた開発として、2021年4月にゴルフ練習場跡地にオープンしたのがガーデンズ千早fig.2fig.3です。
千早駅周辺では1990年代より旧国鉄の香椎操車場の再開発などに伴い、新興住宅地や高層マンションの建設が進み、西側では大型ショッピングモールやアイランドシティなどの大規模開発が進められてきました。一方で、景観として緑が少なかったり、子どもたちが安全に遊べる場所があまりないという声を、スイミングスクールやテニススクールに通っていた方がたからよく聞いていました。私自身も入社当初はチラシ配りなどで街頭に立つこともあったので、千早がどのような場所で、何が求められているのかを肌で実感してきました。そこで、自然に近い環境で自由に遊べる空間があることが、最も地域に喜ばれるのではないかと考え、ガーデンズ千早に広場を併設する構想が生まれました。 スポーツガーデン香椎の店舗を閉店することは、社として苦渋の決断でした。特にボウリング場は子供会や職場のイベント、大学生のレジャーなど、長年地域に親しまれ、多くの人の思い出が詰まった場所でした。その代わりに生まれる施設も同じように地域に愛され、原体験として記憶に残る場にしたい。それは単なる商業施設ではなく、地域住民が気軽に訪れられる「公園」のような場所ではないかと思い「ちはや公園」の整備に至りましたfig.4fig.5fig.6fig.7

──大手のディベロッパーも、開発の前は数年をかけて敷地周辺を調査しますが、高橋の場合は60年以上も地域に根付いてレジャーを提供し、住民のニーズに触れてきたという、通常の開発とは異なる時間的スケールとその深さを感じます。
都心部での民間企業による公共的空間の整備といえば公開空地が思い当たりますが、その多くは広場をつくることと引き換えに容積率を最大化するという狙いが根底にあり、空地の周囲を含めて良い状態を継続しようする事例はまだ多くありません。「ちはや公園」の場合は、どれほど公共的な空間をつくったところで商業施設の容積が増えるわけでもないし、ましてや本来建築を建ててもよい場所をあえて広場にしたという判断に驚きました。

高橋 ただ、収益を度外視しているわけではなく、あくまでも商売として収支をシビアに計算する面もあります。また、ガーデンズ千早の建設の際には敷地分割の必要があり、残りの敷地を駐車場にするにしても確保できる台数は半端だったので、それならばいっそのこと広場にしてしまおうという、開発計画上の背景もあったのです。

営利と地域貢献の循環

──「ちはや公園」の運営には詳細なルールを設定するのではなく、公園長という役職を設けてフレキシブルに対応されています。なぜそのようなシステムを採用したのでしょうか。

高橋 われわれの場の運営には、レジャー施設の運営経験が根底にあります。たとえばボウリング場の支配人は、施設のマネジメントやイベントの調整を行い、地域の子供にはボウリング場のおじさんと呼ばれて親しまれてきました。「ちはや公園」でも同じように地域との関係性を築きたいという意図で公園長という役職を設け、なるべく事前明示的な規制を設けることなく、対話を通してマネジメントを行っています。

──ボウリング場の支配人といわれると、「ちはや公園」の独特な運営体制にも納得がいきます。場をよい状態に保つために役職を設け、惜しみなくコストをかけているのも、レジャー施設を運営してきた経験からすると当然という感覚なのですね。

高橋 「ちはや公園」も施設全体のサービスのひとつと位置付けているので、そこに人件費をかけるのは自然なことです。周辺の大型ショッピングモールとの差別化を考えると、規模で競うことは到底できないので、これまで培ってきたコミュニティ・マネジメント能力を活用し、地域に根付くことを目指しました。「ちはや公園」はその戦略の中心であり、単なる慈善事業というわけではありません。まだ試行錯誤の段階ですが、かけたコストに対してどれだけ売り上げが向上するか、という商業的な管理の中にシビアに落とし込む必要があります。

──「ちはや公園」を通じてよいコミュニティが醸成されれば、収益に繋がるというビジョンがあるのでしょうか。

高橋 「ちはや公園」ができてから、ガーデンズ千早の集客数は10〜20%上昇しています。現在はそれがテナントの売り上げ向上に繋がるという因果関係を実証することを試みているところです。また、「ちはや公園」の開設に合わせ、ちはやをよくする会(以下、よくする会)という協議会を結成しています。九州産業大学の教授や自治会長など、地域に馴染み深い方がたを委員に迎え、イベントの企画やサポートなどを行っています。公園利用料や出店料など「ちはや公園」の売上の一部をよくする会を通じて、地域に還元する仕組みもつくっており、単に憩いの場を提供するだけではなく、そこで生まれた収益を活用し、公園の外までを含めた一帯を盛り上げるという循環を生もうとしています。

──地域貢献も意識されているのですね。一方で、私は、こうした公共的な活動やアメニティとなる公共的空間を民間に依存してしまうと、業績や経営体制が変化した際に、いつその活動がなくなってしまうか分からないリスクがあることを懸念しているのですが、その点についてはどう考えられていますか。

高橋 高橋はよくする会に事務局として参画しており、私個人はあえて関わらないようにしています。あくまでも地域の主体的な意思で運営してほしいと思っているからです。たとえば地域の祭りに地元の企業が協賛金を出すということは今でもよくありますが、スポンサー費として運営費を拠出すると、どうしても企業側の意向に沿って運営されてしまう懸念があります。よくする会の運営費の一部はわれわれが拠出していますが、それはもともと公園の使用料の対価として地域からいただいたものなので、協賛金として出資するよりも、自由に使いやすいはずです。コミュニティに密接に関わる活動については会社と距離を取り、民主的に運営できるように配慮しています。

──会社としてよくする会と一定の距離を取ることで活動の公共性を担保しているのですね。ソフト面での地域貢献は、建設投資に比べるとコストもかからず、取り組みやすいという側面があるものの、5年、10年と経つにつれ、運営に行き詰まるプロジェクトが多くあります。「ちはや公園」とよくする会の関係では、地域のために場を運営することが収益に繋がり、かつその収益がさらに地域へ還元されるという点で、企業側にとっても地域にとってもWin-Winの関係が築かれており、長続きしそうな気がします。

高橋 やはり単独のまちづくりプロジェクトではフィールドが限られるところがあり、そこに商業施設のような拠点が絡むことで、活動の範囲も関係人口もより広がるのではないかと思います。スポーツガーデン香椎の再編計画の中で、われわれはBtoBtoCの開発を心がけてきました。商業施設はBtoCですが、いわゆる開発業はBtoBの場合が多く、地域の顔が見えるところまではなかなかいかない。これまでは商業、開発、地域という視点があまりに分断されていましたが、本当はそれぞれを一緒に考えるべきではないかと思います。

公共≠行政

──高橋は民間の力だけで「ちはや公園」をつくり切っている一方で、Park-PFI事業として久留米市中央公園内に、カフェやスタジオを備えた「KURUMERU」(設計:OpenA)fig.8を整備されていますが、自社のみでの場づくりとPark-PFIの場合では異なる難しさがありますか。

高橋 商業施設をつくるのには、単に箱物をつくることとは別に、いかに気遣いを行き届かせられるかという、独特なノウハウが必要です。「ちはや公園」については「公園」と謳いながらも、そこも店舗の一部ととらえて全体をコントロールできるという意味でやりやすさがありました。Park-PFIの場合は公園全体をコントロールできるわけではないので、同じようにはいきませんでした。とはいえ久留米市の場合は大きな制限が設けられることはなく、こちらのチャレンジに対して寛容に対応していただきました。そういう意味では、Park-PFIにおいても事業者が公園全体に影響を与えることは必ずしも不可能ではないでしょうし、それが実現できれば新しい公共空間の可能性が拓けるのではないかと感じています。われわれは民間ならではの視点を活かして独自の公共的な空間をつくろうと試行錯誤していますが、たとえば、日比谷公園にはレストランがあったり、屋外にディスプレイがあったり、日比谷野音があったりと、歴史の長い公園ながら、今考えてみればチャレンジングな要素が散りばめられています。公共空間で多様な活動を盛り込もうとする動きは、実は昔からあったのだろうと思っています。

──千早地区では商業施設の運営と地域のための場の提供、コミュニティ活動への支援を連動させ、商業と地域貢献を両立するモデルを確立されようとしているのだと思いますが、それは一般解としてほかの地域でも適用可能な戦略だと考えていますか?

高橋 施設の運営にしても、投資戦略にしても、いわゆるロードサイド開発のセオリーからまったく外れたものとは思っていません。単純化していえば、地域に密着することを商業施設の特徴のひとつとしているに過ぎないのです。規模の問題はありますが、そういう特徴をもたせることは一般的な手法になり得ると思っています。

──さらりとおっしゃられましたが、地域と繋がり、コミュニティづくりにまでアプローチすることができているのは、やはり千早で長年商売を行い、培ってきたネットワークがあったからこそだと思います。

高橋 たとえばボウリング場のスタッフはPTAや地元企業の方と対話を重ねてきたりしていたので、そういう意味では普通のディベロッパーがいきなり地域に営業をかけるのは難しいのかもしれません。

──前回は、市立図書館をショッピングモールに移転した荒尾市へその背景を聞きました。移転計画がスムーズに進んだ理由は、炭鉱の閉山を契機に開発されたショッピングモールの運営を、市が出資する第三セクターが長年担っていたという事情があったからでした。「ちはや公園」も同様に、高橋が長年地域に根付いた企業だったからこその事業モデルが構築されたのだと思います。そういう意味で、画一的なフォーマットで全国へと広がった商業施設というビルディングタイプが、ネット通販の台頭もあり、今は生き残りを懸け、地域それぞれの事情を伴って再び地域化しているタイミングなのだと思います。その中では、施設がいかに利用者の生活の一部になれるのかという公共的な課題が問われている。その解答を探る時、たとえば各地の公立図書館の運営に民間が参画しているように、必ずしも「公共=行政の仕事」と線を引く必要はないのかもしれません。

高橋 「ちはや公園」では、商売を度外視しているわけではないことを強調してきましたが、その一方でよくする会はあくまでも「公共」的な取り組みだと認識しています。ただ、これらの運営、活動は連動していますし、あえて分けて考える必要もないでしょう。久留米市でのPark-PFIを通じて、行政は意外にも寛容であることを実感しましたし、民間と公共の間にはまだまだ多様な可能性が潜んでいると思っています。

(2023年6月27日、ガーデンズ千早にて。文責:新建築.ONLINE編集部)

高橋彦太郎

1975年福岡県生まれ/2000年慶應義塾大学総合政策学部卒業、高橋入社/新規にスポーツクラブ事業の立ち上げを担い、2008年に代表取締役就任

黒瀬武史

1981年生まれ/2004年東京大学工学部都市工学科卒業/2006年同大学大学院工学研究科都市工学専攻修了/日建設計・都市デザイン室を経て2010年東京大学大学院助教/2016年九州大学人間環境学研究院准教授/2021年同教授/主な著書に『米国のブラウンフィールド再生 工場跡地から都市を再生する』(九州大学出版会、2018年)など

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操業当時のスポーツガーデン香椎。1965年に開業し、ゴルフ練習場やボウリング場、フィットネスクラブなどを備えた。再開発に伴い2019年より順次閉店した。/提供:高橋

ガーデンズ千早外観(左)。右はちはや公園。/提供:高橋

ガーデンズ千早内観。無印良品やサニーなど約20店のテナントが入居する。/提供:高橋

ガーデンズ千早正面より「ちはや公園」を見る。/提供:高橋

「ちはや公園」の園内マップ。4つの広場と6つのテナント棟から成る。/提供:高橋

「ちはや公園」。センターガーデンの芝生で親子連れが自由にくつろぐ。/提供:高橋

「KURUMERU」外観。久留米市中央公園内にPark-PFI事業として整備された、カフェやスタジオ備える施設。/提供:高橋

「ちはや公園」では定期的にイベントを開催。千早エリアのファミリー層が中心に訪れる。/提供:高橋

fig. 8

fig. 1 (拡大)

fig. 2