副都心としての郊外の活性化
──まずは荒尾市立図書館の概要を、移転した背景と共に教えていただけますか。(黒瀬)
馬場 荒尾市は東西10km、南北7.5km、面積57.37km2のコンパクトな街で、移転後の荒尾市立図書館fig.1fig.2fig.3fig.4が入居するゆめタウンシティモール(旧あらおシティモール、以下シティモール)fig.5fig.6はそのほぼ中心の緑ケ丘地区に位置します。旧図書館fig.7は海沿いの公共施設が多く建つ場所にありましたがfig.8、ここ十数年において、来館者数は多い年度で5万人弱で、近年は減少傾向にありました。竣工から約50年が経とうとしており、2016年の熊本地震を受けて床にたわみが発生するなど、ハード面で大きな課題を抱えていました。また、延べ約790m2と図書館としては狭く、閲覧スペースやキッズスペースが十分に確保できず、市民ニーズに応えながら図書館機能を果たすには限界を迎えていました。そこで、2019年8月、市が出資する第三セクターで、シティモールを運営する荒尾シティプランから、紀伊國屋書店と連携し、カフェ・書店・図書館を一体とした整備提案を受けたことが移転計画の端緒となりました。近年市では市民病院や学校給食センターなどのハード建設が続いていたため、新図書館を整備する上ではできるだけ投資コストを抑える必要があり、既存建築への移転はその意味でも合理性がありました。計画は荒尾市、荒尾シティプラン、紀伊國屋書店の3者で役割分担しながら進めました。荒尾シティプランが施工主となり、改修費や備品などの経費は市が負担し、紀伊國屋書店が指定管理を受け、整備方針策定への協力や開館後の運営を担うというかたちです。2020年11月に3者で連携協定を結び、それから1年5カ月後の2022年4月に開館しました。
──新図書館が入居するシティモールはどのような施設なのでしょうか。
原口 シティモールは特定商業集積整備法に基づき、商業振興とまちづくりを一体的に行うことを目的として、共に荒尾市や地場の企業が出資する荒尾シティプランと荒尾商業開発の2社による運営体制で1997年にオープンしました。敷地は同年に閉山した旧三井三池炭鉱の社宅跡地で、大型店と中小小売店から成る、当時としては珍しいショッピングセンターでしたが、近年は福岡県大牟田市などの近隣自治体で大型ショッピングモールが増えたことにより、売上高や来場客が減少していました。
──多くの地方都市では、駐車場が確保できないなどの問題を抱えつつも、駅前に公共施設などを集約し、商店街を活性化させる方針が採られてきました。荒尾市では、荒尾駅前ではなく、郊外のショッピングセンターに図書館を移転させたのにはどのような背景があったのでしょうか。
畑田 荒尾市は北に隣接する福岡県大牟田市と共に、炭鉱によって栄えてきた街です。緑ケ丘地区は荒尾駅前に次ぐ副都心と位置付けられ、1990年代から、炭鉱施設の撤退によって生まれた土地で公共施設や住宅地の開発が進んできたという経緯があります。1997年の閉山は市にとって非常に大きな出来事で、シティモールの建設は炭鉱の街からの脱却をかけた一大プロジェクトでした。
原口 図書館をシティモールへと移転させたのには、副都心としての緑ケ丘地区の活性化という側面もありました。
──炭鉱の閉山に伴う再開発の中で生まれたシティモールも、開業して25年以上経ち、更新の時期を迎えているという状況もあったのですね。バス路線図を見ても、ほとんどの路線がシティモールを通過しており、交通面から見ても緑ケ丘地区の拠点性がうかがえます。シティモールではエントランスの風除室がバスの待合所になっていて、入り口のすぐ正面にバスが停まり、公共交通との連携が強いように見えますfig.9fig.10。
原口 2013年、市内のバス路線の見直しを行いました。市内を運行する路線バス(産交バス)は、全路線が市内中央部にある「バスセンター」および「ゆめタウンシティモール」に停車しており、利用者数としては、多くの方が「ゆめタウンシティモール」のバス停を利用されています。また、平井・府本地区で運行する乗合タクシー(2013年運行開始)や、市内全域を運行するAIを活用したオンデマンド型相乗りタクシー「おもやいタクシー(2020年運行開始)」、隣接する長洲町運行の「きんぎょタクシー(2011年運行開始)」の乗り場も、シティモールの正面玄関付近が乗降場所となっているため、モール内風除室が公共交通利用者の待合所となっています。このほか、2021年には、利便性向上のため、風除室内にバスロケーションシステム(バスの到着時間が表示されるモニター)を設置しています。
──旧図書館の立地はどのように決められていたのでしょうか。
馬場 もともとは有明工業高等専門学校の仮校舎が1964年に公民館となり、その一角に公民館図書部として入居していました。そこから1972年の建て替えを経て、公民館と分離して図書館となり、移転前のかたちになっていました。
──そう考えると、以前は市民とは直接関係ない理由で立地が決められていましたが、今回の移転は実際の生活に即した計画になったということですね。
原口 投資コストの抑制、早期の移転、利便性の向上、地域活性化などを加味した結果の合理的な判断でした。
ショッピングモールに潜む公共性
──移転前と移転後で、図書館自体や利用者層にはどのような変化があったのでしょうか。
馬場 新旧図書館の大きな変化として、まずは広さが約3,300m2と約4倍になり、約60席だった座席数も250席にまで増えました。開館時は約10万5千冊だった蔵書も、現在までに約11万冊へと増え、電子書籍も導入するなど、質的な向上を図っています。来館者は旧図書館の3.5倍の15万人を目標にしていましたが、その目標は移転後5カ月の9月時点で既に達成しました。移転前は約1万人だった図書館の利用登録者も、移転後1年で約8千人増えました。そのうち約30%は荒尾市外の近隣自治体の市民が占めています。単館として建っていた旧図書館は、わざわざ目指して行く場所でしたが、ショッピングモールに入居したことで、何かのついでに立ち寄れる場所になったということは大きな要因だと思います。また、紀伊國屋書店と連携し、熊本県や九州に縁のある「かいけつゾロリ」シリーズの作者の原ゆたかさんや、作家の平野啓一郎さんを招いて講演会を催すなど、市立図書館だけではできない取り組みも行っています。先日開いたイベントでは、シティモールの吹き抜け空間を利用しましたfig.11。
──図書館がもつ文化性が、逆にショッピングモールという消費の空間にまで広がっているのは面白いですね。
原口 市内で高齢者が過ごす場所はシティモール以外にあまりなく、モール内ではお年寄りがベンチに腰掛けている光景がよく見られます。地元に強く根付いた施設だったことは、図書館をスムーズに移転できたことの大きな要因でした。
──近年は各地で公立図書館運営の民営化などが進み、それに伴って職員の待遇などでの問題が起きたりもしていますが、図書館がショッピングモールに入居するのはより大胆な発想に見えます。ショッピングモールと聞くと、どうしても消費空間の象徴としてイメージしてしまいますが、買い物を楽しむ人もいれば、ベンチで休憩する人もいる、子供が泣いていてもクレームが発生することは少ないでしょうし、1日過ごしていても出ていけといわれることはない。いろいろな活動が許容されるという意味では、意外にも公共性の高い空間だといえます。特にシティモールは成り立ちに市の資本が投入されるなど、その背景や都市計画的な位置付けとしても公共の色が強かったために、図書館という機能と親和したのですね。
馬場 賑やかなショッピングモールの一角にあることで、移転前よりもいい意味でのおおらかさが生まれていると思います。ただ、あくまでも公共施設なので、防犯カメラを設置して死角になる場所を減らし、壁面にはガラスをふんだんに使って視認性を高めるなど、リスク管理はシビアに行っています。
──民間のショッピングモールの中にテナントとして市立図書館が入居した事例として注目していましたが、炭鉱の閉山からの街の再生を目的に生まれた、市民に根付いたショッピングモールだからこそ、スムーズな移転と利用者増が短期間で実現できたのだと理解できました。行政窓口の設置やバス路線の再編や待合所の整備など、地道な改善も進められた結果、新たな機能を兼ね備えたコミュニティのハブとして利用されるショッピングモールが生まれていました。一方で営利目的で運営される民間施設ならではの課題も存在します。人口減少が進む地方都市を持続させる新たな官民連携のあり方を、事例を通して今後も探っていきたいと思います。
(2023年5月22日、荒尾市立図書館にて。文責:新建築.ONLINE編集部)