中島佑介(以下、中島) 世界中には建築書を中心に扱う書店は多くありますが、一方で、普段店に来てくれている建築家の方はアートやカルチャーなど建築以外の本を手に取られている印象があります。今回、本屋をオープンするにあたり、建築に携わる方が普段ご覧になっている本を扱う書店としたら面白いのではないかと考え、手に取られている本やその読み方をお伺いしたいと思いますfig.1。
まず、乾さんが初めて手に取られた建築書について教えていただけますか?
『GA HOUSES 14』
乾久美子(以下、乾) 高校生3年生の初めに交通事故に遭い、これから受験勉強だという時期に数カ月入院しました。その時に母親が磯崎新さんの作品が表紙の『GA HOUSES 14』(A.D.A. EDITA Tokyo、1983年)をいきなり買ってきたんです。既に建築学科を志望していたので、大阪・梅田の「紀伊國屋書店」の建築コーナーに行って、見舞いに立派そうな本を選んだのかもしれません。装丁も格好良く、こういう世界があるのだということを知り、「やはり建築学科を受けよう」という気持ちを病院で新たにしたという記憶があります(笑)。また中学生の頃から美術大学を受けようと思っていたので、『ガロ』やかつての『宝島』を阪急電鉄高架下の古本屋で立ち読みし、大人の世界に触れてドキドキする時間を過ごしました。サブカルチャーがまだ健在だった時代でした。
中島 大学に入学されてからは建築書に触れる機会が多かったのでしょうか?
乾 大学に入り、課題が面白く感じられなくて「これでよかったのだろうか」と悩むこともありました。そんな時はとりあえず大学の図書館に通って建築本を手に取りに行くのですが、学部1年には難解でますます分からんなと思いつつも、建築書に触れ続けました。
『Le Corbusier: Complete Works in 8 Volumes』
中島 青木淳さんはル・コルビュジエの『Le Corbusier: Complete Works in 8 Volumes』(Artemis、1946~74年)がいちばん大切とおっしゃっていましたが(『新建築』2205)、乾さんの事務所にも置かれていますね。
乾 独立して、建築家の事務所たるものこの本がないと恥ずかしいと思い、頑張って買いました(笑)。建築のヴォキャブラリーが豊富に詰まっていて、スタッフとアイデアを共有しコミュニケーションするための道具としても見ています。
『Louis I. Kahn: Complete Work, 1935-1974』
乾 コルビュジエの作品集と同時に2大建築本といえる『Louis I. Kahn: Complete Work, 1935-1974』(Birkhäuser、1987年)fig.2fig.3も大切な本のひとつです。大判かつ縦開きで本当に読みにくい(笑)。でもアンビルドも含めて全作品が収録されていて、大判の図面からはルイス・カーンがどのように形を発見して発展させていったかという思考が読み取れます。
中島 この本は初めて見ましたが、縦開きになっていて珍しいですね。ルイス・カーンに関する書籍は現行で手に入るものが少なく、『a+u』1975年9月臨時増刊号「ルイス・カーン その全貌」は実現した建築作品が紹介されていますが、『Louis I. Kahn: Complete Work, 1935-1974』はアンビルドの建物もたくさん掲載されていますね。アンビルドの建物もレファレンスとしての面白さなどもあるのでしょうか?
乾 ルイス・カーンはとにかくプランが独特で、「この人は何を考えているんだろう?」と思うものばかりなので、実際に建てられていなくても、図面を見るだけで特有の世界観が伝わり、面白いです。
ほかに事務所でよく使うのは『現代建築家全集』(三一書房、1971〜73年)です。事務所を始めて5年くらいの時に古本屋で見つけ、全巻セットで買いました。本の構成として、論文の途中でほかのコンテンツが挟まっていたりして、とても文章が読みにくいのですが、ある時期の作品が網羅されているという点でよく参照します。
『Aldo Van Eyck Works』/『Herman Hertzberger』
乾 アルド・ファン・アイクの本(『Aldo Van Eyck Works』(Birkhäuser、1999年)fig.4fig.5は、形を考える上でのお手本としてよく見ます。ヘルマン・ヘルツベルハー(『Herman Hertzberger』、Nai Uitgevers Pub、2015年)も同様です。一種の教科書です。私の経験なのですが、学生の多くはオランダ構造主義の建築家を知ると設計が上手くなります。反復を用いて多様性をつくる思考に触れて、規模や形に対してポジティブになれるのだと思います。
『Brasilia - Chandigarh Living With Modernity』
乾 近年の建築書の中で、写真家のイワン・バーンが現存する近代建築をドキュメントした『Brasilia - Chandigarh Living With Modernity』(Lars Mueller、2010 年)fig.6fig.7は、近代建築を捉え直すきっかけを与えてくれた本です。
中島 最近また同じ出版社からイワン・バーンに関する書籍『Momentum of Light』(Lars Mueller、2021年)が出ていました。これは、2022年にプリツカーを受賞したフランシス・ケレが著者で、近代建築というよりはもう少しプリミティブな、洞窟や土壁の原住民が住んでいる家における光と影などをテーマにした写真集です。
乾 普段、新築の建築写真を撮っているカメラマンが自分で題材を決める時に近代建築を選んだことは興味深いし、何十年と使い古された建築が思ってもみない使われ方をされている風景が新鮮に見えてくるんです。建築の息の長さを改めて感じられる好きな写真集のひとつです。
『TYPOLOGIES』
乾 写真集でいうと、ベッヒャーの『TYPOLOGIES』(SCHIRMER/MOSEL、2003年)fig.8fig.9は対象物の見方を学んだ本です。展覧会に合わせて出版した『小さな風景からの学び』(TOTO出版、2014年)では、街の中で見落としてしまうようなささやかな風景をあえて選んで撮影しました。初めは対象物をさまざまな角度から撮影していたのですが、どうも面白さが伝わらない。そんな時にこの本の写真の撮り方を見て、対象物の面白さの伝え方を学生と学び、共有しました。
中島 構造物のレファレンスとしても面白い本ですよね。今5歳の私の子供はベッヒャーが好きなんです。最初、鉄塔やビルの上の給水塔に興味を持ち始めて面白いというので、それを撮り続けている作家がいるんだよ、と教えたらものすごくハマったんです。この間、川村記念美術館でコンセプトアートの展示をやっていたのをみに行った時にベッヒャーの作品があって、「父ちゃんこれ買って!」と言われました(笑)。似ているけど違う、という差異は子供から見ても面白いみたいです。
乾 類似と差異という意味では、6本足の昆虫にもたくさんのバリエーションがあることが分かる昆虫図鑑の読書体験と似ているのかもしれませんね。
『ヒッチコック映画術』
中島 おすすめのアートブックについても教えていただけますか。
乾 まずは『ヒッチコック映画術』(晶文社、1990年)fig.10fig.11です。著者で映画監督のフランソワ・トリュフォーによるアルフレッド・ヒッチコックへのインタビュー集で、さまざまな映画においてどのようなディテールでサスペンスの世界を高めていったか、事細かに聞いています。たとえば牛乳に後ろから光を当てて不自然なほどに真っ白にして恐怖心を煽るなど、実際に映画を思い出しながら読むと、ヒッチコック映画の撮影テクニックの多様さがよく分かります。人の感情をどのように映像として定着させていくのかひたすら試みているのですが、徹底したディテールのつくり込みに驚きを受けた本で、建築家にも好きな方が多いと思います。
『MORANDI』
中島 アートブックはどのような対象としてご覧になるのでしょうか? ご覧になる作家のテイストや年代も多岐にわたりますか?
乾 アートはデザイン以上に視覚と感覚の実験場で、どの時代においても、アーティストが新しい色や形の組み合わせを発見していると思います。ですからアートブックは考えてもなかった組み合わせを発見できる場所です。たとえば、ジョルジョ・モランディの絵画では、微妙な差しかない色同士でも共鳴し合うことに驚きます。「ヨーガンレール丸の内店」(『新建築』0309)では、私たちから綺麗な色の店をつくったらよいのではないか、と提案し、5色を組み合わせた内装計画としました。その際に、色を使うアイデアは決まったものの、相手は感受性の高いデザイナーですから下手な色は選べないというプレッシャーがあり、色の組み合わせのお手本として『MORANDI』(RIZZOLI、1997年)fig.12fig.13を必死で見た記憶があります。
中島 青木さんもロバート・ライマンの画集のテクスチャーが設計のヒントになったとおっしゃていました。
乾 アートとしてよいものは、デザインとしても優れている確率がかなり高いのではないでしょうか。アートの意味の問題は脇に置いておいたとしても、表面的なデザインだけでも十分成立していると思います。
『Gerhard Richter: Forty Years of Painting』
乾 ゲルハルト・リヒターは具象だったものをぼかすことによって強い色をもった抽象的な絵画へと変えていくのですが、現実の風景の中にこのような色が混じっているのかという驚きがあります。また、『Gerhard Richter: Forty Years of Painting』(MoMA、2002年)fig.14fig.15を見ていると、人物や風景といったオリジナルのものを想起させるぎりぎりところでぼかしていることが分かり、見ているものと記憶の残像が組み合わさった表現に面白さを感じます。リヒターは、単純にアートファンとして見ているところも大きいです。
『Thomas Demand』
乾 トーマス・デマンドの作品集『Thomas Demand』(Museum of Modern Art、New York、2005年)fig.16fig.17も好きな1冊です。彼は生活の細々したものを含めて模型化して撮影するアーティストですが、それまで模型とは建築の概念を立体化するあくまで抽象的な表現だと思っていたので、彼の日常のディテールを表す模型の世界に衝撃を受けました。今では建築が取り扱う対象は、空間という抽象的なものだけではないという感覚があります。たとえば土地、生活、モノ、場所も対象となるという感覚ですが、この本は「模型」を通して、その対象物の広がりを教えてくれたように思います。
近年模型に、たとえば添景としてさまざまな物を置くようになったのはデマンドスタートなのではないか?と勝手に思っています(笑)。
中島 デマンドは3次元を2次元化した作品をつくりますが、最近発刊したデマンドの作品集『MUNDO DE PAPEL』(MACK、2022年)は、その2次元化した作品を飾っている美術館の空間をポップアップブックとして3次元化していて、デマンドがやるから意味がある面白さがありました。
『まんが やってみたくなるオープンダイアローグ』
中島 日常、どのように本を読まれていますか?
乾 2カ月に一度ぐらい10冊程度買って、少しずつ同時並行で読むことが多いです。最近だと、精神科医の斎藤環さんの本をたくさん購入し、改めて「オープンダイアログ」という治療方法を学んでいます。その1冊が『まんが やってみたくなるオープンダイアローグ』(医学書院、2021年)です。従来の精神病は患者さんと先生が一対一で話し合いながら薬を投与し治療を行いますが、「オープンダイアローグ」は患者さんとご家族と先生がチームになり、車座になり議論します。第一フェーズでは患者さんから普段の生活や日常の問題について聞くのですが、面白いのが第二フェーズで、当人たちの目の前で、プロフェッショナルである先生とそのスタッフが「この人たちはどう思っているか、こう考えているんじゃないか」と議論します。患者さんは自分のことが目の前で客観的に話されている現場に出会い、会話が気になってもっと自ら話したくなったり、不思議な感情の変化が起こったり、それを繰り返しているうちにいつのまにか治ってしまうことがあるという治療法方法です。話しているうちに副次的に何かが起こるという面白さがあるのですが、これは建築にも通じるのではないかと思っています。たとえば、最近の教育施設では皆で話し合い学び合うために「ラーニングコモンズ」と名付けられた部屋を設けますが、それを目的につくった空間はシラけたものになりがちです。建築設計は「ラーニングコモンズ」と言わずして副次的に「そうなってしまう」状況をどうつくれるのか考えなければいけません。建築がひとつの目的を直接的に達成するのではなく、ワンクッション置かなければさまざまな人に向けたものにならない時代に来ていると日々感じていて、斎藤さんなどの活動に共感を持って読んでいるのです。
領域横断的な本の分類
中島 最後に、書店における本の分類について、アドバイスいただけますか?
乾 土木やランドスケープの分野に関わる仕事にいくつか携わっているのですが、建築以上に扱う範囲が広くてつくりあげるものの価値の設定や共有が難しいと思ってます。領域を横断していろいろなジャンルを勉強しないと面白くならず、手当たり次第に本を手にとっているのですが、書店では必要な本がいろいろな部門にわたって置かれていてピックアップが大変です。事務所でもスタッフに「まちづくり」の守備範囲が何かを伝えたり、大学で「コモンズ=共有財」について学生と一緒に研究をしたりしていますが、多岐にわたる分野を横断する感じを人と共有することも難しいと感じることもあります。ですからそのような複合的な世界を知るために、本が領域を横断してまとまっているといいですねfig.18。
中島 書店における本の分類は発刊時に出版社が割り当ててるキーワードによりますが、今回の書店では、連載を通してお聞きした話をもとにジャンルの分け方もフレキシブルに変わっていくと面白そうです。建築家のみなさんからお話を聞きながら、さまざまな建築家の複合的な価値観感がこの書店の人格になるといいなと思っています。
(2022年5月13日、Inui Architectsにて。文責:新建築.ONLINE編集部)
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インタビューで登場した本一覧
『GA HOUSES 14』(A.D.A. EDITA Tokyo、1983年)
『Le Corbusier: Complete Works in 8 Volumes』(Artemis、1946~74年)
『Louis I. Kahn: Complete Work, 1935-1974』(Birkhäuser、1987年)
『a+u』1975年9月臨時増刊号「ルイス・カーン その全貌」
『現代建築家全集』(三一書房、1971〜73年)
『Aldo Van Eyck Works』(Birkhäuser、1999年)
『Herman Hertzberger』(Nai Uitgevers Pub、2015年)
『Brasilia - Chandigarh Living With Modernity』(Lars Mueller、2010 年)
『Momentum of Light』(Lars Mueller、2021年)
『TYPOLOGIES』(SCHIRMER/MOSEL、2003年)
『小さな風景からの学び』(TOTO出版、2014年)
『ヒッチコック映画術』(晶文社、1990年)
『MORANDI』(RIZZOLI、1997年)
『Gerhard Richter: Forty Years of Painting』(MoMA、2002年)
『Thomas Demand』(Museum of Modern Art、New York、2005年)
『MUNDO DE PAPEL』(MACK、2022年)
『まんが やってみたくなるオープンダイアローグ』(医学書院、2021年)