本コラムの第8回から、筆者らの研究チームの具体的なプロジェクト紹介を通じて、ビッグデータを用いた都市計画・まちづくりの可能性を紹介してきた。ここまで都市の話ばかりだったので、今回は建築の話をしたい。
現行の建築デザインの分類は、建築批評家や歴史家が「人間の目」による観察に基づいて行われる。一方で、建築家がデザインした作品を「機械の目」に分類させたら、どうなるだろうか?われわれ人間が捉えることのできなかった特徴を抽出してくるかもしれない。そしてそれは、われわれの認識になにかしらの「気づき」を与えてくれるかもしれない。それが人工知能(AI)による建築作品のデザイン分類のプロジェクト「Deep Learning Architect」を始めたきっかけだ。fig.1
まず、分析対象とする建築家を何人かピックアップし、彼らの作品の画像をさまざまな媒体から集めてきた。それらの画像にもとづいて各々の建築家に特化した分類モデルをつくった結果、ランダムに写真を投げ込むと約76%の確率で分類可能になった。そのモデルを主成分分析してマッピングした結果、いくつかのクラスターが見えてきた。たえばそれは、ノーマン・フォスター(Norman Foster)、リチャード・ロジャース(Richard Rogers)、レンゾ・ピアノ(Renzo Piano)といった「ハイテク系」と呼ばれる建築家のクラスターであったり、フランク・ロイド・ライト(Frank Lioyd Wright)とアメリカの標準的な住宅群が同じクラスタに分類されるという具合だ。fig.2
この研究で示されたこと、それは画像という視覚情報に特化したデータでいえば、判別モデルは構築可能という事実だ。人間の目と機械の目の分類が非常に近しいものになるということが確認できた。では、人間の目でも共感できる類似性を機械がカテゴライズしているとすれば、どこを見ているのか。第2段階となる次のステップは、機械は各建築家のどこに注目して判別しているのかという特徴量(対象の特徴が数値化されたもの)の抽出である。fig.3
人間が網膜を通して知覚しているこの世界は、目というセンサーが捉えた情報にすぎず、必ずしもそれは世界の真の姿を捉えたものではないらしい。われわれの目は、光の波長ではなく、それぞれの物体が発散する光の分布を知覚することによって色を判別しているため、4種類の錐状体(光に反応するニューロン)をもつ鳥や爬虫類は、3種類の錐状体しかもっていない人間には同じに見える色を区別できるそうだ。
つまり人間の目というのは、物体や肌などの表面の色を知覚できるように進化してきたのであり、この世界を客観的に知覚できるように進化してこなかった。鳥類や爬虫類に見えている世界はわれわれが見ているこの世界とは違うことを考慮すると、人間の目に見える風景や建築の特徴と、機械の目が見ているそれが異なるという可能性は依然として残るのだ。
このような事実の前提に立つと、ではいったい、画像の連続体験である空間体験とはなんなのか、という疑問が湧いてくる。それは脳がつくり出した幻想なのか、はたまた感覚が導き出したフィクションなのだろうか。こうした問いを立てることによってこそ、建築はAIとともにある道を歩み始めることができるのだと思う。
関連情報
『Deep Learning Architect: Classification for Architectural Design Through the Eye of Artificial Intelligence』
Yoshimura Y., Cai B., Wang Z., Ratti C. (2019) Deep Learning Architect: Classification for Architectural Design Through the Eye of Artificial Intelligence. In: Geertman S., Zhan Q., Allan A., Pettit C. (eds) Computational Urban Planning and Management for Smart Cities. CUPUM 2019. Lecture Notes in Geoinformation and Cartography. Springer, Cham
「建築討論」記事
吉村有司、「ビックデータは都市理論を変えるか?」をめぐって:「2018 07特集:AIと都市−人工知能は都市をどう変えるのか?」