人や物の動きを見たときに、観察者が、観察対象の動きを擬似的に感じてしまう現象は「運動共感」と呼ばれる。運動共感というレンズを通して見ると、物の動きのデザインに関して、新たな視点が生まれる。
前回紹介した「運動感覚要素」(kinaesthetic elements)は、新しい動きを備えた人工物をデザインする際に有用な手がかりとなる。デザインへの応用性を検討するプロジェクトとして、筆者はロイヤルカレッジオブアート(RCA)でデザインを専攻する学生と、運動感覚要素を参考に新たなプロダクトなどの身の回りの人工物に関してコンセプトデザインを行った。
動きを伴う人工物を試作する際、モーターやバッテリーを組み合わせることで、自律的に動作するプロトタイプがつくられることが多い。しかし、思い描いた動きを機械模型によって再現することは容易ではない。特に動きの微妙なニュアンスを高い精度で再現することは非常に難しく、またコストもかかってしまう。更にリスクとなるのは、デザイナーの発想が、機械でできることに制限されてしまい、当初のアイディアが徐々に妥協されていってしまうことである。機械には機械のリズムや得意な動きがあり、それは必ずしもデザイナーがつくりたい動きと結びつくわけではない。
このリスクを回避し、より柔軟で探索的なアプローチを可能にするため、筆者は人形劇師とのコラボレーションを行い、日常的なオブジェクトの代替的な動きを模索した。次の映像はRCAの3人のデザイナーおよび筆者が、ロンドンを拠点に活動する人形劇師レイチェル・ウォー(Rachel Warr)とのコラボレーションによって制作したものである。プロダクトデザインにおいて人形劇の手法を応用する例は多くないが、計七つの日用品などのコンセプトデザインを行い、人形劇の手法によってそれらの想像段階の動きを可視化した。fig.1
次回は、デザイン教育の歴史における身体性の役割を参考に、上記のような運動共感を使った新たなデザイン手法の教育的展開について考える。