2023.01.12
Interview

転換期の都市と向き合う

黒瀬武史(九州大学大学院人間環境学研究院教授)×吉村有司(東京大学先端科学技術研究センター特任准教授)

新建築.ONLINEは2023年、黒瀬武史さん(九州大学大学院人間環境学研究院教授)と吉村有司さん(東京大学先端科学技術研究センター特任准教授)を編集委員として迎え、現代の都市をある一側面から思考する連載を公開していきます。企画の開始を前に、現代の都市における課題やこれからの都市について思考すべきことを、民有公共空間などの研究に取り組む黒瀬さんと、都市におけるビッグデータ活用を実践する吉村さんの双方の視点から語っていただきました。(編)

人びとのニーズが可視化する時代の都市のあり方

──現代の都市において、どのような点を課題に感じていますか。

吉村 都市にはさまざまな考え方をもった多様な人びとが暮らしています。都市に集まって住むことのひとつの価値は多様性あふれる環境に身を置くことができる点であり、意見の違う人びととの不意な遭遇こそ都市における喜びでもあります。しかし、長期的で大規模な都市計画やまちづくりになればなるほど、マイノリティの意見は往々にしてマジョリティの意見の前になかったことにされがちです。近年のテクノロジーの進化はこの点に大きな変革を起こしつつあります。ネットの発達によって誰しもが情報を発信できる時代になり、ひとりの小さな声が大きな波となり、時には炎上しながらも世論を形成し、社会を変え得る力を持つ時代に入ってきました。

黒瀬 SNSやデジタルテクノロジーによって、これまでは拾いきれなかった市民の都市に対するニーズが顕在化するようになりました。その一方で、都市に置かれるハード、特に建築は一度つくってしまうとなかなか変えられず、刻一刻と変化するニーズに素早く対応することができていません。その対極にあるのがソフトウェアサービスです。ソフトウェアは常にユーザーの声を聞きながらどんどんアップデートしていきます。ユーザーのニーズに追随できなくなると、ユーザーが減ってしまうという緊張感を常にもっているのです。

吉村 そもそも都市は数十年という期間を見越して計画されるものだという構造的な問題もあります。その問題をどう乗り越えるかというのは大きな課題です。こうした長期の計画の隙間を埋めるために行われているのがタクティカル・アーバニズムですが、日本ではまだうまく機能していないように思います。本来は長期的なビジョンを軸に、ひとつの将来を見据えて小さなアクションを積み重ねる動きのはずですが、日本では単発のイベントで終わってしまっていることが多い印象を持っています。

黒瀬 長期的なビジョンと短期のアクションがオーバーラップすることが大事です。市民のその時々のニーズを置き去りにし居心地の悪い街となると、人はその街から離れ、長い目で見た時に衰退を招きます。これからの都市間の競争の中で、その対応力は都市が備えるべき最低限の条件になってくると思います。

データを媒介に、多様な分野を交えて都市を捉える

黒瀬 一口に市民のニーズといっても、それはとても多様ですべてを叶えることは難しいです。大雑把ないい方ですが、これまでの都市計画はモデルを標準化して効率よく処理するというものでした。人間も車両も標準化し、そのモデルのための都市をつくる。そうすると、そのうちの8割は不都合なく暮らせるけど、残りの2割には特殊解的に対処するしかなくなる。これまで目を向けられなかった2割の人たちの不都合が可視化された現代において、都市には多様なものを多様なまま受け入れる度量が必要になってくると思います。

吉村 多様性を受け入れる都市をつくるためには、都市を建築・都市的な観点からだけで捉えるのではなく、あらゆる分野の知見を交えて思考するべきだと考えています。そもそも近代の都市計画は公衆衛生の観点から始まったもので、本来多様な分野が交差する領域です。それが徐々に細分化され、縦割りでしか都市を見れなくなってしまったこと、そのようにしか都市政策を打てなくなってしまったことが現行の衰退や混乱を招いたのではないでしょうか。現状を打破するためには、都市をもう一度多角的に見直す必要があります。その媒介としての役割を果たすのが、データやデジタルテクノロジーだと考えています。
たとえば僕は、都市計画やまちづくり、建築の目的はそこに暮らす人びとのウェルビーイングを向上させるためではないかと考えています。ただ、ニーズと同様に幸せの条件は人によって異なり、把握するのが難しいものです。人びとの幸せのための都市をつくるには、それについて先んじて研究してきた心理学など他分野の視点を借りることが欠かせないと思っています。

黒瀬 よりよい都市や建築をつくるためには、その土地を正しく理解することも必要です。そういう意味でも、ひとつの視点からではなく、より多様な切り口を交えて都市を捉えることは重要です。また、データを用いればよりきめ細かい都市デザインも可能になると思います。たとえば先ほどハードそのものは簡単には変えられないという話をしましたが、その使い方は工夫次第で変えられます。公開空地や車道の使い方は数年ごとに変えても大きな問題が発生することはないでしょうし、もっと短いスパンでの使い方の変更も、データを用いてニーズを把握し、管理することで実現できるでしょう。

吉村 バルセロナのスーパー・ブロック・プロジェクト(市内全域に歩行者空間化を適応する計画)はまさにそうした事例ですfig.1fig.2。スーパー・ブロックとして定めた街区内では、自動車の速度を10km/h以下にするようにお願いしたり、車両が一度入ってしまうとそのエリアから出ることを難しくしたりして歩行者中心の空間をつくっていますfig.3。歩行者中心ではあるけれど必要に応じて車両が通行することもでき、近隣住民の車や小売店の荷さばきの車も問題なく入れるし、歩行が困難な方や車椅子などにも対応しています。まさにさまざまなコンディションの人たちを包摂する空間となっているのです。また、スーパー・ブロックはウォーカブル空間を上から与えるのではなく、市民が自分たちで考えて能動的に、そしてボトムアップ的に形成していくことを目指していますfig. 4。単に歩行者中心の空間をつくるのではなく、どういうコンセプトでそれをつくるのかということまでを、デジタルプラットフォーム「Decidim」を通じて市民に広く意見を募っています。多様な人びとを包摂するという抽象度の高いコンセプトを、データを用いて具体的にデザインすることで成立させているのです。データを用いて都市の現状を認識させ、テクノロジーの力によってマイノリティの声までもすくい上げる。それらを政策に落とし込み、最終的にスーパー・ブロックという風景を構築する。これはランドスケープに結実した民主主義のアップデートだと僕は思います。

黒瀬 歩行者空間化の議論において、物流や緊急車両、地区内の居住者の車両など、その地区に不可欠なサービスを提供する車両の取り扱いは重要なポイントです。歩行者の安全性や快適性を主眼に据えつつも、100%歩行者のための空間ではない。このようなグラデーショナルな解決策を構築するのにも、データが大きな役割を果たしているのだと思います。

価値の転換に向き合う

黒瀬 今は従来の都市におけるさまざまな価値観が見直されているように思います。たとえば公共空間は従来行政が整備するものでしたが、今は多くの民間施設が公園や緑地を備えていますし、芝生や遊具の質でいえば、公共よりも民間が整備した空間の方がかえってよい状態で保たれていることもあります。

吉村 地方都市のショッピングモールもまさにそうした事例のひとつだと思います。建築デザイン的な観点ではこれまで大きく注目されることはありませんでしたが、広大な内部を歩けば健康になるし、子供が遊べるスペースもあり、家族連れでも気軽に訪れることができる。すでに公共的なサービスの一部になっているといえます。雑誌では紹介されない建築が実は社会で広く求められている空間をもっているというのは、ある意味建築・都市側のニーズと社会のニーズの乖離を示唆しているのではないでしょうか。

黒瀬 安い商品を求めるだけならネットショッピングで事足りる今の時代で、商業施設に求められているのは消費空間だけではないのでしょう。図書館などの公共サービスが入居する事例もあり、地方都市でショッピングモールはもはやなくてはならない公共・福祉施設のようになっていますfig.5fig.6。このように、これまで信じてきた公共の絶対性みたいなものが、いろいろなところで揺らぎ始めていると感じています。特に地方では鉄道ですら常に廃線の可能性があり、市民のよすがとなる社会基盤がどんどん不安定になっています。ただ、個人的には民間が手掛ける半公共的なアメニティに依存しすぎるのにも不安を感じます。行政が手掛ける公園や道路の整備費は税金から拠出されるので、いわば市民と運命共同体です。しかし、民間は収支によって事業の継続の判断を行います。市民にとってなくてはならないアメニティが事業者の判断で急になくなるという可能性もゼロではありません。

吉村 近い事例として、数年前Google Street Viewのアカデミック利用が突然禁止され、当時書いていた数本の論文がボツになるということが起きました。都市景観の変遷を映すストリートビューのデータはもはや公共財と呼べるので、公共的なサービスはやはり行政が責任をもって担ったり、官と民が持っているオープンデータなどを活用しながら産官学民がしっかりと連携して整備していく必要があると思いました。

黒瀬 近年は個人的にも従来の価値観に縛られていたのだと実感することがありました。従来の都市計画は産業革命と共に人口密度が増加の一途を辿る中で、それをうまく制御するために生まれたものですが、今の日本は人口が減少する時代です。その時、都市計画が必要なくなるかといえば決してそうではありません。ではどうすればいいのかということを考えていた時、デトロイトである出会いがありました。財政基盤の衰退と共に多くの空き地が市中に広がる中で、わざわざデトロイトに移住して新たな暮らしのかたちをつくろうとする人に話をうかがいました。その人はデトロイトの魅力について「人が少なく土地も安くて広い。ニューヨークのような大都市よりもずっと自由だ」というのです。都市が衰退した先にもまた別の魅力が生まれることもあるのだと知りました。人口を増やし、これまでの都市をそのまま維持しなければと、自分の価値観が凝り固まっていたことに気付かされた経験でした。こうした都市における価値の転換をどこまでポジティブに捉え、どう課題を見据えればよいのかということを冷静に考えていく必要があると思います。

吉村 従来の価値が転換する中でこれからの都市のあり方を考えるには、建築家や都市計画家が手掛けてきた王道の事例とは違い、これまでは大きく着目されてこなかったものの、思いがけずうまく使われている、ポジティブに捉えられているような事例にも目を向け、可能性を探ることが重要になるのでしょう。
fig.7

(2022年12月2日、オンラインにて。文責:新建築.ONLINE編集部)

黒瀬武史

1981年生まれ/2004年東京大学工学部都市工学科卒業/2006年同大学大学院工学研究科都市工学専攻修了/日建設計・都市デザイン室を経て2010年東京大学大学院助教/2016年九州大学人間環境学研究院准教授/2021年同教授/主な著書に『米国のブラウンフィールド再生 工場跡地から都市を再生する』(九州大学出版会、2018年)など

吉村有司

愛知県生まれ/2001年〜渡西/ポンペウ・ファブラ大学情報通信工学部博士課程修了/バルセロナ都市生態学庁、カタルーニャ先進交通センター、マサチューセッツ工科大学研究員などを経て2019年〜東京大学先端科学技術研究センター特任准教授、ルーヴル美術館アドバイザー、バルセロナ市役所情報局アドバイザー

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スーパー・ブロックのあり方について、エリア内で議論する市民と自治体関係者。/提供:吉村有司

サン・アントニエリアのスーパー・ブロックの入口に掲げられた標識。車両が進入する際には速度制限することを表示している。/提供:吉村有司

荒尾市郊外のショッピングモールに入居する荒尾市民図書館(写真奥)。モール内には自由に使える椅子・テーブルが設置され、高齢者が集い談笑する姿も。/提供:黒瀬武史

福岡市東区の商業施設が設置した民有の「公園」。園内に常駐する公園長が周辺住民のさまざまなニーズに応える。/提供:黒瀬武史

対談の様子。左から黒瀬武史氏、吉村有司氏。

fig. 5

fig. 1 (拡大)

fig. 2