コロナで軟化するパブリックスペースの規制
長期化する新型コロナのパンデミック、前代未聞レベルの諸問題が噴出しながらなんとか開催にこぎつけた東京オリンピック・パラリンピック。屋内の人数制限やイベントの度重なる延期・中止、無観客試合、会場周辺一体の封鎖など、どちらも都市のパブリックスペースを再考せざるを得ない巨大なインパクトをもって、われわれの目の前に現れた。
そもそも日本は、都市のパブリックスペースの使い方が徹底的に下手だ。複数の法規制や運用上の課題があり、建築制限のある公園、交通優先の駅前広場、使用するのに警察への申請が必要な道路、といった具合にパブリックスペースそれぞれに使いにくさを抱えている。そういった問題意識は皆がずっと抱えていたもので、制度や様々な制約を前提としながら、「公募設置管理制度」(Park-PFI、*1)や公共R不動産など、官民によってさまざまな取り組みあるいはパークレット(*2)やマルシェを実現するための「社会実験」が、いわばもがくようになされてきた。
一方で、たとえば台湾・台北では、街の至る所で道路上に夜市fig.1が開かれる。タイ・バンコクでも屋台を街中に見ることができfig.2、屋台の出店者が出す机や椅子は、人びとの居場所となる。当然、台湾にもタイにも法規制がないわけではないが、簡単に日本の抱える困難さを超えてしまう。ヨーロッパでも、オープンカフェやストリートマーケットが定着している(*3)。 それぞれの国や都市で、法規制や慣習は異なり、それによって現れる都市の風景は異なるものの、日本のパブリックスペース利用が他国に比べて進んでいるとはいい難い。
そんな中、2020年に新型コロナが発生し、世界各地でロックダウンや公共・商業施設の封鎖が行われ、それを機に世界的に屋外のパブリックスペースを見直そうという機運が高まった。アメリカ・ニューヨークで車道を解放して飲食店の屋外営業スペースを拡張したり(オープンストリート政策)、ヨーロッパの都市でも飲食店の営業が路上の屋外席でのみ認められたりと、パブリックスペースの活用が図らずも促進された。その結果日本でも、これまで特殊なケースを除いて認められてこなかったパブリックスペースでの飲食店の営業が、国土交通省によって「沿道飲食店等の路上利用の占用許可基準の一時的な緩和」というかたちで一部認められた。個別店舗による申請ではなく、地方公共団体や商店街等の団体による申請しか認められないなど使いにくさはあったが、大きな一歩であり(*4)、さらに緩和を継続しようと「歩行者利便増進道路」(通称:ほこみち)制度が制定された。
新型コロナウイルスのパンデミックによって、人に接触することや自由に飲食店に行くことを制限され、人との距離を確保できる都市の屋外空間の重要性が再認識させられた。パブリックスペースのあり方を問い直すとしたら、今しかない。そこで改めて東京に焦点を当て、パブリックスペースの活用を考えるうえでの課題を、主に飲食を想定しながら整理してみたい。
考慮すべき法規制
街路や広場、公園で、マーケットを開催したり、フードトラックを出したり、オープンカフェをやることを想定してみる。法規的な制約として考慮すべきは、道路法、道路交通法、建築基準法、食品衛生法などがある。
道路管理者(自治体など)が管轄する「道路占用」
道路を利用する場合、道路法に基づいた道路管理者(公道の場合は自治体)の「道路占用許可」及び道路交通法に基づいた所轄警察署の「道路使用許可」が必要となる。道路上に物を設置し、継続して道路を使用するのが「道路占用」で、イベントや道路工事など一時的に道路を使用するのが後述の「道路使用」だ。これまで飲食営業は敷地内に限られ、原則として道路上でのオープンカフェや、テント、ステージなどによる「占用」は認められてこなかった。しかし近年、地域活性化や賑わい創出のため、都市再生特別措置法などによって「占用」の許可基準の見直しが起き、さらに新型コロナウイルス対策で、沿道飲食店などの路上利用を認める緊急措置が2020年6月5日に、それを継続的にするものとして「ほこみち」制度が2020年11月25日に制定された。ちなみに「ほこみち」でもテーブル利用やマーケットの開催は認められているが、調理を伴うフードトラックなどの営業は認められていないようだ(*5)。
警察署が管轄する「道路使用」
ストリートマーケットの開催やオープンカフェの客席の拡張など、道路を通行用途以外で使用する際は「道路占用許可」と「道路使用許可」の両方の許可が必要となる。「道路使用」の許可権者は警察なので、街の賑わいや道路活用促進とは無関係に、通行の妨げにならないか、事故が起きないかといった交通上の安全性が許可の判断基準となる。
保健所の「飲食店営業許可」
飲食の提供には、保健所の飲食店営業許可が必要となる。平成30年に食品衛生法が改正され、許可基準が2021年6月1日より変更となっている。たとえば喫茶店営業許可が廃止されて(*6)飲食店営業に一本化されたり、これまでどんな小さな店舗でも必須だった洗い場の2槽式シンクが不要となり、テイクアウトの指針が示された。また、移動可能な業態として、タンクや冷蔵設備など所定の設備を整えたキッチンカーは認められるが、それ以外の引き車による屋台などは原則許可されない(*7)。
建築物として扱われるか否か(建築基準法関連)
建築物を道路上につくる場合、公益上必要なものでない限り設置できないし、私有地であっても当然面積などの制約はある。仮設建築物も区によっては通常1年の期限を許可しない方針のところなどもあり、建築物や工作物といった扱いを(合法的に)逃れるか、考慮する必要のあるケースも少なくない。コンテナやパーゴラ、東屋も、原則的には建築物として扱われ、確認申請が必要となってくる。
固定資産税
以前、東京・大手町の敷地の暫定利用を計画していた時に、固定資産税の存在が大きな障壁となった。高度利用地区で高層ビルが前提として設定されているエリアであるため、平屋の仮設建築物を建てた瞬間に億単位の固定資産税が発生することが、土地の暫定利用を阻んだのだ。ほかにも建物を解体し駐車場(空き地)として節税することが、歴史的建造物減少の遠因となる(*8)など、税制もパブリックスペースのあり方に大きく影響する。
運用上の課題
以上の法規的な課題をクリアした上で、運用面でも考慮すべき課題は多い。これは公道や公園だけでなく、公開空地などの私有地でも同様だ。
出店場所の確保
キッチンカーの普及で、屋外での飲食は比較的広範に行われるようになったが、実は公道上ではほとんど営業できない。前述の「ほこみち」制度で道路占用については風向きが変わりつつあるが、基本的には客席などの設置しか認められていない。キッチンカーの事業者と土地のオーナーを接続するMellowのようなプラットフォームサービスや、車両改造の側面からキッチンカーの出店をサポートする企業なども増え、出店のハードルは下がり始めているが、依然として公開空地や大学キャンパスなど私有地での営業に限られる。
人びとの居場所をつくる
キッチンカーの多くは調理・販売のみで、飲食スペースはないのがほとんどだ。これまで東京では、ベンチは撤去され続け、あるいはホームレス対策として寝ることのできない「いじわる突起」付きの「排除ベンチ」(*9)となり、ゴミ箱が撤去され、「排除アート」(*10)が増加した。これを機にそういった問題を解決し、人びとの居場所が一体的に整備されて初めて、そこにコミュニティが生まれる。
インフラの整備
人々が集い、飲食する場には、照明や電源、日除け、ゴミ箱、トイレといったインフラ設備が必要となる。キッチンカーの場合、その多くは発電機を積み、水タンクなどを備える。しかし、路上にそれらが整備され、使用することができれば、自動車改造型のキッチンカーではないキッチンカーや簡易なワゴン、マーケットの什器など、扱えるものが格段に増える。公衆トイレなども単体で考えるのではなく、たとえば飲食時の食器洗いに使えたり、キッチンカーの排水を流せたりといった、起こりうるアクティビティと連携して整備されることが、今後期待される。
季節・天候への対応
屋外利用は、冬は売上げが減少する。また、天候も雨天時の屋外での営業を妨げる要因となるが、たとえば雨季には毎日スコールが降る東南アジアでは屋台は必ずパラソルを携帯している。そのような環境への対応、つまり庇やパーゴラのような屋根を設置したいところだが、建築物扱いになり建築面積に参入せざるを得ないなど、障壁は少なくない。「ほこみち」は建築基準法と同様に国土交通省主導なので、出店者側の柔軟な運用が求められる。
所有・管理・メンテナンス
土地やパブリックスペースを公共財として扱うヨーロッパなどと比べると、日本では土地の所有概念が強い。そのためベンチを置くかどうかといったすべての判断について所有者の権限が強い。またメンテナンスや管理コストを厳密に想定するあまり、設置に臆病になる。これは所有者の責任を問いすぎることなく、寛容な社会風潮を形成できるかが鍵となる。
運営者がコミュニティをつくる
マーケットやイベントスペースの成否は、場所の管理者と出店者、消費者を繋ぐ存在として運営者の存在が重要となる。規模の大きい催しでは、主催者が場を形成・管理し、盛り上げることができるが、数台のフードトラックが集まる程度の小規模な催しの場合、運営者が常駐するのは運営コスト上容易ではない。行政手続きなどを簡素化し運営者がやりたことを実現する環境を整える一方で、運営者が現場にいなくてもうまくいくような仕組みを整えることが、小規模な利用を促す。
以上のように複数の課題が複合的に絡み合い、スペース利用の障壁(あるいはチャンス)となる。東京でもキッチンカーやストリートマーケットが一般化するにつれ、その扱いも少しずつこなれてきて、制度も柔軟になりつつある(と信じたい)。そもそも、法規制などが複合的に網掛けされている状態自体はそれほど特殊なことではない。前述のニューヨークのオープンストリート政策(*11)でも、市内の複数の車道を車両通行禁止として歩道とする「Open Streets Program」、飲食店の歩道での営業規制を緩和する「Open Restaurants Program」及びその営業可能範囲を「Open Streets Program」で拡張された車道にまで広げた「Open Streets: Restaurants Program」は、複数の規制を緩和することで街路をより使いやすくすることに成功した。法規制や、制度及び運用上の障壁を可能な限り取り除き、柔軟に運用することを求める一方で、それらをうまく乗りこなすことが今求められている。
パブリックスペースの可能性
2010年代の中盤以降、新しいタイプのパブリックスペースが、世界の多くの都市で目につくようになった。イギリス・ロンドンのコンテナを積み上げて飲食店やオフィス、イベントスペースを集めた「POP BRIXTON」fig.3。デンマーク・コペンハーゲンの再開発地区でストリートフードを集めた「REFFEN」fig.4。オランダ・アムステルダムの旧トラム操車場をリノベーションした複合施設の中心のフードホール「FOOD HALLEN」fig.5などだ。
都市の街路や広場、駅、商業施設の活用として、屋台のような小さな店舗や飲食店を多数集め、オフィスやコワーキングスペース、イベントスペーをもミックスした複合型の商業・文化の場である。大型店舗や飲食テナントに床をリースするのではなく、屋台スケールの小さい店舗が多数集まり、人びとが気軽にアクセスし、滞在することができる。都市のパブリックスペースの理想形ともいえる。実際に、再開発プロジェクトの商業施設や、エリアディベロップメント、ストリートマーケット、イベント会場、期間限定の土地利用など、メインストリームからアンダーグラウンドまでさまざまな場所に、新しいタイプのパブリックスペースとして世界中で生まれている。
東京・表参道の「COMMUNE」fig.6もそれにあたる。路地状敷地の暫定利用として、コワーキングスペース棟以外はすべて仮設的な構造物だ。車両登録済みの被牽引車を使用したフードトラック、常時送風機で空気を入れることで膨らむイベントステージのエアドーム、屋根をつくらずパラソルのみとすることで仮設建築としたファーマーズマーケット、屋外に点在するテーブルやベンチからなる(*12)fig.7fig.8。土地利用は2年契約(2019年から1年更新となった)で更新され続けているが、その仮設性ゆえに柔軟なレイアウト変更が可能だ。
日本の法規上、屋外の客席も含めてすべて私有地上での運営ではあるが、都市の屋外空間の誰でもアクセスできる場に、このようなパブリックスペースが生まれたことには、大きな価値があった。営業中は誰もがアクセスして気軽に座れる場所があり、フードトラックを選んで注文し、好きなところで食べられる。イベントも頻繁に開催され、いつ訪れても新鮮さを失わない。
パブリックスペースのあり方を考えた時、このような柔軟性と複合性がポイントだ。近年、日本ではキッチンカーが一般化し、また新型コロナウイルスの拡大により営業自粛を余儀なくされた飲食店が、テイクアウトやECに取り組むことも増えた。しかし、それが販売だけに留まってしまうのはもったいない。購入したものを食べる環境を提供するところまで進めば、それは大きく都市環境を変えることとなる。それには、いかにして複合的な場を提供し、空間のアクセシビリティを高めるかが鍵となる。
また、屋外を利用することは、空間のキャパシティを超える可能性をもっている。というのも、そもそも飲食店の売上げは、単純化すれば客単価×客席数×回転数で決まるが、回転数も客単価も席数にも限りがあるため、常に席が埋まるような繁盛店となると、それ以上売上げが伸びない。飲食店はどんなに繁盛しても、多店展開することでしか総売上を増やすことができないという構造をもつ。それが、店舗前の道路に客席を増やすことができたらどうだろうか。
マレーシア・クアラルンプールの屋台街ジャラン・アロールfig.9では、沿道に飲食店舗が並ぶが、店舗前の歩道に屋台出店スペースと客席スペースが整備され、水道などのインフラが整えられている。夕方に営業を始めると、客の入りに応じて徐々にテーブルを車道側に増やし、道路を占領していく。ピーク時間帯には4車線ある車道の3車線は埋まり、かろうじて1台が通行できる程度に空ける以外、道中がテーブルで埋め尽くされる。
前述のバンコクの中華街ヤワラートでも、日中は店舗(中華系の雑貨や貴金属が多い)が営業しているが、夕方になると店舗が閉店した歩道から屋台が埋まり、車両の交通量が少なくなる時間帯には屋台や客席が車道にまで侵食していく。このように、もし客数や時間帯によって道路の柔軟な利用が可能となれば、都市の効率的な活用として、大きな転換点となるうえ、飲食店のもつ構造的な問題の解消も期待できる。
また、アメリカやヨーロッパの各都市で行われているパークレットやオープンカフェは、店舗が周辺を清掃し、人びとが街に出てくることで治安を改善し、道路の使用料として税収が増加し、それを楽しみながら、総体として都市環境の向上に繋げている。アジアの冗長性、ダイナミックプライシング的な技術などと組み合わせると、より柔軟なパブリックスペース活用が可能となるかもしれない。
これらはパブリックスペースを変える可能性のあるアイデアの、一部にすぎない。多くの法規制や制約から、通行や安全性や管理まで数多くの考慮すべき課題がある中で、官も民も、道路も建物も、サーブドスペースもサーバントスペースも、商業も住居も、あるいは都市環境も都市経済も、オリンピックなどのイベントも日常の都市生活も、統合的に考える必要がある。さまざまな立場の多様なアイデアと、パブリックスペースを取り巻く多くの課題を、「いかにして私たちの住む都市の価値を高めることができるか」という大きな問いに向けて集約させることができないだろうか。
*1:国土交通省「都市公園の質の向上に向けたPark-PFI活用ガイドライン」
*2:道路上の駐車スペースを暫定的に利用して飲食店客席やベンチ等を置く。
*3:建築討論に寄稿した論考「フードトラック・アーバニズム」で、海外の状況を述べている。
*4:2021年1月に出された第2回の緊急事態宣言で、イベントや飲食店等の休業要請に加え酒類提供を規制したことで、こういった屋外のパブリックスペースをうまく使おうとする動きが吹き飛んでしまったが、制度としては2021年9月30日まで延期された。そしてその緩和を継続的に行う「ほこみち」制度が制定、占用の緩和が5年と延長され、コロナ占用特例からの移行されていく見込み。「コロナ占用特例からほこみち制度へ」
*5:都内某区の保健所ヒアリングによる。自治体によって運用が異なる可能性はある。
*6:喫茶店営業は飲食店営業に比べて施設基準が緩かったが、実体としては名ばかりの業態で、調理したものを一品でも出す店舗の場合は飲食店営業が求められた。
*7:自治体によって異なる。
*8:住宅用地の場合は減税措置があるため、空地の駐車場利用は節税の観点からは有利とはならない。
*9:松川希実「排除ベンチ」抵抗した制作者が突起に仕込んだ「せめてもの思い」
https://news.yahoo.co.jp/articles/4f2b98112ce01d7abae5f049c2813ad298370269
*10:五十嵐太郎『過防備都市』(2004年、中公新書ラクレ)
*11:Rachel Sugar「How New York’s Open Streets Program Will Work in 2021」(2021年3月30日、GRUB STREET)
*12:多くの建築家と共に、筆者はフードトラックエリアのプロデュース及び10台中2台の設計と、ファーマーズマーケットの設計に携わった。施設全体の構想は運営者の黒崎輝男率いる流石創造集団による。