2023.03.29
Interview

建築家のライブラリー

第9回 亀井忠夫

インタビュアー:中島佑介(POST)

──「新建築書店」(英語名:POST Architecture Books)では、さまざまな分野から建築に携わるみなさんのおすすめの書籍を伺いながら選書を進めています。またみなさんのお話を通して建築を考える上での本の可能性を考えていきたいと思います。第9回は日建設計会長の亀井忠夫さんにお話しいただきました。インタビュアーは「新建築書店」を運営する中島佑介さんです。本記事は『新建築』2023年1月号でもご覧いただけます。(編)

日常的に建築の本に触れた学生時代

亀井忠夫(以下、亀井) 早稲田大学に入るまで建築について知識がなかったのですが、入学すると周囲の先輩が『新建築』『GA』『建築文化』『都市住宅』などの建築雑誌を小脇に抱えて、僕の知らない名前の建築家や掲載された建築や論文を話題にしているわけです。その話についていくために本を読まなくてはいけない、と図書館に通い、日本の建築雑誌に限らず、『Progressive Architecture』などの海外の建築雑誌にも触れました。なかなか高価で手が届かない雑誌でも、これは手元に置いておきたいと思うものは頑張って購入していましたね。社会人になると建築雑誌はいくつか定期購読し、設計の参考にしてきました。学生当時よく通った本屋は神保町の南洋堂書店でしたが、古本の建築雑誌を探す時は明倫館書店、新刊を買うなら新宿の紀伊國屋書店、建築に関する洋書を探す時は日本橋にあった東光堂書店に行きました。東光堂書店は設計課題の参考資料のためというよりは、日常的にインスピレーションを受ける本を探しに足を運んでいました。

ライブラリー20選

──建築関係のおすすめ書籍についてお話しいただけますか?

『Complexity and Contradiction in Architecture』

大学院の頃に購入した本で印象に残っているのは、授業とは関係なく買い求めたロバート・ヴェンチューリによる『Complexity and Contradiction in Architecture』(The Museum of Modern Art、New York、1966年、邦題:『建築の多様性と対立性』、鹿島出版会、1982年)fig.2です。当時出版されていた日本語訳版(『建築の複合と対立』、美術出版社、1969年)は難解で、「これくらいの厚さであれば文字が多いけれど、まあ英語で全部読もうか」という気になり原書を購入し、じっくりと読みました。これまで学んできた近代建築を正面から批判する建築の見方が新鮮で、強く印象に残っています。

『the ARCHITECT says』『The Architecture School Survival Guide』

今日は自宅の本棚から気になる本を持ってきました。出張や旅行で海外を訪れた際に、現地の書店、また特に建築センターで本を探すようにしています。よく選ぶのは、構えて読むよりも、ちょっと読みたい時にどこからでも始められるような小ぶりな本で、『the ARCHITECT says』(Princeton Architectural Press、2015年)や『101 Things I Learned in Architecture School』(The MIT Press、2007年)、 『The Architecture School Survival Guide』(Laurence King Publishing、2015年)fig.3はミュージアムショップの書籍コーナーで購入しました。断片的に見て気になった言葉には付箋をし、記憶に留めるようにしています。

『Kevin Roche』

ニューヨーク出張の折にリゾーリ書店に立ち寄って購入した『Kevin Roche』(Rizzoli、1986年)fig.4fig.5も思い出深い本です。たまたま何人かの建築家のサイン会が開催されており、ケビン・ローチ、KPFのユージーン・コーン、ロバート・スターンの本を購入し、ファンだったケビン・ローチにミーハーな気分でサインをしてもらいました(笑)。

『Gordon Bunshaft and SOM: Building Corporate Modernism』

建築家の作品集は写真だけではなくて設計の現場が見える本が面白いと感じます。SOMのゴードン・バンシャフトの『Gordon Bunshaft and SOM: Building Corporate Modernism』(Yale University Press、 2019年)fig.6はリーヴァ・ハウス(Lever House)をはじめとしたプロジェクトのことだけではなく、プレゼに同行する女性担当者に「その服が気にいらないから着替えて来い!」と言ったエピソードなども紹介されています。

『Eero Saarinen』

『Eero Saarinen』(Phaidon、 2005年)fig.7fig.8はセントルイスのゲートウェイアーチの内部階段の設計時のモックアップが載っています。サーリネンの下で働かれていた、私の恩師である穂積信夫先生からもよく話を伺いましたが、CBS本社をはじめとしたクライアントトップとのやりとりも記されており、興味深く読みました。

『PHILIP JOHNSON'S GLASS HOUSE』

『a+u』の元編集長の中村敏男さんが編集された『PHILIP JOHNSON'S GLASS HOUSE』(YKK Architectural Products、1988年)fig.9fig.10は、「ガラスの家」のすべての図面が載っていて、またこれまでどのようにメンテナンスされてきたかも書かれており、とても大切にしています。

『世紀末建築』

田原桂一さんによる19世紀末の建築を取り上げた写真集『世紀末建築』(講談社、1983年)fig.11fig.12は1980年代に会社に出入りしていた本屋さんにすすめられて、ボーナスの分割払いで奮発して購入した6冊セットの本です。自分でこの時代のような建築を設計することはありませんが、オットー・ワーグナーも、アール・ヌーヴォー、アール・デコも好きなんです。当時の建築はこれくらいの大判の写真にも耐えるディテールや質感を持っていて感銘を受けます。

『The Notebooks and Drawings of Louis I. Kahn』『You Say to Brick: The Life of Louis Kahn』

ルイス・カーンに関する『The Notebooks and Drawings of Louis I. Kahn』(The MIT Pres、1973年)や『You Say to Brick: The Life of Louis Kahn』(Farrar、Straus and Girou、2017年)fig.13も大切にしている本です。後者は途中で英文に疲れてしまってまだ全部は読み切れていないのですが、ルイス・カーンの生涯がまとめられています。カーンはある住宅を依頼されて10年近くかけて設計していたし、クライアントがカーンの事務所に打ち合わせに行った時には、窓から鍵を投げてクライアントに「上まで上がってこい」と傲慢な態度だったそうです(笑)。経済性や効率性が優先される今の時代にカーンのように建築を設計するのはなかなか難しいでしょう。でも、もしカーンがオフィスや商業施設をデザインしたらどのような建築になるのだろうと想像すると、建築を考える新たな視点を得られるような気がするのです。

『CCCP: Cosmic Communist Constructions Photographed』

『CCCP: Cosmic Communist Constructions Photographed』(TASCHEN、2011年)fig.14fig.15は、ソ連時代に建設された風変わりな建築を集めた写真集です。掲載作品のデザイン自体は私の趣味ではありませんが、タイトルをCCCP(ソビエト社会主義共和国連邦の略称)と掛けているのが面白いです。

『Albert Speer Architecture 1932-1942』

『Albert Speer Architecture 1932-1942』(Archives d'architecture moderne、1985年)fig.16fig.17はあまり出回っていない本ですが、日本の通信販売で買いました。 ナチス・ドイツ時代の建築家アルベルト・シュぺーアの作品集で、ベルリンの都市計画などについて示した貴重な資料です。

『Less and More: The Design Ethos of Dieter Rams』

──建築やデザインの作品集以外の書籍はいかがでしょうか?

建築分野以外では、BRAUNのプロダクトデザインで知られるディター・ラムスのデザインが好きで、作品集『Less and More: The Design Ethos of Dieter Rams』(サントリーミュージアム「天保山」、 2008年)fig.18はよくめくって眺めています。こういうカタログのように一望できる本は見やすいですよね。

『Das Architektur- Paket』

建築の本に限らずに、ブックデザインからそれぞれの本の工夫を見ることもとても好きで、そうしたデザインから新しい感覚を得ることが多くあります。それはデジタルではできない、実際にいろいろな本を手に取って感じられる書店ならではの醍醐味ですね。変わったところでは、『Das Architektur- Paket』(arsEdition、1997年)fig.19fig.20という建築の構造などを分かりやすく解説した飛び出す絵本です。ドイツ語なので残念ながら読むことができないのですが、製作の大変さも窺えて、海外でこういう本を見つけるとついつい面白くて買ってしまいます。

『ACCESSS NYC』『ACCESSS HAWAII』

『ACCESSS NYC』(Prentice Hall、1988年)fig.21fig.22と『ACCESSS HAWAII』(Access Press)fig.23はリチャード・ソール・ワーマンの編集によるガイドブックです。同シリーズからはTOKYOも出ていました。彼は建築家ですが、ある時期からブックデザイナー、グラフィックデザイナーとして活躍するようになりTEDも設立した人です。レストランについてのテキストは赤、文化施設が緑といったかたちで色別に情報を整理し、建築の立面図なども掲載されています。一般向けのガイドブックですが建築の人が見ても楽しめるこの本のように、一般の人も建築を専門とする人も、双方が楽しめるような本が好きなのかもしれません。日本には一般の人もプロも面白く読めるような本が少ないように感じます。

『Golden Gate Bridge: History and Design of an Icon』

『Golden Gate Bridge: History and Design of an Icon』(Chronicle Books、2008年)fig.24fig.25もサンフランシスコのゴールデン・ゲート・ブリッジを解説した一般向けの観光ガイドですが、手描きのスケッチを多用してテクニカルなことも伝えようとしています。このような本を見ていると、建築にはいろいろな伝え方があり、自分が設計した建築を一般の方へ伝える時にどのような表現があるのかと考えさせられます。設計者が伝え方に自覚を持つことは、都市計画や大規模なプロジェクトをさまざまな立場の人と協働して進めていく上で重要なことです。

『Sheila Hicks Weaving as Metaphor』

『Sheila Hicks Weaving as Metaphor』(BGC、Yale Univereity Press、2006年)fig.26は、パリ在住のテキスタイルアーティストで、ニューヨークのフォード財団ビル(『a+u』1710)のタピストリーなどを手掛けたシーラ・ヒックスの作品集です。JTビル(『新建築』9507)や虎ノ門琴平タワーなどのタピストリーをお願いした縁があり、この本を送っていただきました。ブックデザインの第一人者であるイルマ・ボームによる装丁で、小口がほつれたような独特なテクスチャーになっています。シーラの作品との係り結びを狙っているのだと思います。

『タチ 「ぼくの伯父さん」ジャック・タチの真実』

フランスの映画作家であるジャック・タチの映画が好きで、『タチ 「ぼくの伯父さん」ジャック・タチの真実』(国書刊行会、 2002年)fig.27はたまたま書店で見かけて購入しました。彼の映画にはけっこう建築が出てきて、その風景やビジュアルが建築の将来像へのイメージを膨らませてくれます。

『国土が日本人の謎を解く』

『国土が日本人の謎を解く』(産経新聞出版、2022年)fig.28は皆さんにおすすめしたい本です。著者の大石久和さんは国交省出身の土木系の方です。「国土学」を提唱され、日本人と日本の国土が抱えている問題を非常に鋭く書いておられます。日本人の死因で最も多いのは自然災害による天災、一方でヨーロッパは戦争などによる人災であり、そこが根本的なマインドの違い、都市のつくり方の違いに繋がっているという指摘がされています。

──建築を考える上で、本はどのような存在でしょうか?

本を見て、触発されて、また他のことを考えるというように思考や分野、また人との関係性を繋ぐスパイスのようなものです。新建築書店には、建築分野の人だけでなく一般の人が来てくれるような場所になってほしいと思っています。さまざまな活動との掛け合わせがあるような場になるといろいろな人が立ち寄りやすいですし、本との出合いの記憶が他の活動と紐付けされてさらに豊かなものになる。そのように本との出合いを通して、建築の文化や面白さが一般の人にも伝わっていくような場になることを期待しています。

(2022年12月8日、日建設計竹橋オフィスにて。文責:新建築.ONLINE編集部)

———————–
インタビューで登場した本一覧

『Complexity and Contradiction in Architecture』(The Museum of Modern Art、New York、1966年、邦題:『建築の多様性と対立性』、鹿島出版会、1982年)
『the ARCHITECT says』(Princeton Architectural Press、2015年) 『101 Things I Learned in Architecture School』(The MIT Press、2007年) 『The Architecture School Survival Guide』(Laurence King Publishing、2015年) 『Kevin Roche』(Rizzoli、1986年) 『Gordon Bunshaft and SOM: Building Corporate Modernism』(Yale University Press、 2019年) 『Eero Saarinen』(Phaidon、 2005年) 『PHILIP JOHNSON'S GLASS HOUSE』(YKK Architectural Products、1988年) 『世紀末建築』(講談社、1983年) 『The Notebooks and Drawings of Louis I. Kahn』(The MIT Pres、1973年) 『You Say to Brick: The Life of Louis Kahn』(Farrar、Straus and Girou、2017年) 『CCCP : Cosmic Communist Constructions Photographed』(TASCHEN、2011年) 『Albert Speer Architecture 1932-1942』(Archives d'architecture moderne、1985年) 『Less and More: The Design Ethos of Dieter Rams』(サントリーミュージアム「天保山」、 2008年) 『Das Architektur- Paket』(arsEdition、1997年) 『ACCESSS NYC』(Prentice Hall、1988年) 『ACCESSS HAWAII』(Access Press) 『Golden Gate Bridge: History and Design of an Icon』(Chronicle Books、 2008年) 『Sheila Hicks Weaving as Metaphor』(BGC、Yale Univereity Press、2006年) 『タチ 「ぼくの伯父さん」ジャック・タチの真実』(国書刊行会、 2002年) 『国土が日本人の謎を解く』(産経新聞出版、2022年)

亀井忠夫

1955年兵庫県生まれ/1977年早稲田大学建築学科卒業/1978年ペンシルバニア大学修士課程修了/1979年H.O.K. ニューヨーク事務所勤務/1981年早稲田大学大学院修士課程修了、日建設計入社/2015〜2020年同社代表取締役社長/2021年同社代表取締役会長

中島佑介

1981年長野県生まれ/2003年早稲田大学商学部卒業/2003年limArt設立/2011年〜アートブックショップ「POST」代表/2015年〜Tokyo Art Book Fairディレクター

post architect books
アート
建築
建築家のライブラリー
亀井忠夫
中島佑介

RELATED SERVICES

RELATED MAGAZINE

新建築 2023年1月号
続きを読む

『Complexity and Contradiction in Architecture』(The Museum of Modern Art、New York、1966年)

『the ARCHITECT says』(左、Princeton Architectural Press、2015年)、『The Architecture School Survival Guide』(右:Laurence King Publishing、2015年)

『Kevin Roche』(Rizzoli、1986年)

『Kevin Roche』(Rizzoli、1986年)

『Gordon Bunshaft and SOM: Building Corporate Modernism』(Yale University Press、 2019年)

『Eero Saarinen』(Phaidon、 2005年)

『Eero Saarinen』(Phaidon、 2005年)

『PHILIP JOHNSON'S GLASS HOUSE』(YKK Architectural Products、1988年)

『PHILIP JOHNSON'S GLASS HOUSE』(YKK Architectural Products、1988年)

『世紀末建築』(講談社、1983年)

『Das Architektur- Paket』(arsEdition、1997年)

『Albert Speer Architecture 1932-1942』(Archives d'architecture moderne、1985年)

『Golden Gate Bridge: History and Design of an Icon』(Chronicle Books、 2008年)

『ACCESSS HAWAII』(Access Press)

『Less and More: The Design Ethos of Dieter Rams』(サントリーミュージアム「天保山」、 2008年)

『ACCESSS NYC』(Prentice Hall、1988年)

『国土が日本人の謎を解く』(産経新聞出版、2022年)

『CCCP: Cosmic Communist Constructions Photographed』(TASCHEN、2011年)

『タチ 「ぼくの伯父さん」ジャック・タチの真実』(国書刊行会、 2002年)

『CCCP: Cosmic Communist Constructions Photographed』(TASCHEN、2011年)

『Albert Speer Architecture 1932-1942』(Archives d'architecture moderne、1985年)

『ACCESSS NYC』(Prentice Hall、1988年)

『Das Architektur- Paket』(arsEdition、1997年)

『Golden Gate Bridge: History and Design of an Icon』(Chronicle Books、 2008年)

『You Say to Brick: The Life of Louis Kahn』(Farrar、Straus and Girou、2017年)

『世紀末建築』(講談社、1983年)

『Sheila Hicks Weaving as Metaphor』(BGC、Yale Univereity Press、2006年)/提供:亀井忠夫

亀井忠夫氏(左)と中島佑介氏(右)。/撮影:fig.1〜fig.28新建築社写真部(fig.26を除く)

fig. 28

fig. 1 (拡大)

fig. 2