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2022.05.25
Essay

民話として読む

思考を紡ぐ──建築家10人が選ぶ論考 #9

藤野高志(生物建築舎)

「思考を紡ぐ──建築家10人が選ぶ論考」の第9回は、藤野高志さんに石山修武×家成俊勝「住宅は終わらない」を紹介いただきました。論考は新建築.ONLINEで公開されています。(新建築.ONLINE編集部)

2022年春。戦争や感染症、少子化といった歴史のうねりを目にするたび、周りの世界は自分と無関係な大きな力によって動いている…という無力感を抱くことがある。これから規模が縮小していく社会に飛び込む学生なら、尚更かもしれない。今、建築も混乱の中にある。物価高騰や材料不足、働き方や暮らし方の変化など、今までの方法論だけでは対応しきれない状況にある。だからこそ希望を抱かせる記事を紹介したい。

石山修武「住宅は終わらない」(『新建築住宅特集』1901)

私は2018年末にこの記事を読み、救われた気持ちになった。当時は新型コロナウイルス感染拡大前で、日本が東京オリンピック・パラリンピックを控えた高揚感の中、どこか皆が同じ方向を見ている気持ち悪さがあった。そんな時に石山さんは、オリンピック後の日本は、明治維新や第二次世界大戦の敗戦時に続く歴史の「転形期」であり、傑作が生まれるチャンスだと語った。だから均質化する勢力とは闘えと。
あれから4年ほど経ち、今は転形期なのだと感じる。今回読み返して、石山さんの言葉がこれまでより身近な存在に感じられた。急進的な”石山建築”と論考に、学生時代から触れてきた私たち世代にしてみると、石山さんを近く感じるという感覚は不思議だ。私たちを取り巻く今という混乱の時代が、石山さんの挑戦に追いついてきた、というだけではないだろう。この不思議な感覚はどこから来るのか。鍵は冒頭の写真にあるように思えた。「幻庵」のふたつの目玉と石山さんの眼差しは、風雪を経て辿り着いた深い静けさを湛えている。ふたつの理由が思い浮かんだ。

ひとつ目は、文章に石山さんの生き方が表れていることだ。
聞き手の家成俊勝さんの問いに、石山さんが答えていくインタビュー形式の記事は、教育から施工、材料、流通、影響を受けた人、モノの値段、建築家の職能、歴史、そして愛情まで次々に展開する。話はどれも具体的で、石山さんは率直に自らの失敗や逡巡も恐れず語る。その一言一句は、家成さんの問いへの回答を超えて、さまざまな受け取り方を可能にする。民話に隠された教訓を読み解くように、建築に関わりのない読者も含意を汲み取ることができるのではないだろうか。それは、建築の知性の向こうに、ひとりの建築家の学生時代から現在に至るまでの半生が感じられるからだろう。人生の時々で置かれた状況を捉え、態度を明らかにし、作品として結晶化し、振り返り、発見する。石山さんは「生物としての人間の家は、論理なんか愛していない。」と、70歳を過ぎてから健全な保守性が分かったと話す。今なお刷新し続ける建築観に通底するのは、目の前の領域のさらに外側を渇望する精神である。
ふたつ目は石山さんが、愛情を込めて具体的に語っていることだ。
この記事の最終章「愛情をもつこと」では、「開拓者の家」(『新建築住宅特集』8610)の建主の山羊と共にある生活が紹介されている。石山さんは、モノや人、生活、動物に対する愛情の研究が民俗学であり、ほかの生物と一緒に暮らすことで、自分の中にある愛情に目覚めるという。そんな観点で記事を読み返すと、さまざまな言葉が、若者に向けられていることに気づく。「〜べき、〜しないといけない」と言いきる言葉は多いけれど、それらは扇動的ではなく、もっと自由でいいんだよと、若い人の背中を押すエールに見える。
インタビューが行われた「幻庵」(1975年)と「世田谷村」(1997年)の写真もまた、愛情に満ちた風景だ。山中で錆びていく「幻庵」と緑に呑まれる「世田谷村」。「庵」から「村」への建築観の変化が現れている。芸術という人間味を貫く石山建築の可愛らしさが際立つゆえに、人の為すことの儚さと自然の無情さの対比が浮かび上がる。芸術が自然へ還っていく建築のあり方も、革新を経て辿り着いた健全な保守としての石山さん自身も、さらに変わり続けるのだろう。

転形期の心構えとして、石山修武という民話を何度も読み返しながら、そこから私は自分自身への接続を見出したいと思った。
まだはりゅうウッドスタジオの所員だった頃、所長の芳賀沼整さんと一緒に、東北地方に建てられた多くの石山建築を巡った。そのひとつ「松島さかな市場」(早稲田大学石山修武研究室、『新建築』9709)の建物正面には、大きな室外機と自動販売機が鎮座していた。その即物的な振る舞いが理解できなかった私は、整さんから「藤野くんは世界が狭い」と指摘され、悔しくもあり嬉しくもあった。自分の理解を超える存在への興奮である。5年前、「ドラキュラの家」(早稲田大学石山修武研究室、『新建築住宅特集』9506)を訪れると、倉庫のような佇まいの住宅が、本当にフォークリフトの出入りする倉庫になっていた。住宅だった時から設置されていた軽量シャッターがそのまま使われ、建築が生き続けていた。
2年前の3月の雪の日、銀座のギャラリーせいほうでの石山さんの個展「石山修武展 建築ドローイング・石彫 アジアでの仕事」(2020年3月2日〜14日)で、ご本人にお会いした。私が自己紹介で「家族の灯台」(『新建築住宅特集』2104)の計画案を説明したところ、ホームエレベータの話が端緒となって、石山さんが中量生産の住宅団地計画を解説してくださった。モノの生産と調達の規模、住宅が群として立ち現れる風景。ゆっくり語られる話を聞きながら、眼前に展示された石山さん作の石彫たちが群を成し、ピラミッド型に積み上がっていく姿を勝手に夢想していた。
建築に決して聖域をつくらない石山さんの引力に引かれ続けている。「原理の中に人間は住めない」という石山さんの言葉は、私自身に降りかかる。私の事務所である「天神山のアトリエ」(『新建築』1103)も竣工から10年が経った。内も外も緑に覆われ、木の枝が窓から外に伸びたため、窓は閉まらなくなり、365日開けっ放しである。そのため、昨年から野生のキジバトが室内のレモンユーカリに巣をかけるようになった。ヒナが親鳥を求めて鳴く声の下で「元気に巣立てよ」と願いながらこの原稿を書いているfig2fig3

藤野高志

1975年群馬県生まれ/1998年東北大学工学部建築学科卒業/2000年東北大学大学院都市・建築学博士前期課程修了/2000年清水建設本社設計本部/2001〜05年はりゅうウッドスタジオ/2006年生物建築舎設立/2012〜14年東北大学非常勤講師/2012年〜前橋工科大学非常勤講師/2017年〜東洋大学非常勤講師、武蔵野大学 非常勤講師/2018年〜お茶の水女子大学非常勤講師/2020年〜成安造形大学客員教授/2019年「S市街区計画」(『新建築』1702)「園」(『新建築住宅特集』1603)で日本建築学会作品選集/2020年「鹿手袋の蔵」(『新建築』1609)で日本建築学会作品選集/2020年「ケーブルカー」(『新建築住宅特集』2009)でWADA賞 2020 受賞/主な著書に『地方で建築を仕事にする』(共著、学芸出版社、2016 年)『卒業設計で考えたこと。そしていま3』(共著、彰国社、2019 年)『c-site.3:Other 他者』(共著、da大 in print、2021年)

藤野高志
住宅
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石山修武×家成俊勝「住宅は終わらない」/『新建築住宅特集』2019年1月号掲載誌面

「天神山のアトリエ」見上げ。/提供:藤野高志

「天神山のアトリエ」室内の木に止まるキジバト。/提供:藤野高志

fig. 3

fig. 1 (拡大)

fig. 2