緑と器
シンプルな小屋の床を1スパンを抜き、地面を露出させた、室内の庭をもつ事務所である。植物にとって必要最低限の採光、通風、排水環境を設定した実験場でもあり、ショールームとして庭をより近く見られる演出の場でもある。トップライトを南側に設けることで中庭に直接光を届け、ガラスドアは室内の地表に心地よい風と光を誘い込む。溶融亜鉛メッキ仕上げの階段は室内庭の外部性を強調し、木毛セメント板の曖昧な有機・無機性が鉄骨と植物の存在感を紡ぎながら、光を吸収してトップライトの光をドラマチックに造形する。簡素な流通材を無理なく組み合わせながら、洞窟のように自然な質感と光を生み出す植栽の器となる建築を目指した。
また、建築の平面形状を南北軸に対して斜め45度に振ることで、極端な日照環境をつくらず、四方を取り巻く庭が半日陰となり、植物にとって負担の少ない配置としている。隣地の野池へ向かう段差部分は擁壁ではなく景石で土留めをして植栽を加え、隣の森のような景観を受け止めながら室内の中庭へ受け渡すランドスケープとしている。計画から施工に至るまで建築と庭、造園の境界を消失させ、両者の自然な融解とコントラストが顕れるように工夫した。
fig.1fig.2fig.3fig.41階配置平面図断面詳細図
近くの緑
室内環境を屋外に近づける
これまで半屋外や軒下などの一般的に植栽が厳しいと思われてきた場所に積極的に緑を提案し、経験を重ねてきた。温暖化で猛暑が続く昨今では植物には陰が必要で、建築がその役割を果たすべき時代にきていると感じている。10年前には地下店舗での庭に挑戦し、暗室実験を行いながら日陰に強い日本の自生種を主に植栽したが、今でも月1度のメンテナンスを行いながら維持している。
室内緑化の維持は実際には難しい。計画に重要なことはその状態をどれだけ屋外や山の環境に似せられるかで、光・風・水・土の要素をいかに取り入れ余分なものを排出できるかに尽きる。2016年に竣工したわれわれの新社屋では日常生活にもっとも近い庭として、一般的な住宅に似た室内で実験的に中庭をつくった。天井が全面開口でたっぷりの光が降り注ぐような室内では植物が生育しやすいことは想定できるため、あえて暗い室内で試している(何より温室のように蒸し暑い環境になることは避けたかった)。植物育成用LED照明で光合成を促したり、自然換気で新鮮な空気を保つ工夫(エアコンの風は傷み・害虫発生の原因となる)や、水はけをよくするため無機系土壌改良剤の割合を多くして暗渠排水管を建物周囲に入れるなどの対策をとっている。また、雨が当たらない分の栄養を週に1度の液肥でフォローしたり葉水をかけて埃を落とすなどのメンテナンスを行っている。実績として庭木ではヤブツバキ・アオキ・ハクサンボク・マツラニッケイ・バイカウツギ・ヒサカキ・ナンテンなどは耐性があり、照葉樹をはじめ耐陰性・成長力の高い樹木の成績がよい。ジャカランダなどの熱帯植物や観葉植物も順調で、地表面はシダ・ヤブランなど林床の植生がやはり強い。風通しがよいせいか、懸念していた虫や菌の発生も、アリが夏場少し出る程度で問題はない。
生活の一部となる緑
鉢植えで緑を楽しむ方法がある一方で、この事務所では1スパンが大地と繋がる大きな植木鉢になっていることで、根をのびのびと張らして木が健康に育つと共に、水やりも汚れを気にせずホースでたっぷりあげられるのは気持ちがよい。周囲の緑がそのまま室内に伸びてきたような自然さが地植えでは感じられ、森のように足元から生まれる植栽は安心感がある。フジ・ブドウの壁面緑化も同じ感覚で、波板スレートのフックボルトに枝をテグスで固定することで建物を覆っている。階段から木の高い部分に手が届くこともメンテナンスしやすい利点である。
室内庭は手間がかかる一方で、暮らしに近い緑だけにより愛着をもちやすいことは外庭との違いかもしれない。植物が家族の一員として迎えられることを嬉しく思っている。
fig.7fig.8fig.9fig.10fig.11植栽リスト
(初出:『新建築住宅特集』1908 特集記事)