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2021.11.25
Books

沈潜した事物を掘り起こすための経験として、建築を読む

本を読む3|式場隆三郎著『二笑亭綺譚──50年目の再訪記』

青木弘司(AAOAA)

「本を読む」ことの魅力を伝える書評連載。第3回は青木弘司さんにお願いしました。(編集部)

「不気味さ」に向き合う

この数年、私は「不気味さ」に関心を抱いている。アンソニー・ヴィドラー著『不気味な建築』(1998年、鹿島出版会)から着想を得て、非常勤講師を務めている東京都市大学や早稲田大学では「不気味な家」という設計課題を出題している。この課題の根底には、次のような問題意識がある。新型コロナウイルスという目に見えない恐怖との共存を余儀なくされている中で、さまざまな対策が施されるほどに、社会の同質化も加速しているように思われる。同質的な社会は、紋切り型の価値観に支配され、私たちの多元的なアイデンティティを奪い去ってしまうのではないかと危惧している。私たちの日常は、もっと複雑であり、差異や偶然性に満ちている。さらにいうと、薄気味悪い謎めいた気配や、ある種のグロテスクな要素を含んでいる。このような、日常に潜在する「不気味さ」に、今こそ向き合うべきではないか。今を生きる建築家は、建築の実践を通して、制度化された価値を問い直し、生の実感を取り戻すための寛容な空間を提示しなければならないはずだ。やや荒唐無稽な出題に最初は戸惑っていた学生も、この試行に挑みながら自身の想像力を拡張させるような創造的な案を生み出しつつある。

ある日、東京都市大学でのエスキースで、福島加津也さんから、なんとも興味深い建築の話を聞いた。その建築の名は「二笑亭」。昭和初期に現在の門前仲町に実在した世にも奇妙な住宅である。資産家であり、のちに統合失調症と診断された渡辺金蔵が、自ら職人を指揮して工事を続けた複雑怪奇な建築であり、当時の新聞には「狂人の建てた化物屋敷」と報じられたほどである。二笑亭の工事のプロセスは少々複雑である。1923年に発生した関東大震災後、区画整理委員会が結成される前後にバラックを建て、区画整理の完了後にバラックをベースに本格的な工事を始め、1931年、当時の町家の工事に比べて相当長い3年半の月日を経て竣工した。建物新築届(当時は建物の完成後に届出を行う必要があった)が記録として残っていることから、一旦完成したことになっているが、既存のバラックに見られる場当たり的な状態を踏襲しながら、その中での部分の保存、改築、移動を繰り返すことで、全体性を欠くことになり、実際どの段階で完成したのか、判然としない。その後も住みながら多額の費用を投じて手を加え続けたが、渡辺金蔵の精神病院収容を機に未完のまま放置され、1938年に取り壊されることになった。

「不気味さ」からの学び

今回紹介する『二笑亭綺譚』は、この二笑亭という不可思議な建築に対し、さまざまな角度からアプローチを試みた壮大なドキュメントである。底本(昭森社)は1939年まで遡り、その後も度々復刊されている。その中でも今回取り上げるのは『二笑亭綺譚──50年目の再訪記』(1989年、求龍堂)とサブタイトルの付された増補版で、底本の内容を転載しつつ、藤森照信や赤瀬川原平などの書き下ろし、当時の写真や新たな資料を収録して再編されている。

底本の著者は精神病学の権威・式場隆三郎であり、式場は親交のあった建築家の谷口吉郎と共に建築途上のまま主人を失った二笑亭を調査し、「かつて類のない作品」として、その芸術的価値を再評価している。その眼差しは、二笑亭を裕福な狂人の悪戯などとして片付けず、畏怖と尊敬の念をもっていて、渡辺金蔵の残した大作を冷静に分析している。
式場は精神科医であるが、精神病学的な見地から渡辺金蔵の人物像に接近しつつ、この二笑亭に美学的な観点から分析的にアプローチしていることは実に興味深い。目次には「異様な外観」「不思議な間取」「和洋合体風呂」「昇れぬ梯子」「使えぬ部屋」などの言葉が並び、式場の文章と谷口が実測して描き起こした間取図を行き来しながら、この二笑亭の実態に接近する経験は、たいへん刺激的である。式場の分析を引用しつつ、その特徴を挙げると、「建築と工芸美術の立場から二笑亭を評するならば、部分的には美しいものが沢山ある。用材の使い方、その美的効果のねらい方にしても、非凡な才能がひらめいている」という。しかしながら、「調和の点からいったら、無数の錯誤があり、(本来の住宅としての)用途も死んでしまっている」のだ。この錯誤した印象は、たしかに渡辺の精神分裂が全体を支配していることに起因するのだろうが、評者は、この二笑亭の混乱に真摯な作家的な態度を認めざるを得ないし、おそらく式場も新しい審美性を見出していたのではないだろうか。底本の最後には「生活の反省」と題し、この二笑亭からの学びが綴られている。

われわれは、毎日家に住んでいる。この家は大部分は職業的建築家が、一般的な常識生活にあうように建ててくれたのである。なみの生活があって、なみの家があるのだ。しかし、住居がまたわれわれの生活を規定している。この因果関係は、いまや混乱しようとしている。生活を無視した建築が、あちこちにあらわれはじめた。奇を競う心と個性を強調しようとする意欲は、生活の安泰さを無視した家や、家具を生みつつある。現代人の服装や動作の変化は、思想的な動機も加わっているが、家屋や家具にあわせようとするためである。ここに、二笑亭を笑いきれないものがある。程度の差はあっても、同じ道に通う心理が、ひそむ。もしわれわれが、金と時間をもって自由な建築を許されたら、どんな家をつくるだろう、と反省してみよう。

二笑亭には、本来われわれの日常に潜在する「不気味さ」が発現している。この二笑亭の「不気味さ」に注目し、現在の生活や思考を省みる必要があるのではないか。

「時代の暗号」としての建築

本書の後半「二笑亭再建せり」では、藤森照信らが、さらに二笑亭の謎を深掘りする。現存する限られた資料や、谷口が実測した図面をもとに精巧な模型が作られ、50年ぶりに再現される。復元に当たった模型師の岸武臣が、その抜群の推理力によって制作のプロセスを振り返りながら考察を加えていく。渡辺金蔵は、かつて天秤を愛し、平衡と調和のある世界に憧れていたそうだが(一時期渡辺は二笑亭を「天秤堂」と名付けていたらしい)、その意思を具現化しようとした建築は反対の方向に進んでしまったわけだ。しかし、これに対する岸の分析も面白い。天秤から想起されるのは、水平で左右のバランスが取れている状態だが、二笑亭は、あらゆる部分が非対称に設えられている。岸は、天秤を「対称の中の非対称を見つけ出す装置」として定義することで、二笑亭の謎を解明しようとしている。つまり、天秤は空間の非対称性を浮かび上がらせる定規だった、というわけである。あらゆる雑多なモノが混在し、錯綜していながら、それでも辛うじて均衡を保っている。すべてのモノが拮抗し、遍在することで、緊張感を保持しながらギリギリのところでバランスしている。渡辺金蔵は、均質でフラットな、単純な均衡を良しとしなかったのだ。さらに続けると、今度は藤森が、二笑亭を歴史的に位置付けようとする。二笑亭の偏愛に満ちた即物的な材料の扱い方を「オブジェ感覚」、機能的な秩序から逸脱した異種混合のデザインの傾向を「アナーキー感覚」と説明しながら、二笑亭が建てられた関東大震災直後の特殊な時代を象徴するバラックとマヴォ(*1)との類似性に言及する。やがて、関東大震災後の区画整理が進み、バラックが取り払われて、鉄筋コンクリート造のビルに象徴されるモダニズムの白い箱の秩序へと時代が収束していき、バラックの初源的な魅力を評価しスケッチに精を出していた今和次郎の一党は沈黙し、マヴォの一党も社会主義リアリズムによる再秩序化に走った。このように、震災直後の芸術表現が、秩序の回復と共に忘れ去られていくのに対し、二笑亭の主人だけは「いつまでも川の向こうでひとりおのれの宇宙を作り続けた」のである。昭和のデザインは、震災復興を境に合理的なモダニズムに支配され、その流れは高度経済成長を経て、1970年まで続くことになるが、「半世紀近く続いたモダニズムに興味を失い、モダニズムからは何一つ学ばない新しいデザイン」として、石山修武や石井和紘の作品を取り上げ、二笑亭と共鳴していると指摘する。
読み進めるうちに、評者自身の創作のスタンスと重なる部分も感じ、身震いがする。コロナ禍という未曾有の事態に直面した今、人びとは分かりやすい秩序を求め、その根拠を瞬時に理解できるようなデザインを要請する。やがて私たちの感受性は失われ、未来は閉塞感で覆われてしまうのではないか。一見すると複雑だが、単純な論理に収束しない、多様な解釈を許容する冗長性に溢れたデザインを、日常に潜む「不気味さ」の表象として復権させたい。

ここで、藤森の文章を引用する。

やはり、二笑亭というのは昭和という時代の暗号であったと思う。時代の表では通用させるわけにはいかず、しかし、裏では一群の人々によってのみひそかに使われ、表では語ることのでいないことがこの暗号に託して伝えらてきた。

「時代の暗号」とは、胸に突き刺さる言葉だ。評者も建築の「不気味さ」を取り戻すために、「時代の暗号」としての建築を構想してみたい。暗号としての建築を容易に復号化することなく、世に問い続けたい。「正しさ」に溢れた社会で、それでも静かに、たしかな暗号を発するような建築とは何か。遠い未来に、同質化した無音状態の社会で耳を澄ませたときに聞こえるのは、どのような音なのだろうか。

二笑亭は取り壊されてしまい、今や『二笑亭綺譚』の中にしか存在しない。本を読むことを通して、現存しないひとつの建築の建主の生い立ちから、その建築のあり様に到るまでを紐解き、時代を横断した学びを得る。これ以上の悦びはない。評者は過去に存在した二笑亭と、その作者である渡辺金蔵に思いを馳せながら、おこがましくも自身の創作と重ね合わせ、日々の実践の動機を鼓舞している。当面は現在の自粛生活が継続しそうだが、それでも豊かな「建築の経験」の機会は失われないのだ。


*1:1923年、旧未来派美術協会の村山知義、柳瀬正夢、尾形亀之助、大浦周蔵、門脇晋郎らが集って結成された、日本最初のダダと構成主義を標榜する前衛芸術グループ。

青木弘司

1976年北海道生まれ/2001年北海学園大学工学部建築学科卒業/2003年室蘭工業大学大学院修士課程終了/2003〜11年藤本壮介建築設計事務所/2011年青木弘司建築設計事務所設立/現在、AAOAA一級建築士事務所共同主宰、武蔵野美術大学、東京造形大学、前橋工科大学、早稲田大学、文化学園大学、東京都市大学、法政大学非常勤講師/2016年第15回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展特別表彰(日本館)/2019年「伊達の家」(『新建築住宅特集』1711)で2019年第2回JIA北海道支部建築大賞2019飯田善彦審査委員長賞受賞、第3回日本建築設計学会賞受賞、2021年日本建築学会北海道支部第46回北海道建築奨励賞受賞/2021年「相模原の家」(『新建築住宅特集』2004)で東京建築士会住宅建築賞2021受賞

青木弘司
デザイン
住宅

式場隆三郎著『二笑亭綺譚──50年目の再訪記』

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