あなたがもしカフェを開くとしたら、まちのどこにオープンするだろうか?多くの読者は「まちの中心がよい」と答えるかもしれない。マーケティングの専門家や経済学者に聞いてもほぼ同じ答えが返ってくるだろう。なぜならまちの中心には、人が集まり、モノが集まり、文化が集積するため、売り上げが「伸びるはず」だからだ。しかし驚くべきことに、このような仮説は今まで定量データを用いて検証されたことはほとんどなかった。「まちの中心とはどこを指すのか?」という問題や、まちに散在する小売店の売り上げをデータとして把握することがきわめて困難だったからだ。筆者らのチームはこの課題に「ネットワーク分析」と「クレジットカード情報」というかたちで答えた。fig.1
まちを構成する街路をネットワークとみなすことによって、その道の繋がり方に注目しながら分析すると、まちの構造的な中心性が見えてくる。たとえば2つの駅間を結ぶ通りといった「すべての起点と終点のペアを考えた時に、最も頻繁に通過しなければならない街路」や、大通りなどの「まちに存在するすべての街路に最も近い街路」などだ。専門用語で前者は「媒介中心性指標(Betweenness indicator)」、後者は「近接中心性指標(Closeness indicator)」と呼ばれている。その上で、クレジットカード情報から得た小売店の売り上げ情報を別レイヤーとして重ねる。すると「中心に位置するお店の売り上げは辺境に位置するお店の売り上げに比べて高いのか?」という、冒頭の命題に答えることが可能になる。fig.2
これまでのまちづくりは、経験や直感といった「ふわっとしたなにか」にもとづいて行われることが多かった。たとえば「なぜ歩行者空間を導入したいのか?」という問いにたいしては、「歩行者空間のほうがよいと思うから、居心地がよさそうだから」という回答という具合になる。その原因は、分析に必要なデータが存在しないことや、分析手法が確立されていないことが挙げられる。結果として建築家やプランナーは、そこで行われるであろう人びとのアクティビティを想像するしかなく、だからこそ、建築家や都市計画家の職業が成り立ってきたという側面もある。しかし近年、比較的安価なセンサーが登場し、携帯電話をトラッキングすることによって、まちでの人びとの活動が定量分析できるようになってきた。また、さまざまなデータがオープンになるにつれ、建築家以外の職能をもった人びとがさまざまな側面からまちの分析を始めている。
そうすると、これまでのように経験や直感に頼ってきたまちづくりや都市計画、建築は変わらざるを得ないのではないだろうか。今回不意に拡散したコロナ禍の影響で、高密度な都市設計といった従来の都市をかたちづくる原理が見直されているが、コロナの影響にかかわらず、そして今後の都市が高密度を目指していくかどうかにかかわらず、われわれはまちのつくりかたや分析のしかたを再考するフェーズに来ているのではないか。そこで必要となるのは、さまざまな媒体から得られるビッグデータにもとづいた定量分析を都市の文脈で語ることができる人材、そして科学的なビッグデータ解析を空間デザインに落とし込みながらも、その空間ビジョンを示すことができるセンスではないか。
関連情報
Yoshimura, Y., Santi, P., Murillo Arias, J., Zheng, S., Ratti, C. (2020) Spatial clustering: Influence of urban street networks on retail sales volumes, Environment and Planning B: Urban Analytics and City Science (accepted).
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写真8点/撮影:筆者