現象までを素材ととらえる
清野 今回は、永山祐子さんとタルトタタン職人の若林麻耶さんにお越しいただき、お菓子づくりと建築設計の両軸から、建築とは何かを改めて探っていただきます。まずは永山さんの近作から、建築へのお考えを伺いたいと思います。
永山 今回は、建築とお菓子づくりがテーマということで、最初は両者どちらにも通じる「素材」という概念に着目してお話しします。その意味で、まず紹介したいのは「LOUIS VUITTON 京都大丸店」(『新建築』0501)ですfig.1。私にとって独立して2年目、20代の最後の作品でした。京都市の四条通りに位置し、アーケードの屋根がファサードを分断するというとても難しい与件がありました。それでもなお、ひとつの像として認識されるファサードをつくるため、偏光板という少し変わった素材を用いました。偏光板は一方向の光しか通さないので、90度ずらして2枚を重ねると、光を完全に遮断し、黒い影が浮かび上がりますfig.2fig.3。ここでは、軸をずらした2枚の偏光板を、間隔を開けて重ねています。そうすると、見る角度によって黒い影が消えたり、回転したりする現象が生まれます。この影はモノではなく、現象であり、厚みも歪みもなく、反射もしません。いわば究極の「黒」といえるものです。
清野 偏光板が建築に使われたのは「LOUIS VUITTON 京都大丸店」が初めてだったそうですね。
永山 先行事例がなかったので、いろいろと実験をして、素材としての弱点をあらかじめ把握しました。すると、偏光板は段ボールと同じく、積層構造なので、水を含むとその層が剥がれてしまうことが分かりました。内外を分ける外装ガラスに貼ると、ガラス表面に発生する結露の水が怖いので、外装ガラスを立てた内側に、内装として偏光板を貼ったガラスを2枚建てることにしました。つまり、ガラスを1枚増やしたかたちになります。そうすることで、結露が偏光板の面に物理的に発生しないようにしたのです。
清野 施工業者の説得にもかなり尽力されたと伺いました。
永山 前例のない素材だったので、建設会社が最初に行った外装用の耐久性能試験では却下されたんです。でも、その試験は紫外線や熱などの条件が非現実的でしたので、私が現実的な条件を設定し直して、ひと月かけて実験をやり直し、問題点がクリアできることを証明しました。
清野 それだけ素材に思い入れがあったということですね。
永山 続いて、「木屋旅館」(『新建築』1205)を紹介しますfig.4。愛媛県の宇和島市にある古い旅館のリノベーションプロジェクトです。この旅館は1995年に廃業していたのですが、松山市から宇和島市に高速道路が開通するのを機に、人を呼び込むための観光拠点にするため、改修が決まりました。改修のテーマとしたのは、「引き算」です。オリジナルの状態から要素を引いていくことで、旅館がもつ文脈の新しい一面が発見され、価値がプラスされていくのではないかと考えました。その大きな操作として、2階の床板を抜き、そこにアクリルを張っていきましたfig.5。
清野 木造の架構とアクリルの透明感のミスマッチが面白いですね。
永山 これによって、上下階で視線が交差する状況が出来ました。床が透けているので、人が浮いているように見えたり、上下階を挟んでふと目があったりと、さまざまシーンが生まれますfig.6。
自発的な活動を促す建築
永山 続いてはアイウェアブランド・JINSの店舗「JINS PARK 前橋」(『新建築』2106)を紹介しますfig.7。JINSの店舗はショッピングモールや駅ビルに入居していることが多いのですが、ここでは地域密着型のロードサイド店舗の設計が求められました。そこでまず建築の配置を考えました。ロードサイド型の店舗のほとんどが敷地前面に駐車場を備えています。その形式を変えたいと思い建築の背後にドライブスルー形式でアクセスする駐車場を設けるという配置計画を考えましたfig.8。そうすると、庭が建築の前景となり、まさに公園のような佇まいが生まれます。
屋根は銅板一文字葺きで仕上げています。銅板が建築で使われることはよくありますが、ここでは背景の赤城山の赤茶色に馴染ませることを狙い、硫化処理を施して少し風化させています。
また、ロードサイド型店舗の問題のひとつに、1階に建物の価値が集中し、2階が有効に使われないということがありますが、ここでは屋上に子供が遊べる広場を設け、アプローチから大階段で繋ぐという立体的な構成をつくりました。そうすると、エントランスから入った瞬間、建物の全体を見渡すことができますfig.9。その広場からは、屋根に切り取られた青空が一望でき、毎日ここに来て空を眺めているおばあちゃんもいるそうですfig.10。
清野 ロードサイド店舗は、前面に大きな駐車場、その奥に四角いハコという類型がありますが、郊外にこんな躍動的な建築があるというのは魅力的です。
永山 地域の人びとが毎日訪れるには、眼鏡売り場以外のコンテンツも必要だと考え、パン屋も併設しました。運営はJINSの中に立ち上がった事業部が自前で担当しています。ここでは子どもたちがワークショップをやったり、地元のお祭りが催されたりしていて、最近は地域住民の持ち込みイベントも増えています。私としてはそれがとても嬉しいです。
清野 このレクチャーシリーズの第1回で伺った宮崎晃吉さんも、建築を通して地域の自発的な活動を促すということを目指されていました。街にある建築がその触媒になることは重要ですね。
コンテクストから形態を紡ぐ
清野 次は、外装デザインを担当された「東急歌舞伎町タワー」(『新建築』2305)を紹介していただきますfig.11。
永山 「東急歌舞伎町タワー」は、オフィスが入居しない、観光とエンターテインメントを主軸とした日本で初めての超高層ビルです。この新しい超高層ビルに相応しい形態を、土地のコンテクストから紡ぎ上げました。歌舞伎町は元々沼地で、戦後の生活博覧会の跡地利用によって民間の手で復興を成し遂げたり、今でも弁財天が祀られていたりという、とても面白い場所です。ここでは、その沼地から湧き上がる噴水をイメージし、揺らぎや華やかさを表現しようと考えました。
カーテンウォールのファサードは、ガラスの表面にセラミックプリントで水の波形を施し、ガラスの角度を変えて光の反射をコントロールすることで水しぶきを表現していますfig.12fig.13。高層ビルの上層階はオフィスであることが多いですが、ここはホテルの客室です。その特徴をアーチ窓として表現し、ここでも水の波形をイメージしたグラフィックを各部屋の条件ごとにデザインしています。通常、超高層で使われるプリント柄は大きいものが多いですが、内側からその柄を見るとスケールが合わず、違和感が生まれてしまいます。オフィスなら多少のことは気にならないかもしれませんが、ホテルではそうもいきません。デザインにあたっては、柄の滲ませ方やグラデーション、空の映り方まで細かく検討し、277枚もの版を自前でつくり上げましたfig.14。
清野 その粘り強さは、建築家に必要な資質のひとつなのでしょう。
永山 続いては「2020年ドバイ国際博覧会日本館」(『新建築』2109)を紹介しますfig.15。歌舞伎町では土地のコンテクストを手がかりに形態を導きましたが、ドバイの敷地は砂漠以外に何もなく、その拠り所が見当たりませんでした。相対的な作り方ではなく絶対秩序、何らかの比率を使おうと考えました。砂漠地ではピラミッドに黄金比(1:1.618)が用いられていることが有名ですが、日本には白銀比(1:1.414)というものがあります。これは大和比とも呼ばれ、古くから寺社建築などに多く用いられてきており、秩序をもった美しい寸法だととらえられてきました。この比を用いて、台形の敷地から二等辺三角形を切り出して建物平面を設定し、残った二等辺三角形の部分に水盤を配置しました。敷地は屋根付き遊歩道の角地にあり、この平面によってどの角度からも視線を受け止める構成ができましたfig.19。
また、博覧会のテーマ「Connecting Minds, Creating the Future」から日本と中東の文化的な繋がりの表現として、中東のアラベスク文様と、日本の麻の葉文様に着目しfig.16、麻の葉文様を立体化し、見る角度によってアラベスクのような複雑な文様が生まれるパターンを検討しましたfig.17。鉄骨とポールジョイントによってパターンを立体格子化し、約2,000枚のPTFEメッシュ膜を陰影のシミュレーションをしながら配置し、ファサードを組み上げていますfig.18。
清野 こだわり抜いた素材を建築に落とし込むために、壮大なイマジネーションをもちながらも、緻密で現実的な計算を行われているのですね。後半は若林さんも交えて建築設計、お菓子づくりに通底するお考えを伺い、素材への思いを深掘りしたいと思います。
(2023年11月24日、新建築書店にて公開収録 文責:新建築.ONLINE編集部)