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2020.10.01
Essay

第2回:複雑さの系譜[前編]

建築におけるコンピュテーショナル・デザインの系譜

木内俊克/木内建築計画事務所代表

第1回コラムで紹介した「Archaeology of the Digital」は、建築の設計生産施工においてデジタル技術が台頭した重要なメルクマールとして、フランク・ゲーリー(Frank O. Gehry)、ピーター・アイゼンマン(Peter Eisenman)、チャック・ホバーマン(Chuck Hoberman)、葉祥栄の4人の建築家の作品にフォーカスを当てている。本コラムでは、同じくこの4人を出発点に、まずゲーリーとアイゼンマンおよびその周辺を仮に「複雑さの系譜」、次にホバーマンを位置づける「動きの系譜」、さらに葉祥栄を位置づける「自然の系譜」、というかたちでコンピュテーショナル・デザインを紐解いていきたい。
なお最初に断っておきたいのは、あくまで本コラムの内容は、コンピュテーショナル・デザインが台頭してきた90年代から建築を学び、同時代的に設計者としてキャリアをつんできた筆者の私見であり、詳細な歴史研究にもとづいたものではない。しかしながら、対象に興味を抱き、同分野の進展を見守ってきた一建築家が、今後の展望を得るための整理を共有することで、本トピックに関心を抱く読者が関心を掘り下げるきっかけにはなればよいと考えている。

複雑さの系譜:コンピュテーショナル・デザインの萌芽としてのデコンストラクティビストの造形

冒頭のゲーリーとアイゼンマンに戻ろう。ここで着目したい展示がある。1988年、MoMA(ニューヨーク近代美術館)にて開催された、「Deconstructivist Architecture」展(会期:6月23日〜8月30日)だ。同展は、フィリップ・ジョンソン(Philip Johnson)のディレクションのもと、マーク・ウィグリー(Mark Wgley)により企画され、ダニエル・リベスキンド(Daniel Libeskind)、レム・コールハース(Rem Koolhaas)、ザハ・ハディド(Zaha Hadid)、コープ・ヒンメルブラウ(Coop Himmelb(l)au)、バーナード・チュミ(Bernard Tschumi)らとともに、ゲーリーとアイゼンマンの作品が展示された。同展のカタログによれば、「Deconstructivist Architecture」はいわゆるイズムをともなった運動ではなく、共時的な視点から当時の主要な建築家の作品にあらわれている共通の傾向をとり上げ、それに名を与えたものだと明記されている。ウィグリーによれば、その傾向とは一つにロシア構成主義からの影響であり、またその影響を含む既存の建築空間を解体するような形態操作が、モダニズム的形態言語の中に寄生し、既存の建築言語が既存のまま別のものに読み換えられていくような作用をもっているという点だ。

興味深いのは、ウィグリーの分析にある通り、同展の7組の建築家に共通していたのは、徹底した造形へのあくなき探索が彼らの実践の基底にあり、かつアンビルトにとどまるのではなく、あくまで建設すること=かたちが定義できる造形にその探索が向けられていたという点だろう。まただからこそ、彼らは共通して設計者本人すら脳内だけでは把握できない複雑な造形を、半自動生成的に生み出す外部的なルールやツールを手段として求めていたと思われる。そしてまさにその共通性に、同展に名を連ねていたこの7組のうち、レムを除くすべての建築家たちが、その後コンピュテーショナル・デザインを主導する建築家として活躍することになっていく契機を見ることができるだろう。

つまり、80年代には主にドローイングによって外部化され、半自動生成的に造形を生みだす幾何学的ルールに関心を寄せていた建築家たちは、コンピュータライゼーションあるいはコンピュテーションの導入により、その造形的探索をそれぞれの関心に寄せて拡張していったのではなかったか。(次回に続く)

木内俊克

東京都生まれ/2004年東京大学大学院建築学専攻修了/Diller Scofidio + Renfro (2005〜07年、ニューヨーク)、R&Sie(n) Architects (2007〜11年、パリ) を経て2012年〜木内俊克建築計画事務所(現・木内建築計画事務所)を設立

    木内俊克

    「Deconstructivist Architects」予告編

    fig. 1

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