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2022.03.31
Interview

データが導く都市デザイン

新たな理論の構築に向けて

岡部明子(東京大学大学院新領域創成科学研究科教授)×吉村有司(東京大学先端科学技術研究センター特任准教授)

物理空間のデザインにデータをどう活用するのか、そのための人材はどう育成すればよいのか、データから新たな都市の理論は導かれるのか。データの活用が進む中、都市・建築分野におけるさまざまな課題が見え始めています。今回の対談では吉村有司さんと、東京大学大学院新領域創成科学研究科でヨーロッパの都市戦略研究、途上国都市スラムをフィールドした実践プロジェクト、データを用いた設計指導などに取り組まれてきた岡部明子さんに、データ分析の先に見据える都市の展望を語っていただきました。(新建築.ONLINE編集部)

デザイン思考のデータサイエンス

吉村 近年、技術の進歩によって携帯電話やクレジットカードを始めとするさまざまなサービスから、人びとのアクティビティをデータとして把握できるようになりました。この現状を、僕はこれまで「社会技術」として行われていた都市計画に、「科学」の要素が入ってきているのではないかと捉えています詳しくは、『a+u』2021年9月号「特集:アーバンサイエンスと新しいデザインツール」で書いている。。都市計画を研究されている中島直人さんが

「都市計画は人々が高密に集まって暮らす都市の環境を整序、創造、保全するための社会技術である」{中島直人著『都市美運動 シヴィックアートの都市計画史』(p.1、東京大学出版会、2009年)}

とするように、都市計画とはそもそも都市をコントロールするための「社会技術」です。たとえば古代ローマの人びとは巨大な壁の中で高密の状態で暮らしていたため、疫病の蔓延などの問題を抱えていました。この問題を解決するため、壁を取り払い都市を拡張することで対処してきたのですが、その後の近代化のプロセスとも相まって際限なく膨張していく都市を制御する技術として生まれたのが、近代の都市計画ではないかと思います。
しかし、データの進歩により、都市の見方やつくられ方、さらにはその学問的な枠組みが変化しつつあるのではないでしょうか。都市に散りばめられたセンサーが利用可能になったことで、これまでは把握できなかったもの、測り得なかったものがデータとして収集可能になり、科学的な手法で分析できるようになった今、技術の問題だった都市計画に科学の要素が入ってきていると捉えることができるのです。
僕はデータの扱い方として、「ものごとを最適化する」のとは違う目的を持っています。データを前にすると、人はどうしても最適解を見出す方向に進みがちですが、それはコンピュータサイエンスの分野だけでも叶えられる。僕は、コンピュータサイエンスとして扱った時にこぼれおちてしまうものをすくい上げたいと考えています。それが、建築のバッググランドをもちながらもデータを扱い、空間デザインや都市計画に切り込んでいく理由のひとつです。
たとえば僕が開発した技術に「HIKAGE FINDERfig.1という、移動したい地点までの日陰が多いルートを選んでくれる日陰探索アプリがあります。街路樹のマッピング技術をマサチューセッツ工科大学(MIT)と共同で開発し、太陽の動きをシミュレーションすることで、日陰ができる時間、場所を可視化しましたXiaojiang Li , Yuji Yoshimura, Wei Tu, Carlo Ratti「A Pedestrian-Level Strategy to Minimize Outdoor Sunlight Exposure」『Artificial Intelligence, Machine Learning, and Optimization Tools for Smart Cities』{『Springer Optimization and Its Applications』vol.186(2022)Pardalos P.M., Rassia S.T., Tsokas A.(eds), Springer, Cham}(https://doi.org/10.1007/978-3-030-84459-2_7)。最短経路よりも少し回り道しなくてはいけないけど、より涼しい方を選ぶという人は結構多いのではないでしょうか。ものごとを効率化する技術ではないですが、こういうものが生活の質を上げるのではないかと思っています。

岡部 「都市計画は都市をコントロールするための社会技術」というと、日本では「工学(エンジニアリング)」的な意味で捉えられがちですが、本来人間の都市への「術(art)」には、「技術」と「芸術」の両面があります。それに対して吉村さんは、都市を「科学」するという新たな「術」を提唱されているのですね。

吉村 芸術の語源ともなったラテン語「アルス(ars)」は、ギリシャ語のテクネー(technē)に対応していて、それは自然物とは異なるものを制作する技術や知識を総体的に意味する語でした。現代のわれわれが意味するものよりももっと広い意味合いで、科学などを含む人間の知的能力全般という意味だったのです。僕は現代の都市計画における技術を「工学」「科学」「芸術」という3つの枠組みで認識しています。

岡部 従来的な都市計画が「工学」、データサイエンスが「科学」だとすると、「芸術」は物理的な空間デザインにあたるのではないでしょうか。「HIKAGE FINDER」では、物理的な都市はデザインの対象ではなく所与として人の行動をデザインしていますが、データを物理的なデザインのための道具にすることも考えられます。つまり、たとえば近年酷暑が続く東京で、心地よく日陰の恩恵に与りながら移動できるように街路や建物を新たにデザインをする、という可能性です。

吉村 データを都市のデザインに活かすというテーマは、世界中の研究者の前に立ちはだかっている難問です。データを解析すればそれがいい空間デザインに繋がるかというと、必ずしもそうではない。われわれは今、現状の都市をきっちりと分析し、把握する段階にあります。そのうえで、今後デザインを考えていくフェーズに入っていくのだと思いますが、データと空間デザインを一緒に考えていくには、さらなる試行が必要です。

岡部 データは数字として厳然と示されるので、強い力を持ちます。その強さによって、デザイン能力や新たな理論を生み出そうと思考する能力が衰えていってしまうのではないかと心配しています。私が所属する社会文化環境学専攻の修士論文で、街路における歩行者の量を把握し、政策上重点的に歩行者空間整備を行う区域との整合性を調べたものがありました。その論文では、両者のミスマッチを指摘し、区域を見直すべきという結論が出されていました。そこには、どういう街にしたいのかという思いが欠けている。まず、「​​具体的に街のどこが歩行者空間になるべきなのか」というイメージなくして、都市計画によって何を働きかけるべきなのかは考えられません。

吉村 広くいえば、建築家が都市のヴィジョンを描けなくなっている、ということですよね。このコロナ禍で、データサイエンティストが密を減らす都市施策をよく解説していますが、昔は建築家が都市を分析し、ヴィジョンを示していました。たとえば丹下健三(1913〜2005年)は「東京計画1960」(『新建築』6103)や「東海道メガロポリス」(丹下健三著『日本列島の将来像:21世紀への建設』、講談社、1966年)において、都市のデータ、今でいうビッグデータを集め、統計分析して可視化し、それに基づきながら社会に対するヴィジョンを示していました。具体的には、前者(「東京計画1960」)では都心へ流入する労働人口を受け入れるために東京湾上に線状に伸びる新たな都市構造を提唱したわけです。しかし今は立場が逆転し、データサイエンティストのビションを建築家やアーバンプランナーが受注している状態になっています。

岡部 建築家は自分の与えられた敷地内で建物を設計しますが、それがたとえ小さな家1軒でも、そこから都市全体への戦略性を持てるかが大事だと思っています。
私が学生だった1980年代初頭、ジャンカルロ・デ・カルロ(1919〜2005年)の講演を聞いた時のことがとても印象に残っています。講演のほとんどが街全体の説明で、彼自身の作品については最後に少し話しただけでした。当時の日本では量・質共に右肩上がりでどんどん建物ができていた時代に、衝撃を受けました。そこで見せられた模型も、周囲の様式建築は装飾まで精緻につくられているのに、作品部分はちょっとした箱のようなヴォリュームが置いてあるだけ。たとえ小さなピースでも、それを街に差し込むことで都市全体への戦略を持っている、という考え方を示していたのでした。都市への戦略を持つのに、必ずしも大きなものをつくる必要はないということを学びました。
ヨーロッパの場合、都市の物理的な変化が少ないので、その文脈を読み解くには今ある物理的な要素を把握することが重要になるのですが、変化の多い日本やアジアの都市では、時間軸を含んで動態的に捉えないとコンテクストの把握が難しい。そのために、日本で小さな建築を設計しようとすると、対象の敷地やその周辺の建物の範囲に意識が留まってしまっているように思います。しかし今、データの助けを借りることによって、 都市の変遷を可視化できるようになってきたので、移ろう都市を把握しながら小さな建築を設計する、という道が拓かれているのではないかと可能性を感じています。

吉村 ヨーロッパでは都市のコンテクストを読み込んだうえで設計することが浸透していて、街並みが大事にされていると感じます。アルド・ロッシ(1931〜97年)は『都市の建築』(大島哲蔵、福田晴虔訳、大竜堂書店、1991年)の中で「類型」アルド・ロッシは『都市の建築』の中で、都市と建築の中間的な存在としての「都市的創成物」という概念を示し、近代建築がとりこぼしてきた意味性などを問い直した。ムラトーリ学派が提示した都市組織論などを用いながら、建築同士が互いに複雑に絡み合いながらも都市をつくり上げてあげているという視点である。日本にムラトーリ学派を紹介したのは『都市のルネサンス──イタリア建築の現在』(陣内秀信著、中央公論社、1978年)。という概念を提唱し、建築・都市を分析しました。現代のデータ分析に近しいことを1960年代にすでに取り組み、設計に昇華していたのです。一方で、日本は連続した景観にはあまり興味を払ってこなかったのではないかと感じますfig.2

岡部 一般的にはヨーロッパの都市よりも日本の都市の方が移り変わりが激しいというイメージがあるかもしれませんが、実は街路のパターンは日本の方が変わっていません。表層的な変化の激しい日本においては、変わらないものをどう把握するかが課題になります。データの力を借りて、空間と同列に時空間を扱った新たなコンテクスチュアリズムが生まれることを期待しています。

吉村 特異な日本の都市の性質は、データドリブンなまちづくりの実験の場としてよい土壌になると考えています。変わりゆく街並みを把握するためには、景観をデータとして残すことが重要です。数年前、Google Street Viewのアカデミック利用が突然禁止されました。社会資本ともいえる都市景観の変遷データを残すには、民間企業のデータだけに頼るのではなく、官民連携データプラットフォームのようなものや、それこそ自治体や公的機関が社会インフラのひとつとして永続的に提供できるようにする必要があるのかもしれません。

データ教育の重要性

岡部 まちづくりでは、さまざまな人たちの合意を形成する必要があります。同じ空間をシェアしていても、それぞれの思惑は違う。都市はどんどん大きくなり、みんなが同じ認識をもって直感的に把握することができなくなっています。そこで、街の現状に対する共通の認識基盤をつくるのに、データが大きな力を発揮します。EUレベルの空間開発では、方向性を共有しようにも各国それぞれの思惑があり、全体での合意形成が特に難しい。その中で期せずして突破口を開いたのは、フランスの国土整備庁(DATAR)が1989年に発表した報告書の中で示された「ブルーバナナ」という概念図fig.3です。この概念図によって、「ブルーバナナ」といわれるバナナ状の範囲内に、EUの過半の経済活動や人口が集中しているという認識が強く共有されました。その後もヨーロッパの空間のイメージについては、1本のバナナよりも、ブドウの房だとか、フルーツバスケットだとか、論争が盛り上がりました岡部明子著『サステイナブルシティ──EUの地域・環境戦略』(学芸出版社、2003年)

吉村 「ブルーバナナ」の登場によって、空間データを可視化することの重要性が高まりましたよね。市民の大半は建築や都市計画の専門家ではないので、ここに公共空間をつくりますと提案したとしても、頭の中で具体的にイメージできません。そういう人たちに直感的にヴィジョンを示すことができるのがデータの大きな力だと思います。
ヨーロッパは可視化への意識がすごく進んでいて、僕がバルセロナの都市生態学庁に入った2005年時点で、すでにGISなどを使ってデータをビジュアライズしていました。現在はデータを商業に活かす人も現れていて、たとえば建築家ユニットの300.000Km/s(『a+u』2109)は、市が出しているオープンデータをビジュアライゼーションすることでオリジナルのビジネスを確立しています。バルセロナではすでに、行政だけがデータを使うというステージを超えています。また、スペイン建築家協会は2019年の時点で彼女たち(300.000km/s)に、スペイン都市計画賞というその年の最も優れた都市計画に与えられる賞を授与しています。これはつまり、都市という文脈においてデータの視覚化(ビジュアライゼーション)が建築作品や都市計画と同等に考えられ、そしてそれが評価され始めているという現れでもあると思います。

岡部 こうして、ヨーロッパでは都市デザインやまちづくりにおいて、データで裏を取り、説得するという方法が定着してきました。ある意図のもとにデータを使うというやり方です。データをただ事実を示すためだけにニュートラルに出すと、それは趨勢を加速させるためだけのものになってしまいます。日本でも、自分の提案の効果をデータで確認し補強するために、狙いを定めてデータを効果的に活用する訓練が必要だと思います。
2021年度に東京大学工学部建築学科の設計課題2021年度東京大学工学部建築学科3年の設計製図課題「都市計画と道路の一歩先」。中央線西荻窪駅南側を対象に、道路拡幅を伴う都市整備で交通の流れが変わることを見越して、通過交通から解放される街を再創造する提案に取り組んだ。で吉村さんを講師に招き、データを用いた演習を行いました。東京の西荻窪駅周辺を対象にした課題です。設計に先立ち、対象とする街の個性を知るために、グループワークで、類似する駅周辺とデータマッピングで比較してもらいました。あるグループは、清澄白河駅、下北沢駅周辺の500m四方のエリアと比較しました。エリア内のチェーン店の数や分布の違いが一見して分かりますfig.4。吉村さんのおかげでデータマッピングの質は向上しましたが、それを戦略的に設計提案に繋げられた学生はそう多くありませんでした。
もっとも積極的にデータを活用していたのが「街・灯・人」fig.5fig.6という作品です。まずファサード分析で街並みの特徴を捉え、その特徴を増幅するように、人のアクティビティに応じて変化するドローンの照明を提案していました。均等間隔で立つ街灯ではなく、ストリートが舞台となり、街が動的に変わるデザイン計画です。
来年度からは、吉村さんに実践的なデータの収集方法までを含めて教えてもらえたら、もっとデータマッピングの世界が広がると期待しています。

吉村 たとえば自治体のオープンデータなどの活用方法を教えたり、ハッカソン的にプログラミングを教えたりしてもいいかもしれません。やはり建築学生は手が動くし想像力も豊かなので、データサイエンティストとはまったく違った発想が出てくることを期待したいですし、そこにこそ建築の分野からデータにアプローチする意義があると思っています。

データからの新理論構築

吉村 僕は今、近代に確立された都市の理論をデジタルテクノロジーで読み替えることにも取り組んでいます。たとえば、ジェイン・ジェイコブズ(1916〜2006年)は『アメリカ大都市の死と生』Jane Jacobs『The Death and Life of Great American Cities』(Random House, New York, 1961)/邦訳『アメリカ大都市の死と生』(山形浩生訳、鹿島出版会、2010年)の中で、都市には多様性が大事だと訴えてきました。ではその多様性をどう定義するのか。現代のデータを使えば、これまで抽象的に留まっていた理論を科学的に実証できるのではないかと考えました。そこで、生物学における「種の多様性指数」種の多様性指数とは、コミュニティにどれだけの種などが存在するかを反映した定量的な指数で、異なる側面(豊かさ、均等性、優位性)を持つ生物多様性を統計的に表したもの。生物学の分野では1950年代から本指数が提案されている。その代表的なもののひとつがShannon-Weaver指数であり、1955年に生態学者のロバート・マッカーサー(1930〜72年)が生物学に適応させることを提案した。Shannon-Weaver指数は次の式で与えられる。
𝐻=−∑ PilnPi where(∑ Pi=1)
を用いて都市の多様性を定量化し、街区レベルでの経済的影響との相関関係を分析しましたfig.7。その結果、多様性が高いエリアでは小売店・飲食店の売り上げが向上するという関係を見出すことができました「ビッグデータを用いた都市多様性の定量分析手法の提案 〜デジタルテクノロジーでジェイン・ジェイコブズを読み替える〜」(2021年、https://www.rcast.u-tokyo.ac.jp/ja/news/release/20211208.html)/原著「Revisiting Jane Jacobs: Quantifying urban diversity」(Yuji YOSHIMURA, Yusuke KUMAKOSHI, Sebastiano MILARDO, Paolo SANTI, Juan MURILLO ARIAS, Hideki KOIZUMI, Carlo RATTI
『Environment and Planning B: Urban Analytics and City Sciences』, SAGE Publishing, Newbury Park, 2021, DOI:10.1177/23998083211050935)

こうして、これまでに生まれた都市の理論をデータで再検証することで、これからの街のつくり方が根本的に変わるのではないかと期待しています。

岡部 これまで都市の理論はかなりの数が生み出されてきましたが、今定着しているものは、みんなが正しいと思って実装してきた理論なので、実証できること自体は面白いことですが、後追いであることは否めません。逆に理論と現実にギャップが生じたものについて検証することに、私は強い関心があります。たとえば、土木技師のイルデフォンソ・セルダ(1815〜76年)の「バルセロナの改善ならびに拡張計画」(1859年)工業化の進展で人口が増加し、都市の防備としての囲壁が無用になったことを背景に、市域を一気に6倍にする壮大な計画。正方形の街区がびっしり並ぶグリッド状の市街地で、現在のバルセロナの都市骨格となっている。19世紀半ば、ジョルジュ・オスマン(1809~91年)のパリ大改造、ウィーンのリングシュトラッセと並ぶ欧州都市計画として知られるが、セルダの計画は、現況の綿密な科学的調査に基づいたものである点、先見性があったとされている。{岡部明子著『バルセロナ──地中海都市の歴史と文化』(中央公論新社、2010年)}はどうでしょうか。セルダは、過密な市街地の弊害を解消するための理想的な低密度都市を描いていましたが、投機的開発に押されて高密度化し、それが現在、結果的に賑わいのあるコンパクトシティとして評価されることになっています。

吉村 おっしゃる通りだと思います。データサイエンティストとしての僕の目から見ると、セルダの都市拡張計画は、建築家や都市プランナーが都市に介入した社会実験だったと見ることもできます。彼は133m四方のグリッドを均質に敷き詰めていき、そこにさまざまな階層の人たちが混じり合って住む社会を構想していました。パリのジョルジュ・オスマン(1809~91年)が上流階級のための美しい舞台づくりを目指し、都市空間の階層化による住み分けを生み出したのだとすると、セルダはゾーニングによって都市機能を分けるのではなく、複数の要素を混在させ共存させる都市像を持っていました。しかしグリッドの建設が進み人びとが定着していくプロセスを見ていくと、セルダが思い描いた理想と現実のギャップが浮かび上がってきます。Passeig de Gràcia大通りなど中心地に近いところの地価が劇的に向上したり、労働者の多く住むエリアができてしまったりと、資本の原理による差別化が進んでいった結果、社会的住み分けができてしまい、当初の構想とはほど遠いものになってしまいました。また、密度に関しても当初はブロック全体の3分の2程度はオープンスペースを核とした低密度で緑豊かな住環境になるはずだったところが、実際には高密度な市街地が形成されてしまいました。さらに当初のセルダの構想では25ブロックごとに教会と小学校を、100ブロックごとに市場を、そして400ブロックごとに病院や公園を、といったように、小さな近隣住区単位をつくっていき、それらの住区が玉ねぎの皮のように織り重なり合いながらもコミュニティを形成していくという方向性も持っていましたが、それも断片的にしか実現されませんでした。
セルダの構想から160年という時間が経った今、街路単位でミクロなインタラクションが無数に起こり、それらが積み重なってボトムアップ的に街が形成され十分な均衡が達成されたと見做すこともできます。とするならば、今こそきちんとデータを取ってそれらを分析してみることによって、セルダが構想したことの何が達成され、何が達成されなかったのか、そしてそれは何故だったのかを検証することは十分に実現可能だと思います。また、セルダに限らず、データを用いたこのようなアプローチは、時代性ゆえに忘れさられてしまった理論、つまりは時代が許容できなかっただけで、実は正しかったかもしれないという理論を見出すこともできるかもしれません。

岡部 そう思います。他方、吉村さんは、データを活用することで新しい都市の理論をつくる野望をお持ちですか?

吉村 新たに理論を構築するには、まず都市の現状をデータで把握することが必要です。これまで言語化できなかったもの、直感でしか分からなかったものを解析して傾向を見出し、そのうえで新たな理論を見出せる可能性はあると思っています。特に東京はその土壌になるのではないかと期待しています。東京都は2021年にデジタルサービス局を立ち上げ、データを一元化してオープンにしたり、ウェブ上に3Dで都市を立ち上げてシミュレーションし、実際の都市政策に反映しようとしています。今は渋谷区や新宿区など、区単位で都市開発が進んでいて、全体での都市戦略はあまり考えられていませんが、これからデータ整備が進むことによってそれが導けるのではないかと思っています。

岡部 私は、東京のような異次元の巨大都市が、全体の物的ヴィジョンをもつのは難しいと思っています。今メガシティと呼ばれる人口1千万人以上の都市は、人間が直感的に把握することはもはやできない。私も以前、それをなんとか把握しようと、世界の都市の人口を示した3Dマップfig.8をつくってみたことがあります。なんとなくの傾向は見えるのですが、広い範囲を俯瞰して見ていてもデータの解像度が上がらず、都市がどのような物的ヴィジョンを持つべきか、ということまで考察することはできませんでした。そこで、都市は放っておいてもできてくる自然発生的なもの、自己組織化していくものなのだと考えました岡部明子著「第三の都市生態学(特集:未来のスラム)」(『建築雑誌』1612巻、p.18-21、日本建築学会、2011年)。だとすると、そこに戦略はない方が自然です。人間である建築家が都市を物的にデザインできるのは、せいぜい人口100万人の規模がいいところに思えてきました。ヨーロッパの都市は戦略をもつことができて、東京がなぜできないのか、と、スケールを考慮せずに単純にはいえないのではないでしょうか。
データを充実させて都市を科学し、都市を俯瞰して上からの全体戦略を定めみんなで共有するというアプローチより、むしろ無数の個人が戦略性を持って建物を挿入していくことで、巨大な都市的集積に自ずと何らかの秩序が生まれてくる方向性に可能性を感じています。
今、世界のインフォーマル居住地をマッピングし、その形成過程を解明する共同研究に取り組んでいるのも、そうした関心からです。インフォーマル居住地とはいわゆるスラム的環境にある場合が多いのですが、デザインされた都市計画のほころびから意図されずに生まれる場所です。現在、途上国都市人口の3割がスラムに住んでいるとされていますが、具体的にどこがスラムなのか同定されているわけではありません。それを明らかにしようという試みです。
図の黄色い部分は最もインフォーマル度が高いと判断された地区なのですが、たとえばインドネシアのジャカルタだと川沿いに、ペルー共和国のリマでは急峻な山の崖近くに位置しているというように、スラムが形成される空間的な傾向がマッピングによって直感的に把握可能になりますfig.9Kim Dovey, Hesam Kamalipour「Infomal/Formal Morphologies」『Mapping Urbanities: Morphologies, Flows, Possibilities』(pp.233-248, Routledge, london, 2017)のマッピング手法を援用して50km四方に範囲を広げて作成した。。次の段階として、時間を考慮に入れて、どこでいつスラム予備軍が芽生えてどういう経緯をたどってスラム化するのかを時系列マッピングで把握しようと試みています。それが分かれば、どう戦略的にテコ入れすれば、極度のスラム化を回避したり、自力改善を後押しできるかが見えてくると見込んでいます。次の図は、10km四方の範囲に市街地全体が概ね収まる規模の中小都市でのスラムの変化を比較したものですfig.10fig.11。黄色の部分「新規」はスラムが新しくできた場所、紫の部分「変化なし」は5年間でほとんど変化がない場所です。たとえば、コロンビア共和国のククタは中心部の斜面地に変化のない場所が密集していて、周辺の山の斜面に張り付くように新しくスラムが形成されていることが分かります。コンゴ民主共和国のブカヴでは全体的にスラムが高密度化してきています。こうした地形などの自然的要因や植民地時代のゾーニング規制などの社会的要因の作用を分析し、国を超えて比較することで、スラム形成に潜むルールを解き明かそうとしています。
スラムの現れ方は都市によってかなり違うため、今のところマッピングはすべて手作業で行っています。衛星画像などを機械学習で自動認識してピックアップする方法にも挑戦していますが、まだ出口が見えません。

吉村 部分の集積の結果として創出した巨大な都市の根底に存在するかもしれないルールを炙り出す、という方向性にビッグデータの活用は非常に相性がよいと思います。一方で、おっしゃる通り、そのデータを抽出するのにもすべてを機械に頼ることはできません。そこには人間の知識とクリエイティビティが求められます。
僕も今「なぜ都市が現在の位置に、現在のかたちでできたのか」ということをデータによって少しずつ明らかにしていこうとしています。地理学者のヴァルター・クリスタラー(1893〜1969年)が提唱した中心地理論ドイツの地理学者クリスタラーは「なぜ都市に規模が存在するのか?」という都市の立地システムに関する問いを立て、財やサービスの到達範囲がつくり出す都市の数や機能、階層性などを説明した。を、クレジットカード情報などから得られるビッグデータを解析することによって検証し始めているところです。空間経済学の分野などでも数理モデルを使って同じような研究が進んでいるのですが、それはどうも「冷たい感じ」がしていて、もう少し建築家目線で探求できないかと模索しています。数理モデルを使いながらも最適化だけにフォーカスするのでなく、そこから出てきた理論や実証を都市計画やまちづくりの実践に活かしながら空間デザインにまで落とし込んでいける、そんなことを考えています。現行の都市理論を検証し、読み替えるのとは違うデータの使い方です。

岡部 近代都市理論は、都市化のモーメントを「集積」「拡張」によって説明するのですが、近年注目されているニール・ブレナーとクリスチャン・シュミットのプラネタリー・アーバニゼーション論は、そこに「差異(differential)」のモーメントを加えています。都市は一定の秩序に則って均質に拡大していくのではなく、局所的に作用する差異化の力が働いて思いがけない変化を受けるというイメージですNeil Brenner, Christian Schmid「Towards a new epistemology of the urban」(『CITY』vol.19, pp.151–182, 2015)、『惑星都市理論』(平田周、仙波希望編、以文社、2021年)。山や川などの自然地形や鉄道・幹線道路が差異化のモーメントを生みます。粘菌の研究者である手老篤史さんは、それ自体は単純な有機体である粘菌が環境に適応して、部分から高度なネットワークを形成していくことを実験で検証Atsushi Tero, . et al.「Rules for Biologically Inspired Adaptive Network Design」『Science』vol.327(2010), pp.439-442.していますが、これに類するメカニズムで局所的な差異に応じてスラムは盛衰しているように見受けられます。
この都市論の関係論的転回は、東京やアジアの都市のように、地球規模に拡張した自然にできてくる巨大都市を扱うには避けて通れない道だと思います。差異に着目したアプローチと、データサイエンスが接合することによって非欧米発の新たな都市論の地平が拓けるのではないか──そこには、条件を与えれば一義的に定まる数理モデルとは異なり、不確実性や偶発性に満ちたもっと「暖かい」都市論がきっとあると思います。

(2022年2月15日、堀ビルにて。文責:新建築.ONLINE編集部)

岡部明子

東京都生まれ/1985年東京大学工学部建築学科卒業/1985年磯崎新アトリエ(バルセロナ)/2004年千葉大学助教授/2015年〜東京大学大学院新領域創成科学研究科教授/著書に『住まいから問うのシェアの未来』(編著、学芸出版社、2021年)、『高密度化するメガシティ』(編著、東京大学出版会、2017年)、『ユーロアーキテクツ』(学芸出版社、1998年)ほか

吉村有司

愛知県生まれ/2001年〜渡西/ポンペウ・ファブラ大学情報通信工学部博士課程修了/バルセロナ都市生態学庁、カタルーニャ先進交通センター、マサチューセッツ工科大学研究員などを経て2019年〜東京大学先端科学技術研究センター特任准教授、ルーヴル美術館アドバイザーを兼任

岡部明子
吉村有司
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日陰探索アプリ「HIKAGE FINDER」/提供:Urban Sciences Lab

東京のストリートネットワーク模型。東京の街路ネットワークの変遷(1909、1930、1945、1965、1985、2022年)をネットワーク理論によって定量的に明らかにすることを目的としている。/提供:吉村有司 撮影:Masaki Hamada

フランスの国土整備庁(DATAR)が1989年に発表した報告書の中で示された「ブルーバナナ」の概念図。/出所:DATAR

西荻窪、清澄、下北沢でのチェーン店、独立経営店をマッピングした図。紫がチェーン店、緑が独立経営店。/東京大学工学部建築学科設計課題「西荻窪 都市サーヴェイ」

「街・灯・人」(2021年)/制作:上條陽斗{東京大学工学部建築学科3年(2021年度時点)}

「街・灯・人」(2021年)/制作:上條陽斗{東京大学工学部建築学科3年(2021年度時点)}

生物学における種の多様性指数(Shannon-Weaver指数)を用いた都市多様性の可視化。/提供:吉村有司

人口密度と土地利用を示した3Dマップ。上は東京。下はインドネシアのジャカルタ。/制作:内山愉太(神戸大学)

アジア・南米の都市ごとにインフォーマル度をマッピングした図。黄色が濃い箇所ほどインフォーマル度が高い。/制作:成潜魏(東京大学)

スラムの推移をマッピングした図。左上はインドのシュリーナガル。右上はコロンビア共和国のククタ。左下はコンゴ民主共和国のブカヴ。右下はバングラデシュのクルナ。/Google Earthをベースに馬琳(東京大学)が制作

スラムの推移をマッピングした図(fig.10)の凡例。/Google Earthをベースに馬琳(東京大学)が制作

fig. 11

fig. 1

fig. 2