エメラルドグリーンの看板建築
ヴェネチア・ビエンナーレの各国館の会場は、ジャルディーニというヴェネチア市街最大の公園に位置しています。30ほどあるパヴィリオンの中でも吉阪隆正さん設計の日本館は庭があり、樹齢の長い木々にかこまれた豊かな環境に立地しています。その外部環境を展示空間として見立てて、日本館の参加作家が各々ヴェネチアまで運んだ高見澤邸の部材を再構築しました。私は庭の中でも特に木々が密集している場所を敷地として選び、そこに看板建築を移築しました。fig.1
看板建築というのは、高見澤邸のエメラルドグリーンの印象的なファサード部分のことで、当時商店の看板として道路からよく見えるように、交差点に面した2面に施されていました。fig.2fig.3 湿式のモルタル壁は解体の過程で全壊してしまったため、航空機の手荷物輸送を想定した軽量で圧縮可能なメッシュ素材に置き換え、NBCメッシュテックの協力のもとエメラルドグリーンに染色し、プリーツ加工して壁としての厚さを表現しました。fig.4fig.5 風や光と一体化し、敷地の周辺から人を誘い込む森の看板のような役割を担っているのではないかと考えています。fig.6 看板建築は翻訳すると「Billboard Architecture」なので、最初はそう紹介していたのですが、だんだん現地の人が日本語を覚えて「カンバンケンチク」と呼ぶようになっていたのは印象的でした。メッシュで再構築した部分は垂直面のみですが、架構そのものは垂直面の西洋的なファサードと日本の傾斜屋根が接合したアドホックな現れになっています。架構は可能な限り忠実に再現し、内部を見上げると、こうした日本の様式と西洋の様式の融合的なジョイントを楽しめるようになっています。fig.7
遠隔での施工
看板建築の架構は、約50の古材から部分的に復元した2階建ての構造物であり、移築にあたって建て方の手順の確認や構造検討のために、部材を輸送する前に日本で仮組みを行いました。fig.8 接合部には協賛いただいたストローグの金物が入っているのですが、部材単体では分からないアクロバットで場当たり的な取り合いの再現性を高めるため、各部材の腐食具合なども含めてひとつひとつ詳細に確認を行い、金物を制作していただきました。
当初は仮組みを行ったメンバーで渡航して現地で再構築する予定だったのですが、新型コロナウイルスの影響で現地に行けなくなり、現地の職人とオンライン会議や写真のやりとりを中心とした現場監理となりました。敷地の木々を避けながら、また取り込みながら墨出しを行う必要があり、奥行きや空間的な判断を行うために、角材でつくった平面の構造物を実際に敷地へ置くなど、木々との干渉を目視で確認する方法を模索しました。fig.9fig.10 また、アンダーデザインの協力により、現地にカメラを設置して、日本時間の午後3時〜午前2時まで、常時現場の様子が眺められる環境になっていました。
コロナで現地に行けなくなったことは残念ではありましたが、むしろどんな指示書をまとめたらこのプロジェクトが実現するのかということ自体を実験的に据えました。例えば、軸組で加工されているものは組み立てる順番が大事なため、アニメーションをつくったり、どの部材がどこに対応するか分かるように、スケッチファブを用いて触るとタグが出るようなシステムを構築してみたりと、いわゆる建築図面のほかにさまざまなデータを送ってやりとりをしました。fig.11 ただ、現地の職人たちは、自分たちの馴染みのあるものを好むので、つくったデータを印刷したり、最終的には紙ベースのやりとりになった印象があります。
スキャンデータの有用性
今回のプロジェクト全体の進行として、ざっくりとした枠組みはありながらも、リサーチ、スキャン、設計チームがある種パラレルに動いていて、明確な目的のためにすべてが動いているのではないよさがありました。各々が実験的な側面を担っていて、その先に偶発的に繋がりが生まれている状況がありました。そういう意味で3Dのスキャンデータも、設計に還元するためのもとして動いていたというよりも、技術を活用するうえで何がどこまでできるのか、実験的に捉えていた側面があります。設計の時点では関係が生まれにくいもどかしさがありましたが、遠隔での施工を余儀なくされた時、部材を組み立てる順番や、ホゾの向き、部材の特定、部材同士の関係性などにおいてとても役に立ちました。むしろデータがなかったら、とても厳しい状況だったと思います。
時差のもつ面白さ
建築設計のプロセスでもいわれることですが、模型をつくるとフィジカルな重さを直観的に感じられるのに対して、最初から3Dでモデリングしてしまうと重さに対してリアリティのないものができてしまうことがあります。今回は仮組みを行った職人が「この部材はとても重いので3人でないと運べない」といった身体的な情報を共有し、指示書に記載することもありました。そうしたさまざまな位相の情報が意識/無意識に関わらず、絡み合いながら初めて意味を成したところもあるので、モノをデータとして何度も行き来できたのはよかったです。遠隔での施工において、解像度の問題もあり迅速な現場対応はなかなか難しかったですが、むしろ時差に対しては、現場の止まっている時間に設計検討ができたこともあり、ある程度うまく対応できたと思っています。また、先ほどまで手元で穴あけの作業をしていて自分の手に触り心地の残るメッシュ素材が、3日後には画面越しの現地の職人の元に届き、同じものを触っているノンバーバル(非言語的)なコミュニケーションともいえるような感覚が芽生えるなど、遠隔のもたらす不思議な体験として面白く感じました。
サムネイル撮影:Alberto Strada