本連載では、物の動きというデザインのなかでもややニッチな要素に目を向け、そのふるまいに着目することでもたらされる新たな可能性を議論した。ここまでの結論は、身の回りの物の動きをデザインするということは、ただその物理的なふるまいをつくるだけでなく、見る者の身体感覚をもデザインしているといっても過言ではないということだ。計12回の連載のなかで、駆け足ではあるが、その起源からこれからのデザイン方法論への展開について紹介した。
コロナ禍の技術系産業において、「タッチレス」や「コンタクトレス」という言葉が急速にキーワードとなった。それらを付け焼き刃の標語にしてしまうのではなく、長期的かつ本質的な視野を補うためには、「触れない、けれど感じる」というデザインの世界を見据える必要がある。その際に、本連載で示したような、運動共感という現象に着目したデザインの方法論が役立つ場面がでてくるかもしれない。
そして、こうした新しいデザインの世界への探究心を支えているのは、知的な好奇心のみならず、「詩的」な好奇心でもあるのではないだろうか。今、自然科学と呼ばれている学問も、自然現象のなかから抽象的なルールを導き出すような、いわゆる理論的なアプローチのみから生まれたのではない。かつてゲーテは、それまで支配的だった理論偏重の科学研究に対抗し、入念な観察とスケッチによる描写を通し、植物学や動物学などの詩的な科学のあり方を示した。
技術進歩にすべてを委ねてしまいたくなるような今日だからこそ、ものづくりにおける詩的な探究心を途絶えさせてはいけない。青沼優介が都市に内在する新陳代謝を捉えた綿毛の建築「息を建てる/都市を植える」は、まさに詩的な視点が可能にする新たなデザインの世界が芽吹き、建ち上がる様子をも感じさせる。fig.1