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2022.10.06
Interview

建築家のライブラリー

第6回 大西麻貴(o+h)

インタビュアー:中島佑介(POST)

8月19日にオープンした「新建築書店」(英語名:POST Architecture Books)では、さまざまな分野から建築に携わるみなさんのおすすめの書籍を伺いながら選書を進めています。またみなさんのお話を通して建築を考える上での本の可能性を考えていきたいと思います。第6回は大西麻貴さんにお話いただきました。インタビュアーは「新建築書店」を運営する中島佑介さんです。本記事は『新建築』10月号でもご覧いただけます。

開かれた言葉の可能性

大西麻貴(以下、大西) ひとりっ子なので小さな頃から本が友だちで、絵本や児童文学に触れて育ちました。小学校には電車で通っていたので本を抱えて移動中に読むというのが当たり前で、文字を読むことが好きでしたfig.2。大人になって初めてヨーロッパに訪れた時には、小さな頃から本を通して膨らませてきた建築や町のイメージがひとつに規定されてしまうような感覚がありました。 今、設計する時に、言葉から空間のイメージや建築の考え方が喚起されることが多く、写真などのイメージを見るよりも文章を読むことの方が多いかもしれませんfig.3

ライブラリー6選


──学生時代はどのように本に触れられていたのですか?

『ルイス・カーン建築論集』

大西 京都大学の1回生の時に『ルイス・カーン建築論集』(SD選書、鹿島出版会、2008年)を訳された前田忠直先生に、大阪にある書店「柳々堂」に連れて行っていただいたことがありましたfig.4。「本というのは読まなくてもいいから、買って隣に置いておくことが重要なんだ、いつ読みたくなるか分からないものだから」と言われたことを強く覚えています。その時にヘルダーリンの詩集を薦められるままに買ったのです。買ったはいいものの、ほとんどページを開くことなく書棚に閉まってあったのですが、ハイデガーの著書を読む中でヘルダーリンの存在を再度認識して手に取るようになり、若い時に蒔かれていた種が今掘り起こされている感覚があります。

『家と庭の風景』

大西 京都大学の増田友也先生の『家と庭の風景』(ナカニシヤ書店、1987年)は、大学1回生の時に図学を教えてくださっていた佐野春仁先生による読書会で声に出して読みましたfig.5。これは寝殿造や書院造など日本建築と庭の関係を建築家である増田先生の視点で読み解いていく本なのですが、当時は何のことだかほとんど分からなかった。でも最近になって伊東豊雄さんとの対話や、妹島和世さんと西沢立衛さんの建築に対する論考を書く中で、彼らの建築をモダニズムの文脈の中で捉えるというだけでなく、日本建築の歴史に自然と繋がっていることをどのように言えるだろうかと考えた時に読み返してみたのです。そうしたら、目に見えるものの向こうに象徴的世界を感じ取る価値観や、内と外の連続性に対する感覚など、私たちの身の回りに続いてきた日本の建築空間のつくり方を改めて感じました。

今、横浜国立大学大学院Y-GSAでは、『ルイス・カーン建築論集』と『家と庭の風景』を課題に読書会を開いています。カーンは建築そのものももちろん素晴らしいですが、建築と言葉を結び付けてしまうと、どこかイメージが固定化されてしまうところがあると思います。しかし、カーンの言葉を読んでいると、これは建築に関わる人だけに向けられた言葉というよりは、誰もが建築を起点にどのように生きるかを考えられる言葉で、言葉がいかに開かれているかを感じます。また『ルイス・カーン建築論集』は、日本語訳の言葉の選択に前田先生の思いが感じられる本です。日本語に訳すと難しい言葉をカーンは何と言っていたのか調べようと思って英語の言説集『LOUIS I. KAHN Writings, Lectures, Interviews』(Rizzoli、1991年)を読むと、たとえば「私は元初を愛する」という言葉は、英語だと「I love beginnings」というように、とても簡潔なんですfig.4。英語にあたると前田先生のいろいろな解釈が一体になった言葉の選択が知れて、面白いんです。


──建築以外の分野の本にはどのように触れられていますか?

『ある作家の日記』

大西 建築とはまったく関係ない本でも、結局すべてを建築と関係あるものとして捉えるところがあります。たとえばヴァージニア・ウルフの『ある作家の日記』(みすず書房、2020年、初版1976年)fig.6。初めて読んだ時に、状況を思いついたまま記述する「意識の流れ」と言われる独特の文体に驚き、その文体がどのように生まれてきたか知りたくて手にした彼女の日記です。直感的に生まれてきた文体なのだと思っていたら、20世紀の小説家の男性優位社会の中で、女性小説家の歴史を学び、女性にしか生み出せない文体はどのように可能か意識的に考えていたことが分かります。また意識的に「早く書く」こともしていて、何度も推敲することで文は整ってきてしまうのだけど、早く書くことでそれとは違う文のみずみずしさが生まれるということも書いています。書き方を考えることが新しい文体をつくることに繋がる。それを建築に置き換えて考えると、つくり方を変えないと新しい建築のあり方は生まれてこないということなのだと思います。小説家の生き方を通して、新しい方法の探求が歴史の上に成り立っているということを知りました。ウルフの言葉も、原本にも触れてみたいと思い『A Room of One’s Own』(邦題『自分だけの部屋』)は英訳本を購入しました。

『被抑圧者の教育学』

大西 パウロ・フレイレの『被抑圧者の教育学』(亜紀書房、2011年、初版1979年)は、19世紀末にブラジルの奴隷制度が終わった後もその社会構造が残る地域で、非識字の人びとへの対話型教育を進めた本ですfig.7。フレイレは先生が前に立って一方的に教えるのは「銀行型教育」として批判し、絵が描かれたカードを使って日常的なことを題材に人びとと対話する教育を実践しました。この本はコロナの直前にブラジルに訪れた際に手に取ったのですが、ブラジルでフレイレのメソッドをつかって芸術活動をしている人たちや不法占拠して暮らしている人をサポートしている人たちにお話を伺う中で、「自分が相手よりものを知っている考えのもとで、どうして対話が成り立つだろうか」、「相手に対する信頼と愛がなければ、どうして対話が成り立つだろうか」という言葉が心に響きました。対話をする時の最も基本的な姿勢がそこにあると感じて、大学のエスキース前に学生と一緒に読んでいます。

『失われた時を求めて 第1篇 スワン家の方へ』

大西 本は初めの数頁に触れて買うかどうか決めるのですが、マルセル・プルーストの『失われた時を求めて 第1篇 スワン家の方へ 』(集英社、1996年、初版1913年)は冒頭に目を通して圧倒されて読み進めたら、やはりすごい本でしたfig.8。小説の主人公が朝、寝室で目が覚めてまどろんでいる時に、一瞬自分がどこにいるのか分からず、今まで体験したあらゆる寝室が自分の周りで伸び縮みして、最後今自分がいる空間にぴったり納まるという記述から始まります。空間のイメージがとても鮮明に浮かんでくる記述で、建築のアイデアにも繋がってくる言葉でした。

『名ごりの夢 蘭医桂川家に生れて(東洋文庫9)』

大西 『名ごりの夢 蘭医桂川家に生れて(東洋文庫9)』(平凡社、1989年、初版1963年)は将軍に仕えた蘭医桂川甫周の娘さんである今泉みねさんにお子さんが江戸時代末期のことを聞き取りをしてまとめた本ですfig.9。事務所を浜町に構えてから東京の下町の雰囲気を日々感じるようになって、町の面白さが今泉みねさんの言葉と通じているように感じられます。また口語の文体がとてもいいんです。たとえば「あの頃の芝居見物」という章では「綺麗な絵巻物でも繰り広げるような気持ちであの頃の芝居のことが思い出されます」と始まり、まだ夜が明けない暗い中で蝋燭を灯してどの着物で行こうかしら、どの帯を付けようかしらとみんなでおしゃべりして、築地から屋形船に乗って浅草まで上り、提灯が赤々と灯った通りから芝居小屋に到着する。劇場の人が履物を綺麗に脱がせてくれて、案内してくれた先に劇場体験がある。「多賀町中央公民館 多賀結いの森」(『新建築』1905)の設計でホールを検討していた時に劇場について調べていて、歌舞伎の芝居小屋について書かれた本の中で引用されていた本なのですが、私たちがつくる建築というのは都市の体験と連続的であることで豊かなものになるのだと言葉を通して感じられました。

本に宿る長い時間

──ご自身でも出版社を始められましたね。その理由をお伺いできますか?

大西 「o+h books」という出版社と立ち上げて、まずは伊東豊雄さんのインタビュー集『青華 伊東豊雄との対話』(2022年)をつくりましたfig.10。3年前からインタビュアーとして伊東さんの小さい頃のお話を伺い、今どのように建築を考えたいかという対話をしてきたのですが、そのうち本にまとめたくなったのです。伊東さんが考える美しさは幼い頃の諏訪湖のイメージと繋がっていることが多いと思い、それを表現しようと写真家の高野ユリカさんと一緒に冬の諏訪湖に訪れて撮影してもらったり、伊東さんに小さな頃に住んでいた家をスケッチしてもらったりしています。本をつくることは構成を考えることから装丁までを含めてひとつの世界をつくるという意味で、建築をつくることに似ていて、本のつくられ方はつくり手の考えていることを伝えるものなのだと思いました。タイトルのもとになったのは若くしてお亡くなりになった伊東さんのお父様の俳号なのですが、ある編集者の方に伊東さんにインタビューをしていると話したら、古本屋で同名のお父様の追悼文集『靑華』(1954年)を見つけたと教えてくださいましたfig.11。建築は本と比べると大きくてがっしりとしているのでいかにも長い時間残りそうな気がするけれど、案外何十年かで壊されてしまうことがあります。一方で、本は古本屋で見つけてもらえたりと、とても長く残る可能性がある。私もそんな本をつくりたいと思っています。また出版社を立ち上げたのは本を通じたコミュニケーションが楽しいと感じられるからです。本は考えを押し付けるのではなく緩やかにシェアできる。今、本屋もつくりたいと考えていて、たとえば事務所に打ち合わせにきた人が手に取ってくれることで何となく考えていることを共有できる場所をつくれたらいいなと思っていますfig.12
中島 単に情報を伝えるのではなく、価値観を共有するためのツールとして、本の役割が重要視されるようになっていると思うんです。その時に本があって、そこに人が介在する場所が重要だなと思っています。

(2022年9月14日、o+hにて 文責:新建築編集部)

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インタビューで登場した本一覧
『ルイス・カーン建築論集』(SD選書、鹿島出版会、2008年)
『家と庭の風景』(ナカニシヤ書店、1987年)
『LOUIS I. KAHN Writings, Lectures, Interviews』(Rizzoli、1991年)
『ある作家の日記』(みすず書房、2020年、初版1976年)
『A Room of One’s Own』(邦題『自分だけの部屋』)
『被抑圧者の教育学』(亜紀書房、2011年、初版1979年)
『失われた時を求めて 第1篇 スワン家の方へ 』(集英社、1996年、初版1913年)
『名ごりの夢 蘭医桂川家に生れて(東洋文庫9)』(平凡社、1989年、初版1963年)
『青華 伊東豊雄との対話』(2022年)
『靑華』(1954年)

大西麻貴

1983年愛知県生まれ/2006年京都大学工学部建築学科卒業 /2008年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了/2008年~大西麻貴+百田有希/o+h共同主宰/2016年~京都大学非常勤講師/2022年~横浜国立大学大学院Y-GSA教授/「Good Job!Center KASHIBA」(『新建築』1611)で2018年第2回日本建築設計学会賞大賞、2018年JIA新人賞、2019年日本建築学会作品選奨/主な著書に 『大西麻貴+百田有希 建築作品集』(共著、2012年、田園城市文化事業)『8stories』(共著、2014年、LIXIL出版)

中島佑介

1981年長野県生まれ/2003年早稲田大学商学部卒業/2003年limArt設立/2011年〜アートブックショップ「POST」代表/2015年〜Tokyo Art Book Fairディレクター

新建築書店

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新建築 2022年10月号
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大西麻貴氏(左)と中島佑介氏(右)。事務所の1階では自主イベント「Hamacho Liberal Arts」を月1回程度開催。これまで西沢立衛氏による『ルイス・カーン建築論集』の読書会、京都にある本屋「誠光社」の店長である堀部篤史氏によるトークイベントなどを開催している。/撮影:fig.1〜12すべて新建築社写真部

事務所の本棚に並ぶ、幼少期に読んでいた絵本。

事務所2階の一角にある書籍コーナー。

『ルイス・カーン建築論集』(左、SD選書、鹿島出版会、2008年)と英語の言説集『LOUIS I. KAHN Writings, Lectures, Interviews』(右、Rizzoli、1991年)

『家と庭の風景──日本住宅の空間論的考察』(増田友也著、ナカニシヤ書店、1987年)

『ある作家の日記』(左、ヴァージニア・ウルフ著、みすず書房、2020年、初版1976年)とヴァージニア・ウルフの原語に触れようと思って購入した『A Room of One's Own』(右、邦題『自分だけの部屋』)。

『被抑圧者の教育学』(パウロ・フレイレ著、亜紀書房、2011年、初版1979年)

『失われた時を求めて 第1篇 スワン家の方へ 』(マルセル・プルースト著、集英社、1996年、初版1913年)

『名ごりの夢 蘭医桂川家に生れて(東洋文庫9)』(平凡社、1989年、初版1963年)

『青華 伊東豊雄との対話』(o+h books、2022年)

『靑華』(1954年)

対談の様子。『青華 伊東豊雄との対話』には、伊東豊雄さんの故郷である諏訪湖に、写真家の高野ユリカさんと訪れて撮影をした写真が差し込まれている。

fig. 12

fig. 1 (拡大)

fig. 2