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2022.03.31
Essay

参加型まちづくりに向けたオープンデータの整備

日本の都市空間に関わるデジタル地図データを中心に

瀬戸寿一(駒澤大学文学部地理学科准教授、東京大学CSIS客員研究員)

近年、都市空間においてさまざまな目的や形式で取得されているデジタルデータは、情報通信技術(ICT)に立脚したスマートシティでの活用を中心に見据えながら、他方では、いわゆる「まちづくり」活動や都市計画検討の際に、土地に対する経験則のみに頼らない新たな手段として欠かせないものになりつつある。また、建物や道路の老朽化といった多くの課題を抱えている都市インフラの維持・更新や、公共交通など都市的サービスの充実化を進めるうえでも、都市のデジタルデータが必須になりつつある。さらに、新型コロナウイルスによる人びとの移動や社会活動に対する制約が特に都市部で長期化した結果、高密度な建造環境で構成されている都市そのものの形態や、そこに暮らす人びとのライフスタイルが根本的に見直され始めている。
このような状況を背景に、欧米では2010年代中盤頃から都市空間に関わる地図や基盤的データが積極的に「オープンデータ」本稿ではOpen Knowledge Foundationの定義に基づき、法的・技術的・社会的な制約を受けずに、あらゆる人びとが自由に使用・再利用・再配布できるコンテンツやデータとする。として公開され始めた。そして、これらのデータを地図として活用するためのプラットフォームとして、各種のGIS(地理情報システム)開発や、BIMやCADソフトウェアとの連携が進められてきた。さらに、ウェブベースで視覚的に表現可能な都市計画ツールの開発が進み、これまで関与することのできなかった多様なステークホルダーに対して都市空間データが多く共有されるようになった。
日本でも同様の手法でまちづくりの官民協働を進めるために、2020年度に国土交通省が「データ駆動型社会に対応したまちづくりに関する勉強会」を開催し、活用事例やデータのガイドブックをまとめると共に、後述する「Project PLATEAU」fig.1を本格的に開始したことは注目される。これ以降、いよいよ地方自治体レベルでも取り組みが始まり、一部では都市のバーチャル(仮想)とリアル(現実)空間をデータで繋ぐ「デジタルツイン」も構築されつつある。本稿は、主に日本の都市空間を対象に構築・蓄積されている基盤的なオープンデータを事例にいくつかの分野で概観することで、建築や都市空間に深く関わる多くの読者が、都市の現状や将来を考え行動するきっかけとしてデータを活用できるような視点を提示したい本稿は主に日本の都市空間をフィールドとして取得可能なオープンデータを中心に論じているが、グローバルには都市空間のデータ活用の応用的側面として、機械学習・ディープラーニングなどの人工知能に関わる技術を通じて都市管理を自動化するための技術開発も進展している。これらの動向や海外諸都市のデータセット解説は、「都市空間の情報処理──データセットの世界動向」(*1)に詳しい。

都市空間の基盤データのオープン化

都市空間の骨格をなす基盤的な地図データは、行政や都市マネジメント分野で長らく用いられており、地域全体を俯瞰的に説明する目的以外に、複数のデータを組み合わせた空間分析─たとえば施設の分布や経路探索、地域ごとの人口変化の比較など─に欠かせないデータである。Google Mapsなど民間によるウェブ地図の普及に伴い、利用障壁は格段に低くなったが、ライセンス面で制約があることや、地図中の素材となる「地物」データや地点情報を個別に取り出して加工することが一般的に許可されていないため、あくまで背景画像として使われることが多い。
一方、オープンデータとして利用できる地図コンテンツが日本でも増えてきている。日本の公共機関では国土地理院がオープンデータの普及以前からウェブでの地図配信に積極的に取り組み、「地理院地図」が知られている。このサイトでは、全国の地形図に相当する標準地図(1/2500〜1/25000縮尺程度で使える位置精度)や航空写真はもちろん、標高図や土地利用、災害地図など100種類以上に及ぶコンテンツ(主題図)が提供され、このうち測量成果に該当しないものは、政府標準利用規約に相当するオープンデータとして提供されている。また「ベクトルタイル」ウェブ地図を表示する形式のひとつ。地図の内容をピクセルごとの情報(画像)として分割して配信するラスタタイル形式に対し、ベクトルタイルは、点や線、面ごとの位置情報や種別、名前などの属性情報をテキスト形式で分割して配信するため、色や太さ、線種などのスタイルを指定するファイルを組み合わせることで、地図デザインをカスタマイズできる。と呼ばれる機械判読に適した形式や、3次元の地形データに関してはSTL/VRML/WebGL/OBJといったファイル形式でも提供しており、モデリングツールに組み込むことが可能であるfig.2
公的機関のデータ以外にもたとえば「OpenStreetMap(OSM)」は、クラウドソーシングにより日々更新される地図データベースを構築するもので、商用・非商用を問わず自由に利用できる世界的な共同プロジェクトと位置づけられ、地図の民主化を実践する代表例であるfig.3。2004年の英国での開始当時(日本のコミュニティでは2008年頃より開始)から、有志がボランティア(「マッパー」と呼ばれる)としてこの活動に関わってきたが、近年では民間企業や国際機関からの注目度も高く、組織的にOSMのデータ改善に取り組む「企業マッパー」も多くなっている(*2)。
OSMでは、オープンに利用可能な衛星画像などを用いた個別の建物・道路などの形状データの作成だけでなく、現地調査などによりローカルな知識に基づく属性データ(建物名や用途・道路種別、営業時間など)が多く蓄積されている点も大きな特徴である。OSMで作成されたベースマップは、FacebookやInstagramなど多数の民間企業のサービスに採用されているほか、国際連合やNGOなどの人道支援活動・災害対応でも積極的に活用されている。近年ではOSMデータを用いた都市解析の論文も多い(*3)。
クラウドソーシングによる都市空間に関するデータは、OSMのような地図以外にも街路景観画像の共有プロジェクトとして「Mapillary」が注目されているfig.4。これは、カメラ画像と位置情報が連動した状態で、世界で15億枚以上(日本では4,100万枚以上)がオープンデータとして提供されている。海外のいくつかの都市では、道路モニタリングや固定資産税評価、景観評価などの補助的な手段として活用されているほか、画像に写っている車両や通行者、標識などの物体認識を行うディープラーニングで扱うトレーニングデータにも活用されている。また、利用可能なライセンスを通じてOSMの地図編集でも活用されている。

都市空間を移動する動的なデータ

このコロナ禍で、地理的・時間的な人びとの移動や滞留の状況を示す「人流」が注目され、空間をダイナミックに捉えたデータが都市マネジメントを考えるうえで欠かせなくなっている。特に、携帯電話の位置情報に関するデータは民間企業により有償販売も行われ、位置情報に基づく広告やエリアマーケティング、不動産などの分野でも用いられている。国土交通省が公開している「全国の人流オープンデータ」は、2019〜2021年を対象に、Agoopが収集したGPSデータをもとに滞在人口を1ヵ月間における1日あたりの平均値として統計化し、全国の「1kmメッシュ別の滞在人口データ」と「市町村単位発地別の滞在人口データ」をオープンデータ化している。このデータから、3年間における地域間移動に伴う観光や購買、地価・不動産に与える影響の評価、さらには国勢調査などほかの人口調査データを組み合わせることで都市空間の将来人口予測にも使うことが期待される。
ところで都市空間における移動は、公共交通機関を介して行われることも多く、都市インフラの管理上欠かせない一要素である。このうち、コミュニティバスなど自治体の政策とも直接関わりの深いバス事業者が有するデータに関しては、国際的に広く利用されている「General Transit Feed Specification(GTFS)」をもとに、2016年度より「標準的なバス情報フォーマット」に基づく標準化が行われるようになった。2022年1月時点で日本全国の434事業者によってオープンデータ化が進められているfig.5

3Dデータのオープン化

都市空間の骨格を表すオープンデータの多くは、従来扱われてきた地図と同様に平面(2次元)的な活用が中心であったが、この5年あまりで測量・計測技術の進展やビッグデータの普及と共に3次元データとして活用される方向性に転換しつつある。都市空間の3次元化に長らく取り組んでいるのが、静岡県の「VIRTUAL SHIZUOKAfig.6だ。土木管理や防災などを目的に、航空レーザー測量や一部の道路では移動計測車両(MMS)などにより座標(x,y,z)と色彩(RGB)情報をもった高精度な3次元点群データとして県土全体を計測し、2022年3月時点で富士山南東部・伊豆東部・西部・富士山および静岡東部・静岡県中西部がそれぞれオープンデータ(CC BY 4.0/ODbLのデュアルライセンス)として公開され、ほぼ静岡県全体をカバーしている。データ容量は大きくなるがLAS形式で統一されているため、モデリングソフトや各種ビューアに直接読み込み、迅速に活用することができる。実際、令和3年7月伊豆山土砂災害の時、ドローンレーザー計測データと合わせて被災前後の状況を迅速に把握した経過は私たちの記憶にも新しい(*4)。
より広域的な3D都市空間データの構築で注目されるのは、2020年度より開始した国土交通省による「Project PLATEAUfig.7だ。これは、2019年に検討された都市計画基礎調査情報のオープン化の流れを援用しつつ、3D都市モデルの整備手法の共通化やユースケースの開拓、オープンデータ・オープンソース化を柱とするプロジェクトで、東京23区全域をはじめとする国内56都市を対象(2020年度時点)に、対象都市全体あるいは都市計画区域内の建物単位の形状と高さ情報を付与したデータと、建物用途・構造・面積などの属性データによるセマンティックな3Dデータが整備されている。また、一部の地域では建物内外の詳細なBIMデータや、道路・橋梁などの土木構造物、都市計画・ハザードマップなどの各種データも合わせて公開されている。特に前者の3Dデータは、作成手順や属性項目等を体系的に整理し、国際標準規格であるCityGML形式に統一され(一部データはFBX・OBJ形式でも提供)、地方自治体がデータ整備する際の手引き書も公開されているCityGML形式による3D都市モデルは、欧米で先駆的に整備され、ニューヨークなどアメリカの40都市をはじめとする全世界40都市(ベルリン、ダブリン、シンガポールなど)以上で流通され、詳細な都市データによる計画立案や将来シミュレーションに活用されている。
これらのデータを利用する場合は、「G空間情報センター」上のページからダウンロードし、GISやモデリングツールなどに取り込むことができる。視覚的表現だけでなく、建物の階数や用途など属性値を可変させることで、シミュレーションに活用できるほか、「Project PLATEAU」のサイト上にWebビューアが整備されているため、複数のデータを組み合わせることや、検索条件を設定してインタラクティブな3D地図表現を行うことが可能であるfig.8
またオープンデータであるため、都市計画や建築などの実務以外にも、VR・AR技術を通じた実世界とデジタル空間を融合させたエンターテイメントへの応用も期待されている。つまり、オープンデータ化された3D都市モデルは、データの作成者・利用者の立場を問わず活用し、その新しい用途さえも民主的に提案できる点が大きな特徴である。

3Dデータによるデータ駆動型まちづくりへ

3D都市モデルを用いたデータ活用型まちづくりの実証が、日本でも急速に進みつつある。たとえば「東京都デジタルツイン実現プロジェクト」は、社会課題解決と都民のQOL向上を目的に、2030年に向けて各分野でのデジタルツイン活用を進めるべく、ロードマップ策定の方向性や技術的課題などを行う検討会と各種3Dデータを用いた実証事業を展開している。「Project PLATEAU」のオープンソースを援用し独自改良した「東京都デジタルツイン3Dビューア(β版)fig.9では、河川監視カメラ映像や都営バスのロケーション情報がリアルタイムで提供される。このほか、自治体と民間企業や地域団体のまちづくり活動への連携が進む中で、「デジタルツイン渋谷」や、大丸有地区のエリアマネジメントツール「Area Management City INDEX(AMCI)β版」fig.10など、3D都市モデルや地図表現を標準のインターフェースにしながら多様な街のコンテンツを付加して発信する取り組みが広がりつつある。
以上のように、都市空間をめぐるデータ整備は目まぐるしく展開していると共に、オープンデータの流れの中で、官民での活用が広がっていることも間違いない。他方、これらのデータをまちづくりの実務に深く浸透させるためには、専門知識・技術に依らずとも理解できるような「地理的可視化(geovisualization)」と、理解しやすい可視化に向けたデザイン面の重要性、さらにはまちづくり制度についても、デジタルデータや新しい技術の活用を通じて「ディープな民主化」(*5)が模索されなければならない。


紹介された取り組みやオープンデータ一覧
データ駆動型社会に対応したまちづくりに関する勉強会
地理院地図
OpenStreetMap
Mapillary
全国の人流オープンデータ
標準的なバス情報フォーマット
VIRTUAL SHIZUOKA
Project PLATEAU
G空間情報センター
東京都デジタルツイン実現プロジェクト
Area Management City INDEX(AMCI)β版


参考文献
*1:「都市空間の情報処理──データセットの世界動向」(関本義秀、2021年7月、人工知能学会)
*2:Anderson J, Sarkar D, Palen L, “Corporate Editors in the Evolving Landscape of OpenStreetMap”, ISPRS International Journal of Geo-Information, 8(5), 2019, 232
*3:Yuji Yoshimura, Yusuke Kumakoshi, Yichun Fan, Sebastiano Milardo, Hideki Koizumi, Paolo Santi, Juan Murillo Arias, Siqi Zheng, Carlo Ratti “Street pedestrianization in urban districts: Economic impacts in Spanish cities”, Cities, volume 120, 2022, 103468
*4:瀬戸寿一「2021年7月静岡県熱海市の土石流災害に関する空間データの可視化と共有」(2021年、Qiita)
*5:アンドリュー・フィーンバーグ著『技術への問い』(2004年、岩波書店)

瀬戸寿一

2002年駒澤大学文学部地理学科卒業/2004年東京都立大学大学院都市科学研究科修士課程修了/2012年立命館大学大学院文学研究科博士課程後期課程修了、博士(文学)/2012年ハーバード大学地理解析センター客員研究員/2013年東京大学空間情報科学研究センター特任助教/2016年特任講師を経て、2021年4月〜現職/専門は、社会地理学・地理情報科学/主な著書に『参加型GISの理論と応用 みんなで作り・使う地理空間情報』(共編著、古今書院、2016年)

瀬戸寿一
デジタル
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「Project PLATEAU」で整備されている3D都市モデル(東京駅周辺)の一例。/出典:国土交通省「Project PLATEAU」

「地理院地図」で静岡県熱海市の2021年7月豪雨における崩壊地の分布と航空写真を表示。/出典:地理院地図ウェブサイト

「OpenStreetMap」で東京都渋谷区スクランブル交差点周辺のデータを表示。/出典:©️OpenStreetMap contributors

東京駅周辺の「Mapillary」データ。緑線はユーザーによって撮影された位置を表すもの。また標識のアイコンは撮影画像から機械学習で自動判別した結果を示したもの。/Tokyo, Japan by tometome, licensed under CC-BY-SA, Mapillary

「標準的なバス情報フォーマット」による公共交通オープンデータ一覧。/出典:「標準的なバス情報フォーマット(GTFS-JP)」ウェブサイト

3次元点群データを利用して伊豆半島を紹介する動画。/出典:静岡どぼくらぶ

「Project PLATEAU」コンセプトムービー。/出典:国土交通省「Project PLATEAU」

国土交通省が提供するCityGMLデータをプレビューするWebアプリ「PLATEAU VIEW」。札幌市の建物用途の色別表示と札幌地下街のモデル表示。/出典:国土交通省「Project PLATEAU」

「東京都デジタルツイン実現プロジェクト」が展開している「東京都デジタルツイン3Dビューア(β版)」。東京都新宿区の新宿NSビルにおける環境データ(二酸化硫黄、PM2.5)と人流データを重ね合わせて表示した時。/出典:東京都

大丸有地区のエリアマネジメントツール「Area Management City INDEX(AMCI)β版」。まちの活動量を大丸有エリア CO2排出削減量推移から算出した図。/出典:一般社団法人大手町・丸の内・有楽町地区まちづくり協議会

fig. 10

fig. 1 (拡大)

fig. 2