2023.04.14
Essay

日本におけるメンテナンスを考える

新たなサステナブルのあり方を目指して

小林恵吾(早稲田大学創造理工学部建築学科准教授)

メタボリズムのメンテナンス

昨年、黒川紀章による中銀カプセルタワービル(『新建築』7206)の解体が行われ、ちょうど50年前の竣工以来、初めてそのカプセルユニットが取り外されたfig.1fig.2。建築を機械としてではなく、有機物として捉えようとしたメタボリズムの象徴的な建築であっただけに、その解体はひとつの時代の終焉を意味しているようであった。

同じく昨年の10月、オランダのnai010出版から、『Back to the Office: 50 Revolutionary Office Buildings and How They Sustained』が刊行されたfig.3fig.4S.Petermann, R.Baumeister他編集『Back to the Office: 50 Revolutionary Office Buildings and How They Sustained』(nai010出版、2022年)。この本は、世界がまだコロナ禍の真只中で、オフィスビルの存在意義が盛んに議論されている間につくられており、現存するオフィス建築を再評価するものだ。ひとつひとつの建築のBefore/Afterを写真で比較しつつ、優れた建築家や依頼主の強い思いが、いかにして建物の長期利用に繋がっているのかを読み取れる内容となっている。現在、サステナブル建築が盛んに叫ばれる中、新築ビルの高性能性に視点が向きがちであるが、この本は、建築家による先見の明と、利用者に愛され続けることが生み出す別のサステイナビティを提示してくれている。この本の中で、筆者は研究室の学生と共に、日本のオフィスビルについてのリサーチを行った。半世紀以上使用され続けている建物として、香川県庁舎や静岡新聞・静岡放送東京支社ビル(『新建築』6802)、旧千代田生命ビル(『新建築』6608)やパレスサイド・ビル(『新建築』6612)を取り上げ、それぞれの建築について、メンテナンス的観点から調査やヒアリングを行なっている。
中でも、丹下健三による香川県庁舎本館(現東館、『新建築』5901)は、竣工から65年が経っているにもかかわらず、使用している家具のひとつに至るまで、竣工当初からほとんど変わらない佇まいを維持しており、世界的に見ても極めて珍しいケースである。尺貫法とメートル法の両方に適合するように計画された、徹底したモジュール・システムの導入により、窓枠からパーティションまで、更新が容易に行えることが、大きな改修や変更を免れ続けられてきたひとつの要因となっている。しかし、香川県庁舎の状態のよさのもっとも大きな理由は、「香川清和会」の存在だろう。丹下健三に庁舎設計を依頼した当時の金子正則知事は、同時に戦争未亡人の方がたに働ける場所を提供すべく、庁舎の清掃を担当する部隊として清和会を設立している。以来、清和会は2008年までの50年間、1日も休まず建物の外から中まで、徹底した清掃を行なっていたというfig.5香川県庁舎50周年記念プロジェクトチーム『香川県庁舎 1958』(空海舎、2014)。その後、建物の清掃業者は一般入札により選定されているが、そこには果たして、清和会のように、受け継がれてきた金子知事や香川県への感謝の念や、建物への愛情といったものが存在しているのかは分からない。しかし、すでに清和会の解散から15年が過ぎているが、建物は依然としてよい状態にあるように見える。

一方、同じく丹下健三による1967年竣工の静岡新聞・静岡放送東京支社ビルは、昨年改修工事が終わったところであるが、その長期存続はこまめなメンテナンスによるものだ。竣工30年後の設備の更新やその後のファサードの塗装、さらにその15年後の耐震補強や設備改修と、徹底した維持管理がなされてきた。晩年の中銀カプセルタワービルの老朽化は激しかったが、それよりもさらに5年も古いこのビルは、メタボリズム的ユニットの交換といった大掛かりな変更はないものの、外からは見えないコア内の地味なメンテナンスなどによって、今も竣工時と近いかたちで使用され続けている。

メタボリズムの和訳の新陳代謝とは、生物の細胞レベルにおいて古い要素を排除し、新たな要素に入れ替えることを指す用語であり、当時の高度経済成長や人口増加に応答する建築・都市として、特にこの細胞の入れ替えと増殖をインスピレーションとしていた。しかし、そもそも代謝とは、生物の生存を維持するための仕組みであり、建物を細胞のスケールではなく、単純に生物として捉えた場合、その生命維持は日々の規則正しい生活習慣や健康的な食事、運動といった、極めて平凡な作業の繰り返しとしてみることも出来る。それはつまり、生命維持のための自己メンテナンス作業であり、前述した建物群は、まさにこうしたメンテナンスとしてのメタボリズムのひとつの姿なのかもしれない。

人の不在とメンテナンス

コロナの影響が世界的に蔓延する直前の2020年2月、レム・コールハースとAMOによる展覧会『Countryside, The Future』がニューヨークのグッゲンハイム美術館にて開催され、そこでの展示の一部に太田佳代子と筆者が関わらせていただいた。展覧会はちょうどコロナ禍の影響により、極々限られた人しか訪れることが出来なかったのだが、内容としては、世界の都市部ではない場所で繰り広げられている多様な状況にフォーカスを当てているfig.6。過去の国家戦略における田舎の位置付けについてや、近年の最先端農業や酪農、アフリカの集落の新たな試み、欧州の移民と地方都市の関係など、その内容は多岐にわたる。担当した展示ブースでは、日本のロボットやロボットスーツをいくつか展示し、脇のスクリーンにて、日本の人口の将来予測や、それに伴って減少する労働者人口、福祉介護従事者数、農業従事者数といったデータを可視化した、シンプルな展示であったfig.7。今後の急激な人口減少によって、国内の多くのエリアの過疎化が進み、人口の大半は都市部へ集中することが予測されているものの、都市間を結ぶ膨大な道路や鉄道、電線などのインフラ網は残るため、その維持管理が大きな問題となりつつある。笹子トンネル事故や和歌山の水道橋の崩落などはその象徴的な例だ。全国には建設後50年以上経ったインフラが大量にあり、そのメンテナンスや改修が追いついていない現状がある。展示では、こうした状況を踏まえ、将来的に人よりもメンテナンス用のロボットが多く存在し活躍する、近未来の田舎の風景を示唆していた。

2011年の福島第一原子力発電所の事故後、高い放射線量のため、人員による原子炉内での調査が出来なかった際に、政府と東京電力は日本中のロボット製作機関に呼びかけ、多くのロボットを原子炉の中に投入した。しかし、高放射線量や内部の複雑な状態により、ロボットは次々と内部で故障してしまう。そのため、リアルスケールでの原子炉のモックアップでロボットをテストできる、楢葉遠隔技術開発センターが2016年に完成する。そのさらに数年後、南相馬に福島ロボットテストフィールドがオープンした。そこには、橋やトンネルといったインフラや、住宅地のモックアップが整備され、誰でもロボットやドローンの操作を試すことが出来る。
このように、人のいない環境下でのロボットの活躍への期待は、奇しくも福島での悲劇によって加速したといえるが、その活躍の幅は、インフラのメンテナンスに限らず、高齢化する農業や建設現場、さらには高齢者のための介護ケアなど、大きく広がっている。調査によると、日本人はアメリカ人に比べ、ロボットに対しての抵抗が少ないことがいわれているが、その主な理由は、人よりも「気を使わない」からだというAaron Smith, Monica Anderson「Americans’ attitudes toward robot caregivers」(https://www.pewresearch.org/internet/2017/10/04/americans-attitudes-toward-robot-caregivers/)「介護ロボットに関する特別世論調査」の概要、内閣府政府広報室(https://survey.gov-online.go.jp/hutai/h25/h25-kaigo.pdf)。近年では、オフィスビルでも清掃ロボットの導入が増えているが、このロボットに対しての「気を使わない」で済む意識が、結果としてロボットの行う作業対象にまで派生してしまわないだろうか。香川県庁舎の清和会の方がたが、その手で愛情をもって行ってきたような作業がロボットに委ねられる時、果たしてそれは建築を、そしてこの国を維持し続けられるのだろうか。

意識のメンテナンス

ここ数年、学生と共に全国で急増する水害の被害にあった地域での調査を行なっている。特に台風19号と20号で甚大な被害を受けた、宮城県丸森町でのリサーチやヒアリングから浮かび上がってきたのは、日本列島改造計画の一環として整備された平地の国道や鉄道によって、それまで危険といわれていた場所への移住が加速し、また、河川や海の護岸整備によって、人の意識が水辺から遠のいていった歴史であった。それまで、住民が協力して見回り、維持管理を行なってきた場所は、安全性を担保したはずのコンクリート壁によって代わり、その結果、人びとは河川の危険性を忘れてしまう。これは東北での津波被害の話とも共通する。ヒアリングを行った地元の方は、「物理的な復興は目に見える成果があり、分かりやすい。でも本当に重要なことは、意識の復興だ」という。どのようにして、一度忘れてしまった過去の教訓や意識を取り戻すのか。また、どのようにして同様の被害が起きないように、地域住民が一丸となって、共通の防災意識を維持していくのか。それはつまり、意識のメンテナンスであり、それには人の手による直接的な関わりが育む体験や継承が重要である。その方法の模索を私たちは今、突きつけられていると感じている。

建築から都市、国土といった散逸な話ではあるものの、ひとつ確かなことは、私たちは50年前のメタボリズムや列島改造の急成長の時代から180度向きを変えた、縮小の真只中に置かれていることだろう。近年では、AIによる自動化の飛躍的な進化が世界を席巻しつつある。その一方で、少しづつであるが、若い世代を中心に手間や経年変化を楽しみ、そこに価値や意義を見出す動きも広がりつつあるように感じている。そこには前述した、「気を使わない」一面と、「意識のメンテナンス」という、大きなふたつの方向性が同居しているように思う。本来であれば、後者が大事だよねという結論でよかったのだが、私たちにはすでにその選択肢の余裕はないだろう。少なくとも建築は、多様なスケールや時間を介して、直接的に人との関わりをデザインし、またその関係を継承することの出来る分野として、後者のために果たすべき役割は依然として大きいと感じている。

小林恵吾

1978年東京生まれ/2002年早稲田大学理工学部建築学科卒業/2005年ハーバード大学デザイン学部修士課程修了/2005〜12年設計事務所OMA/2012〜16年早稲田大学創造理工学部建築学科助教/2016年~ 同大学創造理工学部建築学科准教授

サステナブル
メンテナンス
小林恵吾
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中銀カプセルタワービルのカプセルが取り外される様子。 /新建築.ONLINE編集部

中銀カプセルタワービルのカプセルが取り外される様子。/新建築.ONLINE編集部

清和会が香川県庁舎本館(現東館)を清掃する様子。/提供:今瀧哲之

『Countryside, The Future』会場風景。/提供:小林恵吾

『Countryside, The Future』会場風景。パワーアシストスーツやロボットなどを展示した。/提供:小林恵吾

S.Petermann, R.Baumeister他編集『Back to the Office: 50 Revolutionary Office Buildings and How They Sustained』(nai010出版、2022年)/提供:小林恵吾

S.Petermann, R.Baumeister他編集『Back to the Office: 50 Revolutionary Office Buildings and How They Sustained』(nai010出版、2022年)/提供:小林恵吾

fig. 7

fig. 1 (拡大)

fig. 2