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2023.08.29
Interview

「聴景音」による異分野協働の空間づくり

五感と建築 #2

神山健太(神山聴景事務所)

五感をキーワードに、建築や都市について考察する連載。第2回は聴景デザイン(聴覚)に着目。音と建築の関係を巡っては、長らく続く学問領域がすでに存在していますが、こうした学問以外の領域でも実践的な取り組みが育ちつつあります。今回は、音楽家というバックグラウンドを持ちつつ、音を通した空間のデザインを行う聴景デザイナーとして活動されている神山健太さんにお話を伺いました。(編)

音楽には空間が伴う

──現在、神山さんが取り組まれている「聴景デザイン」とはどのようなものでしょうか。(編)

神山 聴景デザインは一口にいうと、空間のさまざまな要素を考慮して音をつくることで、その場所の心地よさをデザインするものです。ここで制作する音を僕は、聴景音と呼んでいます。

──神山さんは音楽家としての経歴もお持ちですが、どのようなきっかけで聴景デザインを始めることになったのでしょうか。

神山 僕は10年以上前から音楽活動をしているのですが、当時からイベントBGMの制作依頼を多くいただいていました。初めはイベントのコンセプトに沿って音をつくる点のみを意識していたのですが、そのうち、音楽を鳴らすには必然的に空間が伴うことを考え、音をつくる上では、空間との調和などの要素についても考慮する必要があると考えるようになりました。すると、普段自分が利用する商業施設などで、「声が反響する」「静かすぎて会話がしづらい」など、BGM以外のさまざまな音も人の居心地に影響していることに気づくようになります。空間における音の存在は実はとても重要な要素で、音と空間の関係性があまり考えられていない現状を変えていく必要があると考えるようになりました。

環境音と調和する聴景音

──そして実際に、聴景デザインの世界に足を踏み入れていくのですね。

神山 2018年に「からくさホテルプレミア東京銀座」というホテルのラウンジで、初めて聴景音を制作しました。その後イオンモール土岐、ロボットレストラン「AI_SCAPE」などでも導入実績を重ねていますfig.1fig.2。2020年には、JR東日本が提供するエキナカのシェアオフィスサービス「STATION DESK」で聴景音を制作する機会もいただきました。

──駅という騒々しい環境を考えると、エキナカのシェアオフィスには、大きな音の課題がありそうです。

神山 はい。元々STATION DESKの内部で流れていた市販のBGMが外から漏れ聞こえてくる駅コンコースの環境音とぶつかり、かえってオフィス内にいる人の作業の妨げになっていたようです。音情報の削減と集約を図るため、この案件ではあえて駅コンコースの音を取り込み、内部の環境音と調和させる手法を採用しました。具体的には、コンコースの音を元に不快な部分を取り除いてベース音をつくり、そこに人が心地よいと感じる音の要素、リズムや音域を加えましたfig.3

──そもそも市販のBGMとコンコース音などの環境音がぶつかってしまうのはなぜなのでしょうか。

神山 まず音楽とは基本的に、作家が特定のテーマに沿ってつくったものであり、空間に合わせてつくられたものではありません。こうしたいわゆる観賞型の音楽には、コードなどの要素がたくさん盛り込まれているので、落ち着いた空間で流すと情報量が増えて耳障りに感じられてしまいます。このような空間では、無意識下でストレスや疲労が蓄積してしまう。BGMと環境音の情報量のバランスを整えることは、実はとても重要なことです。

──居心地のよい場所をつくろうとすると、吸音パネルをたくさん貼って、環境音をとにかく無音に近づける手法もありますね。

神山 空間にある程度音がないと、人は不安を感じるというデータがあります。僕自身も同じ実感を持っており、現状そのような手法は取っていません。たとえば吸音が効いたオフィスにいると、普通に話しているはずの声が、とても大きな騒音に聞こえてしまうことがありますよね。

──日本では吸音パネルを使う施工事例もたくさんあると思いますが、環境音を消すというアプローチは昔から続くものなのでしょうか。

神山 むしろ昔の日本人は、環境音に比較的寛容だったのではないかと思っています。たとえば昔の家屋には縁側があり、時代劇では外部の音と内部の音の境目が曖昧になっていたり、少し離れた距離でも耳をそばだてていると重要な話が聞こえるという場面が見られます。

──住宅のつくりが音への寛容さに影響を与えていたということですね。

神山 そうですね。時代が進み、住宅の気密性が上がっていくにつれて、人びとの環境音への意識も少しずつ高まってきています。先ほどのシェアオフィスの例も、気密性が高い環境だからこそ外の音が気になってしまう状況ができてしまっている。僕は外の音から不快な部分を削ったものを聴景音として取り込むことによって、まるで縁側で音を聞く時のようにストレスなく過ごせる環境をつくることを試みています。自分の制作した聴景音が、環境音に対して優位に立つという考え方ではなく、両者が混ざり合い調和する空間を目指したいと思っています。

実用性と芸術性を重ねた音づくりへ

──無音環境ではなく、音をあえて残しながら居心地のよさをつくるという点にも、音楽家としてのアイデンティティが影響しているのでしょうか。

神山 僕は音楽家出身という立場から、聴景デザインを通して実用性と芸術性を兼ね備えた音のデザインをしていきたいと考えています。音と空間というテーマを巡ってはこれまでもさまざまな取り組みがありましたが、実用性と芸術性の両方を兼ね備えたアプローチは少なかったのではないでしょうか。たとえば音楽には学問としての研究分野もありますが、研究を重ねた先には実用化があって然るべきだと思いますし、逆に実用化の旗印のもとエンジニアリングばかり発展しても心地よい音と空間は生まれないでしょう。音楽家の取り組みとしては、ブライアン・イーノが「Music for Airports」というケルン・ボン空港のための音楽をつくった事例が有名ですね。ただこれもあくまで音楽作品としてリリースされている。環境音楽的なアプローチは昔からあるものの、あくまでも芸術性に重きが置かれ、実際にビジネス的な実用性を備えたものは少なかったので、なかなかこうした分野にかかわる人が出てこなかったのです。

──音楽家が実用性も踏まえた音づくりにかかわることは、新たな領域を切り拓くことにも繋がりそうです。

神山 そうですね。今、音楽はストリーミングサービスの台頭によって、手間暇かけてつくったものが1曲100円台というような状況になってしまっているので、音楽家のキャリアのひとつとしても成立させていきたいという思いもあります。

五感を軸に、業界の枠を超えた空間づくりをする

──音楽というご自身の専門を生かしつつ、ビジネスなどでの実用性を考えながら音づくりをしていくという点で大変なことはありますか。

神山 音楽家だけでなく、建築家をはじめとするさまざまな分野の方がたと協働していく必要があるので、もちろん大変なことも多いです。特にコミュニケーションに関しては、自分のような音楽家サイドや発注する人びとも含め、すべての人が意識していく必要がありそうです。自分自身の例でいうと、たとえば別業界の人とリラックスというテーマについて話し合いをしていても、どこかで認識にズレが生じてしまったり、細かい調整が効かない分、最終的にできる音に関してもどこか分かりやすい、ポップな仕上がりになってしまうことがあったりします。質の高い聴景音をつくっていくためには、やはり丁寧なコミュニケーションが不可欠だと感じます。

──音楽家サイドとしてはどのようなことを意識していらっしゃるのでしょうか。

神山 僕自身も、感じ方が主観によって異なる音について共有するため、可能な限り言語化できるように努めていて、音の数値化やロジックの確立などにもチャレンジしていますfig.4。もちろん初めて扱う分野ばかりですので、論文をあたるなど独学の部分もありますが、建築家の友人のサポートを借りるなど、他業界の方の知恵を拝借することもあります。

──聴覚をふまえた空間づくりのニーズは、今後伸びていくと思われますか。

神山 これまで音のデザインとは、費用対効果の側面で考えるとあまり効果が見えやすい分野とはいえず、価値を見出す人も限られてきました。ただコロナ禍でのステイホームを経て、音に関する意識は高まってきていると感じます。たとえばオンライン会議が急速に普及したことにより、会議中に外部の音が入ってしまったり、自分の音声が外に漏れてしまったりなどと、音に関する課題が顕在化していきました。先に述べた建物の気密性の話に加えて社会情勢の変化も手伝って、音に関する意識は今後もますます高まっていくと感じます。

──聴覚をはじめとして、視覚以外の五感の価値を改めて見直す動きが生まれつつあると実感します。

神山 実際に五感を通した空間デザインのニーズは高まっていると思います。僕自身も、聴景デザインの分野に関してはウェブ上での発信などを通して、ニーズに対応していこうとしています。ただ、業界の枠を超えた協働が必要になってきている以上、空間デザインにかかわる人びと全体が、デザインを五感でとらえていくことが今後ますます重要になっていくでしょう。
さまざまな立場の人びとがそれぞれの得意な分野を持ち寄りながら、丁寧なコミュニケーションをとって協働していくことで、五感すべてで心地のよいウェルビーイングな空間ができていくのだと思います。fig.5

(2023年7月12日、霞が関ビルにて。文責:新建築.ONLINE編集部)

神山健太

1991年東京都生まれ/2010年関西大倉高等学校卒業/2011年より音楽家として活動を開始/2014年イタリア・ローマのレコードレーベルからデビュー/2019年より神山聴景事務所代表

神山健太
五感と建築
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聴景音を導入した、イオンモール土岐の広場「TOKINIWA」。/提供:神山聴景事務所

聴景音を導入した、ロボットが料理と配膳をする体験型レストラン「AI_SCAPE」。/提供:神山聴景事務所

実際にステーションデスク東京丸の内で流れているオリジナルBGM。/制作:神山聴景事務所

3Dモデリングを使用して音響課題を検出する。/提供:神山聴景事務所

神山健太氏。/撮影:新建築.ONLINE編集部

fig. 5

fig. 1 (拡大)

fig. 2