ETHz CAAD 哲学の授業
本コラムではこれまで、プログラミングとファブリケーションの授業について触れた。最終回は、モデュール1、3、6で実施される哲学の授業を紹介したい。
各モジュールで哲学書の読書課題が与えられ、講義を聞いた後、自分が興味のあるトピックに関してプレゼンをし、クラスメイトとディスカッションする。モデュールの最終成果物として、理解した内容を動画にまとめて発表した。たとえば、モデュール1の授業はフランスの哲学者ジル・ドゥルーズと精神科医フェリックス・ガタリの共著『千のプラトー(A Thousand Plateaus)』の「リゾーム」と、ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェの『道徳の系譜(The Genealogy of Morals)』が課題図書として与えられた。筆者は「Creation through Abstraction」というテーマを設定し、白川静著『漢字―生い立ちとその背景』を課題図書と並行して読むことで、西洋、東洋に関わらない普遍的な創造と抽象化についてまとめた。fig.1哲学の講師は、単語をカウントしたり、キーワードの前後の単語をチェックしながら哲学書を読む手法を紹介してくれた。当時はプログラミングを習得したかったので、前後の単語や、単語同士の関係性を理解するために、初めてテキストマイニング(文字列を対象としたデータマイニング)に挑戦した。哲学書は非常に難解だったが、本が主張している事柄を単語が出てくる回数や関連用語の関係性から分析し、各章を自分なりに解釈する方法を学んだ。
印象的だった議論は、「人類は抽象化を繰り返すことで創造という文化的な行為を行っている」という話だった。数学の概念も、すべて抽象化をしていくことでより高度な概念をつくり上げていく。抽象度の低いものは淘汰され、象形文字が世界から姿を消しつつあるなか漢字が現在も使われている理由は、象形文字として単純に分類できない、高度な抽象化が含まれていたからだという考えを発表した。fig.2fig.3
開発におけるプログラミング言語の発展の歴史は、抽象度を繰り返し高めることでフレームワークがつくられ、数学などで一般的に通じる法則を公式として利用できるようにすることと同様に知識のカプセル化による更なる抽象化が行われることで形成されてきた。抽象度を高めることで、高度な技術を一般のユーザーを含めた皆で使うことや、民主化することに対して歩みを止めていない。当時まだ新しい概念であったコンピュテーショナルデザインないしデジタルファブリケーションの流れをこの文脈の中で理解したことで、日本では主流ではなかったデジタルデザインに対し、確信を持って取り組むことができた。
海外留学で得られる経験というのは、自分を俯瞰して見る機会、マイノリティーとして異文化に触れ合う機会だと思う。そのなかでテーマをもって、思考の深度を深く集中して研究に取り組み、新しい吸収をすることは、大変価値がある経験だった。2020年現在、学生のかたは海外留学で現地へ行くことは難しい状況かもしれない。しかし、大学でオンラインの授業も開講され、ある意味では敷居が低くなっているともいえる。国際色豊かで、志高い学友を得ることができるのは、何よりも貴重な経験で財産だ。ぜひとも、失敗することを恐れずに挑戦し、より良い環境に身を置くことで新しい刺激を受けてほしい。ネットで第三者のさまざまな情報が得られる時代だからこそ、自分自身のリアルの経験として蓄積してほしいと願う。