海外の建築からアートの接し方を学ぶ
中島佑介(以下、中島) 初めに長谷川さんにとっての本との出会いの原体験を教えていただけますか?fig.1
長谷川豪(以下、長谷川) 実は高校まではほとんど本を読まない人でした。でも大学で建築学科に入ったら、「これ知らないの?」と言ってくる面倒な先輩がたくさんいまして(笑)。学部は2学年が同じ製図室で過ごすのですが、隣にいる先輩たちが『El Croquis』などの洋雑誌や海外の建築家の作品集を読んでいることにまず驚いて、知らないとマズいと思って建築関係の本を手に取るようになりました。あとは先生や先輩たちと話していると知らない単語がたくさん出てくるんです。気になってそれを図書館で調べたりするうちに本を読むようになりました。
大学に入学した1996年はまだインターネットの黎明期で、僕たちは最新情報を雑誌で入手するおそらく最後の世代でした。ピーター・ズントー、ヘルツォーク&ド・ムーロン、レム・コールハースなどが、小さな実作やコンペ案などで国際的に注目され始めた頃で、a+uや建築文化、SDなどで彼らの特集が組まれて、日本の若い建築家たちが彼らの新しい建築表現について熱く議論していました。僕は学部2年生の時に発売された『SD』の「都市へ向かう透明性:スイス・ドイツ語圏の建築」(1998年2月号)というスイスの若手建築家の特集号を携えて、スイスに建築旅行したりしていましたが、先輩や周りの同級生もそんな感じでしたね。本が最新の情報を届けるメディアとして、重要な役割を果たしていました。
中島 写真や現代美術など、建築以外の表現にはどのようなきっかけで触れるようになったのですか?
長谷川 たとえばヘルツォーク&ド・ムーロンが初期にトーマス・ルフと協同していたように、海外の建築家を通してアートの接し方を学生時代に知りました。アートについては、最近では海外の友人から情報をもらうことが多いです。
リラックスというよりレスキュー
中島 普段、建築を考える時に、インスピレーションやアイデアを本から得ることはありますか?
長谷川 たとえばスタッフと話している中で、かたちや雰囲気が何かに近いと感じた時に、本を通して共有することがあります。僕の事務所ではスタディしながら案の可能性を言葉にしていくのですが、言葉から受け取るイメージは人によって少しずつ違いますよね。その時に、スケッチを描いて自分の考えていることをハッキリ伝えるよりも、あえてぼんやりと伝えてイメージを広げたい時にアートの本を参照してスタッフに考えてもらったりします。
また建築の実務はいつどこにだれのために建てるという、具体的な目的を持って進んでいくものですが、かと言って建築を効率よくつくることが目的化するのは違います。いわば職業的な設計に飲み込まれないようにしないといけない。だから設計に集中している時こそ、意識的に実務を客観視することが大切だと思っています。そういう時に本を開くと、こことは違う時代や場所や人に、瞬間的に時空を超えてジャンプしたり憑依したりできる。つまり本を通して、いつか/どこか/だれかの夢を見ることができるわけです。だから僕が本を手に取るのは、リラックスというよりレスキューのためなのかもしれません(笑)。
『Donald Judd Furniture』『Donald Judd: A Good Chair Is a Good Chair』『CHINATI : The Vision of Donald Judd』
中島 思い描くイメージを伝える時や客観視したい時にご覧になる本について、教えていただけますか?
長谷川 建築よりアートや写真の本が多いですね。まずはドナルド・ジャッドの作品集(『Donald Judd Furniture』、Donald Judd Foundation、2017年/『Donald Judd: A Good Chair Is a Good Chair』、Ikon Gallery、2011年/『CHINATI : The Vision of Donald Judd』、Yale University Press、2010年)です、fig.2〜7。以前からジャッドの家具がとても好きです。家具というものは建築以上に機能や身体スケールから最適化されがちですが、彼は家具の機能を担保しながら、何にも特別なことをしていないのに特別な立体にしてしまう。最低限の要素でできているのに奥行があって深読みしたくなるようなミステリアスなもの。そのあたりは自分が建築で目指したいことに少し近いかもしれません。
『Pieter Vermeersch──Variations』
長谷川 『Pieter Vermeersch──Variations』(Ludion、2019年)は、ピーター・ヴェルメッシュの作品にある微妙な差異の反復にハッとさせられますfig.8,9。建築設計というのは膨大な選択の連続であるがゆえに、僕らはどこか世界を単純化して見てしまうところがあるのですが、この本は世界がそんな簡単に分けられないことを気付かせてくれます。
『JOSEF ALBERS IN MEXICO』
長谷川 『JOSEF ALBERS IN MEXICO』(Guggenheim Museum、2017年)はヨゼフ・アルバース自身が撮ったメキシコの遺跡などの写真や、それらに影響を受けてつくり始めた作品をまとめた本で、メキシコの文化と彼の作品の深い繋がりが分かりますfig.10,11。単にアルバースが影響を受けたというだけでなく、彼の抽象的な作品を介してメキシコの遺跡が新鮮な見え方をしてくるのがとても興味深い。時代も文化もまったく違うものが繋がるということがどういうことなのか、考えさせてくれる。装丁やデザインも含めて好きな1冊です。
『The Cy Twombly Gallery』
長谷川 ヒューストンにあるメニル・コレクション別館のサイ・トゥオンブリー・ギャラリーは、彼自身がスケッチを描いて建てられたものです。光の状態もいいし、選りすぐりの作品が置いてあって、スタッフもとてもフレンドリーで雰囲気がよく、僕がいちばん好きなギャラリーです。『The Cy Twombly Gallery』(Yale University Press、2013年)はそのギャラリーの空気がうまく定着されている本で、作品全景だけでなく、原寸大のキャンバスの部分写真を頁いっぱいにレイアウトしていて、彼の作品のテクスチャーをありありと伝えているfig.12,13。サイ・トゥオンブリーの絵画は子どもの落書きのように見えますが、実物を見るとその熱量に圧倒されます。彼が全身全霊で描いている姿や息遣いが頁から感じられて、創作のエネルギーをもらえる1冊です。
『Luisa Lambri/Interiors』
長谷川 ルイザ・ランブリの『Luisa Lambri/Interiors』(Ivorypress、2011年)fig.14,15。バラガン邸の窓の写真が有名ですが、建築家による世界中の住宅の窓を室内から切り取ったとても美しい写真集です。露出を変えて撮られた、窓の輪郭が光の中に融解しかけている一連のイメージは、インテリアの概念に揺さぶりをかけます。
『RESERVOIR』
長谷川 オランダの写真家のBas Princenの写真も好きです。写真集『RESERVOIR』(HATJE CANTZ VERLAG 、2011年)には、建築や土木が自然とぶつかり、人工と自然が共存する奇妙で美しい風景が収められていますfig.16,17。Basは建築学科出身なのですが、いわばモダニズムを経由しないと生まれなかった風景を題材にしている写真家です。そこにはモダニズムに対する否定も肯定もなく、現代の風景として捉えようとしているわけですが、そのフラットでドライな眼差しに共感するところがあります。
『Albert Frey and Lina Bo Bardi:A Search for Living Architecture』
長谷川 建築家関連の本でいえば、展覧会に合わせて出版された『Albert Frey and Lina Bo Bardi:A Search for Living Architecture』(Prestel、2017年)は好きな1冊ですfig.18,19。モノグラフはどうしても自画像的と言いますか、こう見てほしいという意識が強くなりがちですが、異なるふたりの建築家をペアで紹介する企画展では「ふたりの間」を見せるので、発見があって面白いんです。この本にはアルバート・フライとリナ・ボ・バルディのドローイングや建築に溢れた、彼らの生きる歓びやヘドニズム的なイメージが、カリフォルニアやブラジルの強い光と誌面の中で共鳴しています。先ほどお話した、いつか/どこか/だれかの夢を見るには、最適な1冊かもしれません。
『Approximations : The Architecture of Peter Markli』
長谷川 建築家のモノグラフはたくさん持っていますが、ひとつ選ぶとすれば『Approximations : The Architecture of Peter Markli』(Mit Pr、2002年)ですfig.20,21。メルクリの最初のモノグラフですが、彼の手描きのドローイングと図面と建築写真、ハンス・ヨセフソンの彫刻が同列に並べられていて、それらが同じ価値を持っている。多くを語らないけど独特の雰囲気のある本は、メルクリの建築とまったく同じ質を備えていて、とても好きな本です。
信頼する友人のような本屋
中島 日本では取次の力が強く、大手取次が国内の書店に配本していて、汚れやすい、極端にサイズが大きいといった本はそもそも扱ってもらえません。ですから日本の本には画一化したようなデザインが多いんです。それに対して洋書は基本的に買取の流通となるため、出版社はつくりたいものをつくり、書店が買ってくれれば成り立ちます。その結果、本のデザインの多様性に繋がる。本は手に取るという体験を伴う行為なので、デザインの細かい差異が内容の伝わり方に影響するから、洋書の方が読書体験として得られる情報が多いように感じます。
長谷川 それは面白い視点ですね。確かに洋書は文字情報よりも、装丁を含めた独自の世界観を楽しめることが重要になりますね。
中島 最後に、本屋に期待されることについてお伺いできますか?
長谷川 amazonでも本は買いますが、そればかりだとデータベースに基づいたおすすめの本に囲い込まれてしまう。本屋に行くと、その囲い込みから外れることができます。僕は海外出張中に建築家の友人に薦められた本を書店で買ってスーツケースに詰めて帰ってくることが多いのですが、それは自分のチャンネルとは異なる回路を開いてくれるからです。そういう意味では本屋が信頼する友達のような存在であるといいですね。個人的であればあるほどよいと思います。また選者がその本を面白がっている視点や熱量を丁寧に伝えていくことで、本の届き方はまだまだ広げられるのではないでしょうかfig.22。
(2022年6月15日、長谷川豪建築設計事務所にて。文責:新建築編集部)
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インタビューで登場した本一覧
『Donald Judd Furniture』(Donald Judd Foundation、2017年)
『Donald Judd: A Good Chair Is a Good Chair』(Ikon Gallery、2011年)
『CHINATI : The Vision of Donald Judd』(Yale University Press、2010年)
『Pieter Vermeersch──Variations』(Ludion、2019年)
『JOSEF ALBERS IN MEXICO』(Guggenheim Museum、2017年)
『The Cy Twombly Gallery』(Yale University Press、2013年)
『Luisa Lambri/Interiors』(Ivorypress、2011年)
『RESERVOIR』(Bas Princen、HATJE CANTZ VERLAG 、2011年)
『Albert Frey and Lina Bo Bardi:A Search for Living Architecture』(Prestel、2017年)
『Approximations : The Architecture of Peter Markli』(Mit Pr、2002年)