ルールを意識しない日はない。私たちが建築をつくる時は「法律」を守りながら、建主から示される「設計条件」を読み解き、街並みや地域の建築のつくり方などの「慣習」に配慮しつつも、面白い建築をつくろうとしている。と、日常の仕事について書いてみたが、今列挙した法律、設計条件、慣習などはすべてある種のルールだ。ほかにも無限のルールに包囲されながら建築のデザインを進めている。しかし当然、建築をつくるにはルールをただ遵守していればよいわけではない。現代社会の建築家は、タブララサな状況で思考することはまずなく、複雑に絡み合う数々のルールを読み解き、創造的にそれらをハックするように仕事をするほかないのだ。
本展では、現代のルールへ対峙する手本ともいうべきものが提示される。どの作品もルールの取り扱いに「頓智」が効いている。アート作品に加え、たとえば鬼ごっこから進化したゲームの系統樹やビールや発泡酒の境界線など、身近にルールの逸脱と規制を繰り返すことで進化している事例や、法の原案・施行のルートマップなどの分析的な展示も混ざる。また、展覧会という形式(ルール)自体が引き寄せてしまう作家/鑑賞者という主客の関係を反転させようとする仕掛けや、変化し続ける会場構成の工夫なども随所に散りばめられている。
中でも痛快だったのが、早稲田大学吉村靖孝研究室の「21_21 to “one to one”」だ。展覧会場である安藤忠雄による「21_21 DESIGN SIGHT」(『新建築』0705)に1分の1スケールでいちいちツッコミを入れまくるというのは史上初めての試みではないか。吉村氏の著書『超合法建築図鑑』(彰国社、2006年)のリアル版という趣だ。
展示を見ながら、日本にある最古かつ現存するルールのひとつである、伊勢神宮の式年遷宮が思い出された。20年ごとに内宮・外宮のふたつの正宮の正殿、14の別宮のすべてを造り替えて神座を遷す儀式は、約1300年続いているまさに「聖なるルール」だ。本展示でも言及のある、オープンに合意・政策形成を図る「パブリック・アフェアーズ」や、一度制定したルールを効果測定しフィードバックをするROB(Regulatory Oversight Body:規制監督機関)という仕組みは、SNSとの相性もあり、ますます有効になってくるし、これからの聖なるルールはこういうものから集合知的につくられるのかもしれないと思いを巡らせた。
式年遷宮は今は誰もが疑うことなく実施され、これからも持続させていくだろうが、開始時は誰かが少人数で「何それ!その狂気のルール⁉︎」「とりあえずやってみよう」と、やんやいいながらルールをデザインしたはずだし、何回か試しているうちにルールは改善され、紆余曲折を経て秘伝のタレのように成熟してカルチャーになり、だんだんと聖なる次元にまで昇華していったのではないか。つまり、聖なるルールの初期段階だってきっと、みんなが楽しめたり、口出ししやすかったり、運用し甲斐のある余白の多い緩いルールだったのではないかと思うのだ。
そんな私も最近ルールづくりに関わった。ツバメアーキテクツが手がけた下北沢の「BONUS TRACK」(『新建築』2005)では、設計に加え、建物の使い方に関するローカルルールのデザインをした。テナントがそれぞれ自分が入居する建物を部分的に改造したり、リーシングラインをはみ出して家具などを置いたり、活動を町へ展開させるルールをつくった。商業施設に必ず存在する法律よりも厳しいこともある内装管理指針書(テナント工事や営業に関するルールブック)を研究し、市場にある規制を「緩めた」ともいえる。ただ、運用や改造の自由度を設定しつつも違法建築にはならないように、その管理(内装管理業務)も行った。それはひたすら制限をかけていく大型商業施設の内装管理室的にあるトップダウンのコミュニケーションではなく、積極的にテナントが街並みへ参加するように促すエリアマネージメント的な対話を試みた。
建物の計画やルール設定自体はコロナ以前だったが、オープンのタイミングと緊急事態宣言が重なった。この緩いルールによってテナントは即座に路面に家具を溢れ出すことになり、テイクアウトメインに切り替え、コロナ禍であっても屋外でトークイベントや祭りを仕掛けたり、寒い日には炬燵を出したり、なんとかこの1年を創造的に乗り越えた。梅雨や暑さ寒さなどを1周経験し、施設の弱点を改善し、ある種の定常状態に落ち着いた。社会状況の変化やそれに伴う入居者の個別の要望にも対応する中で、結果的にルールの運用の仕方にフィードバックしていたのかもしれない。
本展のディレクターのひとりである水野祐氏から、「ルールとカルチャーの間を考えた緩さを備えたルールは、カルチャーをつくるプロトコルとなる」と聞いた。そう、それだ。本展からは、非常に動的で時間軸上に展開するようなこれからの建築観のインスピレーションを得た。建主がまず存在して、建築家は選ばれて依頼を受けるという構図の中にいるとどうしても、法律、建主から示される設計条件、慣習などのルールを遵守するという受動的なマインドセットになってしまう。未来を変えるためにはグレーゾーンを攻めろ、というといい過ぎかもしれないが、基本的にはまず自らルールは変えられるし、つくれることを本展で再確認した。私自身も「BONUS TRACK」において、決して聖なるルールをつくろうと思ったわけではないが、あの場所の新しい風景やカルチャーは、空間やルールがセットになって生み出した成果そのものだ。別のいい方をするならば、建築家のアウトプット(作品)というのも評価される受動的なものだが、アウトカム(成果)というのは能動的に生み出すもので、それはルールなどのプロトコルのデザインに大きく左右されるということだ。私が関わったルールも、あと何百年も運用してもらえれば、パワースポットのような聖なる次元にまでになるかもしれないと妄想している。
(『新建築住宅特集』2021年8月号掲載)