2023.02.27
Interview

空飛ぶクルマの実装によって広がる可能性と課題

価値の転換 #1

岡田惇史(Skyports日本法人代表)×小島立(九州大学大学院法学研究院教授) 聞き手:黒瀬武史(九州大学大学院人間環境学研究院教授)

2025年大阪・関西万博で日本初の商用運航が目指されるなど、空飛ぶクルマの社会実装がいよいよ目前に迫っています。新たな移動革命により、都市ではどんな変化や課題が生じるのか。離着陸インフラの設計・運用などに取り組むSkyportsの岡田惇史さんと、空飛ぶクルマの実装に伴う社会課題について研究する小島立さんにお話を伺いました。(編)

空白を埋める点と点の移動

──空飛ぶクルマの実装によって人の移動経路が空に開かれることで、これまでの建築や都市の形態はもちろん、さまざま価値観が変化すると想像しています。今回はそうした大きな変化の中で広がる可能性や生まれる課題について議論ができればと思います。まず、空飛ぶクルマの概要について教えてください。(黒瀬)

岡田 日本で空飛ぶクルマと呼ばれているものは、グローバルでは”eVTOL”と呼ばれています。eはelectrification(電動化)を、VTOLはVertical Takeoff and Landing(垂直離着陸)を意味します。バッテリー駆動で静かなため、ヘリコプターよりも人に近いところでの離着陸が可能です。機体は1〜4人乗り、機体により30〜200km前後の航行が可能で、空のタクシーというイメージです。現在こうした小型航空機の開発が進み、新たな空の移動革命が謳われています。空の移動といえば、これまでは都市間を移動する飛行機がメインでしたが、空飛ぶクルマによって都市内などさまざまな範囲で活用が広がっていきます。そのための離着陸場となるのがバーティポートですfig.1。Vertical(垂直)とPort(港)を合わせた造語で、地上や駐車場ビルなどの面積が大きな建物の屋上、水上などへの設置が想定されています。

小島 まず、空飛ぶクルマの実装によって、私たちの暮らしや都市のかたちはどう変わっていくと考えていますか?

岡田 現行の都市内の地上モビリティは大きく分けて鉄道と自動車があります。鉄道は軌道に沿って線上の移動経路を形成し、自動車は道路という面状の移動経路を形成してきました。空飛ぶクルマはふたつのバーティポートを結ぶ、点から点の移動を可能にします。ただ、空飛ぶクルマがいきなり既存の交通手段に取って代わるとは思っていません。地上でもさまざまな新モビリティの開発が進んでおり、そうした変化と並行して実装を進めることで、バーティポートが空と地上の結節点となることを目指しています。地上での移動に空というレイヤーが加わることでどのような変化を生み出せるか、という緩やかな考え方が必要です。

小島 点と点の移動により、既存の交通網の空白を埋められるという点は大きなインパクトだと思います。離島や中山間地域などでは、「海越え」「山越え」の効果も相まって、よりスムーズに普及が進むのではないかと想像しています。産業の立て直しや人口減少などの課題を抱える地域に空飛ぶクルマが実装されれば、大きな効用をもたらすことも期待されます。地域によっては、空飛ぶクルマを導入したほうが、トータルで見た時のインフラ整備のコストが従来よりも安く済む可能性もあるのではないかとも思います。

岡田 おっしゃる通り、既存の交通ネットワークで行きにくい所を空飛ぶクルマによって補完していくことは優先的な役割だと思っています。一方で、空飛ぶクルマが提供する基本的な価値を整理すると、移動時間の短縮と定時性というファンクショナルな価値と、空を移動することのワクワクというエモーショナルな価値があります。スピーディーに移動したいという需要を考えると、想定される主なユースケースは空港アクセスや都市部でのビジネス利用、観光利用、もしくは災害時や医療などの公共利用になるでしょう。ただ、今の小島さんのお話を踏まえると、空飛ぶクルマがもたらす価値は移動の効率化以外にも、交通システム同士で比較した時のインフラ整備の効率化など、まだ深く議論されていないものがあるのだと感じます。
また、点と点の移動が広がることで、国土をより広く有効に使えるようになります。現在日本では新幹線による東京─大阪という東西の移動が観光のゴールデンルートとされていますが、南北の移動はそれと比較すると弱いです。そういう所に空飛ぶクルマが実装されることで、これまで交通難を抱えていた土地から潜在的な観光価値が発掘されるかもしれません。

社会実装への道筋

小島 とはいえ機体も高価ですし、普段使いにふさわしい金額設定で運用できるかどうか、既存の地域経済とのコンフリクトなど、サービスとして成立するまでの課題は多くあるように思われます。空飛ぶクルマが日常的に空を飛ぶ光景が当たり前になるまでの道筋はどのように描かれているのでしょうか。

岡田 空飛ぶクルマの実装に向けたロードマップはNASAが「UAM Vision Concept of Operations UAM Maturity Level 4」という文章で規定しており、日本においては経済産業省が公表する「空の移動革命に向けたロードマップ」、さらに大阪においては2025年の万博を契機とした社会実装を「大阪版ロードマップ」として策定されています。その中では、大阪・関西万博に向けた試験飛行から商用運航の開始、2020年代後半の商用運航の拡大、2030年以降のサービスエリア、路線・便数の拡大という3つのフェーズで考えられています。

小島 先ほど空飛ぶクルマのファンクショナルな価値という観点から都市部での需要について言及されていましたが、社会全体での受容を考慮した場合に、人びとの情念や情動、つまりエモーショナルな価値も同等に重視する必要があると思います。

岡田 空飛ぶクルマの実装に向けた初期段階の大きな課題として、移動を短縮できる受益者と、バーティポート建設によって負担を受ける人が必ずしも一致しないということがあります。初めは誰しもが利用できるサービスにはなりづらいので、バーティポート建設の負担を受けるコミュニティがその効用を受けられないという状況が想定されます。そのため、バーティポートが必要な理由や、災害時・救急時に稼働することなども含めて丁寧に説明し、納得いただく必要があります。実装はベイエリアなど人が少ない地点から始まるでしょうが、さらに進み、都市部上空にアクセスする際には市街地を通るので、社会受容性の議論が不可欠です。

小島 新たなイノベーションが社会実装される際には、それによってもたらされる社会的な便益と共に、どうしても社会的な費用が生じ、それを誰がどのように負担するのかという課題が発生します。その時、人びとの情念や情動というものは決して無視できません。自分もいつか使えるのであれば負担も受け入れられやすいと思いますが、いつまでも使えないのであればそうもいかないでしょう。そうした社会的な歪みが拡大すれば、それを鎮めるためにさらなる社会的コストがかかってしまうことにもなりかねません。空飛ぶクルマがそういった非対称性を抱えないようにするためにも、一部の富裕層だけでなく、誰もが使いやすいような設定ができればと思っています。たとえば年に1回の家族旅行に行く際、新幹線や飛行機であれば少し財布の紐を緩めれば乗ろうと思えますが、ヘリコプターやプライベートジェットに乗ろうとは思えませんし、選択肢の中にすら入りません。空飛ぶクルマが、官民協議会がいうような「身近で手軽な空の移動手段」として社会全体が受容できる状況を目指すのであれば、まずはこうした選択肢に入り得る仕組みづくりが重要だと思います。また、日本のモビリティにおいては所得格差を感じることはあまりありませんが、たとえばアメリカの一部の地域では、相対的に裕福な層はバスに乗らずに自家用車を使うなど、モビリティによって利用者層が顕著に分かれているケースもあります。こうした状況を導かぬよう、空飛ぶクルマという移動手段と社会のあり方について、人文社会系の観点から検討することが必要だと感じています。空飛ぶクルマが社会に受け入れられるかという点に関連して、価格面を踏まえ、具体的にビジネスとして成立させるためのビジョンは描かれているのでしょうか。

岡田 空飛ぶクルマはマス交通ではなく、スポット的な需要に応えるロングテールな交通です。これは中期的なビジョンになりますが、たとえば乗客4人を乗せて1時間に10回運航しても、10時間で輸送できるのは最大400人です。つまり、1日400人の需要が安定してある場所であればビジネスとして成立させることができるのです。年間100万人が訪れる観光地では、1日にやって来る約3,000人のうち400人が利用してくれればいいのです。鉄道よりは少し高価だけど、せっかくなら空飛ぶクルマに乗ろうと思う人がいる割合としては十分にあり得る数字ですし、地域振興やプロモーションとパッケージして売り出せばうまく成り立つのではないかと思います。

小島 自家用車やチャーター機としての使い方が中心になると想像していましたが、少し高価なタクシーサービスという感覚ですね。そう考えると、岡田さんのおっしゃることは実現不可能ではないと直感的に思いました。

──たとえばどこかの観光地が空飛ぶクルマを導入しようとする際に、インフラ整備も含めると投資コストとしてはどれくらいかかるのでしょうか。

岡田 地方や中山間地域であれば、都心部と比較しても土地代は安いでしょうし、使われていない建物を旅客ターミナルとして利用できればポートの建設費は多くかかりません。エアフィールドを確保し、充電器を置けばそれだけで済む場合もあり、工夫次第でコストはかなり抑えられます。

──ポートを設置し、デスティネーションになること自体がその地域に新たな価値を生むのであれば、自治体も挑戦しやすいと思います。

岡田 そのためには運航会社、機体の量産、バーティポートが揃っているというエコシステムはもちろん、自治体の支援、地元コミュニティの合意形成など、産官民の連携が必須であり、スムーズな実装に向けては早めの準備が重要です。かつ、需要が大きいのはやはり都市部ですから、そこで十分な数のバーティポートを設置する必要があります。都市部にもバーティポートを点在させることで、既存の交通網とは異なるかたちで高速のネットワークを分散させることが理想です。

小島 既存の空港を使うといったことは想定されているのでしょうか。空港までの交通は既に充実しているところが多いですし、たとえば地方の空港だと1日に数回しか滑走路が使われていないところもあります。そうであれば、航空機と空飛ぶクルマが共存することで、長距離と中距離の需要に応える新たな空のハブになる可能性があるようにも思えます。

岡田 離着陸枠が既にフルで埋まっている混雑空港では旅客機が優先ですので、どういうかたちで乗り入れが可能か、空港全体の将来計画に盛り込んでいく必要があります。一方で、利用の少ない空港では、次世代空モビリティが同居していく可能性はあると思います。われわれも、パリのポントワーズ空港にテストベッドを置いて将来に備えた検証を行っています。その際に重要となるのは、そこからどこに飛ぶことができるかということです。適度な距離に観光地などがあれば需要は見込めますが、そうでなければ難しいでしょう。単にそこから移動するということだけでなく、何のために移動するのかという目的までを含めた議論が必要です。

──逆にいえば、何のために移動するかというストーリーが組めれば、新たな需要を生むことができそうです。

小島 コロナ禍を経てリモート勤務などが普及し、理屈の上では移動せずとも生活を完結させることが不可能ではない状況が出現しつつある今こそ、移動という行為自体の目的や価値などが以前よりも問われるようになるでしょう。こうして空飛ぶクルマの社会実装に向けて思考を展開することによって、私たちがいかに自動車に規定された社会に生きてきたかということを改めて実感しています。今は空というレイヤーに新たな移動経路が開かれようとしていますが、よく考えれば道路だって数百年前にはなかったものなのです。空飛ぶクルマの社会実装は、これからのインフラの本当の意味での必要性を再考する機会になると思います。このように、一度思考を解き放って考え、そこで見えてくる課題を丁寧に整理し、回答していくことが重要だと感じています。

──専門家ではないわれわれはモビリティ革命によって都市にドラスティックな変化が起こると想像してしまいがちですが、そこに向けてはさまざまな物事との折衝があり、そこに実直に向き合っていくことが必要なのだと実感しました。

岡田 空飛ぶクルマもわれわれの生活を豊かにするためのツールのひとつとして捉え、自動運転車やドローンなど、ほかの先進技術と合わせ、人・もの・情報のモビリティが進歩するチャンスになればと思っています。
fig.2

(2023年1月19日、オンラインにて。文責:新建築.ONLINE編集部)

岡田惇史

1983年福岡県生まれ/ 2008年東京大学大学院社会基盤学専攻修了、日建設計入社、都市デザイナーとしてMENA、APAC、CISの26都市における大規模都市開発に従事/2017年ボストンコンサルティンググループ入社、テクノロジー・メディア・通信領域のコアメンバーとして不動産・建設・通信・テック企業の企業改革をサポート/2022年Skyports日本法人立ち上げ、現在代表。ドローン物流およびAdvanced Air Mobilityのための離着陸場の開発・運営事業を指揮

小島立

1976年福岡県生まれ/2000年東京大学法学部第1類卒業/2003年ハーバード・ロースクール法学修士課程(LL.M.)修了/2000年東京大学大学院法学政治学研究科助手/2002年知的財産研究所長期在外研究員/2005年九州大学大学院法学研究院助教授/2007年同准教授/2013年マックス・プランク知的財産法・競争法研究所客員研究員/2014年マックス・プランク・イノベーション・競争研究所客員研究員/2020年九州大学大学院法学研究院教授/2022年九州大学副理事、同大学高等研究院副研究院長、同大学法務統括室長/現在科学技術振興機構社会技術研究開発センター(JST/RISTEX)「科学技術の倫理的・法制度的・社会的課題(ELSI)への包括的実践研究開発プログラム(RInCA)」研究開発プロジェクト「『空飛ぶクルマ』の社会実装において克服すべきELSIの総合的研究」(2021年度~2024年度)研究代表者

黒瀬武史

1981年生まれ/2004年東京大学工学部都市工学科卒業/2006年同大学大学院工学研究科都市工学専攻修了/日建設計・都市デザイン室を経て2010年東京大学大学院助教/2016年九州大学人間環境学研究院准教授/2021年同教授/主な著書に『米国のブラウンフィールド再生 工場跡地から都市を再生する』(九州大学出版会、2018年)など

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岡田惇史
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バーティポートのCGイメージ。/提供:Skyports

左から岡田惇史氏、小島立氏、黒瀬武史氏

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fig. 1 (拡大)

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