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2022.04.27
Essay

建築から環境へ

思考を紡ぐ──建築家10人が選ぶ論考 #3

武田清明(武田清明建築設計事務所)

「思考を紡ぐ──建築家10人が選ぶ論考」の第3回は、武田清明さんに「時がつくる環境──アクロス福岡の25年とこれから」(村松映一×淺石優×田瀬理夫×福田卓司)を紹介いただきました。論考は新建築.ONLINEで同時に公開されています。(新建築.ONLINE編集部)

鶴岡邸」(『新建築住宅特集』2108)が完成し、もうすぐ1年が経とうとしている。竣工は初夏だった。建主の鶴岡さんから「住んでみませんか?」という想定外のお誘いを受け、事務所兼住宅として使わせていただくことになった。「鶴岡邸」では、他生物を含めた周辺環境を受け入れる、積層された大地としての庭を目指した。竣工当時、各階の庭の植栽は植えたばかりの青々とした表情で、鮮やかな外観を周囲に放っていたfig.1。一方でこの庭は、屋外であまり植えられないないセロームやアロカシアなどの観葉植物や、この地域であまり見ないパパイヤやバナナなどでつくられたため、周囲から若干切り離された存在にも感じられた。
そして冬が訪れる。もともと温暖な地域に生息するそれらの植物の多くは、例年にない寒さ、たび重なる積雪に耐えられず、枯れてしまったのだfig.2。自ら計画した庭である。だからこそ、隣り合って暮らす植物たちが目の前で死に絶えていく姿に大変ショックを受けた。
春が始まった。暖かくなるにつれ、完全に枯れたと思っていた茎の内側から新しい芽がいくつも生えてきた。まだ生きていたのだ。さらにその周辺でも芽吹き、見えない土中で生息範囲を大きく広げていた。また、土が深かったことで鳥や風によって運ばれてくるいろいろな種子が芽吹き、少しずつ周囲の植物を受け入れ、今では庭が周辺環境に対して自然な存在に感じられるようになったfig.3。庭を抱え込む「鶴岡邸」で「時がつくる環境」に日々感動しながら暮らしている。

『新建築』2020年10月号に、「アクロス福岡」(『新建築』9507)の設計者たちが竣工後の25年間を振り返る対談「時がつくる環境──アクロス福岡の25年とこれから」が掲載されているfig.4。個人的に興味深かったことは、緑化の技術的な話題よりも、建築の中で時間がつくり上げた変化とその大きさであった。記事では竣工時の1995年と2017年の写真が隣り合い、時がつくり上げた環境が浮き彫りになっている。建築は何も変わっていない。しかし、建築を覆う植物が増殖し、森となり、もとの建築の存在をとうに越えてしまっている。

われわれは建築の中に、「時がつくり上げる環境」や「植物がつくり上げる環境」が存在していることは理解している。だからといって、その動きを含めて建築であるとは認識されていないように思う。建築とは人がつくり上げた動かない部分を示し、それを取り巻く環境は「時がつくる気まぐれ」でしかないのだろうか。
これからの建築を考える時、モノとしての「建築」という枠組みに強い閉塞感を感じる。その枠組みの外側の事物も含めたおおらかなくくりを「建築」と捉えられないだろうか。そう捉えた時「アクロス福岡」が25年を経て「環境」をつくり上げたように、「建築」は、自然や時間による変化を含む「環境」をも抱え込んだ存在になれる可能性を秘めているのではないか。その先で、エネルギー問題や流通問題など、建築の周囲のさまざまな問題がより身近となり、真剣に向き合えるようになるはずだ。

「鶴岡邸」は竣工してまだわずか1年だ。これから先、どこへ向かっていくのだろう。ひとつの建築の中で、人、植物、鳥、昆虫、土壌の微生物などが、生きるために土や地面を耕し、そこに、太陽、風、雨がさらに環境を変容させていく。それらすべてがこの場所をつくり上げる以上、できあがる総体としての風景を予測することはできない。しかしいろいろな生物が暮らしているからこそ、自分以外がつくり出したものに思いがけない新しい出会いや発見があったり、ここに生きるすべてのものにとって創造に満ち溢れた場所になるのではないかと思う。鶴岡邸は、竣工時の「建築」であり続けることを越え、まだ見ぬ「環境」になることを目指している。

武田清明

1982年神奈川県生まれ/2007年イーストロンドン大学大学院 修士課程修了/2009〜18年隈研吾建築都市設計事務所/2018年武田清明建築設計事務所設立/2019年〜千葉工業大学非常勤講師/「6つの小さな離れの家」(『新建築住宅特集』1902)で2018年SDレビュー鹿島賞受賞

武田清明
思考を紡ぐ──建築家10人が選ぶ論考
新建築

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2021年8月の「鶴岡邸」の外観。/提供:武田清明

2022年1月の「鶴岡邸」の外観。/提供:武田清明

タンポポやオオイヌノフグリなど、鶴岡邸の庭で自然に芽生えたさまざまな植物。/提供:武田清明

「時がつくる環境 アクロス福岡の25年とこれから」/『新建築』2020年10月号掲載誌面

fig. 4

fig. 1 (拡大)

fig. 2