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2020.09.01
Essay

オンライン授業を経験して

グラデーショナルな教育へ

倉方俊輔(大阪市立大学准教授)×杉田宗(広島工業大学准教授)×平瀬有人(佐賀大学准教授)×平野利樹(東京大学特任講師)×松川昌平(慶應義塾大学准教授)

『新建築』2020年6月号では安原幹さんと平野利樹さんに東京大学におけるオンライン授業の課題と可能性についての論考を執筆いただきました。その後、いまだ新型コロナウイルス感染症の収束は見えず、一部対面の授業の再開を予定している大学がある一方で、オンライン授業は継続して行われると聞いています。そこで、これまでオンライン授業を行ってきた中で感じたメリットやデメリット、そして、今後、オンライン授業とオフライン授業がハイブリッドになった時に大学や教育の価値はどのようになるのかなど、オンライン授業に取り組んできた先生方にお伺いします。
より多くの人に読んで頂きたいという思いで、『新建築』2020年9月号に掲載された本記事をウェブサイトでも公開します。

前期のオンライン授業を終えて

──前期のオンライン授業を終えて、いかがでしたでしょうか?

杉田宗(以下、杉田)  『新建築』6月号の記事「オンライン授業の課題と可能性」を読んで、設計演習などを担当する教員は、このくらいの整備でオンライン授業ができることを知るきっかけになったのではないでしょうか。前例がまだなかった状況下で、オンライン授業を進める後押しになりました。

平野利樹(以下、平野)  東京大学は4月からの春学期(前期)の開始を遅らせないことを決めていたので、限られたリソースで急ごしらえで授業を成立させることが必要でした。6月号の記事を書いている段階では学部3年生の設計課題の途中だったのですが、結果として、オンライン授業の参考にしていただけたのであればありがたいですfig.1

平瀬有人(以下、平瀬)  佐賀大学は例年の学期開始時期から2週間遅れてオンライン授業になりました。私の担当ではなかったのですが、設計課題出題時のゲストレクチャーやクリティークを東京を拠点にしている建築家にお願いできて、メリットを感じました。
座学は動画を使ったオンデマンド方式の授業を採用しました。オンデマンド方式の場合、巻き戻して何回でも授業を聞くことができるので、授業後の小レポートを読むと結果として学生の理解度も上がっていたように思います。また、東京理科大学の坂牛卓さんに誘っていただき、博士論文のオンライン公聴会に参加したのですが、70名ほどの参加があり、多くの建築家の議論を聞くことができて、そこでも距離が関係なくなるオンラインのメリットを感じました。
一方で、オンデマンド方式の授業のためには、対面の授業では多少言い流していたことも正確な情報として提供することが必要となり、準備はこれまでよりも大変でした。

倉方俊輔(以下、倉方)  大阪市立大学の場合は、学生を脱落させないようにケアをすることが前提条件となりました。大学と言っても私学か国公立かなどで前提条件が異なるので、それぞれやり方が変わってくると思います。自宅にwi-fi環境が整っていない学生もいるため、大きい通信量が求められるデータやリアルタイムのやり取りが必要なツールは限定的にしか使えませんでした。学習機会を均等に与えるため、基本的には座学ではパワーポイントの資料を大学内のポータルサイトにアップして共有するようにしました。

平瀬  佐賀大学は国立ですが、通信費が負担となるという学生の声もありました。fig.2

──広島工業大学や慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(以下、SFC)ではどうだったのでしょうか?

杉田  広島工業大学では4年前から大学全体で推奨パソコンを購入して入学する仕組みに変わり、建築デザイン学科でもデジタルデザイン系の授業の整備を進めてきました。オンライン授業を始める際に行った調査によると、wi-fi環境の状況も悪くなかったので、オンライン授業を進めるのはスムーズでした。

松川昌平(以下、松川)  SFCでは全学生が個人のパソコンを1台ずつ持っていることが当たり前になっています。ただ、自宅にwi-fi環境が整えられない場合は慶應義塾大学全体で支援補助制度が用意されました。
私の研究室では去年からゼミへの参加をオンライン・オンキャンパスで選択できるようにしていました。私が担当する授業も一部はオンデマンド化していたので、コロナ禍は関係なく、移行はスムーズでした。

建築教育をアジャイルに修正していく

──杉田さんは大学の授業の性質を「インプット」と「アウトプット」のふたつに分け、それぞれの特性を生かしたオンライン授業を展開されています。こうしたことは初めから考えられていたのでしょうか?

杉田  僕はもともと建築教育はアジャイル(動的)なものだと考えていて、学生の反応を見ながら毎年課題や授業の方法を修正していました。fig.3
たとえば、デジタルデザイン系の演習では、授業の終わりに課題を与えて来週までにやってきなさいと言っても、提出前日の夜に一気に取り組む学生が多く、授業で学んだことがすぐに実践されていない状況でした。そのやり方は変える必要があるとずっと考えていました。
そんな時、オーストラリアのニュー・サウス・ウェールズ大学(世界で初めてコンピュテーショナルデザインの学科を創設)ではソフトやツールの使い方はすべて映像で教えていると聞きました。そこで、ソフトの使い方は事前にオンデマンド方式で学んでもらい、授業の時間内で課題に取り組む方が効率がよいのではないかと考え、2年ほど前から準備を始めていました。今回のコロナ禍をきっかけにデジタルデザイン系の3つある授業のうちのふたつはオンデマンド型に完全移行しようと思っています。

前期には2年生に向けた「デジタルファブリケーション」がありましたが、ここでは毎週授業までに映像を見ながら新しい機能やモデリング方法を学び、100分の授業時間中はその時間内で終わらせる課題を与えます。
学生は集中して取り組むので、ほとんどの学生が課題を終わらせることができました。ソフトやツールの習熟度も上がるので、今までの教え方が悪かったと反省しています。
学生たちはこれらの課題を通して、たとえば住吉の長屋のような建築を3Dモデリングしてダイアグラムを描くことが100分でできると分かってくるので、自分の設計課題でも作業スケジュールの見積りができるようになります。
これまで、学生たちはつくったこともないダイアグラムを課題提出の前日につくり始め、時間が足りず不完全なまま提出することが多かった。この授業ではどんなソフトをどのように設計課題などで活用すればよいかを教えるのですが、その成果は出てきているのではないかと感じています。fig.4

杉田  このコロナ禍の状況では課題に取り組む授業のやり方自体を変えることが強制的に求められたと言えます。何十年も同じ課題を出しているという大学もあると思います。そういったところはオンライン授業への対応が難しかったのではないでしょうか。今回の状況をきっかけにアップデートすることが必要だと思います。

松川  建築教育で何十年も課題や授業の方法が変わらない方が異常ですよね。さまざまなデジタルツールの発展、そしてこの不確実な社会の中で、われわれ教員もそれに適合していく必要があります。特にデジタルツールに関しては先生より学生の方がよく知っているので、学生から学ぶこともあります。

SFCでは、毎年7月に七夕祭(学園祭)を開催しているのですが、今年はコロナ禍で中止になり、代わりに「cluster」という3DモデルをVR空間として共有できるサービス上に、SFCキャンパスを再現した「バーチャルSFC」を制作し、「オンライン七夕祭」が開催されました。fig.5fig.6これは学生が自発的に行動して、開催したのですが、延べ7、000人がオンライン上に集まり、かなり盛況でした。それを考えると、もちろん空間共有のために模型は今でも有用ですが、オンライン上でもVRを使った空間を共有する方法はあり得るんだということを学生から学んだ気がします。

杉田  僕は授業でmiroというオンライン上でホワイトボードを共有できるサービスを使いましたが、そこでは学生同士の活発なコミュニケーションが生まれていて面白いなと感じました。完成したアウトプットを見せ合うというのではなく、作業している様子がすべて共有される感覚は例えるものがなく、新鮮でした。学生たちも、作業の合間に周りの学生の進み具合を見てポストイットでコメントを残したり、課題に関係ないことをコメントで残していたり、かなりカオスな状況でした。普通にオフラインで模造紙やホワイトボードを使ってやるよりも明らかに活発なコミュニケーションが残っていく点で面白いと感じます。

平瀬  設計課題や卒業制作を見てると、今の学生はRhinocerosなどの3Dソフトの使い方をあっという間に習得しますよね。私の研究室の学生でも『新建築』15年分に掲載されたパビリオンをあっという間にモデリングしてたりしますね。fig.7

オンラインとオフラインをグラデーショナルに考える

杉田  広島工業大学でもさまざまなかたちでオンライン授業に取り組んでいましたが、私自身は設計演習に関わっていないので、成果はどうだったのかが気になります。

平野  東京大学は3年生から本格的に設計課題を始めるため、私が参加した設計演習の学生はまだ図面だけで自分の考えを表現することが困難です。そのため、例年は模型を中心にエスキスを進めることが多く、それができないことがオンラインのいちばん大きな課題だと感じました。
ただ、オフラインとオンラインを二項対立的に捉えて、オフラインでやっていた指導形式をそのままオンライン化しようとする意識自体を変えなくてはいけないのではないかと感じています。オフラインの代わりとして仕方なくオンラインがあると考えるのではなく、オンラインであることのよさが何かを積極的に考えた方がよいと思うのです。
松川さんはSFCのホームページに寄稿された「オンキャンパスでもオンラインでもない同じ空間と時間を共有することの可能性」の中でオンラインとオフラインを二項対立ではなく、グラデーショナルに考えることの必要性に言及していますよね。

松川  そうですね。オンライン授業に取り組むにあたり、オフラインでやることを最高位において、それをオンラインで再現しようとするとどうしても劣化コピーになる。オンライン・オフラインを二項対立ではなくメタレベルから見て、学びの選択肢を増やしたいと考え、作成したのがこのマトリクスです。fig.8

松川  生物多様性の話と同じで、多様な学びの選択肢を増やすことがこの不確実な社会をサバイブするのに重要ではないかと思います。このマトリクスは実環境と情報環境、時間と空間が同期・非同期であるかでパターンを分けています。すると4ビット=16パターンに分類されるので、学びの選択肢をより解像度を上げて見ることができます。

たとえば、ニコニコ動画は録画した動画が情報環境にアップされているもので、非同期にコメントが入れられます。そして、それがタイムラインで表示され、擬似同期体験ができます。つまり、学年を超えて先輩のコメントに後輩がツッコむような、これまでになかった擬似同期体験ができるようになるわけです。このようにオンライン・オンキャンパスだけでなく、その間にあるグラデーショナルな学びの可能性をこの機会に模索したいと思ったのです。
建築をとりまく環境が動的に変化していく中で、課題が数十年間変化しないとか、必ず模型をつくりなさいとか、デジタルには身体性や重さがないからよくないというのは、教員の方が環境に適応できていないことを疑った方がよいのではないでしょうか。不確実な世界をサバイブし、動的な環境に適応するためには、多様な学びの選択肢を提供できるようにならなければいけないと思います。

平野  そうですね。模型が唯一の空間把握のためのメディアではないので、教える側が価値観をアップデートすべきでしたね。
しかし今回、模型がつくれない状況で設計課題をした結果なのかもしれませんが、悪く言えばスケール感がズレているような設計が多かったのです。ただ、それが必ずしも悪いことではないかもしれません。たとえば廊下がこんなに広くてよいのかと思う提案もありましたが、むしろそこから新しいスケール感、新しい空間のあり方が発明されるかもしれません。
コロナ禍をきっかけに強制的にオンラインになったことで、模型でしか建築空間を把握しながらスタディができないという考えも半強制的に転換していくかもしれません。

松川  オンラインとオフライン、バーチャルとリアルのメリット・デメリットをしっかりと教えれば、学生はうまく使いこなしていくと思います。
たとえば、私が担当した椅子を実際につくる授業では、前半はRhinocerosでモデリングし、後半でそれをデジタルファブリケーションを用いて実際に製作していきます。つまり、この授業ではバーチャルとリアルの両方を学生に体験してもらいます。
確かにバーチャルはスケールレスですが、それをリアルに落とし込む加工機には加工範囲や制約があって、大きすぎると加工できないですし、小さすぎると加工機の精度が追いつきません。また、バーチャルだと厚みゼロのサーフェスをモデリングできますが、リアルでは厚みを考慮しないと組み立てられない。このようにバーチャルとリアルの違いを教えさえすれば、あとは学生が勝手にツールを選択するようになると思うのです。

平野  バーチャルとリアルのメリット・デメリットを伝えるにはバーチャルからリアルへすぐにアウトプット・フィードバックできる環境が整っている必要があります。
SFCはファブリケーション設備が充実していて、広島工業大学も設備を整えていますよね。今後オンライン・オフライン、バーチャル・リアルを考えるにはそういうアウトプット・フィードバックができる設備が整っていることが重要になってくるのではないでしょうか。

大学の境界を曖昧にしていく

──他にオンライン授業のメリットはどのようなものがありましたか?

松川  wi-fi環境さえ整えれば、自分の大学以外のオンライン公開授業を聞くことができるので、学生が学習できる機会は増えているのではないかと思います。

杉田  そうですね。オンラインの設備やインフラが整ってくると大学ごとの垣根を超えやすくなるでしょうね。
SFCの田中浩也さんは授業で全国のデジタルファブリケーションを教える先生を講師にしたレクチャーシリーズを企画していて、その授業が終わったら、レクチャーの記録をすべてオープンにしたいと言っていました。これは大学の垣根を超えた分野間の繋がりです。こうした展開によって新しい学びの場がつくられていく可能性があるのではないでしょうか。
オンライン授業のために、それぞれの大学で資料や動画をつくっていて、結果的に同じような内容の動画が膨大につくられています。オンラインを活用するということは、みんなが同じことをバラバラにやるのではなく、大学の垣根を超えて共有される部分が生まれることではないでしょうか。その結果本来持つべき大学の特色を出すことなどにエネルギーを費やせるようになるのではないかと思います。

松川  オンラインコンテンツの生態系ですね。このオンライン授業の動画は10年見られ続けているけど、この動画は全然見られていないとか。論文でいうインパクトファクターのような評価もできそうです。
この状況下は、大学という枠を緩やかにして協働するためのよい機会だと思っています。講評会で海外や遠方からのゲストを気軽に呼べるというのもそのひとつだと思います。来年、広島工業大学とSFCは共同で設計課題をすることを検討していますが、それもひとつの機会です。

倉方  大学は本来、大学ごとの枠組みではないと思います。初等、中等教育と違うのは大学は社会から制約を受けることなく活動できる場として、社会といったん切り離された場としてあるからです。さらにその中に、個々の場として設定されているのが研究室です。

杉田  ただこうした活動をやろうと思う教員がいるかどうかが重要で、その人数をどう増やしていくかが課題です。だからこそ、どんどん真似してくれればよいなと思って、私は取り組んだことを積極的に発信しています。

松川  最初は有志の試みでしかないのだと思いますが、ゆくゆくはそれぞれの大学で単位を出し合えるような、あるいは大学に入ってなくてもそういう授業を受けられるような社会制度設計になるとよいと思います。

学習履歴を残していくことの重要性

松川  去年、京都芸術大学の家成俊勝さんと共同研究をしていた時、場所もバラバラなので共有のツールとしてSlackを利用しました。それが便利だったので、今では授業ごとにSlackを準備して、いつでもコミュニケーションを取れる環境をつくっています。
私の授業では受講者の学習履歴もGoogleスプレッドシートで共有していて、毎週の提出物をアーカイブしたり、その提出物に対して全員で投票したり、最終的な成績もすべて公開しています。fig.9すると、私がエスキスをしなくても学生同士が履歴を参照しながら自己学習していく現象が起きるようになりました。

──座談会の事前ヒアリングの中でも授業やエスキスの履歴が残ることは設計演習でもメリットがあると思う、という意見が平瀬さんからありました。

平野  東京大学でも設計演習のオンライン授業ではエスキスごとにGoogle Driveのフォルダを用意し、それぞれの学生がお互いの提出物を参照できる環境をつくりました。fig.10
また、Zoomで全員がエスキスを見ることができるので、提出作品の全体的なクオリティの底上げに繋がったのではないかと感じました。「全員に見られている」というのはポジティブなプレッシャーになるのではないでしょうか。

平瀬  対面で集まると「あいつはまだやってないからいいや」と学生同士の負の同調もありましたが、それが見えないというのもよかったのかもしれません(笑)。

倉方  日本は同調圧力が強く、空気を読む人が多いのですが、オンラインではそれが薄くなるのだと思います。1カ所に集まって議論するよりも、オンラインの分散型の方が、個性と協働が育めるのかもしれません。

平野  春学期では、自分のエスキスをオンラインで他人に見られることが嫌で脱落してしまう人はいなかったのも興味深かったです。松川さんの授業で公開されているスプレッドシートに抵抗はなかったのでしょうか?

松川  スプレッドシートの共有は5年くらい前から続けていますが、一度もクレームが来たことはありません。
これからは学歴社会ではなく学習歴社会になるのではないでしょうか。たとえば、東京大学だからではなくこの授業をこれだけちゃんと履修したから評価されるとか、履歴をアカデミックに評価できるような仕組みができれば、学びのあり方も変わっていくと思います。そのために学習履歴を解像度を上げて細かく残しておくことは大切なのです。さらにブロックチェーンで管理して、個人が特定できないかたちで一般に公開できるようになれば大学の枠内だけでなく、大学以外にも学びを開く可能性があると思います。

平野  一方で、履歴を共有していくことは、やり方によっては画一化に向かうのではないかという不安もあります。たとえば、全国の卒業設計が競い合うせんだいデザインリーグの受賞作品が発表されると、次の年には優秀作品に似通った作品が出てきます。このように参照先が似ると、バラエティがなくなる。そこのコントロールをどうしていくかという問題もありそうです。

松川  学生全員が全員に対して投票を行って、それが次の週の成果物に反映されてきた時、バラエティはむしろ多くなります。また、オンラインだとエスキスの方法も変えられます。Slackの中に質問チャンネル、エスキス依頼チャンネルをつくり、先生の時間さえあればエスキスをできるようにしています。

平野  設計課題の授業時間外でも意見を聞くことができる仕組みなんですね。

松川  時間割に沿って学習しなくてはいけないというのは主に教員側の都合です。人により進捗は違うので、好きな時に学ぶことができた方がよいと思うのです。それを支援するテクノロジーがこれまではありませんでしたが、だんだん整いつつあります。こうした大学の枠も時間も超える学びのあり方があれば、多様性にも寄与すると思います。

杉田  学生が自分でカリキュラムをつくることができるのがSFCの特徴ですよね。ただ、他の大学ではその能動性を鍛えることが難しいと感じています。
広島工業大学でも、学生の計画性を高めるにはどうしたらよいかが度々議論になります。設計するには、まず敷地に行くのは分かっているようですが、その後のエスキスごとに何をつくればよいのか計画が立てられない学生がほとんどです。分からないなりにも自分で考えてやってみることでよいのだけど、なかなかうまくいきません。またそこで、先生が例を見せてしまうとみんな真似してしまいます。学生が能動的に学ぶ支援をすることのジレンマを感じています。

オフラインの持つ価値

平野  オンライン授業で、偶然の機会はどう構築できるのでしょうか。製図室はそれが生まれる場所だったと思います。製図室では実際に製図をしている時間はそれほどなくて、滞在時間の8割は誰かと喋ったり食べたり寝ていたりします。しかし、その環境の中から生まれてきた発想や突然変異的な人もいて、そうした場所が持つ価値を今後どうするのかが気になっています。

東京大学は秋から徐々に対面の授業が再開される予定です。製図室も使えるようにしていこうとしていますが、使用ルールはまだ議論中です。今までのように24時間誰でも入れる状態だと人口密度も管理できず、感染リスクが高くなってしまうので、エスキスの時だけ使えるようにするのか。その場合、目的がないとそこに入れない場所になってしまいます。そうなると、偶然的なものが生まれるのは難しくなるのではないかと思います。今後、その環境がオンラインでも補完できるようになるかもしれませんが、それがどのように補完されるのかはまだ分かりません。

倉方  現代は世の中全体が数量化される社会になってきています。だから皆すぐにコスパなんて言います。コスパが悪いものにリソースを割くのは愚かであると言わんばかりです。
大学に入ったら、とりあえず先輩と繋がりをつくるとか、難しい本を読むなどの、よく分からないけどとりあえずやってみるという選択肢がなくなっていて、それに抗っていかないといけないと思います。平野さんが言う製図室はよく分からないものの存在が許される場所なのでしょう。次の時代は、現在の価値観だけではつくれません。だから、こうしたよく分からないものの価値が必要になってくると思います。

オンラインのメリットは何かに取り組む時のハードルを下げてくれることだと思います。オフラインだと人に笑われてやりづらいことでもオンラインなら試行錯誤ができる。平滑な世界に回収されない価値をつくるには、現代ではオンラインの方がつくりやすいのではないでしょうか。

──広島工業大学の大学院生が制作した「バーチャル広工大」はSFCの「オンライン七夕祭」のようにオンラインで新しい交流の場をつくる試みでしたね。

杉田  去年、『建築雑誌』で建築教育の特集を担当した際、現在の学生は大学内の縦の繋がりが希薄になっていて、授業でのみ建築を学んでいる状態になりつつあることが分かりました。
それから授業の内容や方法をアップデートしていくと同時に、大学内の縦の繋がりをどうつくっていくかを常々考えています。「バーチャル広工大」(図9・10・11)は大学がオンライン授業になったことで、まだ一度もキャンパスに来ることができていない1年生に向けたキャンパスツアーを企画したいという動機で学生がつくったものです。バーチャルSFCを見たのもつくるきっかけのひとつでした。
昔だったら製図室で先輩の模型をつくるのを手伝って、先輩が行ってる設計事務所の話を聞いたりオープンデスクに行く、というような縦の繋がりをつくるきっかけがありましたが、バーチャル広工大はそうではないオンラインを介した新しい繋がりを生み出そうとしています。fig.11fig.12fig.13

松川  私は先輩の課題を手伝う、製図室に入り浸るということが嫌いでやりませんでした(笑)。
かつての結のようなローカルコミュニティだけが大事なのではなく、大学の外にも偶発的な出会いの可能性は広がっていて、私たちが知らないだけでSNSには大学や学年の枠を超えたコミュニティが既に沢山あると思います。

倉方  一方で、オンラインはネガティブなことが載らないことが大きな違いではないかと思います。つまり、無目的や無意味といった、現時点の枠組みでは「〜でない」といった否定的な言葉でしか表せないもの、顕在化してないものは原理上オンラインに存在しない。
大学生は本来的に未熟です。自分が何を求めているか、何を分かっていないかすら分かっていない可能性があります。そうした言語化できない学生同士が正解があるわけではないものに出会うことで生まれるものもあるでしょう。

今回、前期の設計演習で、ふたつの課題のうち後半だけ対面でやり取りをしました。前半はすべてオンラインで、その時点ではあまり問題ないようにも感じたのですが、後半にオフラインで講評会を行って、抜け落ちていたものの多さに気づかされました。先生のしょうもない発言が学生にとって助けになることもあり、それが未熟さを成長させることに繋がる場合もあります。その時、先生自身もそれがなぜなのかはよく分かっていません。
そうした曖昧なコミュニケーションも、工夫によってオンラインで可能だと思います。ただ、はっとさせられたのは、オンラインというものは綺麗に教育したように見えがちで、実は育んでいないかもしれないという怖さです。

杉田  オンラインには物理的な画面の限界があったり、PDFにまとめてアウトプットされることでいろいろな情報が削られる側面はあると思います。
ただ、学生間の付き合いはオンラインで生まれつつあります。製図室は使えないけど、勉強会やZoom飲みを毎週開催して、未熟な学生たちが熱い想いを語っているとか。そういうオンラインのコミュニケーションは評価できると思います。
松川さんは滞在型研究教育を担当されていますよね。今後オンライン教育が進む中で、この教育についてはどのようにやっていこうとされているのでしょうか?

松川  この滞在型の授業は、滞在型の授業の意味を実際に滞在しながら考えるというメタな授業で、昨年までは学生と寝食を共にしながらリアルなものづくりをしていました。今年度は実際に滞在できないし、Zoomを繋ぎっぱなしにしても滞在型の密なコミュニケーションに敵うべくもないので、完全に非同期にしながら、それでも疑似同期的なデジタル映像作品をみんなで一緒につくってみました。

杉田  リアルなものづくりに向き合うところは少人数でやる教育が必要でしょうね。オンライン・オフラインをグラデーショナルに考えられるようになると、大学の学びがアップデートできる気がします。

松川  個人でのものづくりや複数人で取り組むデジタルな課題はオンラインでもできそうな手応えはありましたが、今年できなかったことは、複数人で取り組むリアルなものづくりです。

杉田  1年生がグループで取り組むベンチをつくる授業は、オンライン授業にともない個人の制作を中心にしました。ただ、2週間だけグループでの協働を試した結果、miroやTeamsなどのツールを活用し、上手く分業しながら課題に取り組んだグループもありました。上手くいったグループには、グループを引っ張る学生がいたことが大きく影響してるように思いますが、オンラインでのグループワークもできないことではないのだと思いました。fig.14

大学は変わっていくのか

──オンライン授業によって経験されたことは今後の教育や大学のあり方に影響を与えていくのでしょうか?

倉方  今回が画期的なのは、社会における仕事のありように対応して大学が変わるといった議論ではなく、仕事のありようもコロナウイルスへの対応の現在進行形にあることでしょう。
これは大学の教育と社会の仕事との本質的な共通性を浮き彫りにします。大学や組織といった枠組みではなく、個々人の働きとその関係性による創発が重要という点です。
とはいえ、学生は未熟です。その個人の働きも関係性の取り方も、まだ完成形が見えていないところに最大の価値があります、社会はいま見えている形に注目しがちです。それに対して大学は、いったん社会から切り離されることで、未完成や未成功といった「ない」が許される場であることに元来の意義があります。オンラインにしても、一律に繋がるものとして以上に、個々人が試せるツールとして使えたらと思います。そうしたトライアル・アンド・エラーが可能な場をオンラインとオフラインとで育めれば、さらに大学はこれからの社会で必要とされるはずです。

平瀬  スイスのメンドリジオ建築アカデミーは葡萄畑が広がる環境のよい風景の中で建築の思いを蓄積し、それぞれが思想を育むことのできる場だと感じます。
佐賀大学に来て最初に思ったのは、都市部だと情報も人もたくさんいて、日々のスピードが早く、それに耐えられない人もいる。佐賀大学のように地方にあることの価値はそうした人を受け入れることができることだと思います。今までは地方はさまざまな情報や人にアクセスしにくい場所でしたが、オンラインで自分の思想を育むきっかけが都市部と同じく与えられるようになれば、学びのあり方も変わると思います。

平野  東京大学では、新しくできた寄付講座「SEKISUI HOUSE – KUMA LAB」で建築学科内にファブリケーション施設を整備するなど、フィジカルな空間の改修を進めています。ただ、この状況下でデジタルファブリケーションセンターのような場所をつくったところでフル活用ができなければどうするのか。その時にどう舵を切っていこうか悩んでいます。
無目的、無意味なものやことを担保できるのがオフラインの強みだとすると、無目的は今の時代だと不要不急なものとして制限されてしまう。そこで、ファブリケーションセンターや工房はオフラインを考える時の足がかりになるのではないかと思います。これらの施設は何かをつくりたい時に行く場所で、基本的にはある程度目的を持っている人のための場所です。一方で、とりあえず木を切ってみたいとか、完全に無目的ではなく、しかし明確な目的も持っていない、半目的的な状態の人も包容できる場所でもあります。そのために空間や仕組みをどうつくるかを考えることが大切だと思っています。
また、デジタルファブリケーションは、ともすればデータをつくってボタンを押せば、あとはそのまま機械が勝手にモノをつくってくれると考えられる傾向がありますが、機械によってクセがあったりしますし、とてもアナログな調整や工夫の上に成立しています。身近な存在としてファブリケーション環境があり、実際にそれらの機械からのフィードバックと向き合うことでこそ生まれる新しい発想もあるはずです。

杉田  広島工業大学ではこれまでファブリケーション設備を整えてきましたが、授業で使うのとは別に、研究室の学生がひょこっと来て使う半目的的な環境になってきています。
大学には教育と研究のふたつの側面があります。教育はかなりの大人数を相手にしてみんなが学ぶ場を提供することであり。研究は研究室活動や大学院の研究など、少人数で目的を見つけるための無目的・半目的な場所だと思います。教育と研究の両方をどうグラデーショナルに繋げていくのかがこれからの大学を考えるヒントになると思います。アメリカの大学は教育の側面が強いのですが、日本の大学のメリットは両方に触れられることだと思うので、それをどう活かしていくかが重要だと思います。

松川  これからの教育を考えるには短期的なスパンと長期的なスパンを考えることが大切だと思います。
短期的には、先ほども言いましたが、オンライン・オフラインの二項対立的な議論にならないよう、グラデーショナルな学びの選択肢を増やすこと、アジャイルに変化していけることが重要だと思います。仕様をがっちり固めて向こう10年同じことを続けるなんて絶対に失敗するので、臨機応変に試行錯誤する仕組みが必要です。上手くいった部分は継承し、ダメだったら改善することを繰り返すのです。そのためにはうまくいったこと、失敗したことも細やかな学習履歴を残していくことが重要です。
長期的な話だと、大学の枠が緩やかになり、さまざまな大学の授業を受けられるようになれば、学びの可能性も広がると思います。たとえば、ミネルバ大学は特定のキャンパスを保有しておらず、学生は4年間で世界7都市を移り住んで、オンラインで授業を受講します。オンキャンパスでは各大学の場所の個性を活かしながらも、オンラインでは大学の枠を超えた学びができるようになるとよいなと思います。

杉田  コロナ禍により私たちは強制的にオンライン授業に取り組むことになりました。しかし、ネガティブなことばかりではなく、今回の経験からこれまでの教育の課題やオンラインであるからこその価値も分かってきました。この状況が収束したら、もとの状態に戻るのではなく、ここで気づいたことや知見を広く共有しながら、今後の教育に活かせるようになるとよいと思います。
(2020年8月14日、Zoomにて 文責:本誌編集部。本記事は『新建築』2020年9月号掲載の建築論壇「グラデーショナルな教育へ オンライン授業を経験して」の転載記事となります。)

倉方俊輔

1971年東京都生まれ/1994年早稲田大学理工学部建築学科卒業/1996年同大学理工学研究科建設工学専攻修士課程修了/1999年同大学理工学研究科建設工学専攻博士課程満期退学/現在、大阪市立大学大学院工学研究科都市系専攻准教授

杉田宗

1979年広島県生まれ/2004年Parsons School for Designインテリアデザイン学科卒業/2005〜06年Rogers Marvel Architects/2006〜07年MAD Architects/2010年ペンシルバニア大学大学院建築学科修了/2010年~杉田三郎建築設計事務所/2012〜14年東京大学大学院国際都市建築デザインコースアシスタント/2015〜18年広島工業大学環境学部建築デザイン学科助教/現在、同大学環境学部建築デザイン学科准教授

平瀬有人

1976年東京都生まれ/1999年早稲田大学理工学部建築学科卒業/2001年同大学大学院修士課程修了/2001〜07年早稲田大学古谷誠章研究室・ナスカ/2003〜06年同大学理工学部建築学科助手/2004年同大学大学院博士後期課程単位満了/2007年〜yHa architects/2007〜08年文化庁新進芸術家海外留学制度研修員(在スイス)/2008年〜佐賀大学理工学部都市工学科准教授/2017年建築作品による博士(建築学)学位取得(早稲田大学)

平野利樹

1985年兵庫県生まれ/2009年京都大学建築学科卒業/2012年プリンストン大学建築学部修士課程修了/2012〜13年Reiser Umemoto RUR DPC/2015年TOSHIKI HIRANO DESIGN設立(2020年〜THD)/2016年東京大学大学院博士課程修了/現在、東京大学総括プロジェクト機構国際建築教育拠点講座SEKISUI HOUSE – KUMA LABディレクター、特任講師

松川昌平

1974年石川県生まれ/1998年東京理科大 学工学部建築学科卒業/2017年同大学工学研究科建築学専攻後期博士課程修了/2009〜11年ハーバード大学GSD客員研究員および文化庁在外派遣員/2013〜14年慶応義塾大学SFC環境情報学部専任講師/現在、同大学SFC 環境情報学部准教授、博士(工学)

倉方俊輔
杉田宗
平瀬有人
平野利樹
松川昌平

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新建築 2020年9月号
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座談会の様子。左上:倉方俊輔氏。中上:杉田宗氏。右上:平瀬有人氏。中下:平野利樹氏。右下:松川昌平氏。/撮影:本誌編集部

オンライン授業の主なタイプ/事前ヒアリングを参考に本誌編集部作成

杉田宗氏が担当する授業を分類/(http://www.archifuture-web.jp/magazine/530.html )を参考に本誌編集部作成

オンライン授業の取り組みの例

オンライン七夕祭の様子/提供:松川昌平

バーチャルSFC。実測した点群データをトレースすることで,3Dモデルを作成し,慶應義塾大学の湘南藤沢キャンパスを再現。*バーチャルSNS「cluster」上で体験できるようにした。7月4日には新型コロナウイルスの影響により中止となった七夕祭に代わり「オンライン七夕祭」がバーチャルSFC上で開催され,講演会などさまざまな催しが行われた。/撮影:本誌編集部
*スマートフォンやPC、VR機器などさまざまな環境からバーチャル空間に集い、交流することができるマルチプラットフォーム対応バーチャルSNS

杉田宗氏が取り組んだmiroを使ったオンライン授業の様子(提供:杉田宗).オンライン上のホワイトボードを用いてマインドマップの作成や付箋貼り,図の整理,メモなどをリアルタイムに共有し,共同編集を行うことができるサービス.約100人の学生が「オンライン授業のメリット・デメリットとその対策」をそれぞれの視点で整理・図式化する授業で使用した.(授業の様子は https://twitter.com/sosugita/status/1278972192911319040?s=20 )

松川昌平氏による実環境・情報環境をそれぞれ時間・空間が同期しているかの2パターンに分け、それがどのような状況にあたるかを可視化したマトリクス。実環境において空間(特定の場所で)・時間(特定の時間に)共に同期していれば、オンキャンパスでの授業、情報環境において空間のみ同期(特定のURLで)していればオンデマンド授業というように、それぞれの事例の特徴を細かく捉えることができる。

松川昌平氏の授業で共有する学習履歴をまとめたスプレッドシート/提供:松川昌平

東京大学オンラインエスキスの仕組み模式図/本誌2006より転載

バーチャル広工大での講評会の様子/提供:杉田宗

バーチャル広工大。杉田宗研究室の学生が地図や航空写真、大学の資料・平面図などを参考にバーチャルSNS「cluster」上に広島工業大学のキャンパスを再現。このバーチャル空間を利用してオープンキャンパスや最終講評会などが開催された。/提供:杉田宗

バーチャル広工大/提供:杉田宗

図11・12・13:広島工業大学1年生が取り組むベンチをつくる授業の今年度優秀賞作品./提供:杉田宗

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fig. 2