人や物の運動を見たときに、観察者自身が体を動かしていないにもかかわらず、見た動きを擬似的に感じる現象は、運動共感(kinaesthetic empathy)と呼ばれている。この現象を意識することで、ドアの開閉やファンの回転など、身の回りの動きのデザインに新たな視点が生まれる。しかし、具体的にどうデザインに役立つのだろう。そして、こうした問いに対する新たなデザインの知は、いかにして生み出すことができるのだろうか。
デザインにおける多くの問いには具体的な現象や、物体や空間、人びとの経験などの言語化の難しい要素が関わっている。理論のみに頼ったアプローチには限界があり、具体的な物体や身体性に根ざした調査が必要となる。また、デザイナーが創造プロセスの中で経験する試行錯誤は暗黙知によるところが多く、必ずしも第三者の視点から明らかであるとは限らない。
そこで、非デザイナーである研究者が、あるデザイナーの活動をいわば外側から眺める従来のアプローチとは異なり、研究者がデザイナーであり、その人自身の創造的活動を通して探索するという新しい研究のかたちが生まれた。この一つの大きなきっかけとなったのが、教育学者であり哲学者のドナルド・シューン(Donald Schön)による研究である。* シューンは、デザイナーが自身のデザイン・プロセスの中でいかに創造的な思考を展開するか、綿密な観察を通して明らかにした。
その後、1960年代に英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アートで発足したデザイン・リサーチ学科を率いたブルース・アーチャー(Bruce Archer)、同大学院の前学長であるクリストファー・フレイリング(Christopher Frayling)、そのほか複数のデザイン研究者たちによって、こうしたデザインの実践を通した知識創出の方法、すなわち研究手法が形づくられていった。この方法論は今日、Research Through Designという名前で語られることが多く、すでに半世紀の歴史を紡いでいる。fig.1
デザインを通した研究活動において、身体が重要な要素となるのはいうまでもない。次回は、デザインの実践手法や研究手法の中でも身体を軸に据えたものを中心に、その起源から現代の動きを見ていく。
* Schön, Donald (1983). The Reflective Practitioner: How Professionals Think in Action. London: Temple Smith.