コンピュータライゼーションとコンピュテーション
建築におけるコンピュテーショナル・デザインの系譜を、複雑さ/動き/自然の三つの系譜に分け、一方でコンピュータライゼーションとコンピュテーションの概念を、系譜をこえた軸として設定し、その流れを辿ってきた。
複雑なものを整理・把握するため、現実にある動きをシミュレーションするため、あるいは自然な物質のふるまいを観察してはその原理を模倣するため、道具をつくる。そして道具が一度つくられると、その道具なしでは想像の及ばなかった造形や、現実にまだ存在しない動き、あるいは偶然にしかあらわれなかった物質のふるまいを再現可能なものとして捉え、建築へ組み込む新たな道筋が見いだされる。手続きが定義された作業の迅速化や効率化としてのコンピュータライゼーションが普及すると、その可能性を探索し、創発的な発見を見いだすコンピュテーションの動きが追随するという流れが、あらためて確認されたといえるだろうか。
時系列的に見れば、おおむね80年代から90年代にかけて、各系譜の先行的な概念が準備され、90年代後半から00年代をとおしてその実験的なツール化を試みるコンピュータライゼーションが主導的な期間が続き、00年代後半から10年代に普及したツールをベースとした発展的な探索を試みるコンピュテーションが世界各地で散見されるようになる流れだ。そしてその延長上に20年代を見れば、一つにはいよいよ実験の成果の実装フェーズに入ったという考え方があるだろう。直近のコンピュテーションのアウトプットを、いかにより広範な実環境の中に定着させていくかに課題と可能性を探るという視点だ。
たとえば、本コラムの下敷きにもなっている展示「Archaeology of the Digital」(2013)のゲスト・キュレーターであった建築家のグレッグ・リンは、2017年にPiaggio Fast Forwardの代表に就任し、2019年に北米で販売のはじまったパーソナルな荷物運搬用の二輪車ロボットである「gita」の開発を行っている。20㎏程度の荷物を運搬できる、ちょうどスーツケースの代替となるイメージのロボットだ。fig.1
一見、建築におけるコンピュテーションの系譜とはかけ離れたアウトプットに思えるが、動きの系譜におけるSelf Assembly Labや、自然の系譜における直近の実験的なプロジェクトが、もはや建築や都市環境を一つの建物の単位から捉えるのではなく、性能やそのふるまいがコントロールされた部分の暫定的な集合体として建築を捉えはじめたような目線を、Piaggio Fast Forwardの中にも見ることができる。リンは、gitaについてのインタビューで、都市空間において人びとが選択し得るふるまいのバリエーションをデザインしていることに言及している。
ただし、ここで今一度押さえておきたい論点は、むろん90年代からの流れから見れば現在はおそらくその実装段階にあるという視点の一方で、その実装をリアライズしていくためのコンピュ―タライゼーションは、同時に次の時代に派生していくコンピュテーションを今まさに胚胎しているはずだという視点だ。では直近で拡張していくかもしれないコンピュテーションはどんなものであり得るのか、これまでの系譜に接続し得る、建築におけるコンピュテーショナル・デザインの現在を、あともう一歩細かくレビューすることで、その考察に繋げていく。(次回に続く)