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2022.04.28
Essay

正解のない世界への処方箋

思考を紡ぐ──建築家10人が選ぶ論考 #4

羽鳥達也(日建設計)

「思考を紡ぐ──建築家10人が選ぶ論考」の第4回は羽鳥達也さんに、青木淳「決定ルール、あるいはそのオーバードライブ」を紹介いただきました。論文は新建築.ONLINEで同時に公開されています。(新建築.ONLINE編集部)

設計事務所に勤める傍ら、教育に関わらせていただいている者として、建築を学ぶことを選んだ学生や若い設計者のみなさんには、青木淳さんの論文「決定ルール、あるいはそのオーバードライブ」(『新建築』9907)をぜひ読んでほしい。

論文の掲載当時は、バブルの崩壊に伴う不景気に加え、阪神・淡路大震災(1995年)の影響などもあり、ポストモダン時代の感覚や言説が説得力を失った時代で、何を拠り所に設計を決めていくべきなのか、みんなが模索していた。日建設計に入社したてで、右も左も分からず日々苦悩していた私に、設計とは一体どういう行いなのか、私は人の生活の何を規定することに関与しているのか、私の判断は人間に対して「倫理的」なのかなど、この論文がいろいろな疑問に目を開かせてくれた。人間観や設計に対する心構えという建築家としての基盤すら、この論文から教わったと思っている。

高校までの学習には正解があり、その答えを導くためのプロセスは予め用意されていて、すでに誰かが分かっていることを理解する作業だったと思う。歴史の中で編み出され、用意された数式や文法といった道具を使えるようになることや、手本とされるものを上手に模倣できるようになることが主な目的だったはずだ。
みなさんが向き合う設計やデザインの世界は、誰も正解を持たない世界である。これから必要とされる道具、あるいは新しい手本を自らつくり出すことが求められる。「設計ということが、何らかのカタチをもったひとつのものをつくるための、そこに至るまでの無数の判断と選択のひとつづきの手続き…」と青木さんが述べるように、設計やデザインは決断の連続であり、それぞれの判断が何を規定し、どんな結果をもたらすのか、長い時間をかけて自省的に問い続ける行為である。そしてこれは想像以上の苦悩や葛藤を伴う。いずれみなさんもこうした段階に達すると思う。その時、この論文を読むと、何らかの助けになるだろう。

論考の後半では、人の心と決定ルールの関係が語られ、人は自分の想定通りに反応しないし、不変ではなく、はかなく不定形であるという青木さんの人間観が提示されている。人の反応や感覚を想定した経験的、慣例的な決定が「当然のように行われることによって、建築は人間の心をきっと不自由にする」とあるように、思慮の浅い決定が、人の存在を矮小化する「お仕着せがましい」建築をつくることに繋がること、人にすり寄らない建築のあり方は人の心の自由さに繋がっていることなど、当時の私が設計という行為に対して抱いていた、判然としない疑問を見事に言い当てていた。
また、訪れる人が自由を感じる好例としてフランク・ゲーリィ設計の「グッゲンハイム美術館ビルバオ」(1997年)が挙げられ、つくり手の意図が消えてしまうような、自律した決定ルールのあり方がひとつの理想として語られている。つまり、「ルールがなぜそうなっているか気にならない」という状態にまで自律した状態だ。
これを読み、私は歴史学者のヨハン・ホイジンガ(1872〜1945年)が提唱した、あらゆる文化の基底となる「遊び」ホイジンガは、人間は遊びを求める「ホモ・ルーデンス(=遊ぶ人)」であるとした。遊びとは、遊び以外の何かに貢献することはなく、それ自体で完結し、自らの世界の中で、物質的な利益とは無関係に秩序正しく行われるもので、あらゆる文化の基底には遊びがあり、遊びこそが人間の本質であると説いた。や心理学者のミハイ・チクセントミハイ(1934〜2021年)が提唱した「フロー」チクセントミハイが提唱した「フロー」とは、取り組んでいる行為に対し、自己の感覚を失うほど高度に集中・没入する状態のこと。の概念を思い出した。感じることのないルールという存在を見出した青木さんの指摘は、無意識に浸透した遊びを見出したホイジンガの分析と同じである。同時に、青木さん自身が「フロー」に没入した状態で建築を思考しているようにも思えた。そこから、設計は高度な「遊び」なのだ、文化の基底となる「遊び」でなければならないのだと解釈した。そして、青木さんのようなレベルで建築や設計を楽しめるようになりたいとも思った。
「人の心を不自由にしないための建築」のあり方に対する模索や思考の移ろいが赤裸々に綴られており、そうした青木さんの葛藤や誠実さ、倫理観に、私は何度も助けられた。

設計とはどういう行為なのか、この論考を読んで考えてほしい。長い時間をかけて。

羽鳥達也

1973年群馬県生まれ/1998年武蔵工業大学(現東京都市大学)大学院工学研究科修了後、日建設計入社/現在、同社設計部門ダイレクター

羽鳥達也
教育
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「決定ルール、あるいはそのオーバードライブ」/『新建築』9907掲載誌面

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