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2023.08.09
Interview

建築家の職能を問う規格住宅

谷尻誠(yado/SUPPOSE DESIGN OFFICE)×増田信吾(増田信吾+大坪克亘)

2023年2月、谷尻誠さんが参画する規格住宅を通したライフスタイルプロジェクト「yado」が立ち上がりました。一点物として設計される建築家住宅に対し、規格住宅は工務店などを通し、事前に定められた仕様に則って建てられます。そこに建築家が参画することにどのような意義があるのか、その先にどのような建築や街並みの姿を見据えることができるのか。増田信吾さんと共に語っていただきました。(編)

建売住宅と建築家住宅の間にある需要

──まずは「yado」の概要を教えていただけますか。

谷尻 LIFE LABELを手掛ける林哲平さんと共に、今年2月に立ち上げた規格住宅ブランドですfig.1。「泊まるように暮らす」をコンセプトとして、基準となるプランや内装の仕様を作成し、パートナーの工務店を通して展開していきます。ホテルには食べる、寝るなど、普段暮らす住宅での行為と大きく違いがあるわけではないのに、日常とは異なる高揚感があります。その感覚を日常でも感じられるよう、たとえばあえて玄関をつくらず、土間とひと続きにすることで家での過ごし方をユーザー自身が選択できるようにしたり、収納を集約することにより空間に余白を生み出すなどして、生活のノイズを取り払うデザインを考えていますfig.2fig.3fig.4fig.5。また、特注部材を使わず、流通品を用いることで坪単価100万円以下に抑えています。今はファーストモデルの「yado local JP」を軽井沢で設計しています。寒冷地なので、風除室や断熱を追加するなど、yadoとしての提案を工務店に落とし込んでもらうというやり方で進めています。8月には神奈川県内で実棟が竣工する予定で、後の商品化も見据えてさまざまなプランを並行してつくっているところです。

増田 僕も今、ある企業から依頼を受けて規格住宅をちょうど設計しているところなのですが、特有の難しさを感じています。普段の設計のように一点物としての住宅をつくるのであれば、クライアントの趣味や価値観を共有しながらその人のための特殊解として設計すればよいのですが、規格住宅ではそうもいかない。操作できるところといえば予算規模によって建築のサイズを変えるくらいで、どうしても建築として突っ込んでいくポイントがまだ掴めていません。ただ、幸いといっていいのか分かりませんが、今やっている仕事はひとつの大きな敷地に複数建てるため、ランドスケープの提案も求められているので、そこまで含んでの建築設計を進めています。「yado」はどこに建つのか分からないんですよね。となると、必然的に建築の内部での生活に重きを置いていると思うのですが、場所に対して外へと連続していく建築の外観や外構についてはどのようにアプローチしているのですか。

谷尻 規格住宅である「yado」は特定の敷地を想定しませんが、だからといって街に対しての見え方を考えないわけではありません。僕は昔、建売住宅を手掛ける会社に勤めていました。そこでは年間で100軒を超える確認申請を下ろしていて、正直どんなものが建っているのか把握しきれていませんでした。それくらい建物に無関心で、とにかくどんどん建てていました。そうではないやり方を考えるために、もっとデザインの勉強がしたいと思って今に至った経緯があります。建売の場合、外構は別途工事になることがほとんどで、そこまで予算や時間が回らないことが多く、その結果、凡庸な建物が並ぶ画一的な街並みが出来上がってしまうのだと思います。僕が「yado」を通してやりたかったのは、そういう凡庸な住宅と、建築家がつくる一点物の住宅との間にぽっかりと空いた穴を少しずつ埋めていくことです。「yado」では、庭などに置けるオリジナルのサウナや納屋などのオプションを用意しfig.6、建物のデザインは外構と調和を保てるよう、できるだけシンプルにしていますfig.1。そういう小さなことからでも、街並みは十分に変えられると思っています。

増田 確かに、設計の過程で外構まで予算や時間が残らないということはよくあります。住宅を建てるのはクライアントにとっても大変なことです。クライアントにとっての規格住宅の魅力は、予算総額と出来上がる空間像がもっと事前に把握でき、かつそれが短時間で建ち上がることでしょう。そうすると、建築の周辺にも予算や時間を使いやすくなるだろうし、場合によっては外構の設計だけ別の建築家に依頼しようということにもなるかもしれない。出来上がるものにもよりますが、設計のスキームを効率化し、その周辺にまで施主の配慮が及ぶことで、結果として街並みの向上に還元されるのかもしれません。僕は、特別に建てられた一軒の家だけが街を劇的に変えるかといえば、そうではないと思っています。増田+大坪の最初のプロジェクト「ウチミチニワマチ」(『新建築』0911)では、住宅ではなく塀を設計しました。塀は住宅の周辺の要素ですが、それがどうあるかによって街並みや住環境にも大きな影響を与えることができるのだと実感しました。

谷尻 建築家は規格住宅に対し、ネガティブとはいわないまでも、ひとつの建築を丁寧につくった方がいいと思っているでしょう。しかし、最近は本当にそうなのかなと思っています。建築家として仕事を依頼されても、予算や期間が合わずに泣く泣く断ってしまうこともあります。決まった予算の中で自分の生活にふさわしいものを手に入れられることもひとつの豊かさのはずです。クライアントにとって、建築家の住宅を求めることと、規格住宅を求めることは、ハイブランドの服を求めることと、プチプラの服を求めることぐらいの感覚の違いがあります。今はその間の需要の受け皿が十分にありません。ユニクロも昔はリーズナブルでそれなり機能がある服と受け止められていましたが、今はそこにデザインの観点が入ったことによって、ファッションとして一定に認められるようになりました。規格住宅でも、建築家がしっかりと向き合えば同じようなことが起こせるのではないでしょうか。その需要を受け止めることで、街並みも少しずつ変えていけるのではないかと思います。

建築と建築家のアップデート

谷尻 建築家としての仕事は、ひとつのプロジェクトでの突破力はあるけれど、広い社会を見据えた時に、その影響力は残念ながら限定的です。建築家がより社会への影響力をもつには、規格住宅のようなプロジェクトに取り組むことも大事なことだと思っています。今は一般の人でも多くの情報を持っていて、場合によっては僕たちより設備や照明に詳しかったりすることもあります。そんな時代にあっては、建築家からすべてを提案するだけではなく、規格住宅のようにある程度施主に選択を委ね、そのためのプラットフォームを建築家として監修するというスタイルも十分にあり得るのではないでしょうか。

増田 普段の設計の際、僕はまず施主に理想のプランを描いてもらっちゃったりします。自分たちの案で施主を説得するという方向もありますが、いくら精密な模型をつくって説明しても、合わないものは合いません。だからといって施主が悪いわけでもありません。僕は建築家の職能を、いまだかつて提案されていないけれども、可能性があるのものをつくり出すことだと思っているのですが、どれだけ思い描いて住宅を設計しても、施主のパーソナリティに合わなければ結果としてはよくないです。そもそも建築家が建てた住宅を見たことがないという人も多いですし、見たところでその生活像をすぐに受け入れるというのも難しいと思います。だから僕は、そこに干渉せずとも生活を変えることができる提案をずっと探しています。「理解ある施主」、「よい施主」ということで人を分けたくありませんし、建築の提案がそんなにもフラジャイルなところに依存して実現しているようでは、あまりにも未来がないですよね。

谷尻 時には施主によって思いもよらない案を引き出してもらえることもありますし、施主のパーソナリティをないがしろにして自分たちのやっていることがすべてが正しいと独りよがりになることは、建築家としてよくありませんよね。建築家が革新的な建築を実現し続けるためには同時に設計者全体のリテラシーも底上げしないといけないと思っています。世の中には建築家以外にも設計者がたくさんいますが、たとえば照明のスイッチやコンセントの収まりなどまで細かく配慮することは意外と当たり前ではありません。「yado」の場合、僕が建築家として設計するのではなく、デザインルールを多くの人びとと共有することで全国に展開するサービスとしています。こうした建築のボキャブラリーを全国の工務店と共有することで、「yado」以外の僕が携わらない建物にまで影響が波及するはずです。内部から外観まで、一定の品質を保った建築が増えることで、街行く人の建築を見る目も養われていくでしょう。それは悲しいことに、普段の建築家としての業務だとなかなか実現できることではありません。僕は建築の魅力を建築業界の外にも投げかけたい。そういう意味でも、いろいろな建築家が規格住宅に取り組めばいいと思っています。そうすれば、より多くの人に建築家の思想が届くだろうし、ひとつのプランでロイヤリティを得続けるという新たなビジネスモデルも確立できます。

増田 仮に建築家が監修する建物が全国で増えた先では、施主のリテラシーがあるところで高まり、同時にわれわれ建築家も篩にかけられるのだと想像しました。「yado」は、建築家住宅以外の住宅のデザインが向上した時、果たして建築家は何をつくることができるかと、われわれに訴えかけているように感じます(笑)。建築家住宅に馴染みのない人びとに向き合っているように見えながら、僕たち建築家にとっても批評的なプロジェクトだと感じました。

谷尻 世の中が不景気になると仕事がなくなるとよくいいますが、それは本当に景気だけのせいなのかと思っています。昨今のコロナ禍にしてもそうですが、世の中の仕事は常に篩にかけられていて、そこで生き残るために考え抜いた人が残っているのだと思っています。僕は限られた牌を奪い合うのではなく、自分がよいと思うものを広めて牌自体を大きくしたいです。そのために、「yado」が建築家の思想を広げるモデルケースとなり、またそれがこれからの建築家の職能について本気で考えるきっかけになればと思います。
fig.8

(2023年5月1日、新建築社 青山ハウスにて。文責:新建築.ONLINE編集部)

谷尻誠

1974年広島県生まれ/1994年穴吹デザイン専門学校/2000年建築設計事務所Suppose design office/2014年SUPPOSE DESIGN OFFICE設立/2017年絶景不動産設立/2019年Tecture設立/2020年社外取締役設立/2020年toha設立/2020年DAICHI設立/2023年yado設立

増田信吾

2007年武蔵野美術大学建築学科卒業/2007年増田信吾+大坪克亘を共同で設立/2015年Cornell University Baird Visiting Critic/2019〜22年明治大学特任准教授/2023年香港大学客員教授、ハーバード大学客員教授

谷尻誠
増田信吾
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「yado local JP」外観。/提供:yado

「yado local JP」平面図。/提供:yado

「yado local JP」立面図。/提供:yado

「yado local JP」内観パース。/提供:yado

「yado local JP」内観パース。/提供:yado

オプションのサウナユニットのパース。/提供:yado

「ウチミチニワマチ」(『新建築住宅特集』0911)。/撮影:新建築社写真部

谷尻誠氏(左)と増田信吾氏(右)。

fig. 8

fig. 1 (拡大)

fig. 2