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2022.05.27
Essay

建築家が向き合う「歪み」

思考を紡ぐ──建築家10人が選ぶ論考 #10

岩瀬諒子(岩瀬諒子設計事務所)

「思考を紡ぐ──建築家10人が選ぶ論考」の第10回は、岩瀬諒子さんに江頭慎「世界の縮図を記述する──小白倉集落のワークショップとロンドンのデザインリサーチを通して」を紹介いただきました。論考は新建築.ONLINEで公開されています。(新建築.ONLINE編集部)

雪深き新潟県十日町市白倉地区に、一部の外国人に有名な小さな集落がある。わずか40戸ほどからなる小白倉集落では、イギリス・ロンドンを代表する建築学校AAスクールのユニットマスターである江頭慎氏が、1996年から毎年約25名ほどの学生を率いて「Koshirakura Landscape Workshop」を開いている。今年でなんと25年目を迎えるそうだ。新潟県出身の私は、2010年にイギリス人の友人から「日本の集落でAAスクールのサマーワークショップがあるよ」と誘われたのをきっかけに、その存在を知ることになった。

ワークショップの手法や詳細は「世界の縮図を記述する──小白倉集落のワークショップとロンドンのデザインリサーチを通して」(『新建築』1712)に譲るが、参加する学生は3週間集落に滞在し、風景の成り立ちや連関、記憶などを丁寧な観察や聞き取りによって記述するデザインサーベイと並行して、農業小屋、東屋、祭事のための道具など小さな構築物の共同制作を行う。大学院を卒業したての私が参加した2010年のワークショップでは、1997年に制作されたバス停や2003年に制作された展望台などが修繕のタイミングを迎えており、これらの改修と更新に取り組んだ。
バス停の改修というと地味な取り組みに聞こえるかもしれないが、われわれが想像するプロセスとは異なり、その背景を知れば知るほど興味深い。集落を通過するバス路線が運行開始されることに伴い、1997年のワークショップでは、1日に2本しかないバスを待つための小さな雪囲い付きのシェルターが制作された。停留所の位置についても、住民の記憶や思い出の場所を聞き取り、マップ化したうえで集落の玄関としてふさわしい場所が特定されたそうだ。2000年のワークショップでは、集落の子どもたちの成長により手狭となった待合スペースが拡張された。拡張部分には版築でできた穴のあるかわいらしいベンチがあり、豪雪地帯の寒い冬を乗り切るため、地元住民の片桐さんしか知り得ない土着的な土釜の技術を応用した座面が設えてある。土釜の技術で床暖房のようなベンチをつくろうといい出したのはおそらく参加した学生なのだろうが、失われつつある土釜の構築技術を用いると共に、粘土や刻んだ稲わら、竹小舞などによる地元秘伝の土壁の配合レシピも参照されたという。こうした土着と外来のユニークなコラボレーションによって生み落とされた大小さまざまな構築物が、この集落のそこここにあり、その記憶や物語と共に25年の時を経て引き継がれているのだ。
瑞々しい細部や手触り、体験を通じて、限られた環境の中でこそ生まれる工夫や知恵、土着の文化、風景の成り立ちと、時間と空間を越えて自分の存在とを繋げてくれるのがこのワークショップの大きな歓びのひとつであろう。

江頭氏の論考では、小白倉集落の対岸の定点としてロンドンのデザインリサーチを引き合いに出しながら、小白倉集落で起きている人口減少などの苦難は決して「地方」のでき事ではなく、都市の文脈と陸続きの「歪み」であると提示しており、大きな社会との関係性を描きながら、こうした歪みに向き合うことに建築家の知性や感性の意義を見出している。江頭氏の思考と実践の蓄積は、私たちが今向き合うべき対象や履歴を辿れない建築の建てられ方、建築後からの時間との関わり方、時間と共に弱る建築の修繕という行為を通した関わりしろ、愛着の構築など、現代の建築が忘れてしまったさまざまな事象に深い視座を与えてくれる。これが、私がこの論考を紹介したい理由である。

実は今、江頭ユニットで学んだノルウェー人の建築家であるアレクサンダー・エリクソン・フルネスと協働している。つい数週間前、彼らと共にノルウェー・オスロの郊外で移民の暮らすコミュニティに建築を建てるワークショップを主催したところだ。彼と出会ったのは2021年の第17回ヴェネチア・ビエンナーレがきっかけだが、実は彼も2011年に小白倉集落のワークショップに参加しており、私と1年違いの同窓生でもある。江頭氏が述べるように、小さな小白倉集落から学んだことは遺伝子のように、世界中に広がっていることを身をもって実感している。

岩瀬諒子

1984年新潟県生まれ/京都大学大学院工学研究科修士課程修了/EM2N Architects/隈研吾建築都市設計事務所/2013年岩瀬諒子設計事務所設立/2019年~京都大学助教

岩瀬諒子
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思考を紡ぐ──建築家10人が選ぶ論考
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新建築 2017年12月号
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江頭慎「世界の縮図を記述する──小白倉集落のワークショップとロンドンのデザインリサーチを通して」/『新建築』2017年12月号掲載誌面

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