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2022.12.16
Interview

建築家のライブラリー

第8回 岡部憲明

インタビュアー:中島佑介(POST)

「新建築書店」(英語名:POST Architecture Books)では、さまざまな分野から建築に携わるみなさんのおすすめの書籍を伺いながら選書を進めています。またみなさんのお話を通して建築を考える上での本の可能性を考えていきたいと思います。第8回は岡部憲明さんにお話いただきました。インタビュアーは「新建築書店」を運営する中島佑介さんです。本記事は『新建築』12月号でもご覧いただけます。

思い出の街の本屋

岡部憲明(以下、岡部)  フランス・パリの5区と6区にまたがるカルチェラタン周辺に暮らしていた時、取り扱う本の種類や、規模など多様な本屋に出会いました。いちばん通った本屋は、かつてオデオン座の脇にあった建築書をメインに扱う「Le Moniteur」(現在はパリ建築博物館に移転)とサン・ジェルマン・デ・プレ教会の正面のサルトルなど著名人が通ったカフェ「Les Deux Magots」の隣にあった書店「La Hune」です。La Huneは深夜24時まで開いていて、1階に文学や哲学書、上階に建築、デザイン、ファッションに関する書籍と、世界中から選りすぐった書籍が並ぶ素晴らしい本屋でした。今はすぐ近くにあったフランスを代表するガリマール出版社が運営していた本屋跡地に移転し、高級な写真集を置いていたりと、かつての雰囲気はなくなってしまいました。ソルボンヌ大学にあった「PUF」という大学出版局は日本では文庫クセジュシリーズとして販売されている学術書籍を中心に扱っていたのですが、現在は街中に移転し、シリーズの中のほしい本を伝えるとその場でプリントしてつくるという営業形態に変わっています。ただそれはネットで本を買うことと同じで、本に囲まれて見比べながら選ぶのが本屋ならではの面白い経験なのだと再認識しました。カルチェラタンにある「Gibert Joseph」という本屋は、文房具だけ、レコードだけ、地図だけと専門ごとに分かれた店舗が何軒もあります。そこでは車や航空機などの本を買っていました。これらの分野はまだ歴史が浅いこともあり、一般向けの写真集と専門家向けの技術書の間の書籍が少ない。でもここでは書籍にバリエーションがあり、たまに割引価格で置かれていて、よい本に出会うことが多くありました。ジャコブ通りにある「Librairie Meritime Outremer」という海専門の本屋は、船に関する本はもちろん世界中の海図が置いてありました。「横浜港大さん橋国際客船ターミナル」(『新建築』0206)のコンペをやろうと思い、この本屋を訪れて横浜港の海図を見つけた記憶があります。他にも、サンジェルマン通りの大型書店「Eyrolles」や6区のサン・シュルピス教会の脇にあった宗教系の書籍が並ぶ本屋など、パリの街を歩くと質の異なる本屋に巡り会え、創作の要となっていました。残念なことに10年くらい前から本屋がなくなってしまったり、オーナーが変わり取り扱う本の種類が変わってしまったり、とても残念に感じています。ただパリの友人によるとフランス政府はECサイトで購入した書籍の無料配送を制限する法律を制定し、街の本屋が残るように対策しているようで、私としては喜ばしく思っています。
また私がレンゾ・ピアノ、リチャード・ロジャース、ジャニー・フランキーニと共に設計に携わったポンピドー・センター(1977年竣工)は図書館と近現代アートセンターを合わせた拠点をつくろうと始まったプロジェクトですが、図書館のすべての本は開架式だし、夜10時まで開いていて、パブリックに対する広がりをつくり上げています。広場に面する1階の書店「Flammarion」もいい本屋で、展示会場のカタログだけでなく多くの文化関連書籍まで売られていて、本を重視する姿勢が貫かれています。

ライブラリー11選

『style auto』『Car Styling』

岡部  ポンピドー・センターの仕事が終わった後、ピアノの故郷ジェノヴァで設立したPIANO & RICE ASSOCIATIで、FIAT社が開催した自動車の常識を覆す提案を求めたコンペに勝ち、1978年から2年間、FIAT社のあるイタリアのトリノで車の設計をしました。車の設計は初めてで勉強するために本が必要でしたが、当時は手軽に書籍を検索できるネットワークシステムはない。そこで、トリノの街中の本屋を探し、そこで見つけた雑誌『style auto』(Style Auto Editrice s.n.c.)fig.2は、車の断面が出ていてその成り立ちがよく理解できる、とてもいい雑誌でした。この雑誌は廃刊になってしまいましたが、その影響を受けて日本で出版された雑誌が『Car Styling』(三栄書房)fig.3です。初代編集長だった藤本彰さんには、2002年に小田急から電車の設計依頼を受け、これまでの知識を集めてどのように設計ができるだろうかと模索していた時に、モデラーの方を紹介してもらい、最初につくった小田急ロマンスカー「VSE」(『新建築』0501)に繋がりました。1980年にパリに戻って設計した客船の仕事でも、知識がないので街中の船舶関連の書籍を扱う本屋でいろいろ本を探し、船舶の製作から廃棄までの一生に関する本や細かな寸法まで記載された本などを当たりながらプロジェクトを進めました。今であれば予備知識はネットで探せるけれど、本のいいところは系統的に知識が得られることだと思います。

『ピーター・ライス自伝──あるエンジニアの夢みたこと』

FIATの車の仕事は、ポンピドー・センターの構造エンジニアでもあったピーター・ライス(1935〜92年)と協働しました。彼についてはとても多くの思い出があります。『ピーター・ライス自伝──あるエンジニアの夢みたこと』(鹿島出版会、1997年)は「関西国際空港」(『新建築』8902)のプロジェクトが進んでいた時に、現場に来るはずだったピーターが訪れず、心配になりロンドンを訪ねたところ、彼が脳腫瘍で死ぬかもしれないことが分かりました。死を意識して口述筆記でまとめ始めたのです。さまざまな建築家、写真家などの他分野のアーティスト、友人などとの関わりから、彼のヒューマニティについても語られています。彼から学んだ大切なことは、テクノロジーが発達し構造計算の能力が高度になりできることが増えても、建築をつくる上でふたつのことは変わらないということです。ひとつは、社会や機能がどう変わろうが、身体と感覚を総動員して人間のために建築をつくるということ、もうひとつは建築の原点は材料学の発展にあり、あらゆるものは素材がなければつくれないのだから、素材に対しての謙虚なアプローチが必要だということです。

『Structures Or Why Things Don’t Fall Down』

その視点と繋がる本が『Structures Or Why Things Don’t Fall Down』(Penguin books、1991年、邦題『構造の世界 なぜ物体は崩れ落ちないでいられるか』、丸善、1991年)fig.4で、ピーターも「これはいい本だ」と話していました。出版社のあるイギリスでは中高生くらいが読む構造の入門書なのですが、著者は材料学の研究者で、いろいろな事故の発生原因を辿り、その要因となる素材の本質は何かを説明しています。これから建築家になろうか、車をつくろうか、数学者になろうかなど考えている子どもたちが読んだらとてもよいだろうと思います。

『L’art de l’ingénieur』

『L’art de l’ingénieur』(Editions du Centre Pompidou、1999年)fig.5,6は1997年にポンピドー・センターで行った展覧会「エンジニアのアート」展のカタログです。ポンピドー・センターの主任エンジニアであったピーターが亡くなったことをきっかけに当時のポンピドー・センターの美術館主任とエンジニアリングをアートの視点で辿る展覧会をやってみようという話になり、私も日本の出展作品を選定するコミッショナーとして関わりました。鉄が工業化して使われるようになった約200年前の時代から、鉄筋コンクリート、大空間構造、現代の4つのセクションで構成されています。パブリックに対して開かれた場で、エンジニアリングに光を当てた展示ができたことは、大きな意義があったと思います。

『Zodiac 21: Light Structures; Tensile Space Pneumatic Structures』

『Zodiac 21: Light Structures; Tensile Space Pneumatic Structures』(Edizioni di Comunita、1972年)fig.7,8はフライ・オットーの「ミュンヘン・オリンピックスタジアム」などが掲載された特集号です。まだコンピュータ解析が今日ほど発展してなかった時代に、特殊な圧力計を使ってすべての動きをステレオカメラで撮影した貴重な資料です。

──エンジニアリング以外の分野のおすすめ書籍についても教えていただけますか?

『LE PIAZZE』

岡部  『LE PIAZZE』(IStituto Geografico De Agostini、1975年)fig.9,10は、図面と航空写真を用いてイタリアの広場を紹介する本です。図面によって客観的に広場を把握しつつ、写真で実感を持って、それがどのように成り立っているのかが見えてきます。イタリアはひとつひとつの都市に歴史があり、史料が残っているからこういう本ができるのですよね。

『ATLAS DE PARIS』

パリの都市史にも長く興味をもち、書籍を集めてきました。近年出版されているシリーズ本『ATLAS DE PARIS』(PARIGRAMME)fig.11,12は、非常に分かりやすいグラフィックによってパリの形成過程をまとめた素晴らしいものです。現在はフランス語版のみですが、今は翻訳ソフトを使えばある程度解読できるので、ぜひ読んでほしいです。
『L’Illustration』(L’Illustration)fig.13は、映画や飛行機など、さまざまな分野について挿絵と共に解説した週刊誌です。1843〜1944年にフランスで出版され、テーマごとにまとめた冊子も出ていますが、戦時中は日本に海外の出版物が入ることは少なかったので、今でも古本屋で買い求める日本人が多いと聞きます。1930年代当時の誌面を見ると、戦争へと向かう当時のフランスの情勢を肌で感じられます。

『L’Architettura degli Alberi』

ランドスケープに関する書籍もよく手に取ります。フランスでは、たとえば高速鉄道TGVを引く時もまずはランドスケープを手掛けて、その方向が見えて住民が賛成したら鉄道を引くことができるというように、計画においてランドスケープを重視しているんです。ランドスケープアーキテクトが思考するタイムスパンの長さは、私に影響を与えています。中でも『L’Architettura degli Alberi』(Lazy Dog、2018年)fig.14,15は木の生育の様子がエッチングで描かれていて、ものが育つことへの視点が現れているようで面白い本です。
『ヤコブセンの家 桜日記』(プチグラパブリッシング、2005年)はコペンハーゲンで活動する家具デザイナー・岡村孝さんのパートナーである恭子さんが書かれた本です。岡村さんご夫婦はアルネ・ヤコブセンが設計した家に住んでいて、家とのストーリーがほのぼのと書かれています。住宅とは何かを教えてくれる本で、私が神戸芸術工科大学で教授を務めていた時はよく学生に読ませていました。

『Constantin Brancusi』

フランス人にとって宝とも評される彫刻家、コンスタンティン・ブランクーシの作品集『Constantin Brancusi』(CENTRE POMPIDOU、2008年)からは、形態的な刺激を受けました。またパリで開催されたジョルジュ・スーラの大展覧会がとても素晴らしかった。カタログ『Seurat』(Editions de la Réunion des Musées Nationaux、1991年)fig.16,17は大事にとってある図録です。ここに載っている点描画は、実際に見ても本当に素晴らしい作品です。

『Einstein’s Fridge: How the Difference Between Hot and Cold Explains the Universe』

最近読んで面白かったのは『Einstein’s Fridge: How the Difference Between Hot and Cold Explains the Universe』(Scribner、2021年、邦題『宇宙を解く唯一の科学 熱力学』、河出書房新社、2021年)fig.18という熱力学に関する本です。アインシュタインは相対性理論を発表したのと同時期に冷蔵庫を開発していたそうなんです。数学と物理学がいかに繋がっているかがよく分かるし、現代の数学理論にまで繋がる熱力学の重要さがよくまとめられています。
さらに挙げると、テオドール・フォン・カルマンの『大空への挑戦──航空学の父カルマン自伝』(森北出版、1995年)です。航空工学のバックグラウンドと共に、ふたつの大戦を経験した歴史を科学者の目で見た貴重な自伝です。
フランス語版のみですが、エッフェル塔を生んだギュスターヴ・エッフェルのつくった風洞についての研究書『Eiffel La bataille du vent』(CSTB、2007年)は日本語にすると「エッフェル 風との闘い」というタイトルで、風の科学者としてエッフェルを知ることができる本です。
日本建築の書籍では桂離宮に関するものを多く持っていますが、和辻哲郎の著書『桂離宮』(中央公論新社、1991年)は何度も繰り返し読んでいます。庭園と建築が時間をかけ、細やかに絡み合って生成していくプロセスが、桂離宮のもつ突出した質をつくり上げていると思います。和辻の分析とその洗練された言葉は、この質を見事に伝えてくれています。

コミュニケーションを誘発する本の力

──最後に、本にどのような可能性を感じていらっしゃるか、お話しいただけますか?

岡部  私は、デザインの本質はコミュニケーションであると考えています。本を読むことは、誰かと言葉を交わすにしてもものを書くにしても大事なことです。今はスマートフォンも活用してスケッチを描いて共有するなど、ビジュアルからコミュニケーションを図ることができますが、それは言語で考えることはまた別の次元で物事をまとめ上げる力です。本を読まなくなると言語の感覚が衰え、コミュニケーションができなくなってしまう。ですからコミュニケーションを誘発するためにも、本は重要なのです。

(2022年11月9日、岡部憲明アーキテクチャーネットワークにて。文責:新建築.ONLINE編集部)

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インタビューで登場した本一覧
『style auto』(Style Auto Editrice s.n.c.)
『Car Styling』(三栄書房)
『ピーター・ライス自伝──あるエンジニアの夢みたこと』(鹿島出版会、1997年)
『Structures Or Why Things Don’t Fall Down』(Penguin books、1991年、邦題『構造の世界 なぜ物体は崩れ落ちないでいられるか』、丸善、1991年)
『L’art de l’ingénieur』(Editions du Centre Pompidou、1999年)
『Zodiac 21: Light Structures; Tensile Space Pneumatic Structures』(Edizioni di Comunita、1972年)
『LE PIAZZE』(IStituto Geografico De Agostini、1975年)
『ATLAS DE PARIS』(PARIGRAMME)
『L’Illustration』(L’Illustration)
『L’Architettura degli Alberi』(Lazy Dog、2018年)
『ヤコブセンの家 桜日記』(プチグラパブリッシング、2005年)
『Constantin Brancusi』(CENTRE POMPIDOU、2008年)
『Seurat』(Editions de la Réunion des Musées Nationaux、1991年)
『Einstein’s Fridge: How the Difference Between Hot and Cold Explains the Universe』(Scribner、2021年、邦題『宇宙を解く唯一の科学 熱力学』、河出書房新社、2021年)
『大空への挑戦──航空学の父カルマン自伝』(森北出版、1995年)
『Eiffel La bataille du vent』(CSTB、2007年)
『桂離宮』(中央公論新社、1991年)

中島佑介

1981年長野県生まれ/2003年早稲田大学商学部卒業/2003年limArt設立/2011年〜アートブックショップ「POST」代表/2015年〜Tokyo Art Book Fairディレクター

岡部憲明

1947年静岡県生まれ/1971年早稲田大学理工学部建築学科卒業/1973年フランス政府給費研修生として渡仏/1974年ピアノ+ロジャース/1977年~レンゾ・ピアノと共働/1981年レンゾ・ピアノ・ビルディング・ワークショップ・パリ、チーフアーキテクト/1988年レンゾ・ピアノ・ビルディング・ワークショップ・ジャパン設立、代表/1995年~岡部憲明アーキテクチャーネットワーク代表/1996~2016年神戸芸術工科大学教授

新建築書店

中島佑介
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岡部憲明氏(左)と中島佑介氏(右)。/撮影:fig.1〜18すべて新建築社写真部

『style auto』(Style Auto Editrice s.n.c.)

『Car Styling』(三栄書房)

『Structures Or Why Things Don't Fall Down』(右、Penguin books、1991年)、『構造の世界 なぜ物体は崩れ落ちないでいられるか』(左、丸善、1991年)

『L'art de l'ingénieur』(Editions du Centre Pompidou、1999年)

『L'art de l'ingénieur』(Editions du Centre Pompidou、1999年)

『Zodiac 21: Light Structures; Tensile Space Pneumatic Structures』(Edizioni di Comunita、1972年)

Zodiac 21: Light Structures; Tensile Space Pneumatic Structures』(Edizioni di Comunita、1972年)

『LE PIAZZE』(IStituto Geografico De Agostini、1975年)

『LE PIAZZE』(IStituto Geografico De Agostini、1975年)

『ATLAS DE PARIS』(PARIGRAMME)

『ATLAS DU PARIS SOUTERRAIN』(PARIGRAMME、2016年)

『L'Illustration』(L'Illustration)

『L'Architettura degli Alberi』(Lazy Dog、2018年)

『L'Architettura degli Alberi』(Lazy Dog、2018年)

『Seurat』(Editions de la Réunion des Musées Nationaux、1991年)

『Seurat』(Editions de la Réunion des Musées Nationaux、1991年)

『宇宙を解く唯一の科学 熱力学』(河出書房新社、2021年)

fig. 18

fig. 1 (拡大)

fig. 2