筆者は長年、都市の歩行者空間化に取り組んできた。バルセロナ都市生態学庁に就職した時に初めて与えられた仕事が、ICTを用いた交通計画と、グラシア地区の歩行者空間計画だったからだ。この計画はバルセロナが長年温めていたスーパー・ブロック・プロジェクト(市内全域に歩行者空間化を適応する計画)のパイロット・プロジェクトという位置付けだった。fig.1
住民との話し合いを進めるうちに、小売店の従事者に歩行者空間化へ反対する人が多いという傾向がわかった。車両の通行が禁止になると売り上げが落ちると思っている人が多くいた。しかし、歩行者空間化と小売店の売り上げの関係性を科学的に実証した学術論文は、ほとんど存在しない。小売店の売り上げを都市全体で複数年に渡ってデータとして取得するのは非常に難しく、仮にそれらのデータが得られたとしても、分析手法でつまづくことが多いからである。
また、歩行者空間になったエリアを選び、その前後でポイントカードやクレジットカード情報などから小売店の売り上げを比較するだけでは、売り上げの変化が歩行者空間化による影響なのか、他の要因によるものなのかが判別できないという難問も立ちはだかっている。筆者のチームはこれらの問題に、「Open Street Map(OSM)」からのメタデータ検索とクレジットカード情報からの小売店の売り上げ情報の推定、そして「差分の差分」の適用という混合手法を提案した。fig.2
ある特殊なコードを書くことによって、OSMのメタデータのなかにある土地利用の変更を、経年データとして取得することが可能になる。その情報から「どの街路がいつ歩行者専用道路に変更されたのか」を定量分析できるようになる。一方で、小売店の売り上げは大手銀行の協力のもと、個人情報などに注意しながら200mグリッド以上の大きさで集計することによって小売店が特定できないかたちで推定を進めた。fig.3
こうして売り上げデータと土地利用データは用意できたが、それでも土地利用変更の前後における歩行者空間化の影響だけを切り離して定量分析することは難しい。そこで登場するのが「差分の差分」という考え方だ。fig.4
いくつかの指標を設定することにより、都市内の「環境A」と非常に似た「環境B」、「環境C」、「環境D」を自動抽出するアルゴリズムを開発した。そのように取り出した環境のなかで、歩行者空間になったグループと歩行者空間になっていないグループを区別してみる。それら2つのグループは「歩行者空間化された」ということ以外は全て同じ環境要素で構成されているため、もしグループ間で小売店の売り上げに違いが出てきた場合、それは歩行者空間化の影響であると特定できる。fig.5
これまで都市計画やまちづくりは「ふわっとした何か」にもとづいて行われることが多かった。たとえばそれは「歩行者空間にしたいのはなぜですか?」という疑問に対して、「歩行者空間のほうがよいと思うから」という答えが返ってくるといった具合に。しかし、多様な考え方をする人びとが集まって社会を構成している都市では、そのような主観に基づく判断材料だけでは、市民への説明責任を果たすことが難しい時代に突入している。また、歩行者空間化というのはどこでもかんでもやればよいというものでもない。やった方がよい場所、やらない方がよい場所など千差万別だ。今までならそのような場所の選択は、「経験から導き出された知識」として処理されてきた。
われわれの新規性は、その部分にデータをもち込み、都市の構造分析と絡めながら定量化したところにある。このような「データを用いたまちづくり」の試みは、公共空間や歩行者空間がますます重要になってくるポストCOVID-19の社会において、中心的な役割を果たしていくものと考えている。
関連情報
Yoshimura, Y., Kumakoshi, Y., Fan, Y., Milardo, S., Koizumi, H., Murillo, J., Santi, P., Zhang, S., Ratti, C (2020) The economic impact by the pedestrianization (in preparation)
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撮影:筆者