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2020.10.01
Essay

第4回:動きの系譜[前編]

建築におけるコンピュテーショナル・デザインの系譜

木内俊克/木内建築計画事務所代表

ホバーマンとフラー

本コラム第1回で言及した「Archaeology of the Digital」で取り上げられていた4人の建築家から、第4回、第5回ではチャック・ホバーマン(Chuck Hoberman)を取り上げ、関連するコンピュテーショナル・デザインの流れを「動きの系譜」と位置付けて読み解きたい。fig.1

そこで建築における「動き」が体系的に整理されている、『動く家:ポータブル・ビルディングの歴史』(ロバート・クロネンバーグ著、鹿島出版会、2000年)を紹介したい。英語の原題は『Houses in Motion:The Genesis, History and Development of the Portable Building』となっており、「in Motion」=「動きの状態にある(筆者訳)」という原題のニュアンスはよくそのアプローチをあらわしていて、建築における動きを、ポータブル/リロケータブル/デマウンタブルの3つに分類し、つぶさにその成り立ちを解説している。もともと狩猟採集生活を営んでいた人類にとって、テントのような動く建築の形式はもっとも古い歴史を持つもので、一方、未来のアイコンとして車や飛行機のイメージに駆動されてきた20世紀に至るまで、動かない建築がいかにそれでも「動き」を取り入れられるかは、歴史上常に重要な関心事であり続けてきたことがよくわかる。

1.ポータブルはほぼそのままの形態で持ち運べる
2.リロケータブルは分解・再構成ができる
3.デマウンタブルはばらせる部品からなっている

というそれぞれの動きを指している。それぞれ1.トレーラーハウスや客船、2.テントや仮設シェルター、3.いわゆるプレハブ建築や空気膜のドームを思い浮かべてもらえればよい。多くの「動く」建築は、実際にはこれらの動きを複合的に兼ね備えて成立している。
ホバーマンの建築をこの3つの動きから見てみると、運搬可能な状態の構造体を、空間を囲い込むサイズまで素早く瞬時に立ち上げる機構を提供しているという意味で、基本的にはデマウンタブルに分類されるだろうか。『動く家』の中では、1970年代から大阪万博富士パビリオンの空気圧構造、1940年代からは地上で組み立ててウィンチによってポップアップするバトラー社の航空機格納庫、さらに古くからは博覧会建築の最初の建築である、1851年のクリスタル・パレス、といった事例がデマウンタブルに位置付けられている。

こうした事例とともに押さえておきたいことは、建築分野にとっての動きへの希求は、建築を地面から切り離し、20世紀に加速した産業の変化に対応して、車や飛行機のように形を変えていくことができる、自由で透明なものに建築を解放したい、という要請とともにあった点だ。だからこそ、航空機・自動車産業をはじめとする他産業からの技術移入により、建築への動きの導入が志向された。航空機産業のジュラルミン軽量合金を使った住宅の軽量化や、ヘリコプターでの空輸可能なジオデシック・ドームなど、建築の軽量化に徹底的にこだわったバックミンスター・フラーは、20世紀の動きへの希求を象徴するアイコンと言える。アーキグラムやハイテク建築といった動きを理論的に準備した、レイナー・バンハムの「第一機械時代の理論とデザイン」においても、モダニズムにおける機械への関心を真にアップデートする存在としてフラーが位置付けられている。(ホバーマンは「90年代のフラー」と呼ばれることもあった)

むろん、こうした一連の流れは、一般にはノーマン・フォスターやリチャード・ロジャース、ニコラス・グリムショー、フューチャー・システムズなどの作品によって様式化し、一つの頂点を迎えたと考えることもできるが、それよりもっと面白い見方もあるだろうというのが本コラムでいま一度「動きの系譜」をたどる理由だ。

ここでホバーマンに戻り、フラーのジオデシック・ドームがそうであったように、ホバーマンスフィアという、ホバーマンが開発した伸縮する球体の動きの原理であるシザー機構のエッセンスが、幾何学にあったことに着眼したい。このシザー機構は、幾何学のシステムであったからこそ、その応用にはコンピュテーションの登場が決定的な役割を果たすようになっていくのだ。(次回に続く)

木内俊克

東京都生まれ/2004年東京大学大学院建築学専攻修了/Diller Scofidio + Renfro (2005〜07年、ニューヨーク)、R&Sie(n) Architects (2007〜11年、パリ) を経て2012年〜木内俊克建築計画事務所(現・木内建築計画事務所)を設立

木内俊克
建築におけるコンピュテーショナル・デザインの系譜
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fig. 1

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