都市から音楽をつくり出す
吉村 連載「都市とウェルビーイング」の第2回では、内田由紀子さんに、都市をつくるうえで楽しさなどの感性的な指標は無視できないという重要な指摘をいただきました。いくら商業的価値などの数字に執着しても、そこが楽しくなければ人は訪れないのです。そこで、都市の楽しさとは何かと考えた時、僕が審査委員長を務めた2022年の全国高等専門学校デザインコンペティション創造デザイン部門コンペでは、人口減少や少子高齢化など、地方都市で起こる諸問題に対し、国土交通省の「Project PLATEAU」を活用した解決法と、それによって描かれる未来像の提案を求めた。
で文部科学大臣賞を受賞したみなさんの提案「まちから創るよさこい」を思い出しました。今回はこの提案を軸に、都市の楽しさをどうつくっていけばよいかを考えたいと思います。まず、案の概要から教えていただけますか。
武智 国土交通省が手がける「Project PLATEAU」(以下、PLATEAU)を活用し、3D都市モデルに含まれるデータを音情報に変換して、よさこいのための楽曲をつくる案を考えました。よさこいには決まった課題曲があるのではなく、各チームが自前の曲に合わせて踊ります。「よっちょれよ」というフレーズを入れるなど、基本的なルールを守ってさえいれば楽曲や振り付けにはさまざまなアレンジが可能なので、都市をベースに楽曲をつくることで、それぞれに街のオリジナリティが表現できればと思いました。
吉村 具体的に、どうやって都市の情報を音楽に変換するのでしょうか。
谷口 よさこいは道に沿って踊り進むので、音楽でもその方向性を表したいと考え、ある街路に沿う建物群の情報を素材とします。まずは街路を選定し、その街路に対して道が直交する箇所で区切ります。その一区画を曲の一小節として扱い、建物が区画内で占める間口幅の比率に応じて音符を割り当てます。四等分なら四分音符、八等分なら八分音符、建物がない部分は休符という具合です。さらに、区画内にある建物の戸数に応じてコードを割り当てfig.1、各建物の高さを音階に変換して伴奏とメロディを構築しますfig.2。最後に、建物の用途に応じてイメージされる楽器を割り当てfig.3、街路の交通量を曲のBPM(テンポ)に変換することで、その街路に固有の楽曲が完成しますfig.4。
吉村 この提案を最初に聞いた時に思い浮かんだのは「建築は凍れる音楽である」というフレーズです「凍れる音楽」という言葉の由来には諸説ある。藤田(2014)によるとフェノロサではなくシェリングによるとされている(藤田正勝「『凍れる音楽』と『天空の音楽』」日本哲学史研究:京都大学大学院文学研究科日本哲学史研究室紀要、No.11、pp.1-14、2014年)。時間と共に進行し、われわれの心に語りかけてくる音楽は、重力を受け止める構造によって成り立ち、空間を動き回ることによって「美的なもの(the aesthetic)」を体験をする建築とよく比較されます建築・都市領域で語られてきた「美」と「美的なもの」については Yoshimura et al. (2022)に詳しい:Yoshimura Y, Takahashi T, Aota M「Quantifying the aesthetic for streetscapes: application of deep learning to Ashihara’s aesthetic townscape」( 『Psychologia』 vol 64, No.2, pp.136-150,2022)。しかし今回のみなさんの提案は、そのような関係性を詩的なフレーズに留めておくだけではなく、実装されているところが素晴らしいと思いました。公開プレゼンテーションの時に、みなさんのパソコンから音楽が流れてきたのは衝撃的な体験でした。また今回の提案はスケーリングという面でも大変優れていると思います。よさこいに限らず全国の都市でも応用可能で、都会と田舎ではまったく異なる音楽が生まれそうです。都市に固有の形態が音楽というかたちで表象されるのであれば、曲の美しさが都市の美しさを示すひとつの評価軸になり得る気もします。
谷口 たとえば郊外の平坦な街並みでは、一定の音階が続く曲が生まれます。私たちの手法では、見て感じる都市の印象を、音楽である程度再現することができます。たとえばビルの高低差が激しく、交通量の多いマンハッタンのような場所だとテンポが速く、音階が激しく移り変わる音楽になり、逆に田園風景が広がるような場所だと穏やかな曲になります。今回はコード、音階、リズム、楽器を建物情報によって生成しましたが、都市にはほかにも情報が溢れていて、たとえば街路の幅など、ほかの変数を拾って曲のキーを変えるなど、今回の提案にはまだまだ発展の余地があると思っています。
吉村 都市がもつ雰囲気を言葉で表現することは難しく、われわれ研究者も頭を悩ませていますが、これはまさにその雰囲気を具現化するような提案です。たとえばある街路で生成した音楽を、そこに住んでいる人やそこで育った人に聴いてもらい、聴き心地についてアンケートをすると、都市の風景と人びとの趣向との関係性や、その人のアイデンティティに風景がどう影響を与えているのかという点についても科学的な考察ができそうです。
堅田 研究テーマとしての発展の方向性だけではなく、駅メロや夕方のチャイム、生成アプリの開発など、エンターテインメントとしての応用方法まで、さまざまな可能性が考えられます。
都市に楽しさを取り入れるために
吉村 「PLATEAU」のようなデジタルテクノロジーは、災害シミュレーションなどさまざまな活用が提案されています。そのどれもが技術的に優れていることは間違いないのですが、僕はそれよりもみなさんの提案に、これからの都市への可能性を感じました。都市の文化的な側面に着目し、何よりそれを楽しむという点に惹かれたのです。これからの都市デザインを考える時、工学的な視点や学術的な視点はもちろん重要なのですが、それだけではなく、みなさんが示した楽しむという視点も取り入れなくてはならないと考えています。みなさんは都市に楽しさを取り入れるために、何が必要だと考えていますか。
武智 デザインはポイントになるような気がします。同じ機能を持ったアメニティや公共空間であっても、そこに行きたいか、そこで時間を使いたいか、そこに滞在したいかどうかは、その空間がよいデザインかどうかに関わるのではないでしょうか。
堅田 高知のような地方に住んでいると、街を歩いてもあまり変わり映えがなく、どんな商業施設があるかということで街の良さを判断してしまいます。そこで、街の形態から音楽が気軽につくれると、もう少し都市のかたちに着目できるようになるし、同じような風景でも、音楽に変換することで些細な違いに気付けるようになるのではないかと思います。都市を楽しむには、これまでと違う角度から都市を感じられるようなきっかけづくりが重要だと思います。
谷口 都市はどうやってもそこに存在するので、せっかくそこで過ごすのなら、都市そのものをエンタメとして楽しめないかと思っています。「Pokemon GO」などのアプリは、ゲームと接続して都市を楽しむ好例だと思います。私たちの提案も、歩きながらリアルタイムで音楽を生成するように発展できれば、よりインタラクティブに都市を楽しむことができると思います。
吉村 音楽はもともと室内で聞くものでしたが、テクノロジーの発展によって(たとえばウォークマンの登場によって)街を歩いている時にもBGMとして聞けるようになりました。聞いている曲によって都市の風景の感じ方が変わるようになるという大きな変革だったと思います。リアルタイムで都市が生み出す音楽を聞くというのは、音楽による都市の新たな楽しみ方を予感させます。
これまで都市のイメージから音楽をつくることはなされてきましたが、みなさんの提案はそれとは逆に、データを用いて客観的に都市から音楽をつくるという方向性を示したことで、都市はどんなかたちにも読み替えられ、楽しむことができるものなのだと感じさせてくれました。
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(2023年2月28日、東京大学本郷キャンパスにて。文責:新建築.ONLINE編集部)