効率だけでは測り切れない都市の指標を読み解く
吉村 都市におけるさまざまなデータを大規模に収集、分析できるようになった今、そもそもなぜわれわれは都市をつくるのか、なぜいい空間デザインをする必要があるのかという根本的な問いについて考えています。それは、そこに暮らす市民が幸福でいられるため、つまり、市民のウェルビーイングを向上させるためではないでしょうか。ただ、ウェルビーイングという単語は昨今バズワード化しており、その定義は抽象的で、もう少し具体的に生活や空間を思い描きながら考える必要があると感じています。
シビックテックを軸として、これまで関さんが取り組まれてきたプロジェクトを見ると、根底に同じ課題意識を抱えられているのではないかと推察しました。ウェルビーイングとは何か、人びとの幸せのための空間とはどのようなものか、そこに技術や科学はどのように活用されるのか。それらを一緒に考えていきたいと思います。
まず、どのような背景でシビックテックに取り組むようになったのか、教えていただけますか。
関 シビックテックとは、市民が主体となってデジタル技術を活用し、地域や社会の課題を解決する活動やそこから生まれたサービスを指します。僕はエンジニアとしてさまざまなサービスをつくってきましたが、今は単にサービスをつくるだけではだめで、その目的をしっかりと認識しておかなくてはいけない時代になりました。たとえば、ユーザーのインターネットの検索・閲覧履歴などをアルゴリズムが解析し、その人が見たい情報しか表示されなくなる「フィルターバブル」のように、効率だけを追求したサービスでは、予期せぬ危険が生じることもあります。今、世界中でつくる側の責任の大きさが感じられ始めていて、市民の本当の幸福のためには、よりインクルーシブなテクノロジー活用が求められるようになっています。僕がシビックテックに取り組み始めたのも、こうした流れの延長にあります。
吉村 今、行政によるDXへの取り組みにはさまざまな分野の方が参画していますが、どちらかといえばデジタル系のエンジニアが多いイメージで、まちづくりや都市計画の文脈とはまだ距離があるように感じています。
関 デジタルの変革に都市分野の方の参入が少ないことは課題に感じています。いわゆるスマートシティや、society5.0などの先進的な構想は、数年前までは自動運転車が走り、ドローンが物流を担うといった、利便性を突き詰めたSFチックな未来像でした。エンジニアだけで未来を構想してしまうと、得てしてこういう世界観が生まれがちです。そこでは、都市に生きる人びとの繋がりや文化といった、効率だけでは測り切れない指標が考慮されていません。都市にデジタル技術を持ち込むうえでは、従来からコミュニティデザインなどに取り組んできた人たちの視点が欠かせないと感じています。
吉村 関さんの取り組みの中で、その課題意識が顕著に感じられるのが、岡山県西粟倉村でのプロジェクトです。概要を教えていただけますか。
関 西粟倉村は人口約1,400人の典型的な中山間地域で、林業が村の産業の中心ですfig.1fig.2。小さな村なので合意形成がしやすく、地元企業や自治体が創業支援に力を入れているなど、新しいことを始めやすい土壌が既にありました。そこで、デジタル技術も活用して地域の課題を解決していきたいという相談を受け、2020年に村の最高情報責任者(CIO)に就任しました。
具体的に村が何をしているかというと、たとえば森の管理のデジタル化です。森林協同組合を新たに立ち上げ、村の森林境界をデータ化しました。森の所有者や資産価値などを一元管理したうえで、航空写真をAIで自動判定し、木の高さや太さなどまで把握していますfig.3。森を効率的に管理できるだけでなく、全体像を把握することで、材として効率の悪い木々を間引いて遊び場やキャンプ場にするなど、森の中に多様な場所が計画できるようになります。
西粟倉村ですごくいいなと思っているのは、「生きるを楽しむ」という村のキャッチコピーです。これはまさに、ウェルビーイングを表現した言葉だと思っています。そこで、生きるを楽しんでいる状態を「自分に役割がある」「誰かに感謝される」などいくつかのキーワードで定義し、毎年住民アンケートを取っています。それらの数値をKPIとして設定し、村づくりを進めているのです。また、企業研修などで村を訪れた人たちの腸内細菌を測定し、村の自然環境が健康へ与える影響を測る試みも進めています。
吉村 生きるを楽しむ、ウェルビーイングを高めるという抽象的な目標に対し、具体的な数値でKPIを設定する方向性はとてもよいですね。
関 ウェルビーイングは本当に難しい概念だと思います。具体的に測れる指標がほしいと思う一方で、人が幸福かどうかは聞くタイミングによって違ってしまう。そういう不安定なものを戦略的に数値化して管理することがどこまで有効なのかは、やってみないと分かりません。数値だけを注視しすぎてしまうと、物事を単純化してしまう恐れもあります。たとえば、自動運転車を走らせれば確かに利便性は高まりますが、歩行の機会が減り、かえって不健康になるという結果を招くかもしれない。それよりも、歩いて商店に行き、人と顔を合わせる方が、心も体も健康になるのではないでしょうか。これはあくまで僕の個人的な考えですが、それを数値として見える化することで、これまでは感覚的に正しいと思っていたことの正当性を客観的に証明できるようにしたいです。
吉村 歩くことは健康によいという感覚は誰しも持っていることだろうと思います。しかし、そのような感覚的にしか分かっていなかったことにデータを用いて分析・可視化すると、みんなが納得するかたちでまちづくりを進められる可能性が出てきます。
また最近僕はウェアラブルデバイス(指につけているだけで心拍数や体温変化などを測ってくれるリング)や、食べたものを記録するアプリを活用しているのですが、これによって自分の健康状態が数値として見えるので、生活習慣に気を使うようになりました。このように、技術はあくまで従来の生活のアシスト(補助)として考えるべきだと思います。SF的な未来像のように、技術そのものが生活基盤を大規模に構築するのではなく、小さなものによって人びとの行動を変え、日常の些細な出来事によって心を満たしていく、そんな方向性が大切なのではないかと思っています。
空間に多様な願いを反映するアーキテクト
吉村 ウェルビーイングの向上を前提とした時、空間はどのようにあるべきだと考えますか。
関 公共空間や建築は、こういう場になってほしいという、みんなの願いを包み込む場所であるべきだと思っています。これまではワークショップやアンケート、パブリックコメントなどで市民の意見が取り入れられてきましたが、それらがみんなの声を代表しているかというと、必ずしもそうではない。そこで、これまで埋もれていたサイレントマジョリティの声を取り入れるのに、データやテクノロジーが役立つと考えています。
たとえば、バルセロナで開発されたデジタルプラットフォーム「Decidim」は、市民が議題ごとに意見を投稿することができます。日本では兵庫県加古川市や岩手県釜石市などが導入していて、オンラインツールによって参加の門戸を広げることで、これまでワークショップなどに参加できなかった市民層の声を拾い上げることができるようになりつつあります。
吉村 民主主義というシステムは単に多数決で物事を決める仕組みではなく、マイノリティの声をどう拾い上げて反映させるか、ということがそもそもの制度の根幹にありますよね。だから、建築や公共空間を考える時、合意形成にどう至ったかという観点が重要であり、それは今後の社会においてますます重視されるようになると思います。Decidimのようなテクノロジーは、それを引き起こすブレイクスルー的な意味のあるものだと思いますし、それくらいのポテンシャルを秘めています。われわれが今問うべきなのは、ボトムアップ的なまちづくりや都市計画、建築デザインが実現される世の中になった時、建築家やプランナーの役割とは何かということです。
関 人が言葉で要望することには限界があります。言葉の真意はどこにあるのか、行動の背後にはどんな要因があるのか、空間によって人びとの生活がどう変わるのか、という仮説を構築することはプロフェッショナルにしかできません。それこそが建築家やプランナーの役割だと思います。多様な意見が集まるようになると、仮説設計の重要性が高まります。
この現象が顕著に現れているのがウェブデザインの領域です。昔はいかに美しいサイトをつくるかが重視されていましたが、今はAIでもデザインができる時代になり、ユーザーの体験の設計、つまり、UXデザインが重要になっています。現在のウェブデザイナーの仕事は、どのような人がサイトを見て、何が求められているのかという仮説を立て、最適な仕組みをつくることです。そういうプロセス設計が建築にも染み込んできているのではないでしょうか。
吉村 その場を管理している人(アーキテクト)が、そこに集まった意見を100%反映するのか、あるいはそれらの意見の取捨選択を判断して仕組みを構築するのか、さまざまなモデルが考えられます。ネット空間での出来事に比べて、リアル空間を扱う都市や建築ではイノベーションが遅れがちですが、逆にその状況を好機と捉え、ネット上での経験を鑑みながら先進的なモデルを参照してリアルを変革していくという道筋が考えられますね。
関 最終的には「そこに参加するのが楽しそう」というビジョンを示すことが重要だと思います。人はロジカルに正しいというだけでは納得しないし、そこに魅力がなければアクションを起こしません。そのプロセスに自分がいたということが、意思決定の納得やでき上がった空間に対する愛着に繋がるのです。そして、そういうプロセスが建築や公共空間の生成過程に組み込まれることで、より多様な人びとの願いを包括する空間が生まれるのではないでしょうか。
fig.4fig.5
(2022年9月22日、東京大学本郷キャンパスにて 文責:新建築.ONLINE編集部)