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2021.12.02
Essay

専門の境界は淡い幻想に過ぎない

異色の元建築学生たち1

太刀川英輔(NOSIGNER)

今月から、新たな連載をスタートします。建築学科を卒業しながら、業界を超えて活躍する方たちに、その進路を選ばれた経緯やきっかけを教えていただく企画です。建築学科では、工学から芸術学、史学などさまざまな学問を横断的に学びます。この連載では、その学びの先にある多様な建築の可能性を提示します。第1回はNOSIGNERの太刀川英輔さんにお願いしました。(編集部)

建築家を真剣に目指している中で、どこからどこまでが建築の領域なのか、考えれば考えるほど分からなくなりました。建材の開発は建築だろうか、そこに置かれる家具のデザイン、あるいはサイン計画はどうだろうか。
今ではそれぞれの領域を私たちはインダストリアルデザインやグラフィックデザインと呼ぶようになりましたが、かつての建築家を見ると、ル・コルビュジェは画家で、ミース・ファン・デル・ローエはバウハウスの学長で発明家、小堀遠州にいたっては大名、レオナルド・ダ・ヴィンチは解剖学者でした。逆にインダストリアルデザイナーとして知られているアルネ・ヤコブセンやチャールズ・イームズ、レイ・イームズ夫妻、ジャン・プルーヴェもまた偉大な建築家だということに反論する人はいないでしょう。そもそも建築家が建築だけをつくっていた時代など、ほとんどないのです。

では、いつから矮小化された領域の専門家を建築家と呼ぶようになったんだと不思議に思うと、つい最近の高度経済成長期以降だと気づきました。そしてそれ以降、本当に革新的な建築が出てきているのかも、僕には分かりませんでした。そこで、ほかの分野のデザインの独学を大学院の頃に始め、そのままNOSIGNERとして独立しました。

ただ、建築を学んだことは僕の探求に大きな意味がありました。現在の教育において、内部の構造、外部の建築計画、過去の歴史、未来へのヴィジョンを意匠の表現に結実させる学問は稀有であり、あらゆる創造性教育の本質だと感じるからです。こうした基本的な探求の方法は、すべての学問やプロジェクトに共通しています。

すでにarchitectという言葉はあらゆる技術の構想者に用いられる職業名に復権しました。現在は建築という専門が再度解き放たれて、テクノロジーや社会課題解決との融和から、創造的な建築が生まれる機運を感じます。
ノーベル賞を受賞する大半の研究などもそうですが、真に革新的な実践は領域の間(あわい)で起こります。これを読んでいる皆さんも、ぜひ曖昧な領域に最初に飛び込む建築家になる勇気を持ってください。



Q1. 現在のご専門を教えてください

– デザインストラテジスト
– 進化思考家
– 建築家
– グラフィックデザイナー
– インダストリアルデザイナー
– 発明家

Q2. 現在の活動の概要と、最近のプロジェクト事例を教えてください

【活動の概要】
NOSIGNER
未来社会の希望ある変化を生み出すためのデザイン活動体です。建築・プロダクト・グラフィックなどデザイン分野を越境し、総合的なデザイン戦略を手掛けています。

進化思考fig.1
「変異」と「適応」を繰り返す生物進化の構造を、人の創造性に応用する新しい思考法です。進化思考では、DNAのコピーエラーと同じように、常識にとらわれずクレイジーになる「変異」の思考と、生物学者のように状況の本質を理解する「適応」の思考の往復によって、創造性のプロセスを体系化しています。
創造性の本質に立ち返り、生き残るコンセプトを生み出す進化思考の手法は大企業や大学に広がり、著書『進化思考──生き残るコンセプトをつくる「変異と適応」』(2021年、海士の風)fig.2は、名誉ある学術賞の山本七平賞を受賞しました。

【プロジェクト】
RE:CYCLEfig.3fig.4
NOSIGNERオフィスの改修計画。既存の内装解体時に残された約2tの軽量鉄骨の残骸を目の当たりにした私たちは、それらをアップサイクルし、環境負荷の少ない自社オフィスに昇華しました。軽量鉄骨をランダムな長さにカットし並べることで、ユニークな表情の天井ルーバーを設計。材料の大半が廃棄物由来となるオフィス空間を完成させました。

PANDAIDfig.5
新型コロナウイルス感染症の拡大を最小限に抑えることを目的に立ち上げられたオープンデザインのウェブサイトです。医師や編集者などさまざまな専門性を持つ300名以上の有志がボランティアとして運営に参加し、現在6カ国語で展開されています。
PANDAIDには、感染症に関するさまざまな知識・知恵が集められ、直感的に理解しやすいコンテンツとして発信されています。いまやPANDAIDは、新型コロナウイルス関連の情報が最も整理されたサイトのひとつとなっており、その存在価値は日増しに高まっており、アジアデザイン賞大賞など多くの賞を受賞しています。

Q3. 学生時はどのような設計・研究をされていましたか

学部卒業設計「Baubiologue」(2004年)fig.6fig.7
新宿中央公園を改修したビオトープパークです。経路最適化ネットワークによって歩道と自然を分離し、自然環境を再生する計画です。周辺のビルからバイオマスを集めてソーラーパネルと共に発電するエネルギープラントと、自然科学研究所と温室が一体化した都市の循環器として機能します。第2回仙台卒業設計日本一決定戦ファイナリスト(Top10)に選出されました。

修士論文『デザインの言語的認知』(2006年)fig.8
デザインと言語の類似性から優れた発想を言語学的に読み解く試みです。MoMAのパーマネントコレクションをチャールズ・パースの記号論やノーム・チョムスキーの生成文法的な観点で読み取ることで、そこから文法的なルールを抽出しました。この探求が進化思考に続く道の始まりとなりました。

Q4. どのような建築作品、建築家に影響を受けましたか

「ジオデシックドーム」(バックミンスター・フラー、1953年)
世界最軽量の構造体で最大の容積を実現するという壮大なヴィジョンにもとづいて生まれた、まさに建築的発明。デザインとサイエンスは、本来一致した同じ叡智なのだと思い出させてくれる作品でもあり、サステナブルな建築のムーブメントに大きな影響を与えていることも含めて、僕の指針として心に強く残っています。

「アクロス福岡」(日本設計+竹中工務店+エミリオ・アンバース、1995年、『新建築』9507)
建築と自然環境は共存できるはずだという強い信念にもとづいて設計した建築家のエミリオ・アンバースには影響を受けました。彼の建築は決して多くはないけれど、その最高傑作が日本にあるのは、幸せなことだと思います。竣工から25年以上が経ち、よもや完全な森として、建物は自然の一部になっています。

太刀川英輔

1981年1月25日生まれ/2006年慶應義塾大学大学院理工学研究科修士課程(隈研吾 研究室)修了/2006年〜NOSIGNER代表/JIDA(公益社団法人日本インダストリアルデザイン協会)理事長/国立阿南高等専門学校 特命教授/慶應義塾大学特別招聘准教授/キリロム工科大学(カンボジア)理事/2016年「東京防災」でグッドデザイン賞金賞受賞/2018年「SACHI HOUSE」でArchitecture Master Prize Award : Healthcare受賞/2020年「PANDAID」でDFA Design for Asia Awards 2020大賞受賞

太刀川英輔
デザイン
教育
異色の元建築学生たち

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進化思考/提供:NOSIGNER

進化思考──生き残るコンセプトをつくる「変異と適応」/提供:NOSIGNER

RE:CYCLE/提供:NOSIGNER

RE:CYCLE/提供:NOSIGNER

PANDAIDロゴ/提供:NOSIGNER

卒業設計「Baubiologue」/提供:NOSIGNER

卒業設計「Baubiologue」 断面図/提供:NOSIGNER

修士論文『デザインの言語的認知』/提供:NOSIGNER

fig. 8

fig. 1 (拡大)

fig. 2