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2022.04.28
Essay

決定ルール、あるいはそのオーバードライブ

青木淳(AS)

*本記事は『新建築』1999年7月号に掲載されたものです。

はっきりしていることがふたつあって、それについて書いてみようと思う。ひとつは、空間のどんな決定ルールも本当のところは、そこでの人間の活動内容からは根拠づけられるべきでないこと。つまり、どんな決定ルールもついには無根拠であることに耐えること。ふたつめは、そのことを誠実に受け入れるならば、より意識的に決定ルールに身を委ねて、それが導いてくれる未知の世界まで、とりあえずは辿り着いてみなくてはならないだろうということである。

カタチ? ナカミ?

バブルの時代が終わった瞬間、いろいろなことがひっくり返った。たとえばぼくたちの関心は、カタチからナカミにひっくり返った。ポストモダンの時代と一致していたその時代の間、すでに新しい内容は何も残っていない。だから価値はナカミから導かれるのではなく、ただ他と違うことによって生まれるのだ、といわれていた。だから、どんな人間の活動があるのかということに代表されるナカミの議論を欠落したまま、カタチだけが表象の記号として扱われ、差異のための差異が求められ、それがエスカレートしていって、とうとうそういう差異が飽和してしまうところまで行き着いてしまった。それがバブルの終焉である。すると、まるで急に酔いから醒めたように、一斉に皆の関心がカタチからナカミに戻ってきた。やっぱりカタチではなくてナカミだ、と。プログラムという言葉があれだけ流行ったのは、明らかにバブルの時代への反動である。
しかし、すでに何も新しいことは残っていない、というポストモダンを引き起こした状況自体は何も変わっていない。だから、ナカミ、つまり人間の活動内容を新たなものにし、それに応じてカタチをつくることで、面白い建築になる、とナイーブに信じることは、遅かれ早かれ失敗することになる。すでに何も新しいことは残っていないし、また何か新しいことが望まれているわけでもないのだから、それに、後で書くことになるだろうけれど、ナカミにしたがってカタチが決まるというのがそもそもよいことなのかどうか。だから、そのうちすぐにナカミを扱うのがしんどくなってくる。そうなると、もう一度関心がナカミからカタチに、簡単に大きく振れてしまう。
ただし、今度のカタチへの振れは、ポストモダンの時代のそれとはだいぶ様相が違ってきている。ポストモダンがカタチをナカミから解き放って、カタチの可能性に賭けた振れだったとすれば、今度のそれは、そもそも何か新しいことを期待してのカタチへの振れではない、もっと消極的な、ナカミから撤退したカタチへの振れである。そうなると、いい空間はやっぱりいいね、なんていうトートロジーの、ずいぶんな風潮が出てきかねない。
たしかに、建物がそこで生活する人を規定してしまい、息苦しくさせるのは避けたい事態である。だから、ナカミには触れないようにしたい、でも大切なことは、設計するということは望むと望まざるにかかわらず、人の生活を規定してしまうものだということだ、否応なくナカミに触れてしまっている。設計をする以上、これは選択の問題ではなくて、前提である。だから問われるべきなのは、いつの場合でも、ぼくたちがそこでどのような規定をしてしまっているかなのである。にもかかわらず、まるで規定していないかに思ったり見せることで安心してしまう。それでは逆にその規定を気づかなくさせてしまい、かえってその規定を強化してしまいかねない。これは、かなりヤバイことではないだろうか。ともかくこう振り返ってみると、ぼくたちは、カタチかそれともナカミかという、別のいい方をするなら、フォルマリズムかリアリズムかという選択肢の間をいつまでも右往左往しているだけで、何もそこから学んでいない、という気になってくる。これ以上、この右往左往を続けたところでどんどん泥沼に入っていくだけではないか、という気になってくる。では、どうすればよいか。

決定ルール

ぼくは設計ということが、何らかのカタチをもったひとつのものをつくるための、そこに至るまでの無数の判断と選択のひとつづきの手続きであって、それだけではカタチの問題でもナカミの問題でもないことに、もう少し注目すべきではないか、と思っている。カタチとかナカミのことを括弧にくくって、この手続きのあり方を正面に据えて問題にしたほうがよいのではないかと思っている。
設計にはいつだって、それに先だつ与件がある。与件というのは、ぼくたち設計者側からは基本的に変えられない条件のことである。設計の前提条件、まず、建てられる場所、つまり敷地という与件がある。それからその敷地の状況、それをとりまく周辺環境、その土地で継承されてきた伝統、土地の気象、予算、つくられる建物が目指すもの、その中の機能、必要面積、などなど、数えだしたらきりがない。
なかでも建物が果たすべき機能ということは、かなり大切な与件である。たいていの場合、設計依頼者の最大の関心はそこにある。こういう機能をもった空間がこのくらい必要で、それは他のこういう機能をもったこのくらいの空間と、こういう関係にある必要がある。機能とは、空間の単位とそれらの間の関係のことである。そして、そういうことにいちばんの関心が払われるのは、それがそこで行われるだろう人間の活動─つまりナカミ─に対応しているからだ。
ともかくこうして、ぼくたちの設計は、出発点から(もちろん終点でも)、この機能的与件というナカミと分かちがたい関係にある。多くの労力が、求められている空間の単位とそれらの間の関係を、いかにして物理的空間の構成に置き換えるか、という問題の解決に費やされる。そういう意味では、設計とはまったくナカミ次第であって、だから設計とはナカミの問題である、といってもよいのかもしれない。しかし、では実際にどうやって置き換えているか、ということをよくよく思い出してみれば、やはりそれはナカミの問題ではないといったほうが、ぼくは事実に近いと思うのである。
機能をひとつの物理的空間の構成に置き換えようとするとき、その方法はほとんど無限にある。その中からどれを選んだらよいのだろう。ぼくたち設計者の多くは、それを「好み」というような恣意的な選択でなく、何らかの確かな根拠をもった決定ルールにしたがって選択しようとする。人それぞれ「好み」は違う。だから皆が「好み」をもち出しはじめたら、収拾がつかなくなる。もし収拾するとすれば、それは誰かが他の人よりも何らかの理由で発言力が大きいからである。設計者のほうが発言力の大きい場合もある。設計依頼者のほうが発言力の大きい場合もある。でも、どちらにしても、これでは設計というより、何か政治のようなものであって、そんなひどくくだらないことは、誰だってやりたいとは思わない。だから、関係者で共有できる決定ルールを探す。論理的問題として、この点は納得がいく、という根拠を探す。そこから案を論理的に展開しましょう、というふうに考える。もちろん、そんな決定ルールは幻想であって、皆が共有できる根拠なんてものは存在し得ない。でも、これは方法論の問題として、たぶんそれでもこういう根拠(らしきもの)をもった決定ルールは、たとえ補助線としてだけでも必要なのだ。
こういう決定ルールは、必要諸室の一覧をどう眺めても、その中だけからは出てこない。それと同じ地平ではなく、そのもうひとつ上の地平を必要とする。その決定ルールを運用すると、求められる機能が自動的にすっぽり嵌まってくるような、そんな魔法のような決定ルールは、機能の問題よりも上の次元にしか発見できない。
そうしてたいていの場合、設計のかなりの時間はこういうルールを発見するために費やされる。こんな決定ルールだとどうなるか。あんな決定ルールだとどうなるか。仮の決定ルールを立てて、それを試運転し、出てくるカタチをチェックする。よいと思われる結果が出るまで、それが延々と繰り返される。
こうした決定ルールは、カタチそのものではない。それは、それを運転することで、構成を含むカタチを生み出すものであって、それはモノではなくて、目に見ることはできないアルゴリズムとかコンピュータのアプリケーション・プログラムのようなものである。またこうした決定ルールは、ナカミそのものでもない。たしかにそれは要求されている(あるいは提案する)ナカミを適切に満たす必要がある。というだけでなく、それが発見される過程では、ナカミが最大の手がかりになるだろう。だけど、それでも決定ルールが発見されるや、ナカミは本来的には、そこに解体されそこに吸収されてしまう。なぜなら決定ルールは形式にすぎないのだから。
こうしたところから決定ルールを相手にすることが、カタチかナカミか、といった堂々巡りを乗り越える契機になると、ぼくには思われるのである。

構成と表現の分離

だけど実際問題としては、決定ルールを、ナカミから完全に独立したものとして扱うことは、とっても難しいことだ。たとえば、ぼくたちが設計した「潟博物館」(『新建築』9710)fig.1の決定ルールは、動線空間だけでつくる、というかなり明確な、そしていま考えればそれを一度ナカミから切って運用することが可能な程度のちゃんとした形式性を備えたものだったように思うのだけれど、そもそもその当時のぼくは、いまここで書いていることをはっきりとは意識していなかった。たぶんぼくは、決定ルールがこうしてあるのもナカミが根拠になっているからで、つまりナカミのほうが、もしかしたら決定ルールと同じか、より上位のように見做していたはずなのだった。
そういうとき、どんなことが「潟博物館」に起こっていたのだろうか。決定ルールは、たしかに建物の基本的骨格となる構成を生み出していた。複数の螺旋による明快な構成。だけど、そこでの決定ルールによって決定できたのは、実はそこまでだった。表現の領域は、この決定ルールではほとんど決められなかった。もちろん、決定ルールから全体の構成というひとつのカタチが生み出されたわけだから、それ以上の表現を消す方向にすればよい。それはわかっていた。素材や色をニュートラルにしていけば破綻は免れる。それはわかっていた。
でも、とぼくの中の何かがつぶやいていた。それで本当によいのだろうか。どんな表現も、表現であることには変わりない。零度の表現というものはない。ならば、ニュートラルな表現というのはレトリックにすぎないではないか、そういうカムフラージュでは、むしろ問題の所在をわからなくさせてしまうのではないか。決められないなら、そのことをそのまま受け入れて、それを隠さず見せてしまったほうがよいのではないか。
そんな囁きがあったものだから、ぼくたちは決定ルールのことをいったん忘れて、表現は表現で自由に展開することにした。こうして螺旋を描いて登るギャラリーの天井は、鳥の羽毛のような白のチンチラになり、ガラス際の手摺は黒い小さな繊維を静電気を使って起毛させたビロードの仕上げになり、最上階のホールの天井は深い青のやはりチンチラになり、1階や3階の床は、特注の小さなオニギリ形のタイルを目地の色違いで張って光の乱反射を得ることになり、さまざまな仕上げが、自分でもよく消化できないまま、全体の構成の明確さに拮抗するまでに溢れて出てくることになった。
これが間違っていたというのではない。実際、ここにある構成と表現の分離というのは、もしポストモダンといわれた時代が、それまでより、ぼくたちによりよく気づかせてくれたことがあったとすれば、この分離の意識をぼくは真っ先に挙げたいと思っているし、いったんは衆目に曝されたこのどうしようもない分離が、それがバブルの終焉と共に、あたかも最初から存在していなかったかのように巧妙に覆い隠されてしまった感じがしていて、そういうことにぼくはなにか卑怯という言葉でしかいえないような苛立ちを感じていたのだから。
しかし、そうは頭で納得していても、やはりこの構成と表現の分離は、その後うまく処理できない問題として、ずっとぼくの気持ちの中に居座り続けてきた。だけど、いまぼくは、こういうことが問題になる大きな原因が、決定ルールが何らかのもの——たとえばナカミーに従属していると思ってしまったぼくの勘違いにあるのではないか、という気持ちに傾いている。どうしてそう傾いたかといえば、ひとつには、フランク・ゲーリィの「グッゲンハイム美術館ビルバオ」fig.2がある。

「グッゲンハイム美術館ビルバオ」はまだ実際に見ていない、写真で見ただけである。でも、そこから受けるものは、同じゲーリィの「ヴィトラ家具博物館」とか「ウォルト・ディズニー・サートホール」とかの傑作に比べても、圧倒的である。スケールの大きさ、ひとつひとつのかたちも十分に大きいのに、さらにそれが寄り集まってできる全体の異様な巨大さ。それらがすべて同じチタンの薄板で全体を覆われることによって生じるひとかたまりとしての巨大さの感覚。そして何よりも、それら全体に漂う絶対的な荒唐無稽さ。しかし、そこに漂う透明感。
ぼくは写真を見て、実は最初、これがまさか美術館だとは思えなかった。なぜなら、ぼくが知りまたそう教わってきた美術館——特に現代美術館——というのは、直角のコーナーをもった四角い平面の、プロポーションと光の状態だけでできた空間のことだったからだそうでなければ、美術の展示をディスターブする。だから、まず気になったのはインテリア、特に展示室である。企画展示室は細長い歪な空間である。上のほうには何本ものアーチ状の梁が跳躍し、上部の空間は下の展示空間と別の方向に捩じれ分岐していっている。壁から上は全部白く塗られている。
写真は展示中に撮られたのだろう、大きな作品がいくつも伸びやかに設営されている。そのとても自然な雰囲気。本当のところ、ぼくはこういう展示室が、美術関係の人からどんな評価を受けているのか、知っているわけではない。でも、(写真を見てという限定が残念ながらつくのだけど)このくらいの不均質さがあることでかえって、訪れる人が自分の気持ちに応じて、作品への集中の度合いが変えられるような自由が感じられて、ぼくには実に自然で適切な空間であるように感じられたのである。というより、なるほどこういう美術館のつくり方もあったのか、とびっくりさせられたのである。
こんなにかたちをいじっているのに、そこにつくり手からの押しつけがましさ、つくり手の意図が感じられない、なるべくしてなった空間、という感じ。つくり手の観念や意図が消えている。そうでなければ、訪れる人が自由を感じることはない。ただ暑苦しさを感じるだけだ。
でも、どうしてそうしたことが可能になったのだろう。ぼくは、それはこの美術館が、ライムストーンの台座にチタンの立体的な鱗を増殖させるとどうなるか、というたったひとつの決定ルールに基づいて、それを純粋に徹底的に展開していった結果生まれたからだと思う。なぜそんなルールを、と問われれば、案外オプセッションとして魚に魅入られているから、ということなのかもしれないけれど、仮にそうだとしても、そういう個人的な心の性向が、機械的で形式的なルールに置換されることで、パッと、つくり手が消えてしまっている、抽象的で厳密な、しかし過剰な手続きが適用されている、何らかの想念の無自覚な投影ではなく、またお気楽なカタチの遊びでもない。これはもっとも恣意という言葉から遠い建築の達成であり、それがぼくたちに完璧な透明の感覚を与えているのだ。

ここでのゲーリィは、それまで誰もできなかったような、未来に属するまったく新しい実験を行い、しかもそれに成功しているように見える。行われた実験は、ナカミかカタチかという二項対立を越えてしまうような次元での、純粋で自律的な決定ルールの、オーバードライブである。
決定ルールがもし根拠づけられるとすれば、それはナカミによることはすでに書いた。だから、それが自律するということは、そのナカミによってもやはり根拠づけられない、あるいはその無根拠さの宙吊り状態に耐える、ということを意味している。どうしてこの決定ルールを用いるのか、それを敢えて問わないというのは実にタフなことだ。理由があるほうがいつだって人は安心なのだから。
こういういい方をすると誤解を招くかもしれない。ぼくは、ナカミは無視してよい、といいたいのではない。たぶん、「グッゲンハイム美術館ビルバオ」は、そのナカミである美術館としての機能的な要請や、空間の質としての要請を、普通の美術館以上に、というより、その本質的な部分で完全に満たしているように思われる。だけど、そういう要請があったから、この決定ルール──ライムストーンの台座にチタンの立体的な鱗を増殖させるとどうなるか──を採用したというならば、それは設計のある過程については正しいいい方かもしれないけれど、全体のいちばん重要な部分についてのいい方としてはぜんぜん正確でない、むしろ、美術館側がこんな空間もあんな空間も欲しいといってきても、立体的な鱗の増殖というルールがあるからこそ、そのルールの中で対応できるのであり、だからゲーリィはここで、美術館というナカミをとてもうまく扱える、ある適切な決定ルールを前もって発見していた、というべきなのである。
そういう自律的な決定ルールが一度設定されると、それはナカミから離陸して自動運転に入る。つくり手の意図からも離陸する。そこでのつくり手は、まるで自動運転に身を委ねたドライバーである。ナカミから解き放たれた車は、加速しはじめ、その決定ルールが指し示すであろうある必然性をもって、ドライバーを未知の世界へと運ぶ。その結果、ぼくたちは、ある特定の表現の領域に足を踏み入れてしまうのである。つくり手自身もそのドライブの前まで知らなかったであろう領域に。
構成と表現はどうしたって分離している。しかしそのとき、自律した決定ルールは、こうしてその両者を串刺しにする。そのことをぼくはこの建物から教わり、勇気づけられたのである。

自律する決定ルール

しかし、決定ルールが自律しているということは、正確にいえば、まず自律した決定ルールがあって、それが自律的に運用される、というような順番で理解されるべきことではない、むしろそれは、ちょうどゲームがそうであるように、ものごとがあるルールにのみしたがって決まっていっていて、そのルールがなぜそうなっているのか気にならないくらいなまでに、その厳密な運用自体に集中できているということであるつまり、ナカミから独立しているか、あるいはそうでないのか、それがどうでもよくなるほどに、純粋に形式的なルールの適用が、そこで行われているということである。
こういういい方は抽象的すぎるかもしれない。もっと具体的にいわなくてはいけない。たとえば、土木構造物や機械、橋や道路や鉄塔やクレーンや工作機械。こういうものの設計では、達成されるべきことが、客観的に比較され判定され得る数値的目標として与えられている。カタチは、その目標を達成するための、数学的・力学的・経済的ルールにしたがった演算によって、その最適解として決定される。こういう場合、なぜそういうルールにしたがわなければならないのかと、疑問を感じる人はまずいない、当然のように、そのルールにしたがって、その中で設計をしている。なぜだかわからないけれど、そのルールにしたがっている。こういうふうなときが、つまり、決定ルールが自律しているときなのである。
土木構造物の設計で、決定ルールが自律的であるのは、つくられるべきものの目標が明確であるからだ。だから数値化できる。そして数値化できれば、それを抽象的に扱うルールは、皆が納得がいってすぐに採用できるものとして、すでに存在している。建築ではこうはいかない、人間という項が介在するからだ。人間は不変のものではない。人によって違うし、時間と共に変化する。基本的に、はかなく不定形の対象だ。だから、目標を不変のものとして客観化し、抽象的に議論を進めることは、最初から本来的にできない。だから、この決定のルールでうまく目標をとらえられるかどうか(実はできないわけだけど)、ぼくたちはいつも確信がもてない。それで、カタチを決めていく途中途中で、ついついそれが人間──ナカミを遡っていけば人間に辿り着く──に対応しているか、ぼくたちの心に参照してみようとする。その決定のルールに、本当に人間の心が回収されているのかどうか、いつの段階でも気になって仕方がない。
その結果、たいていの建築では、決定ルールが中途半端な適用になる。ある程度は形式的で機械的だけど、またある程度は、人の心の反応を想定した経験的なものになる。こんなふうにすると人はこんな感覚をもつだろう、こんな感覚をもたせたいからここはこうしよう、そんな意識が混入する。確かに人間は、歴史的にでき上がってきているそうした意味の網目の世界に住んでいる。だけど、こういう作業が当然のように行われることによって、建築は人間の心をきっと不自由にする。
実際に、ぼくがある種の建築に感じるのは、それゆえのあざとさであり、お仕着せがましさだ。ベタベタして、暑苦しく、重い。ディズニーランドに行ってみればよい。そこでのモノはどれも人の心を操作する道具として使われているにすぎない、意味がただただ再生産されている。これは、徹底的に暑苦しく、同時にひどく貧しい世界だ。土木構造物はその正反対のところにある。軽い。土木構造物は、こう見えてほしい、こう感じてほしい、とぼくたちの心に近寄ってこない。それらは、ぼくたちの心を完全に突き放している。だから、少なくともぼくは、落ち着く、土木構造物は、人間の感覚とは異なる次元での抽象的な決定ルールでつくられ、それゆえにいつまでも最後のところでは謎である。見ていて飽きない。ディズニーランドよりよほど楽しく、美しい。
そもそも、人間は抽象的な論理に回収され得ない。それなのに、まるで回収されたような見せかけをする。その行き着く先が、たぶんディズニーランドである。そしてその一方で、それが回収され得ないことをそのまま受け入れる立場がある。だからこそ敢えて徹底的に抽象的で形式的なルールでモノをつくろうとする。そうすることで、それが人間にようやく釣り合うようになるかもしれない、というふうに思いながら、人間がはかなく不定形であればあるほど、「倫理的」な意味合いにおいて、逆に決定ルールは非人間的といってもよいほどの完全さを備えている必要があるのではないか。たぶんこれは古典主義の美意識である。そしてどういうわけか、その気分をぼくは共有している。

決定ルールのオーバードライブ

自律的な決定ルール。それを離陸させて、その自動運転に身を委ねることだからぼくは、それをひとつの方法論として、という以上に今ある種の倫理性をもって受け入れつつある。そしてたぶん、「潟博物館」で生じてしまっている構成と表現の分離が、決定ルールをナカミからもっとはっきりと独立した自律的なものとして、それをオーバードライブさせることで、ある程度、納得のいくものになってきているような気がしている。
たとえば、「雪のまちみらい館」(『新建築』9904)fig.3では、その平面形をどうやって決めてよいものか、ずいぶんと迷ったあげく、結局のところその根拠づけを放棄してしまった。こんなことははじめてのことだ、隣に建つ実に特徴的な既存役場のカタチと調停のつくカタチは思いつかなかったし、求められていたいくつかの空間は、その大きさと他の空間との隣接関係しか決まっていなかったし、その関係でさえ絶対的なものとは信じられなかったし、雪冷房というところからは平面形は決めることはできなかったし、そうしてぼくたちはとうとう根拠がないことを根拠とする決定ルールを採用しようとしていた。
シャーレの中の、黴のコロニーがヒントになった。シャーレのどこかに、空気中の黴の菌糸が落ちてくる。たまたまの場所に、それが増殖する。円く拡がりはじめ、他のところから拡がってきたコロニーと融合する。また他の種類の鉱とぶつかって増殖が止まる。そのうちもっと強い菌糸が落ちてきて、内側から円く喰い破られる。
こういう決定のルールには、どうしてこういうカタチになったかという根拠がない。あるのは、ある要素とある要素が出会ったときに引き起こされる次の反応ルールだけだ。そういう隣接性のルールだけがある、コンピュータ上のモデリングでいえば、ちょうどメタボールのルールだ。
「雪のまちみらい館」の平面形は、こういうメタボールのルールが参照され決められた。そうすると、フワフワとした雪だるまのようなカタチが出てくる。それで、スロープの滑り止めに雪だるま形のノンスリップを使ったり、照明を円環の蛍光燈にした。表現を、フワフワと膜に囲まれたようにした。

でも、やはり本当のことをいえば、それでも構成と表現は分離している。これは、ただそれらの間に、決定ルールという見えない糸で縫合された、ということにすぎないのかもしれない。完全な解決とはいえない。
しかしそう考えながらも、ぼくはいま、もしかしたら構成と表現の分離という問題自体、そんなことは最初からぜんぜん重要なことではなかったのかもしれない、というふうに思い出している。むしろ、この問題によって導かれてきたもうひとつの問題、つまり、どのようにして人間と釣り合うことができる建物をつくることができるか、という問題のほうがはるかに大きな問題としてすぐそこにあることに、たぶんぼくは気づきはじめているのだろうと思う。
そして、ぼくはいま、そのためのいくつかの仮説を考える。決定ルールを完全にナカミから自律させるべきではないだろうかそれが無根拠であることを前提として受け入れるべきではないだろうかその徹底的に形式的な運用の過剰、そのオーバードライブに身を委ねてみるべきではないだろうか。そして、それこそが設計に際して、ぼくたちにできるもっとも倫理的な行いなのではないだろうか。
仮説は実行に移されなければならないだろう。

(初出:『新建築』9907)

青木淳

1956年神奈川県生まれ/ 1982年東京大学大学院修士課程修了/ 1991年青木淳建築計画事務所設立(2020年ASに改組)/ 2020年品川雅俊をパートナーに迎えASに改組/ 1997年「S」(『新建築住宅特集』1312)で第13回吉岡賞受賞/ 1999年「潟博物館」(『新建築』9710)で日本建築学会作品賞受賞/ 2004年「ルイ・ヴィトン表参道ビル」(『新建築』0210)でBCS賞(建築業協会賞)受賞/主な著書に『青木淳ノートブック』(平凡社、2013年)『Jun Aoki COMPLETE WORKS 3:2005-2014』(LIXIL出版、2016年)『フラジャイル・コンセプト』(NTT出版、2018年)

青木淳
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潟博物館。/撮影:新建築社写真部

「グッゲンハイム美術館ビルバオ」、設計:フランク:ゲーリィ。/撮影:Hisao Suzuki

雪のまちみらい館。/撮影:新建築社写真部

fig. 3

fig. 1 (拡大)

fig. 2