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2022.04.25
Essay

建築家の自由

宇野友明(宇野友明建築事務所)

*本記事は『新建築住宅特集』2021年7月号に掲載されたものです。

ある現場でのこと

最近作に「高峯の家」(2021年竣工、『新建築住宅特集』2201)がある。この玄関扉、実は着工時はまったく違う仕様の扉だったfig.1。この住宅の特長は建物の一部を石積み(美濃石を使った野面積み)で覆っていることであるfig.2。設計当初からこの石積みの迫力や存在感は十分に意識をして設計を進めていたが、実際に石が積み上がっていくに連れてその凄まじいクオリア(質量感)は私の想像を遥かに超えていた。当初想定していた銅製のサッシは部材のヴォリュームや素材感など何ひとつ石積みに対峙できるものではなかった。すでに何十時間も考えた末のディティールではあったが、すぐにそれらを諦めてはじめから設計をし直した。結局、CAD化する暇もなくスケッチブックに描いたディティールを職人にLINEで送った。それがこの手描きのディティールであるfig.3。写真とスケッチが少し違うのは、翌日に片開きから両開きに変更したからである。このように私にとって素材が醸し出すクオリアは、良質な空気感を生み出す重要な関心事である。結果的にこの時のこの決断によってこの建築は劇的に変化した。これは私にとって特別なことではなく、最近では日常的に発生するもっとも面白い仕事になっている。

私をつくったもの

父は左官業を営んでいた。子供の頃、私が接する大人の大半は職人だった。彼らは1日の仕事の成果でしか評価されない。経験という身体から発せられる彼らの言葉にわれわれが時どき気後れしてしまうのは、われわれの言葉が知識という借りものであるからだ。私は体験の中から生まれる強い言葉をもたなければ強い建築は生まれないことを彼らから学んだ。学生や若い同業者に「本を読め」と助言する先輩諸氏がいるが私は違う。「知識は現場で学んだことを補完する程度でよい」と助言したい。
母は生まれつき身体が弱かった。記憶にある母はいつも青白い顔をして寝ていた。外目には無邪気な子供ではあったが、内心はいつも母の死に怯えていた。否応なく母の死に向き合わざるを得なかったことは、今の仕事に少なからず影響している。私が「普遍性」にこだわるのはそんな母がいたからである。

建築は素材を寸法で描く詩である

英語で詩を書くことはネイティブでなければ難しい。それは言葉のクオリアを掴んでいないからである。建築にも同じことがいえる。素材とその寸法から生じるクオリアをイメージできていなければ、良質な空気感や存在感は生まれない。時どき漆喰の代わりに白いペンキが塗られているものもある。このような素材のクオリアを無視して乱暴に使われているのを見るとがっかりする。コンピュータの画面や雑誌の誌面に映っているものは情報であって建築ではない。建築の真実は実物とその未来にあることを忘れてはいけない。ポストモダン以降の建築に私の求めるものはほとんどない。それらの大半はアトラクションとしては優れているが、クオリアを軽視したポンコツばかりである。かたや数百年残る建築は簡素で質実剛健でありクオリアに満ち溢れている。決してノスタルジーでいっているのではない。私は伝統にモダンの楔を打ち込みたいのである。だからプランで遊ぶことはないし、それで機能を犠牲にすることもない。スケッチブックはディティールで埋まる。シンプルな平面、精緻で合理的なディテール、そして、素材。そこから私の建築は始まる。

設計のこと

独立して31年が経った。その年に母が亡くなり、翌年父がこの世を去った。それから2年間引きこもり、結局、10年間はほとんど仕事もなく厳しい生活だった。稀に設計の仕事が舞い込むと、安藤忠雄やルイス・カーンのディティールを完璧にコピーする勢いで設計した。才能のない私にはそれ以外に方法がなかった。しかし、やむにやまれず始めたコピーが後に私を建築家として成長させることとなった。コピーをしていると寸法や素材の選択にしっくりこないことが出てくる。そのことで自分の好みや個性に気づくのである。それは未完成のパズルを埋めていくような作業であった。それが完成に近づいたのは、建設業の許可を取り本格的に施工をし出した40代半ばとリンクする。その頃からクライアントとの打合せは予算と機能の確認に集中した。設計はプランとディティールを同時並行に進めていく。模型やCGもつくらない。それらはわれわれ設計者にとっては大変危険な道具である。古の大工や棟梁たちは寸法やバランス感覚が優れている。彼らの感覚は知識ではなく身体感覚である。私たちはカーナビゲーションを使うようになって頭の中に地図が描けなくなったことに気づいた人は少なくないだろう。同じように模型やCGに頼りすぎるとリアルな空間や素材感をイメージできなくなる。われわれは素材を無視した縮小された空間やモニターの中にある建築を視る習慣をやめるべきだ。
施工をするようになって特に気を付けるようになったのがメンテナンスのことである。下手な設計や施工をするとたちまち自分に降りかかってくる。クライアントに不快な思いをさせるばかりでなく、経営難に直結する。そのためにシンプルなディティールと簡素で丁寧な施工が必要である。その意味で以前に増して自然素材を使うことが多くなった。基本的に自然素材には何も塗らない。自然にエイジングして風化する。腐るものは腐る。それが何千年も続いた日本の文化である。もちろんメンテナンスが容易にできることは大前提である。

施工のこと

独立した当時、すでに工務店に対する期待はなかった。工務店の意思が反映されてしまうことにもどかしさを感じていた。やむなく彼らとクライアントとの利益調整役に回されることが多く、建築家としての「自由」がほとんど許されなかった。独立後、稀に来る仕事で分離発注や施主直営などいろいろ試してみたが、どれも責任の所在がはっきりせずにクライアントの信頼は得られなかった。結局、私は「自由」を得るために「責任」を負うことを覚悟し、独立して15年目の年に建設業の許可を取得した。ところが、この「責任」が私を大きく成長させた。何よりも正確な見積もりを出す必要があった。それは結果的に建築をより深く知ることに繋がった。それによって設計の能力も上がりクライアントからの信頼は増し、より「自由」を与えられるようになった。また、当初は机の上で考えたものを可能な限り忠実に現場で再現することに力を注いでいたが、最近は現場で感じたことを優先するようになった。機能が変わらなければクライアントに了解を得ずに進めてしまうことも多い。このように常に最善を遂行できるのも施工をしているからである。
施工をしていて特に難しいと思うことは、モチベーションやチームワークを維持し続けることである。そのために建築に関わるすべての人が「よい建築をつくりたい」と集まった同志であるという意識をもつことが重要である。そのために人間関係に上下をつくらないように心がけている。それは幼い頃、現場で建築家が偉そうなもの言いで「やり直し」と言って現場を去っていくのをよく目にした。その光景は幼かった私の心に怒りにも似た感情を残した。この経験が今の私の行動にも少なからず影響している。また、よい職人ほど耳ざわりのよい言葉は通用しない。彼らの心に響くのは強い建築愛だけだ。「約束を守る」、「やり直しをさせない」。すべて行動で示さなければならない。これはシンプルだけれど難しいことである。

偶有性とオリジナリティ

われわれは今後一層、唯一無二のものをつくる能力が求められる。設計図さえ描けば、誰でもどこでも同じものをつくることができることが当たり前だと思ってはいけない。そこで「偶有性」がそのヒントになる。それは機能を維持しながら偶発的な出来事を仕掛け受け入れていくことである。たとえば「高峯の家」の床fig.4である。通常であれば床にコンクリートを打設した後に左官が金ごてで押さえるが、この床は全面に型枠を伏せる。その上に土嚢袋を乗せて数日後に脱型する。いつも期待と違った床ができる。この時は空気が入り過ぎて凸凹が激しかった。これを受け入れるのに数日悶々とした日々が続いた。それを引きずったまま、とりあえずあらかじめ予定していたキッチンの床の凹の部分にモルタルを埋めた。これがまた予想以上によい感じになった。その後、紆余曲折したが結果的にすべてキッチンと同じ仕上げにした。このように現場で起こる予期せぬ出来事はいつもしばらくは受け入れ難い。それは常に初めての体験だからである。しかし、時間が経つとイメージ通りにできたものよりもよくなるものが多い。また、職人の仕事も「偶有性」である。彼らも感情をもつ人間であり、体調がよい日もあれば悪い日もある。ましてや職人が違えばできるものも違う。私は彼らが最高のパフォーマンスができるような環境づくりに専念する。私にもしオリジナリティがあるとすれば、私が何かを考えたというよりも何か偶然が生まれる状況をつくり、それに手を入れることで機能させる一連の行為である。どんなに新しく斬新に見えるものでも机上で考えてリメイクしたものは、時間が経てば色褪せてしまう。人間の意識が生み出すものにオリジナリティはない。

最高の幸福は「自由」

冒頭に紹介した現場での突然の方向転換を可能にしているのも、工事を請け負っているからである。当初は不完全燃焼を避けるために始めたことではあったが、最近はその意味が少し変わってきた。常に現場ではスケッチブックをもち歩きデッサンをするように思いつくままにディティールを描く。ギリギリまで温めて手描きのまま職人に渡す。予定調和で完全燃焼するというよりも現場で感じたことを新鮮なうちにかたちにするようになった。もうひとつはセレンディピティ(幸運なアクシデント)を引き寄せるためである。現場で起こる予期せぬ出来事こそが一期一会の出会いの瞬間でもある。それを建築にする。そのスリルと緊張感は何ものにも代え難い。それをセレンディピティにするのが請負いであり、そうならなかった時のためのクライアントへの保証である。
私にとって最高の幸福は「自由」である。それを得るために請負は避けて通ることができなかった。しかし、請負ったからといって「自由」になれたわけではなかった。結局、「責任」と「信頼」という両輪がなければ、請負という車はまったく「自由」には走れなかったのである。

(初出:『新建築住宅特集』2107 特集論考2)

宇野友明

1960年愛知県生まれ/ 1983年神奈川大学工学部建築学科卒業/ 1983~90年長谷部建築設計事務所/ 1990年宇野友明建築事務所設立/「翠松園の家」で2000年あいちまちなみ建築賞受賞、2001年中部建築賞入賞/ 2002年「岡崎の家」で第3回「大地に還る住宅」優秀賞受賞/主な著書に『Visible Invisible』(風出版、2010年)『見たことのない普通のたてものを求めて』(幻冬舎、2019年)

宇野友明
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玄関扉の近景。/提供:宇野友明建築事務所

外観。石積みは美濃石の野面積み。/提供:宇野友明建築事務所

玄関扉変更後のスケッチ。/提供:宇野友明建築事務所

コンクリート床の近景。/提供:宇野友明建築事務所

fig. 4

fig. 1 (拡大)

fig. 2