アイコン化によるコミュニケーションのデザイン
清野 本レクチャーシリーズではこれまで、縮小していく社会の中で、いかに建築家の活躍のフィールドを拡張していくかを模索してきました。今回ゲストに迎えたクリエイティブディレクターの佐藤可士和さんは、グラフィックデザイナーとしてキャリアをスタートし、現在は、グラフィックはもちろん、映像、空間、建築と幅広い分野で活躍されています。さまざまなアウトプットを手がけられる中に通底する思考を伺い、これからの建築家のあり方へのヒントとさせていただきたいと思います。
佐藤 僕は現在、企業、公共事業体、教育機関など様々なクライアントのブランディングプロジェクトを手がけています。デザインしている領域も、ブランドコンセプトからロゴ、グラフィック、プロダクト、映像、WEB、インテリア、建築、ランドスケープまで非常に広範囲に及びますが、アウトプットごとに別々に考えるのではなく、一つの一貫した思考で創造しています。僕はあらゆるモノ、コト、領域を情報を伝えるためのメディアとして捉え、全ては「いかに情報をよりよく届けるか」というコミュニケーションのデザインであると考えています。
現代の情報が氾濫する高度情報化社会において、広く適切にコミュニケーションをすることは非常に難しいことです。情報を適切に届け、社会の中で存在意義を確立することはあらゆる企業や団体で切望されていることです。そこで、コミュニケーション効率を上げるためのデザイン戦略として「アイコニック・ブランディング」という方法論を掲げています。
最初にロゴやプロダクトデザインは、アイコン化の最も分かりやすい例ですfig.1。昨今ブランディングをする上で、ロゴとネーミングは極めて重要な要素です。中でもロゴデザインは、溢れる情報の中でシンプルに強いアイデンティティを構築する必要があり、非常に難しいものです。単にロゴさえあればアイデンティティが構築できると言うわけではありません。たとえばセブン&アイ・ホールディングスのプライベートブランド「セブンプレミアム」は、現在4000種類以上のオリジナル商品があるのですが、種類や価格帯などに応じて「プレミアム」「ゴールド」「カフェ」「フレッシュ」「プライス」などのラインに分け、厳密なルールに基づくフォーマットを開発してパッケージデザインを展開していますfig.2。そうすることで、食品や飲料、衣料品などあらゆる方向に展開されている商品が、同じブランドのものとして見えるようになります。つまり、商品単体の「点」ではなく、店舗での陳列時の「面」としてブランド認知を高めていくということを考えています。その全体感をアイコニックに作っていくのです。
また、僕にとっては空間もメディアであり、アイコンになり得るものです。たとえば、ユニクロのこれまでのロードサイド型店舗のあり方を刷新する「UNIQLO LOGO STORE」(2023年)では店舗の両端に7m×7mの巨大なロゴキューブをセットしましたfig.3。そして、その中にはキッズスペースやカフェ、フラワーショップなどブランドとしての新しい活動プログラムを入れています。単なる店舗サインとしてではなく、そこでさまざまなサービスが展開されることで、服の販売だけに留まらないユニクロの企業姿勢をメッセージしています。
清野 建築において、教育や職能がますます細分化されていく中で、これから何をやっていこうと悩んでいる人も多いと思います。その中で、可士和さんのように、デザインにまつわる思考の汎用性を認識すると、より多様な仕事ができるようになるのですね。
課題からコンセプト、ソリューションを導く
佐藤 その通りです。また、僕は仕事をする上で、最初に「課題」、次に「コンセプト」、そして最後に「ソリューション」を考えるというプロセスを重視しています。世の中に問題は多く溢れていますが、それを課題として昇華するのは意外に難しいことです。多くの人は、まずソリューションから考えてしまいがちですが、そうすると、途中で起点であるべき課題が必ずブレていってしまいます。しかし、解決すべき課題が定まっていれば、そこからコンセプトに進み、最終的にソリューションを導くことができる。ですから僕は、課題の抽出にかなりの時間をかけます。課題が明確に設定できれば、仕事の半分は達成されるとまで思っています。それほどに、出発点となる課題設定は重要なのです。
その事例として、「団地の未来プロジェクト」というUR都市機構のプロジェクトを紹介します。団地は高度経済成長期にたくさんつくられ、当時は最先端で憧れの的でもありましたが、今は建物の老朽化や住民の方の高齢化などの課題が多々あります。そこで、横浜市にある「洋光台団地」をパイロットケースにして、郊外型団地の再活性化を図っていくというプロジェクトがスタートしましたfig.4。建築家の隈研吾さんから「可士和さん、団地やらない?」と声を掛けてもらったことを機に、僕もプロジェクトの前身となる「ルネッサンスin洋光台」の段階から、プロジェクトディレクターとして参画することになりました。そこでのアドバイザー会議の中で、約3年をかけて団地が抱える課題を整理しました。そして、洋光台団地のみならず、より大きな社会課題の解決を目指すプロジェクトにしようと、2015年に「団地の未来プロジェクト」と名を付けてリスタートしました。
ここでの僕の役割のひとつは、プロジェクトのプロセスをデザインし、ブランディングすることです。日本の団地は、世界的に見ても珍しいほど大規模な集合住宅です。それならばと、ハードとソフトの両面から、集まって住むこと自体をパワーに変え、新しい住まい方を提示しようと考え、さまざまな人がかかわるオープンイノベーション型のプロジェクトとして進めることにしました。
まずはプロジェクトの方針を初期段階から打ち出していくため、ロゴをつくりましたfig.5。団地の「団」をモチーフに、よいアイデアをひとつずつプラスしていくという思いを込めています。次に、団地の未来を語り合う場としてウェブサイトでTalkingと言う対談のコーナーを立ち上げ、さまざまな専門家やクリエイターの方に議論していただきました。その中で生まれたアイデアを、現場に実装しています。
ハード面では、主に北団地の広場と住棟の改修を担当しました。元は周囲に柵が張られていて、クローズドな印象がありました。そこで、柵を取り払い、通路との段差をなくし、砂地を芝生に変えました。何かを新たにつけ加えるのではなく引き算のデザインですが、見違えるような空間が出現しましたfig.6。
ただ、ハード面の改修だけでは人の振る舞いが大きく変わるきっかけにはなりません。そこで、ブックディレクターの幅允孝さんと共に、モバイルライブラリーの仕掛けも企画しましたfig.7。集会所に、幅さんの選書した本とレジャーシートを入れたバスケットを設置し、団地内であればどこでも持ち出せるというものです。こうしてハード、ソフトの両面から新しい住まい方をつくり出そうとしています。
清野 私は「ルネッサンスin洋光台」の段階からプロジェクトを取材してきましたが、可士和さんは議論の中で「プロジェクトのコンセプトが曖昧です」と、関係者の方がたを前にずばっと指摘をされていたことが印象的でした。問題が溢れている中で課題を設定し、意識を共有していくには何が必要なのでしょうか。
佐藤 いかにユーザーの目線に立って考えられるかが重要です。たとえば先ほどの広場にしても、ユーザーからすれば柵はない方がいいのに、管理の目線に立つと、それを外すという判断をするのはなかなか難しいことです。空間をつくる上では、どうしてもリスクをなくして管理がしやすいようにつくりたいものです。でも、それを重視するあまりにユーザーにとってよくないデザインになっては意味がありません。ユーザーにとって楽しい、心地よい空間をつくるには、部署や分野の垣根を超えた思考が必要になります。部署ありき、予算ありきでプロジェクトが始まると、その思考がどうしても難しくなるので、僕は徹底的にユーザー目線に立ち、何をやるべきかを模索します。それがクリエイティブディレクターとしての役割です。
課題解決の糸口を社会に提示する
続いて「GLP ALFALINK 相模原」(『新建築』2404)を紹介しますfig.8。物流デベロッパーの日本GLPが、神奈川県相模原市につくった、東京ドーム11個分にもおよぶ日本最大級の物流施設です。クライアントには、これほど巨大な施設をつくるのだから単なる箱物をつくってはいけないという思いがあったことで、僕がその統括プロデュースを依頼されました。
まずは日本GLPの帖佐社長へのヒアリングを通し、社会からのネガティブイメージ、人手不足など、物流施設・業界が抱える課題を徹底的に洗い出しました。その中で、問題の根底は、施設や業界が社会に対して閉じていることにあると気がつきました。そこで、施設のブランドコンセプトを「物流の”見せる化”──OPEN HUB」とし、「創造連鎖する物流プラットフォーム」というビジョンのもとで、施設のデザインを通じて物流の社会的評価を変えることを目指しました。最先端の物流施設を街に開き、また、テナント同士の連携を促すことで、新しいビジネスや価値が生まれるようなプラットフォームにするという戦略です。
敷地中央には、倉庫群を繋ぐ共用施設棟「RING」をつくり、レストランやコンビニ、託児所など、従業員だけでなく周辺住民も使えるさまざまなサービスを入れました。1階レベルには車道を通すことで、トラックが行き交うところを風景として見えるようにし、来訪者が物流施設のダイナミズムを味わえるようにしました。またその横には、フットサルコートやステージも設けていて、施設の各所でイベントが行われています。驚くことに、昨年は300以上ものイベントが催され、テナントの物流会社の部長さんがかき氷の早食い大会といった催しに参加して下さったりもしています。そこでテナント同士が意気投合し、協働ビジネスが始まるきっかけになったそうです。地元の高校生の間では今、学校帰りにここのカフェで勉強するのが流行っているそうです。小学生のお子さんがフットサルでサッカーをして、ここで働く親御さんと一緒に家に帰るという、ほほえましいストーリーも生まれています。
清野 「2024年問題」に象徴されるように、物流業界は人手不足によって需要に応えられない問題もあり、今岐路に立っていますが、この施設はその大きな課題に向けたひとつの解答を示しているように思います。
佐藤 物流業界は中小事業者が多く、かつそれぞれに得意分野があるので、これまで協働が生まれることはなかなかありませんでした。ただ、この施設の誕生によって、事業者間の連携、正に創造連鎖が生まれている話を聞いています。これで課題のすべてが解決できたわけではありませんが、新しい物流施設のあり方、効果的な運用方法のひとつを示すことができたと思います。こうして、課題の解決の糸口を社会に提示し続けることが、僕の役割です。
清野 可士和さんはクリエイティブ・ディレクターとして、名称、ロゴデザイン、空間と、ひとつのプロジェクトの中でもさまざまなことを同時に考えられています。それらを統合して考えるのには、どのようなスキルセットが必要なのでしょうか。
佐藤 僕はそれらひとつずつをバラバラに考えてはいません。建築もデザインしなきゃ、ロゴも考えなきゃと、タスクベースで考えてしまうと物凄い仕事量になってしまい、対応型になってしまいます。そうではなく、たとえば「GLP ALFALINK相模原」で言えば、次の物流のあり方を考えるという根底の目的の中でアイデアを生み出し、それを具体化していく中で、結果としてさまざまなアウトプットが出来上がっていったというイメージです。
清野 同時に抱えるプロジェクトも数多くあるかと思いますが、さまざまな企業へヒアリングし、課題を抽出する中で、どのように思考を整理されているのでしょうか。
佐藤 僕は、クライアントが抱える課題を、クライアントの問題だけでなく、時代に共通する問題として考えています。たとえば高齢化やSNSの普及によるコミュニケーション問題など、社会問題は世界でも同時に進んでいきます。その問題の根本に対してソリューションを提示できれば、オセロの駒が黒から白へと一気にひっくり返るように、社会に対して変化をもたらすことができるでしょう。大事なのは、問題を俯瞰する視点を持ちながら、シンプルに考えることです。「団地の未来」にしても、「ここの場所をよくしたい!よい団地をつくりたい!」とシンプルにアプローチしたことで、多くの方がたが喜ぶ空間ができたと思っています。
清野 可士和さんがプロデュースするブランド戦略は、概念、ロゴマーク、プロダクト、コミュニケーションから建築までをもひとつの世界観を構築する「メディア」としてとらえていることがよくわかりました。そこには建築が持つパワーの新たな発見があります。建築を狭義の「作品」としてとらえていては、仕事の幅を広げていくのは難しいでしょう。そこに、あらゆるモノを相対化し、かつ共通のデザイン思考で実践する可士和さんの考え方を取り入れることで、景色はずいぶん変わっていくと思います。
(2024年3月15日、新建築書店にて公開収録 文責:新建築.ONLINE編集部)